第十五話『バスケ部が無くなった理由』
「確かにここは県内でも有数なバスケの強豪校、だった。…数年前まではな…」
窓の外を眺めていた先生は、俺と目を合わせるとそう語りだす。
「数年前まで、ですか?」
「そうだ」
「今から話す事はあまり気分の良い話ではない。先にそれを理解して話を聞くように」
そう念を押され、俺は頷く。
「この高校がバスケの強豪校であったのは、今から約五年前までの事だ」
五年前…俺が、死んでリリーに転性した年…。
「当時、俺の教え子の中でも特に教え甲斐のあった二人の生徒がいた」
「二人は互いに研鑽しあい、私の教える技術を吸い込むようにして覚えていった」
先生は当時を思い出すかのようにして目を瞑る。
「今でも思い出すよ。彼らがその更に二年前に入部をしてきた時の事を…」
先生の語る『彼ら』の片割れは、転性前の俺の事である。
そして、もう一人は俺の親友の椿の事であった。
「俺が教えるまでもなく、二人は粗削りではあったがバスケがかなり上手かった。中学ではおそらくチームメイトに恵まれなかったのだろう、大会に出場していない彼らの事を俺は知らなかった」
転生前の俺が通っていた中学は、バスケ界では無名の中学で、俺と椿の二人だけの実力では予選すら通過できなかった。
予選すら通過できないという事は、強豪校で顧問をしている先生の目にはかすりもしないという事だ、先生が知らないのも無理はない。
「粗削りな技術のこの二人を磨き上げれば、今まで成しえなかった全国制覇も夢じゃないと俺は思った!他の部員も一緒に、それはもう大切に…大事に育てあげたよ…」
知っている。先生がどれだけ俺達の事を真剣に、そして大切に育て上げようとしてくれていたかを。
「二人が一年生と二年生の時には、残念ながら全国制覇は果たせなかった。だが、最後の年にはきっと全国制覇ができると私は信じていた!」
そこで先生は顔を俯かせる。
「…でも、できなかった…。橘、君はその理由は知ってるか?」
「…その内の一人が、交通事故で亡くなった、から、でしょうか…?」
俺の言葉に先生はゆっくりと頷く。
「なんだ、それは知っていたんだな。…そうなんだ、大会まであとちょっとというところだったんだ…それなのに…あいつは…あいつは…うぅ…」
先生は涙を流す。
俺はそっとハンカチを取り出して、先生に差し出す。
他でもない俺の死が原因で泣いているのだ。どう声をかけて良いのかわからなかった。
「…すまなかったな」
数分の間泣いていた先生は、ゆっくりと深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
「その年のこの高校は予選すら通過できなかった事については調べていましたが…もしかして、参加すらしなかったのでしょうか?」
「なんだ、それも知っているのか。…参加はしたさ、当然な…」
俺が死亡した年、部員達は全員俺を送り出す為に絶対に優勝をするぞと意気込んでいたらしい。
「しかし、やはりどこか無理があったんだろうな…あいつが抜けた穴は大きすぎた…」
そんな事はない。あいつらは皆俺と同じくらいの実力だ。空いた穴なんて微々たるものだったはずだ。
その後、先生は予選二回戦、三回戦と連続で敗北をして、全国大会出場は果たせなかったと語った。
やはり近しき者の死と言うのは、知らずのうちに身体を蝕むものなのだろう。
皆本来の動きができなかったと思われる。
俺のポジションはスモールフォワードだった、代わりだっていた。俺がいなくとも、本来の力を発揮できれば、全国大会本戦でも問題のない良い試合ができたはずだ。
「…それで、全国大会本戦に出場できなかった理由はわかりました。でも、それで何故、今男子バスケ部がないのですか?」
俺の本来の質問はこれであり、今までの先生の答えは、あくまでもその質問に答える為の前フリにすぎない。
「…その予選に敗退した時だ…。当時のキャプテンが暴力事件を起こした」
「暴力事件!?」
俺は驚きに目を見開いた。
先生は名前を伏せたが、俺は知っている。当時のキャプテン…つまり、俺の親友の椿の事だ。
「相手の学校の選手に、死んでしまったアイツの悪口を言われたそうだ。それでカッとなって、相手選手に殴りかかったそうだ」
俺の悪口を言われて…殴りかかっただって!?
あんなにいつも冷静沈着だった椿が…。
「相手の学校は、予選敗退してしまった腹いせに暴力をふるわれたと証言してきた…そんな事、キャプテンだったあいつがするもんか!」
先生もわかってくれていた。力いっぱい握りこぶしを作って手を震わせている。
でも、暴力は暴力だ。如何なる理由があろうとも、防衛の手段でない限りは使ってはいけない力である。
「その暴力事件の結果、うちの高校は無期限の全国大会出場停止処分が下された。その時のキャプテンも、二週間の停学処分になった」
話が繋がってきた。
「バスケの強豪校なのに、大会に出場できないとなれば、この高校の男子バスケ部には価値なんてない。…その結果、次々と部員が辞めていってしまって、廃部になってしまったよ…」
そして、今に至るというわけか…。
「これでわかっただろう?今、この学校に男子バスケ部がない理由が」
「はい…痛いほどに…」
本当に、心が痛い。
俺が死ななければ、そんな未来にはならなかったのに…俺が死んだせいで、全てが狂った…。
椿も、大学への推薦の話があったはずだ。そんな暴力事件を起こして、停学処分なんかになったら、推薦の話だってなくなってしまったはずだ。
俺が、全てを狂わさせてしまったんだ…。
「橘…?泣いてるのか…?」
先生に言われて気付く。
俺は、泣いていた。
「悔しい…悔しいです…!わたしの憧れだった人達が、夢を断念させられてしまった事が、堪らなく悔しいです…!」
ぐすぐすと鼻をすすりながら泣き、俺は本心から答える。
「暴力事件の事は知らなかったみたいだから…その前の俺達の事だけ知っていたんだな…」
「はい…ずっとずっと前から知っていました…ですが都合によって、少し遠くへ離れていたので、その後の事は知りませんでした…」
俺も、体が変わった直後でそれどころではなかった。
でも、それでも何で今まで気にかけもしなかったのか。
心の奥で、「きっとあいつらなら今も元気でやってるはずだ」なんて軽い考えでいて、自分の事ばかりを考えていた自分が恥ずかしい…!!
先生は、俺が泣き止むまで待ってくれていた。
貸していたハンカチとは別の、先生のハンカチを手渡され、俺は涙を拭く。
「…まあ、俺から話せる事は以上だ。流石にその後の生徒の事についてはプライバシーもあるので話す事はできないし、俺も、もう…疲れたよ…」
そう言って、先生は力なく椅子にもたれかかった。
「……先生、一つだけお願いがございます」
「……………なんだ?」
「わたしと、1on1で勝負をしてください」
先生は首を傾げた。
一体、何を言ってるんだ?と言わんばかりの表情だ。
「今、俺は疲れた、と言ったばかりだろう?」
「少しだけで良いんです。お願いします!」
先生の『疲れた』というのは、今この場での話す事に疲れたわけじゃない。
もっと、別の根底に対して、『疲れた』って言ったはずだ!
それをこのままにしておけない!
「…ふぅ。わかったよ。少しだけだからな…」
そう言って、先生は立ち上がる。
「体操服は持ってきているか?俺もジャージに着替えてくるから、橘も動きやすい恰好に着替えたら体育館に集合だ」
「わかりました」
そこで一旦、俺は先生と別れる。
放課後の教室には男子も残っていたが、俺は気にせずに教室で着替え始める。
男子もちょっと驚いていたが、何故突然俺が体操服に着替え始めたかの疑問の方が勝ったようだった。
勿論、女子も残っていたので、俺は男子の前で着替え始めた事を怒られる。
でも、今はそれ以上に大事な事があるんだ。止めないでくれ。
そして俺は向かう。
俺が最も長く、そして多くバスケをしていた体育館へ。
・次回更新予定:本日中。
・嘘次回予告
リリーの下に、魔界の王と天界の神を目指す者達が現れ、リリーに協力を申し出る。
リリーは協力を承諾すると超能力が使用できるようになる魔本を渡される。
敵能力者を倒せば増えるリリーの才能、魔本を手に持ち、呪文を唱えれば発動する魔法。
リリーの能力は『ぱんころ』と唱えればどこからともなくパンジャンドラムが転がってきて大爆発を起こす魔訶不思議な魔法だった。
次回、英国面に堕ちた金色のリリーの法則 第十六話『混ぜるな危険』




