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諸行無常の兆しアリ

 なんてことない、いつもの朝だった。


 私は朝に弱い。

 どれくらい弱いかというと、あまりにもお弁当を持っていくのを忘れるので、ついにお母さんに愛想を尽かされ昼食は購買になってしまうほどに。


 この日も、私はミスを犯した。

 陽光がカーテンの隙間を縫って照らすベッドの上。天井を見つめる私は、まだそのことには気がついていない。


 目を覚ましてから数十秒間、ベッドから身を起こしても、頭はまだ夢から覚めなかった。

 これは現実、それはわかる。でも、どこか現実感がない。まるで世界からつま弾きにされるような、仲間外れにされるような、寂しく落ち着かない気持ちに心が支配されている。


 たまに、夢というのは別世界の自分なんじゃないか、なんて、SFじみたことを考える。時々、夢の中で繋がってしまう世界。そして、その不具合を無かったことにするように、目覚めと共にぼやけて消えて行く記憶…。


「あ」


 部屋を虚ろに見渡していた視線が止まる。

 その先にあるのは、とっくに鳴っていたはずの時計だ。


「また、遅刻だ」


 呑気な声で、そう呟いた。




「はあ…。なっちゃん、寝坊するの、今月で何回目だかわかってる?」


 対面に座る女の子が、こちらをじっと見据えている。

 これは私にお説教するときの顔だ。本人はこわい顔をしているつもりなのかもしれないが、如何せん元が可愛いのでどんな表情をしてもかわいさが勝ってしまう。


「む…なに笑ってるの」


 私がどんな顔をしたのか知らないが、彼女はムッとした顔になる。一方私はといえば、違う方向からのアプローチに、口元が緩みきってしまった。


「いやぁ〜、笑ってないってばぁ。くるみがいつもと変わらず可愛いから、ちょっと嬉しくなっただけ」


 舌をチロリと出し、親指と人差し指でちょびっと、というジェスチャーをしてみせる。

 そんな私に呆れたのか、くるみは、はぁ…なんてわざとらしい溜め息をして、いつものほわっとした表情に戻った。


「それにさ、今日のは寝坊じゃないよ。時計を見たら、アラームはちゃんと鳴ってたんだ。だから…私は寝坊じゃなくて二度寝をしたのだ!」


 ここが攻め時と、私は早口で捲し立てる。最後にビシッと人差し指を突きつけるオマケ付きだ。

 フフ…いつまでも責められるだけの私ではないのだ。が、


「それ、寝坊とどう違うの」


 淡々とした口調でそう告げられ、私はガクリと肩を落とした。

 だが、これは予想の範疇だ。くるみの容赦の無さは私が一番よくわかっている。これくらいでしょげていては、くるみの相手は務まらない―――!


「あと、人に向かって指を指さない。マナー悪いよ、なっちゃん」


 まさかの追撃が来た。さすがの私もハートを砕かれる。

 よよよと泣くフリをしてみるが、くるみはそんな私を無視してサンドイッチを頬張り始めてしまった。

 お昼休みは有限である。汚名返上は諦めて、私も、ビニール袋からあんぱんを引っ張り出した。あんぱんとメロンパンのコンビが私のスタンダードな昼食なのだ。


 あんぱんを咀嚼しながら、じっと対面を見つめる。

 黙々とサンドイッチを食べるこの少女は私の幼馴染であり最大の親友である来栖くるみ。

 昔からほとんど変わらないあどけない顔立ちに、長いまつげとほんのり紅潮した頬が、人形のような愛らしさを生み出している。それで背も小さいのだからそれはもうとんでもない破壊力だ。髪は綺麗な漆黒で、私はロングをオススメしていたのだが、本人は長いと邪魔だという女子高生にあるまじき理由でショートボブにしている。まあ、どちらにしろ可愛いのだが。


 私の目線に気づいてか気づかずか、サンドイッチを一つ食べ終わったところで、くるみは顔を上げた。

 大方さっきの続きだろうと身構えるが、くるみが発したその話題は、予想外のものだった。


「そういえば、なっちゃんは朝いなかったから、転校生のことまだ知らないよね」


 転校生。

 突然出てきた馴染みのないその言葉に、私はつい、ふぅん…なんて気のない返事をしてしまった。


「あれ、おかしいな。なっちゃんならもっと食いつくと思ったのに」


 その反応がくるみは不服だったようだ。さっきみたいなむくれ顔を見せる。このあざとい表情を無意識でやっているであろうところがこの子の怖いところだ。魔性の女、くるみ。


 しかし、私だってこんな反応をしたかったわけではない。

 転校生のことは純粋に気になるし、仲良くしたいとも思う。


「いや、ちょっとびっくりしちゃっただけ。でも、私、それらしき子は見てないよ?今もいないみたいだし…」


 教室をぐるっと見渡すが、そこには見知った顔しかない。

 くるみは本日2度目の溜め息を吐いて、私呆れてますの意思表示をしてきた。む…まだ責め足りないというのか。


「そりゃあそうだよ。なっちゃん、さっき来たばかりじゃん」


 そうでした。私はなんと6時から11時に渡って長い長い二度寝を行い、悠長に身支度をしてから家を出て、学校に付いたのはつい先刻、1時を回ってからなのでした。大御所出勤ここに極まれり、である。

 そりゃあ呆れるよ。溜め息だって尽きないよ。

 あはは…と弱々しい笑いを浮かべながら頬を掻く。


「まあ、反省はしてるようだからイイケド…。でね、転校生は今は男の子たちに連れられて食堂だよ」


 続くくるみの言葉に、私の耳がピクンと反応する。今、聞き捨てならないことを聞いた。

 転校生が…男どもに連れられて…食堂だとぅ…!?


「あのエロ男どもめ…ついに多数で女の子を囲い込むとは卑怯なり…」


 思わずあんぱんを握る手に力が入って、慌てて力を緩める。

 そんな私を見て、くるみはジトっとした目を向けて言った。


「なっちゃん…転校生が女の子とは、誰も言ってないよ…」


 私は今日も、ミスを増やしていく。

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