第十三話『温泉旅行』
「温泉旅行を計画しとるのじゃが、リリーよ、誘いたい友達がおったら誘わんか?勿論、皆の分のお金も出すでの。卒業旅行と行こうではないか」
「え?いいの?」
卒業後の高校に入学するまでの休み期間に、婆ちゃんは唐突に温泉宿への卒業旅行を持ちかけてくる。
友達も連れてきて良いとの事なので、すぐに仲の良い友達に連絡を取った。
誘った友達は五人だったが、内一人が家族としばらく旅行に出かける予定があるようで、温泉旅行には俺と婆ちゃんと友達四人の合計六人で行く事になった。
温泉宿への移動は車で行くと言っていたが、婆ちゃんの持つ車は基本二人乗りの高級車(シートを取りつければ四人まで乗れる)なので、俺はレンタカーでも借りるのかと思っていた。
しかし、婆ちゃんは格が違った。
温泉旅行に行く為だけに新車を購入したのだ。
流石、特許収入やマンションの家賃収入が多いだけの事はある。
でも、それはそれとして、俺は婆ちゃんに無駄遣いをしないようにと注意する。
「何を言うとる。金を持っとるやつこそ金を使わんと経済が回らんじゃろうが。お金は使ってこそなんぼじゃ」
ぐうの音も出ない。
「じゃからリリーももっとお金使っても良いんじゃからの?渡した通帳の金も、まだ二百万も使っておらんじゃろう?浪費しろとは言わんが、自分の欲しい物くらい買えば良いのに」
この三年間で使ったお金のほとんどが家の食費と携帯代である。
でも、男の時からの節約癖でお金を使う事に慣れてないんだよなぁ…。
「まあ、それはおいおい考えるよ」
とりあえず、考えるのは後回しだ。
それよりも、今は温泉旅行だ。
友達と連絡をやり取りして、全員が問題のない日付を決定する。
そしてそれぞれに電話をして、俺は婆ちゃんと、友達は親御さんと電話を代わる。
婆ちゃんはいつもの口調ではなく、丁寧な受け答えで友達の親に挨拶をしていた。
一泊だけとはいえ、大事な子供を預かっての旅行だ、きちんと挨拶をして許可を得なければならない。
友達の親は快く旅行に行っても良いと許可を出してくれた。
元々、俺もよく友達の家に遊びで泊まりに行く事もあって、今回温泉旅行に誘った友達全員の両親とも面識もあったし評判は良かった。
そしてその保護者である婆ちゃんにも三者面談の時なんかに挨拶をしていたようで、すでに信頼は得られているのである。
「リリーちゃんのところなら安心だわ」
後から友達全員に聞いた話だと、友達の両親は皆同じこの台詞を言っていたようだった。
「花蓮さん、今日はよろしくお願いしま~す!」
「「「お願いしま~す!!」」」
旅行当日、玄関で俺の友達の声が響く。
婆ちゃんは笑顔で頷いて、逆に来てくれた事にお礼を言っていた。
すぐに車に乗り込んで出発である。
そこそこ遠い場所にあるので、途中、休憩を挟みながら高速道路での移動だ。
「リリーちゃん…サービスエリアに停まるたびに何か食べてない?」
「んぁ?だって美味しそうなんだもん」
串焼きを食べようと大口を開けたところで話しかけられたので、最初に変な声が出た。
これで三回目のサービスエリアでの休憩なのだが、俺はどのサービスエリアでも何か食べ物を買って食べていた。
理由はつい先ほど自分でも言ってた通り、美味しそうだったからである。
「あんまり食べ過ぎると、夕食入らなくなるよ?」
「…いや、リリーちゃんなら普通に完食な上におかわりも余裕じゃない?」
一人が宿で食べる夕食が入るのかが心配になる声を出したが、よくわかってる友達が代わりに答える。
その答えを聞いて、友達四人は全員その光景が目に浮かんだのか深いため息を吐いた。
「リリーちゃんって、たまに残念だよね。こんなに可愛いのに…」
皆がうんうんと頷く。
可愛いのは知ってるけど、残念は余計だよ。いっぱい食べる君が好きってよく言うじゃないか!
それからは休憩無しで温泉宿へと到着した。
「さて、夕飯まではまだ時間もあるし、早速温泉に入るとするかのぅ。皆はどうする?」
全員が宿泊する大部屋に案内された後、婆ちゃんがそう切り出してくる。
皆の答えはもちろん決まって「温泉に入りに行きたいです!」だった。
と、言う事で俺も含めて皆一緒に温泉である。
「お婆ちゃん、背中流すよ」
婆ちゃんが体を洗おうと湯から出たところで俺は背中を流すと持ちかける。
「おぉ!?良いのか?ではお願いするとしようかのぅ」
婆ちゃんは少し驚きながらも、背中を流させてくれる。
「そういえば、前はリリーは皆と風呂に入るのを恥ずかしがっとたが、ワシと入るのは恥ずかしくないのかえ?」
「何言ってんの。家族なんだから恥ずかしいわけないじゃん」
優しく婆ちゃんの背中を洗いながら俺は答える。
「と言うか、お婆ちゃんこそ『リリー、一緒にお風呂に入ろう』って言うかと思ってたのに、今まで一度も言わなかったよね?」
あれだけ色んな可愛い孫娘がイベントをこなす姿を楽しみにしていた婆ちゃんにしては珍しいと思う。
もしかしたら、中身が男だと知っているからこそ、婆ちゃんも誘えなかったのだと思っていたくらいである。
「なんじゃ?一緒に入りたかったのか?」
「いや、そうじゃないけど、今まで誘ってこなかったのが不思議だなぁって」
「リリーとの風呂は、もう何度も堪能しておったからのぅ」
そういえば、本物のリリーは五歳までは普通に生きていたのだから、それまでの間に風呂くらい一緒に入っているか。むしろ、入ってない方が不思議か。
他のイベントに関しては、学校という機関内であったりもう少し大人になってからじゃないと叶わない願いだったから、今まで孫娘との初体験を喜んでいたのか。
「じゃが…そうじゃの。こうして成長したリリーに背中を流してもらうのも、悪くはないのぅ」
しみじみと婆ちゃんは呟いた。
「よし、リリーよ。今度はワシに背中を流させておくれ」
「いいの?疲れてるんじゃない?」
「は!あれしきでは疲れはせぬし、可愛いリリーの背中を流せるならばどんな疲れだって吹っ飛ぶものよ!」
そう言って、かっかっかっと笑う。
「じゃあ、お願いしようかな。お婆ちゃんに背中流してもらうの嬉しい」
お世辞ではなく、本当にそう思っている。
婆ちゃんは俺の事を本気で可愛がってくれる。例え、中身の人格が別人だと知っていても、だ。
それだけ可愛がってくれる人の事を嫌いになれる人などいるわけがない。
婆ちゃんに背中を洗ってもらっている間の俺は、とても穏やかで幸せそうな表情をしていたそうな。
「ふ~…ご飯美味しかったねぇ」
「お刺身があんなに美味しいって知らなかったよ。やっぱ食わず嫌いってダメだね」
「リリーちゃんにも嫌いな食べ物あったんだ…?何か意外…」
「でも、見ての通りすでに克服したっぽいよ?」
リリーに転性してから、俺はこの日初めて刺身を食べた。
最初、刺身があるのを見た時には少し絶望をしていたのだが、意を決して食べてみたら、脂が舌の上でとろけて多幸感が得られた。
今まで食べて来なかったのが勿体ないと感じてしまう…。
まあ、それもこれも、リリーの体であるからこそ感じられた事であり、元の男の体だったらおそらく吐いてただろうな。
それからは婆ちゃんの提案で自由時間となった。
婆ちゃんは部屋で読書をするとの事だったので、俺達は宿にあるゲームコーナーへと向かう。
「う~ん、この少し古いゲーム機ばかりがあるのを見ると、温泉宿に来た!って感じがするよね!」
若干テンション高めである。
クレーンゲームも今時のデジタル設定のアームではなくてバネ式の古いやつだし、ビデオゲーム何かも一体何年前のなのかって言うくらいの古い筐体が置かれていた。
ゲームセンターと比べると規模の小さすぎるメダルゲームコーナーには、一体どれくらい前から稼働しているのかと疑問に思うじゃんけんゲームであったり、コイン落としをするゲーム機なんかがある。
最初は、ビデオゲームでもう何世代も前の格闘ゲームやパズルゲームで遊ぶ。
凄いな、俺の知ってる格闘ゲームは技のコマンド入力とか複雑なのに、これはコマンド入力自体が少なすぎる。
と、言うか技の種類も少なかった。ある意味ビックリである。
パズルゲームも、連鎖をすればフィーバータイムに突入するとかそう言ったのもなくて、完全に実力で連鎖を汲み上げて、敵陣に邪魔ブロックを送り込んで勝利を目指すゲームだった。
その後はメダルゲームコーナーに移動し、スロットマシーンがあったのでちょっとだけ遊んでみた。
「これって、動体視力だけじゃどうにもならないんだね」
レバーを叩いてリールが回り始めた後、毎回七絵柄を狙って押して止めていたのだけど一回も七絵柄は揃わなかった。
色々試してみたんだけど、きっちり押せてるはずなのに七絵柄はズルンと滑っていく。
その場でスマホで調べてみたら、こういうスロットマシーンは、七が揃えられる状態にならない限りは狙っても絶対に七絵柄は揃わないそうだ。
まあ、狙って絶対に揃うのであれば、俺みたいに絵柄がクルクル回っていてもはっきりと見える人なら毎回揃える事ができてしまうか。一つ勉強になった。
その後は温泉卓球をして遊び、汗をかいたので再び温泉へ。
婆ちゃんがいた時には遠慮していたのか、友達は更に大きく成長した俺の胸を、嫉妬を含めて揉んでくる。
そんな感じで、俺達は婆ちゃんの提案による卒業旅行を満喫したのであった。
・次回更新予定:本日中。
・嘘次回予告
花蓮じゃ。
次回からいよいよ高校生編!(これは本当)
そして突如始まる異能バトル物展開!
一体リリーの人生はどうなってしまうというのか!?
さーて、次回のリリーさんは?
「リリー、異能力に開眼する」
「花蓮、脳移植がバレる」
「脱獄、リリーと花蓮の逃亡劇」
の三本です。
次回もまた、読んでくださいね。じゃんけん
ぽん!ズコー




