第十一話『今の自分、昔の自分』
三年生の卒業式が終わり、春休みに入る。
婆ちゃんと一緒に桜が綺麗に咲く近所の公園に花見に行ったり、友達の誕生日パーティーに出席したりなんかもした。
その時にケーキを焼いていったら凄く喜ばれたりもした。
どんどんと増える天使シリーズの称号に、新たに『天使のパティシエ』なんかも加わったりして、それは天使に仕えているパティシエなんじゃないかと疑問に思ったりもしている。
新年度に入り、新一年生が入学をしてくる。
俺もとうとう今年度は卒業生だ。
卒業生であると同時に、俺達三年生は受験生でもある。
進路はどうしようか…。
婆ちゃんに相談をしてみるが、婆ちゃんは「リリーの好きな通りの人生を歩むと良い」としか言わない。
男の時は、通っていた高校がバスケの強豪の学園大学附属高校だった為、その高校へ進学して、更にそのままその大学へ進学しようと考えていた。
その後の進路については、大学在学中にでもまた考えようとしていた。
しかし、今は違う。
今の俺は女であり、それはこれからもずっと変わらない。
だからといって、婆ちゃんには悪いけど結婚はしようとは思っていない。
元男だからね、しょうがないよね。
高校に進学せずに、ずっと家で家事をするだけの存在となってしまうのは少し寂しい。
婆ちゃんの研究の手伝いをするにしても、知識が足りなさすぎる。
そうなると、やはりどこか進学をするしかない。
それならば、どこに進学するかといえば…。
「やっぱここだよな」
自宅から徒歩と電車で一時間ちょっとの離れた位置にある、俺が男の時に通っていた高校。
新年度が明けた最初の日曜日、俺はその高校の門の前に立っていた。
「それにしても、久しぶりに来たけど変わってないなぁ」
流石に三年十ヶ月でそう変わるわけがない。
俺は久しぶりに見るある意味母校と呼べる存在の高校の外観を懐かしむ。
当時のクラスメイトや同じバスケ部だった奴らは元気にしてるだろうか…。
特に、中高と一緒にバスケをしてきた親友の椿は、今一体どうしてるだろうな。と、俺は過去の思い出に浸る。
アレから三年十ヶ月経ってるので、当時一年生だった後輩も卒業してしまっている。
今、この高校で俺の知っている人は、転勤してない限りは先生しかいないんだろうな。
もし、あの時俺が交通事故に遭わなかったら、今頃俺はどうしていただろうか。
仮に、交通事故に遭っても生存できていた場合、どんな人生を歩んでいたのだろうか。
色々と想像をしてみるが、やはりどうなっていたかはうまくは想像できなかった。
まあ、多分大学でもバスケ漬けの毎日だっただろうな。
それにしても、せめて彼女を作って童貞だけは卒業しておきたかったな…。
今は結婚をする気はさらさらないし彼氏だって作ろうとも思っていない。
おそらく、俺はこの先ずっと処女でいるだろう。
童貞でもあって処女でもある。
何その最強の存在。
三十歳になったら魔法使いどころか大賢者にでもなれるんじゃないだろうか?
「って、何馬鹿な事想像してるんだか…」
トラックに轢かれた時にも馬鹿な事考えていたな。
そう思ったところで、俺はふと自分がトラックで轢かれた場所へと足を運んだ。
少し大きめの道路で、今日も忙しなく車やトラックが多く通行している。
俺は自分が轢かれた場所を、ジッと眺めていた。
俺がトラックに轢かれた場所には特に何も異常はない。
流石に俺の血もすぐに綺麗さっぱり洗い流されただろう。
これから後二ヶ月程で俺の四年目となる命日である。
それと同時に、リリーに転性をした新しい誕生日でもある。
普通だとトラウマになりそうではあるが、同じ場所を歩いてみても特に何も感じないし、トラックにだって轢かれたりはしなかった。
まあ、そりゃ当然か。
ポリポリと頭を搔き、俺は自分がよく愛飲していたスポーツドリンクを横断歩道の傍に置いて手を併せる。
俺がスポーツドリンクを置いた場所には、何やら色々置かれていた痕跡が残っていた。
おそらく、俺の命日になると両親や知り合いが花を添えたりしているのだろう。
「今、俺は婆ちゃんのところで幸せに暮らしています」
それは、火葬されてどこかの墓に埋葬された元俺の体への手向けであった。
自分自身に黙祷をするのも何だかおかしな話ではあるが、脳や人格は俺の物であっても、体はリリーという別人なのである。
「どうか、安らかな眠りを…」
そう言って、俺は立ち上がってその場を後にした。
高校時代に親友の椿としょっちゅう食べに行っていたラーメン屋に立ち寄ってラーメンを食べて帰った。
俺自身の味覚は変わったけど、ラーメンの味は変わってなくて何となく嬉しく、昔の自分を懐かしむ事ができた。
帰りの電車の中で、女友達から駅前のパンケーキ屋に行かないかという誘いの連絡が来た。
ついさっきラーメン食べたばかりだけど、少し物足りないと思っていたところなのですぐに「良いよ」と返事を返した。
それから四十分ほどで駅に到着、俺が電車を降りて待ち合わせ場所に向かうと、すでに友達は皆集まっていた。
「あれ?リリーちゃんなんで駅から?」
俺の家は逆方向にあるので、駅から出てくるのは普通はおかしいのである。
「うん、ちょっと出かけてたから」
「あ、ごめんね。もしかして忙しかったりした?」
「ううん、丁度帰ってる途中だったし、そうじゃなかったとしても全然急ぎの用事でもなかったし」
責任を感じないようにフォローを入れておく。
俺が到着した事によって、全員が揃ったので皆はすぐにパンケーキ屋へと向かう。
ほんと、女子って甘いの好きだよね。まあ、俺もリリーになってから甘いのと紅茶が大好きになったけど。
お店に入り、席に着いてから注文をして、パンケーキが来るまでの間は雑談タイムだ。
「リリーちゃんはどこに行ってたの?」
「ん?受験予定の高校を見に行ってたんだよ」
すぐにどこの高校?という質問があったので、俺は高校名を答える。
「えぇ!?なんで!?リリーちゃんならもっと上の高校目指せるし、それにもっと近いところにそこよりも偏差値高い高校なんてあるじゃん!」
「ん~…。まあ、大切な人が通っていた思い入れのある高校だからね」
もちろん、大切な人とは自分の事であり、思い入れのある高校というのは嘘ではない。
「え!?リリーちゃんってもしかして、その高校に恋人か好きな人がいるの!?」
「いや、どっちもいないよ。それにその大切な人はもう遠くに行ってるから」
これも嘘ではない。ただ、もしもどこに行ったのかと質問をされた場合には、申し訳ないがはぐらかせてもらおう。
「そっか…。う~ん…残念、リリーちゃんと同じ高校に通いたかったなぁ…」
「わたしの成績じゃあ倍率高いところは難しいから、リリーちゃんと同じところ受けてみようかなぁ?」
「でも、遠いよ?」
そんな会話を繰り広げている内に、パンケーキが運ばれてくる。
「ん~♪おいし!」
頬に手を当てて、俺はパンケーキの美味しさに幸せそうな表情をする。
「さっきラーメン食べたばっかだったけど、甘い物ならいくらでも入りそうだね」
そう言ってパクパクとパンケーキを食べていたら、皆に驚かれた。
「え?リリーちゃん、ラーメン食べた上に、パンケーキ食べてるの?」
「太るよ…?」
「と、言うかよく入るね…食べきれるの?」
「へーきへーき。何ならもう一品食べても大丈夫なくらいだよ」
これは本当である。
俺の体は小柄であるが、毎日よく寝てよく食べ、そしてよく運動をしているので、大食いの男並に食べる事ができるのである。
給食の時間でも、おかわりをしているので、俺がよく食べる人なのは皆の周知の通りなのだ。
「その食べた分の栄養は全部ここにいってるのね…全く妬ましい」
胸をわしづかみにされる。
「んー!ちょっと!今食べてるところだから後にして!」
「後なら良いの!?」
俺の胸を揉んできた友達は、少しの間疑問の表情を浮かべながら俺の胸を揉んでいた。
「だから後にしてってば!」
パンケーキを食べ終わった後ならいくらでも揉んで良いから、とにかく今はやめてほしい。
そう思っていたら揉むのをやめてくれたので、その間に俺はパンケーキを食べる。
「ねぇ…もしかしてだけど…リリーちゃんって…ブラ、してなくない?」
「ん?そうだね、してないね。一つも持ってないし」
胸が大きくなってからもずっとノーブラである。
なんとなく、買いに行くのが恥ずかしいし、何よりよくわからなかったから買いに行けなかったのである。
婆ちゃんを頼るのも恥ずかしかったしね。
その後、皆に怒られた俺は、皆と一緒にリリーに似合うブラジャーを見つけよう大会に巻き込まれる形になった。
だが、そのおかげでブラジャーの選び方も着け方もわかったので、丁度良かったとは思ったのであった。
・次回更新予定:本日中。
・裏設定
男の時に通っていた高校名:桜坂学園大学付属高校
・天使の称号シリーズ
恋の天使
男よりも男前な天使
ボクに舞い降りた天使
料理上手な天使
紺色スク水の天使
勝利の天使
(胸が)大天使
天使のパティシエ(NEW)
・嘘次回予告
声は透き通るように綺麗なのに、非常に音痴であるリリー。
不協和音を克服し、クラスメイトはリリーと共に合唱コンクールを優勝したいと願っていた。
しかし、どれだけ練習してもリリーの音痴は直らない。
あまりにも駄目駄目すぎるために、リリーは駄天使の称号を贈られる事になる。
次回、葬声のアクエリリーオン 第十二話『あなたと合唱したい』




