第十話『リリーのおっぱい』
夏休みに入り、俺は女子中学生となって初めての夏休みを満喫した。
去年の今頃は、まだ病院内でリハビリを続けていて、八月に入って少し経ってから退院をして婆ちゃんの家にお世話になりはじめたんだよな。
なんだか感慨深い。
この夏は楽しかった。
男子と女子バスケ部の練習の手伝いをしたり、婆ちゃんに着付けをしてもらって浴衣を着て友達と夏祭りや花火大会に行ったり、色々とあった。
男子バスケ部は今までは無名の弱小中学生チームだったにも関わらず、メキメキと腕を上げてなんと全国大会ベスト四まで進出できるほどの実力となった。
俺との練習、頑張ってたもんな。努力が報われて俺も嬉しいよ。
努力っていうのは必ずしも報われるわけではない。でも、努力した分報われる可能性は高くなり、報われたという事は、それだけ努力したという事の証明なのだ。
ちなみに、この時の俺は知る由もないが、その翌年には俺の通う中学の男子バスケ部は全国大会優勝を果たす事となる。
その時、「この優勝を一番最初に誰に伝えたいですか?」という記者のインタビューで、部員全員が「勝利の天使にです!」と答えたそうであり、記者達は全員揃って「勝利の女神ではなく、天使…?」と首を傾げたそうな。
それと友達とプールに泳ぎにも行ったが、結局学校のプールで泳ぐ練習のできなかった俺は、浮輪が必需品となり、流れるプールでぷかぷかと浮かんでいるだけだったりした。
まあ、それでも楽しかったけど。
そして夏休みが明け、二学期に入る。
「丁度、一年前にリリーちゃんが転入してきたんだよね」
「わたし、その時の写真持ってるよ!」
始業式とホームルームを終えた後、友達の女子と一緒に教室に残って少しだけお喋りをする。
その大体が俺の話題であり、その時に撮った写真を皆が見せ合いっこしていた。
「あれ?そういえば、リリーちゃん…もしかしなくても、胸大きくなってる?」
「ん~?そうだね。ちょっと膨らんできたかな?」
ふにふにと自分の胸を揉んでみる。
写真の俺の胸はそれはもう見事な絶壁であったが、今の俺は背筋を伸ばしたらほんの少しの膨らみがわかる程度に胸が膨らんでいた。
ここにショルダーバッグなどを胸にかけるとより一層その膨らみがわかりやすい。
その会話を、教室に残っていた男子達は静かに聞き耳をたてていたのだが、俺達はそんな事には気づかずに話を続け、男子達を悶々とさせるのであった。
更に季節が流れて、文化祭が終わった後、学生にとって楽しみな大イベントの一つである修学旅行の季節がやってきた。
修学旅行の少し前に生徒会役員選挙があって、前生徒会長が俺を生徒会長へ推薦してきたりもしたが、謹んで辞退した。
全校生徒が、俺が生徒会長になるのを期待していたようだったけど、生徒会長とかになったら忙しくなって家の事が全くできなくなるからね。
そして俺の通う中学校の修学旅行先は奈良と京都だった。
まあ、定番といえば定番だよね。
男の時の俺が中学生の時に行った修学旅行先は長崎だった。
行き先が被らなくて良かったとホッとしている。
友達と一緒に奈良や京都を観光し、宿泊先の旅館の夕食に舌鼓をうつ。
そしてやってきてしまった逃げる事のできない運命の時間がやってくる。
「すっかり忘れてた…」
俺は今、旅館の大浴場の女風呂脱衣所で、なるべく皆の裸を見ないようにして服を脱いでいた。
授業のプールの時には拝まれる勢いで見られていたので、仕返しにガン見したりもしたが、それでもやはり俺の中身は男なのである。
一緒にお風呂とか許されても良いのだろうか?いや、よろしくない。
しかし、だからと言って風呂に入らないわけにはいかないし、友達も俺と一緒に風呂に入るのを楽しみにしている様子だった。
「リリーちゃんの家に泊まりに行っても、リリーちゃん一緒にお風呂に入ってくれないから、一緒にお風呂に入るの楽しみ!」
その一言とともに俺は一緒の部屋になった女子に引きずられる形で大浴場へとやってきたのである。
ここは覚悟を決めて、なるべく無心で風呂に入る事にしよう。そうしよう。
そう思って、俺は大浴場のガラス戸を開けて中へと入る。
一斉に全員が俺の方を見てきた…。
ヒソヒソ声で「肌が綺麗」とか「形も良い」とか「透き通るような白さに映える綺麗なピンク色」とか…だからなんで皆、俺をガン見してくるんだよ!!
「リリーちゃん可愛いからね。仕方ないよね」
「まあ、リリーちゃんじゃなくても、皆結構見るけどね」
もう諦めよう。
とりあえず、掛け湯をして湯船に浸かる。
するとすぐに友達から少し悲鳴にも似た声が挙がる。
「ちょっとリリーちゃん!?髪の毛お湯に浸けちゃダメだよ!!」
え?そうなのか?女風呂にはそういうマナーでもあるのか?
きょとんとしていると、髪の毛をお湯に浸けていると髪の毛が傷んでしまう事を説明される。
あぁ、そういう事ね。別に俺は気にしないんだけどなぁ。
そう思っていたら、「リリーちゃんは髪の毛も細くて綺麗だし、髪は女の命なんだから、粗末に扱っちゃダメ!」と、怒られてしまう。
それからは友達による入浴時の髪の扱い方についての説明が長々と続いた。
更に、髪の毛を洗う時に男の時と同じようにワシャワシャと洗おうとしたら怒られた。
「もしかして、いつもこんな感じで洗ってたの…?」
「そう、だけど…?」
「あぁ…もう…。こんな洗い方してるって知ってたら、もっと早くに教えてたのにぃ…!」
友達はすぐに家に泊まりに来た時に無理矢理にでも一緒にお風呂に入らなかった事を後悔していた。
まさか髪の毛一つでここまで大事になるとは…。
皆からの説明を受け、洗い方やケアの仕方を聞く。
こりゃ女の入浴に時間がかかるのは当然だわな。まさか髪の毛洗うだけなのにこんなに時間がかかるとは…。
俺は今度こそ髪の毛がお湯に浸からないようにタオルで巻いた状態で入浴をする。
その時には、もう俺への視線はだいぶ薄くなっていたし、俺ももう慣れてしまった。
しばらくお湯に浸かりながら喋っていると、ふと一人が俺の胸を見て呟く。
「リリーちゃん…。もしかしなくても、また胸大きくなった?」
「ん?そういえばそうだね。最近、服がどれもキツくなってきたなぁ」
ペシリと頭を叩かれた。
生理が来て、筋トレをかなり控えめにするようになってからリリーの胸は日に日に大きく膨らんできていた。
二次成長期を迎えたからっていうのもあるだろうけど、筋トレを控える事によって脂肪が付きはじめたってのもあるんだろうな。
数か月前にはまだ膨らみかけであった胸だが、今では結構大きく育っていた。
ついでに、身長もこの一年の間で十センチメートルも伸びている。
それでも、他の皆と比べれば小柄なので、このまま胸が大きく育ってしまったらロリ巨乳になってしまうなぁ。
とりあえず、ほどほどに育ってくれればそれでいいや。
そう思っていたのが、三ヶ月前である。
数日前にリリーになって二度目のバレンタインデーを終えたばかりの季節になった。
ちなみに、今年のバレンタインには全校生徒に配れるだけのチョコを用意したし、先生方にもチョコレートケーキを作って職員室まで持っていった。
そのバレンタインの数日後の給食の時間中。
「よっしゃ!次の時間は体育館での体育だから、体操服に着替えたらバスケに行こうぜ!」
クラスメイトのバスケ部男子が他の男子をそう誘っていた。
それを聞いた俺は、自分もバスケがやりたくて立ち上がる。
「わたしも行く行く!食べ終わったらすぐに行くから先に行ってて!」
「わかった!じゃあ、橘もすぐに来いよな!」
そう言って、男子達は体操着を持って教室を出ていった。
それを見届けた俺は椅子に座りなおし、まるで男のように給食をガツガツと食べ、口の中の食べ物を流し込むようにして牛乳を一気飲みする。
同じ班の女子が呆れた表情で俺の行動を見ていたが、もはや見慣れた光景でもあるだろう。
食べ終わって食器を片づけた俺はすぐに体育館へ向う。
ちなみに女子は教室で保健体育の授業なので、俺は体操着を持っていかなかった。
「よし!いいぞ!かなり腕を上げたじゃないか!」
緩急をつけたドリブルをしながら、俺は行く手を阻む男子バスケ部員を褒める。
一年前、それはもうほんの少しスポーツができる程度の動きだった男達が、今では高校バスケ部の強豪校一年生レベルの動きにまで達していた。
仲間にパスを出し、ブロックを抜けてリングに向かって駆け出す。
今度はこちらがパスを受け取り、バスケ部員ではない男子をフェイントを混ぜたターンで交わしてレイアップシュート。
ボールは綺麗にゴールリングの中へと入る。
「しかし、まだまだだな!ファウルする勢いでシュートを止めに来い!ってか、お前等、俺がレイアップシュートする時ってたまにブロックにも来ない時あるよな?」
バスケ部の練習の手伝いの時なんかは特に本気でシュートを止めに来るのに、昼休みのバスケなんかではあまりブロックに来ようとはしない。
もしかして、遊びだからって手を抜いてるんじゃないだろうな?
そう思っていたが、俺には知る由もないが実は他に理由があった。
それはそれは悲しい男の性が理由である。
今の俺はスカートである。スカートで高くジャンプすれば、どうなるかなんて誰にでもわかるだろう。
皆、ある一点に視線が集まってしまっているのだ。
そんな事に俺は気付かずに、今日もぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「ふぅ、あっちぃ~…ちょいタンマ!」
動き回って暑くなり、汗もかいてきたので、俺はセーラー服の上着を脱いで肌着になる。
「よっしゃ!かかってこい!」
「「「うぉぉぉぉーー!!!」」」
俺が上着を脱ぐ時は、大抵本気を出し始めた時であり、それがわかっているのか、男子は皆俺に張り付く勢いでブロックに来る。
この瞬間がたまらなく楽しい。
密着して動きを封じられてもそれを何とか躱してパスを受け取ろうとする。
しかし、それを阻むように更に別のブロックが俺に張り付く。
正直言って、リリーの体じゃこのブロックを抜くのは困難だ。
しかし、だからこそ楽しい。
ブロックしてくる男子の前に回り込んで、逆に密着をしてブロックをし返す。
ぐいぐいと体を押し付け、相手の重心がズレるのを見計らってフェイントをかけて駆け出す。
そしてパスを受け取ってゴールリング下からシュートを放つ。
何故か、普段俺が普通のシュートを放つと、ゴールに入っても入らなくても落胆するようなため息が多い。
しかし、今日は何か様子が違った。
「…見たか?今の?」
「あぁ、見た…っ!」
おや?どうしたのだろうか?
「橘、ちょっと今のシュート、もう一度見せてくれないか?」
そう言って、ボールがパスされる。
あぁ、なんだ。今の動きからのゴール下シュートの手本が見たいのか。
こいつらもわかってきたじゃないか。
自分ではニヤリと笑ったつもりの天使の微笑みを見せて、俺は同じような動きをしてゴール下シュートを放つ。
ボールは綺麗にゴールリングへと入る。
「どうだ!ちゃんと見ていたか!?」
身長があれば、もっと良い手本になっただろうけど、それでも良い手本にはできたはずだ。
「あぁ!しっかりと見た!凄いとしか言いようがない!」
「全くだ!なんで今まで気付かなかったんだ…!」
おぉ、ゴール下シュートの重要性に今更気付いてあんなに悔しそうにするとは…。
これはこれからの練習でも鍛え甲斐がありそうだな。
ちなみに、この時の俺は皆がゴール下シュートを凄いと言っていたのだと思っていたが、そうではなかった。
皆が凄いと言っていたのは、すでにCカップまで成長をしていた俺の胸がたゆんと揺れているのを凄いと言っていたのであったが、それに俺は気付く事はなかった。
そして、この日以降、俺がセーラー服でバスケをする時には、早く上着を脱ぐ本気を出させる為に、男子の動きがより一層激しくなったのであった。
・次回更新予定:明日。
・裏設定
クラスメイトのバスケ部男子:安西 柾
別のクラスのバスケ部男子1:蓮野葉 葛
別のクラスのバスケ部男子2:耽羅沢 蓋木
・天使の称号シリーズ
恋の天使
男よりも男前な天使
ボクに舞い降りた天使
料理上手な天使
紺色スク水の天使
勝利の天使(NEW)←実際には来年に付与
(胸が)大天使(NEW)
・嘘次回予告
夏休みを満喫中のリリーのもとに、夜中の零時に迷子になってしまう少年が現れる。
突如として巻き込まれるトラブル。
存在を食べる存在を討ち滅ぼす為、リリーは、その少年と共に襲い掛かる魔の手を退治する事になる。
次回、碧眼のリリー 第十一話『金髪碧眼の討ち手』




