第五話・サーンの思いと呪いの左眼。
「サーン、顔を上げて。 そんなに畏まらないで欲しいんだ」
「……モコ様、フータ様。 お疲れのところ大変恐縮ですが……どうしてもお話したい事があるのです。 私に少しばかりのお時間を頂けませんでしょうか」
サーンは顔を下げたまま、震えた声でそう言った。
隣では主人が目を丸くして、僕と彼女の間で忙しなく視線を泳がせている。
「もちろんだよ。今……びっくりして何も考えられない。君がここにいるなんて」
「これは驚いた……。 お知り合いでしたか……」
「おじさん、すみません。 少し彼女と席を外しても?」
「えぇ、えぇ。 勿論でございます。 サーン、今日の仕事は終わりで構わないから……くれぐれもレイラルド様に失礼のないようにな。 では御二方、 本当に楽しい時間を、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。 お気遣いありがとうございます」
僕は丁寧に返事をして、頭を下げた。
相棒は椅子の背もたれに肘をかけて、我関せずといった様子でミルクを煽っている。
「フータ、君も来るんだよ」
三人で外に出る。 深い藍色の空には沢山の星が瞬き、月がぼんやりと浮かんでいた。 筆を滑らせたような薄雲が遠くまで伸びている。
少し肌寒かったので、薄着のサーンに外套をかけてあげた。
「あ……ありがとうございます」
憂いを帯びた瞳と、視線が合う。
「今から3年前……モコ様が一人であの迷宮に入っていくのを偶然お見かけました。 当時既に、お二人の王都でのご活躍は耳に届いておりましたので……大変驚きました」
サーンがゆっくりと語り始める。当時とは比べものにならないほど理性的で、冷静な声色だった。
「その時の私は、モコ様に声を掛けられませんでした。 どうしても勇気が出なかったのです。かつての自分の未熟な振る舞いが脳裏をよぎってしまい、胸を締め付けられるような思いがして……。 転移魔法で帰ってしまうと考えながらも、迷宮から出てくるのを待ち続けました。 歩いて戻っていらっしゃったので、遠くから後をつけて、この宿を利用しているのを確認しました」
サーンは瞼に涙を溜めていた。
一度空を見上げると「スン、スン」と小さく鼻を啜る。
それにしても、なんともメイド服が素晴らしい。完全に僕の趣味と合致している。 流石に15年の時は女性の容姿を劣化させるものだと思うが、それを差し引いても……いや、差し引くどころかいい感じに熟れたと言えるだろう。 王都の煌びやかな女性たちとはまた違った趣のある色気だ。
「サーン、そのメイド服は……いつも着ているのかい?」
「……え? えっと、今日は特別に……いつもの姿では失礼に当たるだろうとご主人が。 あの、お話を続けても……?」
「あ、ごめん」
「……私は本当に愚かでした。 あの日、モコ様の攻撃魔法を見た時……この人は次元が違う、とはっきり感じました。その後、迷宮でモコ様がとられた行動の、本当の意味を理解したのです」
「ぶぇーっくしょん!うぇ〜い。 ズズッ!」
相棒が大きなクシャミをした。
一瞬サーンが侮蔑の視線を送ったのを、僕は見逃さなかった。
「もしあの時、モコ様を追放して王都に向かったら……真っ先に死ぬのは間違いなく私でした。 当時のフータ様が苦戦するような魔物が一体でも現れれば、私は勿論の事……他の二人もあっけなく死んでいたでしょう」
「あー、悪いがソッコーで全滅だぜ? 他のメンバーを犠牲にすれば、一人くらいは生き残ったかもしれないけどな」
「フータ、横槍を入れるな」
「お前の横槍も刺さってたぞ」
「あの迷宮を私たちが無事に脱出するために、モコ様に掛けて頂いた最後の魔法……あんなに強固なプロテクトがあっても、私たちは満身創痍でした。命かながら最深部から抜け出してきました。 そして……そこまでのお膳立てをされて初めて、私は魔物の強さ、自分の無力さ、本当の実力を痛感致しました。……あの日のモコ様に教えていただいたのです」
サーンは外套を脱いで、僕に返す。
両膝と両手を地面につき、土に額をぶつけるように頭を下げた。
「あの時は本当に……ありがとうございました。 そして、過去に行った数々の非礼をお許しください。あの頃の愚かな私を、どうか、どうかお許しくださいませ……どうか……私の罪を……」
「やめてくれ!」
僕の声に、サーンがびくりと肩を震わせた。
彼女は緩慢な動作で、涙に濡れた顔を上げる。
「違うんだ。 そんな大層なものじゃない。 あの時の僕はもっと傲慢で、わがままで、自分勝手な子供だった。 君が当時の自分を蔑むのなら、僕だって同じだ。 ……本当だよ」
——あの日の僕は、自分の「幼さ」をメンバーにぶつけただけだ。 感謝される謂れはない。
そう伝えるとサーンは目を見開き、「そんなことはありません、モコ様には全てが見えていたのです」と自虐的な微笑を浮かべて、言葉を続けた。
「……フータ様はどう思っておられるのですか。 追放を言い渡されたモコ様は、あの未熟なパーティーを解体するためにあなたを攫い、私たちから遠ざけました。 あなたも当時はモコ様を見下して、辱め、弄んでいた。その当時の自分を、どうお考えでしょうか」
突然、話を振られた相棒が「んん? なんだ俺かぁ?」と、異常にとぼけた声を出した。
「さぁな。その件に関しちゃ俺はノータッチだ。まぁ……若気の至りって奴じゃねぇの?」
相棒は鼻の穴をぐりぐりとほじって、ハナクソを飛ばす動作を決めた。
「信じられない……。 今、なんと? もう一度お聞きします、 "隻腕の天才軍師" フータ=ジルギース様。……輝かしい通り名ですね。 それも、モコ様のお力添えがあったからこそなのではないですか? 過去にモコ様をなじり、貶めていた罪を……あなたは背負って生きていましたか?」
サーンが言い終わる前に、大きな笑い声が響き渡った。
「ハハハ! 何を言い出すかと思えば! 背負っちゃいねぇよ、そんな薄っぺらい罪。 俺とモコが何年一緒に旅してきたと思ってる? お前と俺を同列で語るなよ。 あんなもんはな、ガキ共のちっぽけな小競り合いみたいなもんだ。 お前らはモコを虐めていたが、モコだってボコボコにしてやり返してる。喧嘩両成敗さ」
「……なんですって? あなたはモコ様の行動の真意を汲み取れなかったと言うのですか! ……私がどれだけあの頃の自分を恥じ、責め続けてきたと……」
相棒は僕をちらりと横目で見て、鼻筋を何度か指でさすった。 何か考えている時の、彼の癖だ。
……僕は、本当に情けないけど、何も考えられなかった。 頭の中をいくら探しても……サーンや相棒にかける言葉が見つからなかった。
「…… お前が勝手に解釈して自分を責めるのは勝手だけどな。 そんなもんに後ろ髪引かれてたら人生が何回あっても足りねぇや。 三年間もこんな辺境でモコを待って、渾身の謝罪して満足か? ……かぁーっ! 全く辛気臭ぇ女だぜ! 思い出のイジメ話に花咲かせた方がまだマシだ!」
サーンの平手がフータの頬を打ち、乾いた音が響いた。
「サーンやめてくれ! フータも……」
「ったく痛ぇなぁ。 お前、悔しいだけだろ? 一緒になってコイツをイジメてた男が、隣で名を上げたのが」
サーンは下唇を噛みしめていた。
握りしめた拳がわなわなと震えている。
「言わせてもらうけどな、モコだって抜けようと思えば、あんなクソパーティはすぐに抜けられた。 あれだけコケにされていて、あんな状況になるまで、何故抜けなかったか……お前もわかってるんだろう? 」
「もういいです! あなたとは話になりません……」
「いいや、逃げるんじゃない。 モコはな、どれだけ恥をかかされようが、ゴミ扱いされようが、ずっとパーティの為に尽くしてたはずだ。 何故かって……お前の事が好きだったからじゃねぇのか? こいつの気持ちに気付いてたんだろ? 俺からしてみれば、一番モコの心を踏みにじって追い詰めていたのはお前だぜ。 まずはそれを認めて一から十まで謝るのが筋ってもんじゃねぇのか。 モコが偉くなったからって取ってつけたような言葉で許しを乞いやがってよ。ちゃんと自分の言葉で喋れってんだよ。 俺に責任転嫁してる場合かよ」
「そ、そんな事っ! ……私だっ……て……!うっ! うっ、ぐすっ、うぇえええ」
「フータ、頼む。もうやめてくれ」
「やめないね。 とにかくだ、改心したアピールで善人ぶってるけどな。 お前は結局自分がかわいいだけさ。 モコが当時、何に一番傷ついていたか。何がこいつをあのクソッタレパーティに縛り付けていたか。 一番大事なポイントをごっそり無視して『あの頃の私をお許しください』ときた。失笑モンだぜ。 お前が謝りたかったのはな、当時の憐れなモコを思っての事じゃない。『イキがってた頃のバカな自分が、英雄・モコ=レイラルド様の記憶に残っている』って事実が、どうしようもなく恥ずかしくて耐えられなかっただけだろう? そんな昔の自分を綺麗に消去して、安心感を得たいだけさ」
「ち、違うっ! ……こ、このドクズ、信じられない……! 自分の事を棚に上げすぎじゃないの!? あなただって面白がって、ワザと私との行為をモコに見せつけたりしてたじゃない……この変態!」
「もうやめてくれよ二人とも! ……その辺のトラウマは結構心に刺さるから!」
サーンは今にも飛びかかりそうな勢いで、息を弾ませながら肩を上下させていた。
一方の相棒は明後日の方向を向いて素知らぬ顔だ。
「もうその話はやめよう。 あの頃、サーンはフータの事が好きだった。 そんな事は分かっていたのに、君を諦めきれず悔しくて……。 迷宮であんな仕打ちをした事は申し訳ないと思っている。 僕からもお詫びさせてくれ、本当にすまなかった」
僕はサーンに深々と頭を垂れる。
「モ、モコ様おやめください」という、震えた声が聞こえてきた。
「今日は、昔の事は…忘れよう。せっかく15年ぶりに再会したんだ、君が元気そうで嬉しかった。 部屋に戻ってお酒を飲もう。くだらない話でもしてさ……」
サーンは口元を両手で覆った。 零れ落ちてくる涙を拭おうともせずに。 ……そして、僕の胸の中に飛び込んできた。
「モコ様……わたし……私、嬉しいです……なんて懐の深い方……」
「いつまで泣いてやがんだこの女は」
「アンタは黙ってなさいよクズフータ! 私の貞操を返せよヤリチン野郎! 死んじまえっ!」
「ヒュ〜ウ!」と軽やかな口笛を一つ鳴らして「あー、怖い怖い」と言いながら相棒が部屋へ戻っていく。 それを追おうとすると、サーンが僕の裾を掴んで引き止めてきた。モジモジと顔を赤らめて、「今夜……私のお部屋へ」と囁いてくる。
「ごめん、ダメなんだ。 外でのそういう行為は固く禁じられてる。王都にいる妻にも悪いしね」
「……いいじゃありませんか、今日くらい。 監視がついてる訳でもないのでしょう?」
「腕のいい魔導師ほど、無駄弾は撃たないんだ」
「は? 」
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「フータ! あんたってほんと老けないわね!」
「俺はまだ26歳だからな」
「はー、つまんないジョーク。死ねばぁ?」
サーンがグラスのワインを一気に空にする。
相棒は肩を揺すって笑いながら、そのグラスに瓶を傾けた。
「バカモコぉ、あんたなんで片目が灰色になったのぉ? 違う人種みたいねぇ」
完全に泥酔していた。 彼女は顔を寄せてきて、僕の顔を撫で回している。 相棒は対面の席で、ニヤニヤしながらこの光景を眺めていた。
「ねぇねぇ、どうしてあの迷宮に出入りしていたのぉ? 珍しい魔物でもいるのぉ?」
アルコールが入って顔が紅潮している。
目が据わっていて、先ほどよりも随分幼く見えた。
彼女が幼かった頃の風貌や表情。敵を前にして弓を引く精悍な横顔。それらが唐突に、フラッシュバックしてくる。
「お前こそ3年前、なんであの迷宮の近くに居たんだよ」
相棒が尋ねる。 サーンはまたグラスを空にした。
「え? あぁ……時々あそこに行くのよぉ、わたし。 反省するためっていうか……あの時のことを忘れないためぇ? にさぁ。 悪い!? 」
……左眼の奥に、鈍い痛みが走った。
「大体ねぇあんたと話してる訳じゃらいんれすけどぉ。 ……で、モコぉ、なんであそこに来てたのぉ? 」
「……弔いだよ」
「弔いって誰のぉ? あ、あの日連れてった……キモいゴブリン? あそこに埋めたのぉ?」
「フータの」
「……よせ、モコ」
無意識に返答していた所に、相棒が割って入っくる。 顔を上げると、真っ直ぐな目で僕を見据えていた。
「……何?ジョーク? フータ目の前に居るじゃん。 変なのぉ」
彼女は僕の顔をジロジロと見ると、「まいっか」 と明るく言って肩に頭を乗せてきた。
「どうだモコ! 今日は初恋の相手を抱くチャンスじゃねぇかよ?」
「そーよ! 抱きなさいよぉ! 」
「いや、王都に居る12人の妻が泣くからな。 腕が12本ないと、妻たちの涙を拭ってやれない」
相棒がケタケタと笑っていた。
僕に12人の妻などいない。 戦争が始まってからすぐ、国内で身分が高く、その中でも特に魔力の強い女性を3人、妻として迎え入れた。 それも恋愛をした訳ではなく、国王からあてがわれた女性たちだ。
「ハッ、何よそのハーレムジョークぅ。 鼻につくわね。 あぁ、もうフータでいいやぁ。もうずっとご無沙汰なんだよねぇ」
「ビッチは不治の病だな。 王都に帰りゃ若い女がいくらでもいるんだ、年増に興味はねぇよ」
「冗談に決まってるでしょ! アンタちょっと表出なよ! そんな女遊びばっかしてるから片腕ないんじゃないの? なーにが隻腕の天才軍師よ。 ドクズのくせに!」
ちらりと横を見ると、宿屋の主人が顔面蒼白で戦慄いていた。 調理室に戻っていったと思ったら、タライに水を張って再登場。へべれけのサーンに思い切り水をぶっかけた。
「なんて……なんてご無礼を……この娘は悪い娘じゃないんです……お二方、彼女を殺して私も死にます。どうかお許しを……」
主人は白目を血走らせていた。下唇を噛み締めながらプルプルと震えて、ナイフを両手で構えている。
相棒はその様子を見て笑いながら腰を上げると、片腕で主人の身体を抱え込んだ。
「オヤジ、力み過ぎだ。 もっと肩の力を抜かないと一発で仕留められないぞ」
「おいコラ、やめろフータ。 おじさん、いいんです、僕たちは古くからの友人です。彼女の性格は良く知っているし、ちっとも気になりません」
「そ、そうですか……いやなんとも、信じ難いというか……」
身体を拭いたサーンはラフな姿で戻ってきて、黙って席に戻り、しばらくワインを飲み続けていた。 突然立ち上がって僕にキスをすると、そのまま酔いつぶれてしまったらしく、テーブルに突っ伏した。
「ごめんね……ほんとうに……ごめんね、モコ……」
うわ言のようにそう呟き、スヤスヤと寝息を立て始める。相棒はその様子を見て鼻から息を抜くと、「風呂に行ってくらぁ、久々にあんなに歩いて疲れちまった」と漏らしながら部屋を出て行こうとした。
「相棒」
僕は相棒の背中に、声をかける。
「あん? 」
「僕は……君に甘えてばかりだな」
「なんだよ急に」
「……サーンはあの日の事を勘違いしている。これじゃまるで僕が聖人みたいだ。 ……フータを殺してしまった事を、彼女にだけは……話してもいいだろうか」
相棒は鼻筋をさすってから口を開いた。
「それが引っかかってたのか。 ……なるほどな、そうか……お前なら引っかかるか。 うん、読み誤った」
相棒は、何故かとても嬉しそうな顔を僕に向けた。
彼は時々、よくわからないタイミングで、この表情をする。
「それでお前の気持ちが晴れるなら、好きにすりゃいいさ。 俺はあの日から……お前が選択した道にNOを出した事なんて、一度もないぜ」
彼が部屋を出ていくと、しばらくして、主人が調理室から顔を出した。 サーンを付き合わせてしまったので、彼の仕事量が増えてしまっただろう。 あとで謝ろう、と思った。
「この無礼者はまったく…… 」
主人が酔いつぶれた無礼者に布を掛けている。
一息ついていた僕と目が合うと、左眼に視線を送ってきたのがわかった。
「レイラルド様は、ご両親のどちらかが異国の方でございますか? 」
「あ、いや……この眼は……自然と徐々にこの色に。 歳を重ねて魔力量の増加に比例していたので、その辺りが影響しているのかもしれません」
「ほう、そうですよね。 知り合った頃は黒かったように思いまして。 はぁ〜、しかし大魔導師様ともなると、そんな事が……私の家系は魔力というものとは無縁なのでよくわかりませんが……えぇ。とても美しい瞳だと思っておりました」
そう言って主人は顔を綻ばせた。
……僕は嘘をついた。
この左眼は「呪い」だ。
禁忌の魔法に手を染めた者が受ける「副作用」のようなもの。 僕は左眼の視力の一切を奪われ、相棒は片腕をもぎ取られた。 これは、どんな魔法でも治せない呪い。
……普段は全く見えていない左眼。
こいつは時折、幻覚を見せてくる。
攻撃魔法を放つ時。
毒を扱う敵と対峙した時。
王宮から都を見下ろした時。
ベッドに潜って目を瞑った時。
日常のあらゆるタイミングで、唐突に。
この灰色の瞳の中で、あの頃のフータが僕を睨みつけるのだ。
「どうしました? レイラルド様。 ……私、もしかして失礼な事を……」
「あ、いえ。 全然なんでもありません、珍しく少し酔っているな、と思いまして」
「お水をお持ちしますか?」
「……すみません。いただきます」
風呂に入って眠ろう。 明日は故郷の街に戻って、この辺りでしか取れない薬草と山菜を調達する。 相棒と食事でもしてエールを一杯いただこう。 それで一年に一度の休暇は終わりだ。 王都に戻れば、また忙しい日々の中に埋没していく事になる。
……実はその方がずっと楽だ。次から次へと出される難題に、必死になって食らいついていく。余計なことを考える余裕がない方が、僕の性には合っている。
……8年前。 フータの肉体を蘇らせた後、気が狂ってしまった事を思い出す。
動いているフータの肉体を見るたびに目眩がして、吐き気がして、どうにもならなかった時期があった。
——でも今はもう、慣れてしまった。
相棒は、あの頃のフータとは違う人物だと、自分の脳味噌を騙し続け、それがすっかり馴染んでしまっている。
だからこそ僕はこうして、一年に一度の弔いを続けるのだろう。
自分の罪に、慣れてしまわないように。