第十六話『1on1』
「すまない。少しこっちの方を借りるぞ」
先生は、体育館内で部活動を行っていた男子・女子バレー部と、女子バスケ部に声をかけ、空いているバスケットコートへと移動をする。
俺はその先生の後ろをついて歩く。
「一つボールを借りる」
そして女子バスケ部からバスケットボールを一つ借りる。
俺と先生は準備体操を始める。
放課後に教室に残っていたクラスメイトも、一体何事なのかとついてきていて、俺と先生の様子を覗っていた。
「橘はバスケのルールは知っているからこそ、1on1を持ちかけてきたんだよな?」
準備体操をしながら、先生に話しかけられる。
「勿論です」
入念にストレッチをしながら、俺は答える。
「1on1のルールはどうする?」
「そうですね…。得点制、と行きたいところですが、時間も得点も無制限にしましょう。先生が止めたい時にいつでも止めてもらっても構いません。その時、得点が多い方が勝者です」
「わかった。他のルールに関しては?」
「コートの半分を使用。攻守交替は守備がセンターラインを踏んでから、得点はどのシュートで入れても一ポイント、その他のルールは基本と同じで」
「そのルールだと、橘が不利だぞ?」
「ハンデは無用です。本気でかかってきてください!」
そう言って、俺は準備体操を終える。
俺と先生の行う1on1は、バスケットコートの半分を使うルールで行う。
攻撃側はゴールリングへシュートを放つ権利を持っていて、守備側はその権利を持っていない。
その権利の切り替わりは、守備側がボールを持った状態でセンターラインを踏んだ時だ。
センターラインを踏んでいない場合には、権利の切り替わりは起きないので、攻撃側は守備側にボールを奪われた場合には、センターラインに戻られるまでの間にボールを奪い返して、ゴールさせる事を目指さなければならないのである。
俺の身長が、百三十九センチメートルに対して、先生は確か百九十二センチメートルだったはずだ。
歩幅も違うし、その体格差によるゴールリングへの近さも違う。
更に、先生は俺にボールを奪われる可能性の低いダンクシュートができるし、他のシュートであったり俺のシュートがミスした際には、リバウンドだって有利なのである。
普通ならば、ダンクシュートの禁止であったり、リバウンドの禁止というルールを設けなければ、身長の低い俺ばかりが不利になるルールである。
俺がもしも負けている時にスリーポイントシュートで逆転をしようと思ってもただの一ポイントなので、外す確率が高いだけのただのリスクでしかないシュートであり、全てが俺に不利である。
でも、だからこそ俺は基本のルールで先生と勝負したかったのだ。
「じゃあ、せめて橘から先攻でやると良い」
先生がボールをパスしてくる。
「ありがとうございます。では、遠慮なく先攻でいかせていただきます」
俺はボールを受け取って、手に馴染ませるようにしてほんの少しのボール遊びをする。
センターラインに立ち、ボールをゆっくりとバウンドさせる。
「では、始めますよ」
「いつでもかかってこい」
俺がセンターラインを出たら、勝負開始の合図である。
ふぅ、と深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
先生が転性前の俺を教えていた時の実力ならば、今の俺では、とてもじゃないが敵う相手ではない。
しかも、リリーのバスケの全盛期は、中学二年の夏までなのだ。
中二の夏以降は、筋トレも控えめにして脂肪が付き始めた。
胸だって、今じゃこんなに大きくなってしまった。体も丸みを帯びて、すっかり女の子らしい体になってしまっている。
プールに沈むくらいの筋肉質であった時が逆に懐かしいくらいだ。
(それでも、負けられない。負けたくない!)
最後にもう一深呼吸入れてから、俺は気合を入れた表情をする。
「行きます!!」
そして素早いドリブルを始め、センターラインを切った。
「な…っ!?早い!?」
先生が驚く。先手必勝だ。
少しでも油断している間に得点を稼がしてもらう!
俺はフリースローラインから俺のボールを奪いに動き始めたばかりの先生を躱してレイアップシュートであっさりとゴールを決める。
パサっという音がして、ネットが揺れた。
「次は先生が先攻ですね」
ゴールを決められた方が次回先攻となる。
俺は先生にボールをワンバウンドでパスをする。
ボールを受け取った先生がセンターラインにまで下がり、ドリブルを開始する。
俺はその間に守備のスタート位置であるフリースローラインに移動した。
先生のドリブルが素早いドリブルに変わり、無言でスタートされた。
俺はそのスタートと同時に駆け出し、先生からボールを奪おうとブロックをする。
(…手首の向き!これは右に行くと見せかけての左!!)
「な、なにぃ!?」
フェイントをかけて俺を抜こうとしていた先生は、そのフェイントを見破られてボールをブロックされた事に驚く。
そして、先生からボールを奪った俺は素早いドリブルでセンターラインにまで戻り、素早く反転、一気にゴールに向かって駆け出す。
当然、先生も止めに来るが、今度はこっちがフェイントをかけ、あっさりと先生を抜いてゴールを決めた。
これで二ポイント目。
すぐに先生にボールをパスして、俺はフリースローラインを踏む。
先生も、ドリブル開始前に深呼吸をしてからドリブルを始めた。
さっきよりもドリブルが早い!!
先生が本気を出し始めたのだ。
ボールを奪いに走り始めた俺の目の前で、先生は力強くボールを床に叩きつける。
「…な!?」
床に叩きつけられてワンバウンドしたボールは、弧を描いて俺の遥か頭上を通過する。
急いで反転しようとするが、その俺を置き去りに先生は俺を抜き去って、一人アリウープからのダンクシュートを決める。
「少しズルかったかもしれんが、悪く思うな」
今度は俺の先攻となり、先生がボールをパスしてくる。
「何言ってるんですか、本気で来てくださいって言ったのは、わたしですよ」
自分ではニヤリと笑ったつもりの天使の微笑みを見せる。
それからはまさに一進一退の激しい攻防であった。
先生は同じ手は使わなかった。流石に毎回俺の届かない位置からの一人アリウープをされると俺には防ぎようはない。
あくまでも、先生は流れを変える為に、一人アリウープという手段で一ポイントを取っただけなのだ。
高度なフェイント合戦の結果は俺に分があったようで、俺が攻撃の際には先生を抜き去り、俺が守備の際には先生をブロックする事に何度も成功する。
先生、あなたが教えてくれた技術です…。
粗削りな技術だった俺達を、先生が磨き上げてくれた。そのおかげで今の技術がある。
あのままの俺達だったら、全国大会なんて夢のまた夢だっただろう。
「……橘、何故、泣いている…?」
ブロックをしていた先生がそう言ってきて、俺は自分が涙を流している事に気付いた。
その際にボールを足の先にぶつけてしまい、ボールは床を転がっていく。
「…はっ!橘の方が得点を稼いでるってのに、そんなに悔しそうな顔されちゃあ、たまったもんじゃないぜ…」
先生はゆっくりと歩いてボールを追いかけ、片手で掴むと俺の胸に押し付けてきた。
「仕切り直し…いや、最後の勝負だ。橘の先攻で良い。次、ゴールを決めた方が勝者だ」
「…それ、負けてる先生に有利じゃないですか?」
「だからお前が先攻なんだろ?俺のブロックを抜けるもんなら抜いてみろ!」
やってやるさ!
俺は涙を拭いてセンターラインまで戻る。
次のゲームが、俺と先生の決着だ!
「…行きます!」
ダムダムと素早くドリブルをして一気に駆ける。
先生は俺をこれまでで一番力強いブロックで俺の行く手を阻む。
左!半歩進んで反転!右に行くと見せかけてまた左!
その俺の動きを読んでいたのか、先生の手がボールを掴む。
しかし、俺も負けじとそのまま押し通そうとする。
ヘルドボールになっていたのは、周りから見ればほんの数瞬。
でも、俺と先生にはとても長く感じられる時間だった。
そしてその力の均衡は、大の大人であり男でもある先生に傾く。
ボールがセンターラインに向かって転がる。
俺と先生は同時に追いかける。
先生の方が反転する手間もなく、真っすぐにボールに向かえていた。
だが、小柄で素早い俺の方が早くボールに追いつく。
そこは、子供である俺に分が傾いた。
ボールを再度手にすると同時に、俺は反転。ゴールに向かって走り出す。
先生もすぐに反転してボールを奪おうとしてくるが、俺は先生を置き去りにした。
まるで、自分の身体が転性前の男の身体に戻ったような錯覚を感じた。
リリーの体ではあんなに遠く、高い位置にあったゴールリングが近くに感じられた。
俺は、高く、高くジャンプをした。
リリーの体になって、今までで一番のジャンプ力だったと思う。
両手でボールを掴み、俺はこの体になって初めてのダンクシュートへと挑戦する。
リングまであと少し…!
しかし、そこが俺のジャンプの最長点。
時間の流れが遅く感じ、俺の体はゆっくりと下降し始める。
(…ちくしょう!やっぱり、届かないのか…!)
それまでダンクシュートをしようと持ち上げていたボールを抱えなおし、下から放るようにしてゴールリングへと投げる。
『ゴンッ!』
ボールはリングに弾かれる。…しかし。
「橘!見事なダンクシュートだったぞ!!」
俺のすぐ後ろから声が聞こえ、リングに弾かれたボールを先生が空中で掴んでそのままダンクシュートを決めた。
・次回更新予定:明日。
・嘘次回予告
たった一つの命を捨てて、生まれ変わった少女の体。
鉄の悪魔を叩いて砕く。
リリーンがやらねば誰がやる!(シャキーン)
次回、移植人間リリーン 第十七話『リリーマン』
前口上ナレーションとか効果音とかがすぐに頭に思い浮かんだ人は、あの動画達に毒されてますねw




