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無知

作者: あいきゃんふらい(揚)

 社会は厳しいんだ。

 あるところに、夫婦のもとに一人の女の子が生まれた。その夫婦は初めて授かった子供を大切に育てようと、決心した。


 女の子は、はさみを遠ざけられた。母親が腕を切ると言ったからだ。父親もそれに反対しなかった。

 女の子は、ナイフを遠ざけられた。父親が顔を切ると言ったからだ。母親もそれに反対しなかった。

 女の子は、苦痛を知らずに育った。


 女の子は、友達を遠ざけられた。母親がいじめにあうと言ったからだ。父親もそれに反対しなかった。

 女の子は、他人を遠ざけられた。父親が不審者にあうと言ったからだ。母親もそれに反対しなかった。

 女の子は、悪意を知らずに育った。


 女の子は、勝負を遠ざけられた。母親が自信を失うと言ったからだ。父親もそれに反対しなかった。

 女の子は、戦いを遠ざけられた。父親が自負を失うと言ったからだ。母親もそれに反対しなかった。

 女の子は、挫折を知らずに育った。


 女の子は、社会を遠ざけられた。母親がまだ早いと言ったからだ。父親もそれに反対しなかった。

 女の子は、世間を遠ざけられた。父親がまた後にと言ったからだ。母親もそれに反対しなかった。

 女の子は、世界を知らずに育った。


 ある日。

 女の子を守っていた両親が、交通事故で死んだ。幸いな事に、女の子は母親に咄嗟に庇われて、命だけは取り留めた。

 その日。

 女の子を守っていた者が無くなった。女の子を守ってくれる者は無くなった。守られなくなった女の子が初めて味わったのは、事故で負った怪我の痛みだった。

 一命は取り留めたと言っても、擦り傷、切り傷、打撲、骨折などの怪我をあちこちに負った女の子は、初めて苦しい痛みを味わった。

 苦痛を味わった。

 本当なら、そのくらいの苦痛は人間にとって、耐えられるものだった。けれど。

 けれど、その女の子は母親から、父親から苦痛を遠ざけられた。苦痛を知らずに育った。だったら。だとしたら。初めての耐え難い苦痛を、女の子はどう対処すればいいのだろう。


 ある日。

 女の子を守っていた両親が、事故で死んでしばらくたった時の事。女の子の親戚は、女の子の引き取り先の事で揉めていた。女の子の両親は莫大な遺産を残して死んだ。女の子の保護者となれば、それが全て手に入る。親戚たちはその事で毎日のように女の子の病室にやってきては、他の家と口喧嘩をしていた。

 愚かにも。

 愚かにも、女の子はその言い争いの原因を、自分自身に価値があるからだと思い込んだ。女の子は一番良い条件を提示してくれる家族の一員になった。

 結局。

 彼らは、遺産が全部自分のものになったと知ると、手のひらをひっくり返して女の子を追いやった。たちまち冷たい態度を取られるようになった女の子は、悪い意思を感じ取った。

 悪意を感じ取った。

 本当なら、そのくらいの悪意は人間に取って、耐えられるものだった。けれど。

 けれど、その女の子は母親から、父親から悪意を遠ざけられた。悪意を知らずに育った。だったら。だったとしたら。初めての耐え難い悪意を、女の子はどう対処すればいいのだろう。


 ある日。

 女の子が親戚に引き取られて、しばらくした日。女の子は学校で、テストを受けていた。親戚の家で除け者にされた彼女は、学校でも除け者になっていた。毎日のようにクラスメイトから虐められ、持ち物を全て隠されて、ありもしない噂を流された。女の子に手を差し伸べる者は誰もいなかった。

 心身ともに疲弊した女の子は、そのテストで酷い成績を取った。教師は点数を晒し、女の子は更にクラスメイトに虐められた。

 今まで誰にも負けた事がなかった女の子は、両親が作った箱庭の中で勝負などせずに過ごした女の子は自信を挫け、折られた。

 挫折した。 

 本当なら、そのくらいの挫折は人間に取って、耐えられるものだった。けれど。

 けれど、その女の子は母親から、父親から挫折を遠ざけられた。挫折を知らずに育った。だったら。

だったとしたら。初めての耐え難い挫折を、女の子はどう対処すればいいのだろう。


 ある日。

 女の子は、とうとう親戚から捨てられた。次に引き取る者もなく、女の子は社会に放り込まれた。社会を知らない女の子は、人々から騙されて、惑わされて、謀られた。世間を知らない女の子に、世間の常識を求めても、無駄だった。

 女の子は。騙されて、惑わされて、謀られて、全てを搾り取られた彼女は。

 いなくなった。

 世界を知らない女の子は、世界からいなくなった。


 女の子の両親は、彼女に愛を与えた。

 女の子の両親は、彼女から悪を遠ざけた。

 ただ、それだけ。

 たった、それだけ。

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