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小四郎の剣  作者: 文福 春太
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回想:失望

 小四郎が初めて道場に来たとき、板壁に数本の木刀が掛けてあるのを見て

「わあ、キガタナがある」と口に出して言った。

ドッと笑い声が起こった。

道場には小四郎より小さい子が何人もいたが、一様に(あざけ)りを含んだ笑いを小四郎に向けていた。

その中の一人が

「バーカ、これはボクトウと云うんだ」

「じゃあ、クサガタナは何て云うの?」

「そんなもの、あるか!」

また笑い声が上がった。

そこへ道場主の五郎兵衛がやってきて

(みんな)、今日から入門することになった篠田小四郎だ」

「剣術を習うのは初めてのようだから色々と教えてやってくれ」と言い、小四郎に向かって、

「家で多少の手ほどきを受けてはいようが、どの位の力か見させてくれ」と言った。


 五郎兵衛は初め、小四郎よりも小さい子と手合わせようとしたが、これは小四郎が渋った。

「怪我をさせては悪いよ」

「だが、お前よりも強いかも知れんぞ」

五郎兵衛は苦笑いしながら、仕方なく年上でも最も背の低い少年を指名した。

小四郎と同じくらいの年の子がいなかったからである。

小四郎は手加減出来るようにはなっていたが、制約のない状態で思いっきり遊びたかっただけであった。


「おい、少し(おど)かしてやれ」

小四郎の相手をする少年に仲間の子が(ささや)いた。


 小四郎が防具を付け終えて進み出ると、相手が軽く礼をした。

小四郎もその動作を真似(まね)てみる。

五郎兵衛の「始め」という声で相手は猛然と飛び上がり、小四郎の頭上へと竹刀を振り下ろしてきた。

だが小四郎は軽く右へと(かわ)しながら相手の左足の(すね)を竹刀で強打した。

「痛っ」

相手は竹刀を放り出して、左足を抱えながら(うずくま)った。

「貴様、足を打つなんて汚いぞ」

仲間の少年たちが小四郎を(ののし)った。

「えっ、そうなの?」

小四郎は五郎兵衛の方を振り返って言った。

五郎兵衛は困った顔をしながら、

「別に卑怯ではないが、試合では《勝ち》にならないな」

「じゃ、相手が倒れたところに打ち込めば良かったの?」


 五郎兵衛は答えに(きゅう)した。

それを誤魔化すかのように別の少年を小四郎の相手に指名した。


 「足を(ねら)われるぞ、気を付けろ」と野次が飛んだ。

今度の相手は小手調べをするかのように小四郎の竹刀に合わせ打ちを仕掛けてきたが、小四郎は軽くこれを(かわ)して、かち合いを避けた。


 防具を備えた試合稽古では怪我や痛みの軽減による安心感からか、竹刀と竹刀で派手に打ち合う傾向にある。

高橋道場では言わばそれがお約束になっていた。

小四郎はそのお約束を破った形になったのである。

小四郎からすればそんな《お約束》は知らないことだし、草刀で遊んだ経験から刀と刀が打ち合うことを避けただけだった。

木刀と草刀が打ち合えば草刀は折れてしまうのだから。


 相手は小四郎のそんな態度に苛立(いらだ)ちを感じ、竹刀へではなく小四郎の体そのものへ打ち込んでいった。

小四郎は素早く飛び退(すさ)りながら竹刀を振り下ろすと、それが相手の右手首に当たった。

相手は(たま)らず自分の竹刀を取り落した。


 これで《勝ち》なんだろうか?

それとも、ここから竹刀を持たない相手に打ち込んだ方が良いのだろうか?

と、小四郎が迷っていると、

「そこまで!」と五郎兵衛が言った。


 だが、五郎兵衛は心底困っていた。

今の小四郎の技は片手で放ったものである。

日頃、五郎兵衛は少年達に 

「片手では深手を負わせることは出来ない。刀は必ず両手で持て。竹刀も同様である」

と、言ってきたのだが、片手とは云え、防具の上から打って竹刀を取り落させる打撃は十分に強いものである。

このままでは彼の指導に疑問を持たれてしまう。


(あせ)った彼は少年達の中で最も強い少年を次の小四郎の相手に指名した。


 だがその少年は対戦を渋った。

年少者に負けること、道場で何年も剣術を学んだ者が入門し立ての者に負けること、その恐れが彼に小四郎との《立ち合い》を尻込みさせたのであろう。

彼にしてみれば小四郎の剣は余りにも変則的だったのである。


 五郎兵衛は仕方なく平常の稽古(けいこ)へと移行した。

型通りの素振りが終わり乱取り稽古へと移ると、誰も小四郎の相手をしてくれない。

五郎兵衛が余っていた一人に小四郎との稽古を(うなが)すと、『今戦っている二人の勝った方と次にやるのだ』と言って小四郎との稽古を拒んだ。


 困った五郎兵衛は小四郎に、

「今日は見学していなさい。

 皆の稽古が終わったら私が少し教えるから防具を解かずに待っていなさい」と言った。


 少年達の稽古が終わり皆が帰り支度を始めても、小四郎は道場の片隅でじっと座っていた。

少年達は時折小四郎の方をチラと(のぞ)き見るが誰も話し掛けて来ない。

五郎兵衛は稽古終了の挨拶(あいさつ)を少年達から受けた後、奥へ引っ込んでいる。

やがて少年達がいなくなり、五郎兵衛が竹刀を持って奥から現れた。

「次からは今時分(じぶん)、そう七つ|(日暮れの約2時間前)頃に来なさい。

 私が別立てで教えよう」と五郎兵衛が言った。


 小四郎の存在は他の少年達に、五郎兵衛の指導を疑わせる危険を(はら)んでいる、

と五郎兵衛は判断した。

小四郎を他の少年達から引き離した結果、小四郎が道場をやめる事になったとしても構わない、と考えた。

それだけ自分の剣術の指導に自信が無かった、ということになる。

五郎兵衛はただ、自分が師から受けてきた指導をそのまま真似(まね)ているだけだった。


 小四郎は五郎兵衛と立ち合った。

正に大人と子供だった、体格的にも技量的にも。

一本目は竹刀を(はじ)き飛ばされて面に打ち込まれた。

二本目は弾き飛ばされはしなかったが、竹刀を大きく泳がされて同じく面に打ち込まれた。

三本目は竹刀のかち合いを避けたが、その(すき)()かれて胴を打たれた。


 「よし、今日はこれまで。」


 えっ、と小四郎は思った。

まだ四半刻|(約30分)の半分も()っていない。

そうか、今日は昼過ぎからずっと道場にいたからだ、と考えた。


 だが、次の日も、その次の日も同様だった。

五郎兵衛は何も教えてくれなかった。

小四郎から3本とると、それで終わりになった。


 小四郎は少しも楽しくなかった。

もう道場を辞めたいと思ったが、自分から父に頼んで道場に通わせてもらった手前、それを言い出すことは中々出来なかった。


 そんな或る日、悶々(もんもん)としながら道場から家へ帰る途中、権太に出会った。

 次回、権太との出会いが、小四郎の剣術に対する思いを変えさせます。小四郎の孤独とも云える剣術修行の切っ掛けが語られます。

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