第七話・歩んできた道と、最後の訪問者。
魔法を消された僕はカンナの背後に回り込み、首に痛烈な手刀を打ち込んだ。一瞬意識を飛ばした彼女を手際よく魔法綱で 複雑に縛り上げ、天井の梁に吊るす。
この縛り方は旅をしている時に未開の変態部族から学んだもので、「タートルノット」というらしい。 相棒はぶら下がっているカンナをまじまじと眺めて「ふむ、これは芸術だな」と囁いていた。
8人の男達も同じようにタートルノットをお見舞いし、カウンターの前に並べて正座をさせた。
相棒はカンナがこれまでどんな人生を送ってきたのか興味が湧いたらしく、彼女と男達に尋問を始めた。
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30分以上経っただろうか。 たった今、カンナが大方の過去を語り終えた所だ。
「まさに絶頂からの絶望、でしたね……」
彼女はそう言ってため息を一つ吐いた。
「お前底なしのバカだろ」
相棒が淡々と答える。
……あの日パーティが崩壊し迷宮を出たカンナは、既存のパーティに色仕掛けで潜り込んでは人間関係を破壊しまくるパーティクラッシャーとして活動を続けていたそうだ。
フータのパーティではサーン、リンコに次ぐ「3番手の女」だったので、いかにして他2人の女のプライドをズタズタにして絶望の淵まで追いやるかという事に心血を注いでいたが、なかなか上手くいかないので、あの事件の前から既に飽き始めていたらしい。
それから数年間、彼女は「出稼ぎ」と称して各地のパーティをぶち壊しながら渡り歩いた。いつしかその悪名は『パーティクラッシャーK』として近隣に知れ渡り、流行病のように猛威を奮うようになる。
……厄介な事に、カンナは図らずも豊富な戦闘経験を積む事になった。その経験に裏打ちされた実力を得て、この辺りでは屈指の女魔導師になっていたのだ。
当時の事を、彼女はこう語った。
『力で圧倒するのは最高だったよぉ……あの時の優越感と言ったらもう……誰も逆らわないし……チヤホヤされるし』
そして、新しい「遊び」を覚えたそうだ。
——その辺の不良冒険者をねじ伏せ、下僕にするという「遊び」。
それからは逆ハーレムパーティを結成して女王様気分で男達を足蹴にしていたが、水面下ではカンナに解体された複数パーティの女達が徒党を組んで勢力の拡大を続けており、ついには「パーティクラッシャーK」の討伐に乗り出した。
「迷宮で凄いものを見つけた、手に入れるには貴女(カンナ様)の力が絶対に必要」
という甘言にまんまと騙されたカンナは単身で「PCK (パーティ・クラッシャー・カンナ) 討伐隊」と共に迷宮に潜り、不意を突かれて半殺しの目に遭った。そのまま無慈悲な置き去りを喰らったそうだ。
茫然自失で迷宮を彷徨っていると、次から次へと魔物の群れに追い打ちをかけられた。 その時の負傷によって弱体化した彼女は、今度は逆に、自分で集めた下僕達の奴隷的な存在にまで落ちぶれてしまったらしい。
まさに、自業自得というものだ。
男達とカンナは時折、ああでもないこうでもないと火花を散らせていたが、全体的な筋を拾うとこんな感じだった。
「こ、今回もねぇ、こいつらに命令されて無理矢理……」
「おいバカ女! てめぇもノリノリだっただろうが!」
タートルノットで縛られた男たちとカンナが汚い言葉で罵り合いを始める。
「モコの小手調べを反射的に打ち消せるレベルまで回復してるわけだからなぁ。 雑魚の命令でバカな計画に乗る必要はない」
相棒がカンナの豊満な胸に語りかける。
そっちが本体だと思っているようだ。
「よ、弱いフリしてればフータ様が保護してくれるかなって……下手したら保護からの王都行きもワンチャンあるかなって」
「素直でよろしいが、打算にも程があるだろ。 正直に言えよ、お前もこいつらと同じ考えだったんだろ? 俺たちを脅して金を巻き上げて、あわよくば国の方針を揺さぶれると考えた」
カンナは子供みたいにしゃくりあげながら嗚咽を漏らしていた。
「私、魔法が使えなくなって何も出来なかったし……足も使い物にならなくて……助けてくれる友達もいなかったからぁ……」
チンピラグループの奴隷。 負傷して落ちぶれたカンナは、悔しくても彼らに縋るしかなかったのだろう。
彼女は力で圧倒する事の快感を知っていたからこそ、彼らの攻撃的な思想にだけは賛同していて、この杜撰な計画に乗ったのだ。
「ゆっ、許してくださいモコ様ぁ! もう二度とこんな考えは起こしませんからぁ……投獄だけはぁ……」
「もう泣かなくていい。 とりあえずフータの懐から盗んだものを出して」
「あっはい。すんませんしたっ! 袖口にありますっ」
相棒は吊るされたカンナの袖に手を突っ込む。出てきたのは国王から贈呈された高価な万年筆だった。
「おぉ、全然気付かなかった。すごいな」
相棒はカンナの顔に「投獄、懲役280年。」と落書きしてから万年筆を仕舞った。
「……私も王都で優雅な暮らしがしたぁいぃ……足も治ったし魔法も使えるからぁ! 役に立つから連れていってくださいぃ……!」
僕はカンナの拘束を解いてやった。
落下して後方に倒れ、鈍い音がした。後頭部を打ったようだ、頭を抱えて悶絶している。
カウンターの前で大人しくしている男たちは虚ろな目をしていた。 僕たちと旧友であるカンナが許される事はあっても、自分たちの罪を見逃してもらえるはずがない、という諦めの表情にも見える。
彼らは大きなリスクを顧みず、覚悟を決めて僕たちに刃を向けたのだ。 いや、ただのバカなのかもしれないけど、この行動力は凄まじい。
「君を罠に嵌めた女達や、奴隷にしていたこの男達に復讐したいと思う?」
僕がそう尋ねると、カンナは暫く沈黙していたが、口を尖らせてボソボソと喋り出した。
「いつか殺してやるって気持ちもたくさんあったけどぉ……もうしないよぉ。 どうせまたやり返されるだけだし……私も悪いことをしたとは思ってるんだよぉ」
「……モコ、どうする?」
まだボソボソと喋っているカンナを遮って相棒が耳打ちをしてくる。
「うーん……もういいかなって」
「飽きてんじゃねぇよ」
「そういう訳じゃないけどさ」
「なぁお前さ、カンナだっけ? せっかく足も治ったんだ。 その実力がありゃこの辺じゃ重宝されるだろうよ。 そっちのチンピラ纏めあげて真っ当な仕事でもすればいいだろ? お前は女王様に返り咲けるし、こいつらは今までよりずっと良い暮らしが出来るぞ」
「あれぇ!? もしかして無罪放免ですかぁ!?」
「変な噂が立ったら即、投獄するように報告しとくからな」
男達の表情が一気に明るくなった。
実際、彼らは僕がこの街に現れなければ変な気を起こす事もなかったような気がする。
カンナから僕らの話を聞いて、鬱積した気を晴らすには今しかないと閃いてしまったのだ。 きっと。
燻っていた火が、条件が揃ったことで、一気に燃え上がってしまった。
戦争のような切迫した状況下では統一される国民の意思も、身の安全が保証された途端にブレが出る。 いつかだったか、相棒がそんな風に言っていた事を思い出した。
「いいのかモコ、このままで。何発かいっとくか? 」
「懲役280年なら充分だろ」
僕らが店を出て歩いていると、背後からカンナに呼び止められた。
「モコ、足を治してくれて本当にありがとうございました……」
「全然。 こっちこそ、あの日はごめんね」
彼女は地面に伏せ、深々と頭を下げている。
「このご恩は一生、忘れません……」
「いや忘れていいよ。 僕も今、忘れていたから」
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「なんだか……人生の節目に立っている気がするなぁ」
僕たちは、あの日、旅立つ事を決意した丘に向かっていた。初めて相棒と言葉を交わした場所だ。
もう特に用事はない。あとは帰るだけだったが、時間に余裕があったので僕から提案をした。
戦争が終わり、15年目の弔いを終えて『自分の人生には一区切りがついたのではないか』という心の片隅に芽生えた気持ちが、始まりの場所へと足を向けさせている。
「初めて君を弔いに連れてきて……サーンとカンナに再会した。 こんな偶然があるのかな」
「まぁ……サーンに関しちゃ行きつけの宿で待ち伏せしていた訳だからなぁ。 偶然じゃねぇだろう」
「でも、これでリンコにでも出くわしたら奇跡だろ? 彼女の性格的にこの街にいるかどうかも怪しいけど」
「こういう時って畳み掛けてくるもんだけどな、経験上。 奇跡みたいな偶然は、客観的な視点で紐解いてみると必然の連鎖反応だったりする」
「あぁ、なんとなくわかる。ちょっとした事なんだよね。 些細なキッカケから一気に全ての歯車が噛み合っていく、みたいな」
話しながら歩いていると、中央に噴水のある広場に出た。 石畳の敷かれた円形の広場で、噴水を囲むように様々な露店が開かれている。 主に食べ物だが、中には衣類や日用品も売られていて、買い物をしているのは女性の比率が高い。
「さっきはクソまずいもん食わされたからな。 ちょっくら口直ししてくるわ! お前も行くか?」
「僕はいいや、ちょっと疲れたから向こうで座ってる。 騒ぎになるからひっそりやれよ? 君が囲まれ始めたら置いて逃げるからな」
「ここは女子供ばっかりだ。 お前ほど顔は売れちゃねぇから平気さ」
軽快な足取りで露店に向かう相棒を見送って、木陰のベンチに腰を下ろす。 噴水の周りで子供達が遊んでいる。 その後ろには笑顔で談笑する母親たち。 こんなに穏やかな風景をぼんやりと眺めるのはいつ以来だろう。
相棒は露店のお婆さんと大袈裟な身振り手振りで話をしているようだった。 言葉が通じない訳でもあるまいし、どんな会話をしていたらあんなに膨大なジェスチャーが繰り出されるのか。 思わず顔が綻んでしまったので、僕は下を向いて誤魔化した。
「おにいさん! 」
その言葉に思わず反応して、顔を合わせてしまう。
声の主は鼻を垂らした可愛らしい女の子で、首からお手製であろう首飾りを掛けている。 白く小さな花が沢山ついた蔦植物を編み込んであるもので、とても上手で、似合っているな、と思った。
僕はすぐに立ち去ろうとしたけど、女の子は外套の裾をはっしと掴んでいて、僕の目をじっと見つめてくる。
……そしてまた、「おにぃさん」と呼んだ。
姿勢を正し、被っていたフードを取って、女の子と数秒見つめ合う。 彼女はだんまりを決め込んで、少し俯く。
「……うん。 どうしたの? 」
「これ……あげる 」
再びフードを被ろうとした僕は、その手を止め、驚きのあまり目を見開いてしまった。
彼女は自分が付けている首飾りを取り、僕に差し出してきたのだ。
「……え? どうして? どうして僕に?」
「……さみしそーだったから」
「えっと……僕が? 僕がさみしそうに見えたの? どうして? どうしてそう感じたのか、お兄さんに教えてくれないかな。 顔? 表情でそう思ったのかい? それとも、座っている形?」
女の子が一歩、後ずさりしてしまう。
「あっ……ごめんごめん! えっと……そうだ、この花。 この蔦植物の……花の名前を知っている? 知っていたら、僕に教えてくれないかな。 えっと、僕には植物の知識が全然なくて、君に教えて貰いたいんだ。 この花の名前を」
「……わかんない」
「そっかぁ……残念。 あの、君は……」
「……これ、いらない? 」
「ううん、そういうわけじゃない! 要らないなんてちっとも思ってない、本当だよ。 あ、じゃあちょっとそれを貸してくれる? 」
僕は女の子から首飾りを受け取って、頭の上に乗せた。 子供のサイズなので、当然首までは下がらない。
「……ね? 僕が付けると、王冠みたいになってしまう。 これじゃ、この首飾りが可哀想だ」
女の子は僕の頭に乗った首飾りを見て、キャハハ、と笑い声を上げる。
とても愛おしくて、その場で抱き上げてぐるぐる踊り出したい気分だった。
「……だからこの首飾りは、君の首元に居るのが一番幸せだ。 この世界の誰よりも、君に似合っている」
僕は女の子に首飾りをかけてやった。
その子は何故か途端に寂しそうな表情を作って、頬をぷくっと膨らませた。
「違うんだ! 本当に、本当に嬉しいんだよ。 この首飾りが出来損ないとか、僕に不釣り合いだとか、そういう事を言ってるんじゃない! なんというか……そうだ! 僕はね、君から『首飾りをあげたい』っていう『優しさ』をね、もうたくさん貰ってるんだ。 だから、それだけでもう……つまり、お腹がいっぱいになったんだよ。 本当にありがとう、君の名前を教えてくれる? 」
女の子は口をポカンと開けて、僕を見上げていた。
「シーナぁ! もう帰るよぉ! 」
遠くから母親に呼ばれた女の子は、『はぁーい!』 と元気な返事をして、僕と喋っていた事なんかすっかり忘れてしまったみたいに駆け出した。
「シーナっ! 」
僕は、大声で彼女を呼んだ。
シーナは振り返って、僕に手を振る。
「君の幸せが……これからもずっとずっと続くように、僕は祈ってる! 」
またキャハハ、と笑って走り出す。
シーナは母親の手を掴んで、手を振ってきた。
僕を指差して母親に耳打ちをしている。 母親はうん、うん、と何度か頷いてから、遠くにいる僕に向かってペコリと会釈をした。
……フードを被って座りなおす。
気持ちが昂り過ぎてしまった。
相棒に見られていたらバカにされるな、と思いながら周囲を見渡す。
良かった、相棒は串に刺さったわけのわからない食べ物に夢中だ。 口をモグモグさせながら戻ってくる所だった。
「あのう……すみません」
……あぁ、しまった。
弱々しい声に目線だけ上げると、目の前にはハンチングを目深に被った少年が立っていた。 左手には白い布を持っており、そこから紐が垂れ下がっている。その汚れやシミ具合から、エプロンではないかと直感した。
飲食物を扱う仕事をしているのかもしれない。 帽子で顔はよく見えないが、15〜6歳くらいの印象を受ける。
「モコ=レイラルド様ですよね……?」
「あ……よく、似てると言われます」
「あの……絶対に誰にも言いません。 騒いだりしないので……握手だけでも……して頂けませんか? 」
「……もちろん」
ベンチから腰を上げて右手を差し出す。日差しの加減が変わり、少年の表情がよく見えた。
——僕はもう、彼が放つ殺意に気付いていた。
左手のエプロンがはらりと落ち。
掴んでいたナイフが露わになる。
鈍く光る刃先が、僕に届くまでの刹那。
何十年もの間、積み重ねてきた戦闘。
何千、何万と躱してきた攻撃。
いつしか身体に染み込んでいた回避行動。
その無数の選択肢が脳内で明滅していた。
僕の全身はそれら全ての行動選択を拒絶し、その刃を腹部に受け入れる。
「俺の母は……お前を悪魔と呼んでいた……! 一番大切な人を奪われたと、毎晩のように泣いていたっ!」
二度三度と、ナイフが僕の腹を抉る。
近くから悲鳴が上がった。
相棒が持っていたものを捨てて、走り出す。
「俺は知ってるんだっ! 迷宮の奥で、お前が女をリンチして、酷い事をして、置き去りにしたっ……最低最悪のゲス野郎だって事を!」
刃を受けたのはいつ以来だろう。
傷口が焼けるように熱い。激しい痛みが脈を打つ。最後に自分の血を見たのはいつだっただろう?
腹部に突き立てられたナイフ。
石畳には赤黒い血が滴り落ちていた。
「君のお母様の名は……リンコだね。 リンコ=トラスフィードだ」
その言葉に少年は一瞬だけ目を見開いて、僕を睨みつける。 彼の顔は、時々僕の左目に映るあの頃のフータと全く同じ……まるで生き写しだった。
「何してくれてんだこのクソガキがぁ!」
相棒が駆け寄ってきた勢いのまま、少年の頬を殴ると、すぐに後退りをして尻餅をついた。 僕と同じように、自分とそっくりな彼の顔に驚いたのだろう。
二人の側に歩み寄って、左手で少年の足を掴む。
「うっ、うわぁ! 離せゾンビ野郎! 」
右手を相棒の肩に乗せて空間転移魔法の魔法陣を展開する。 行き先は、始まりの丘。
「ここは人が多すぎるから……場所を変えよう」




