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第三話・勇者の屍と旅立ちの日。

 見渡す限りの大草原。

 雲ひとつない晴れ渡った空。

 僕は丘の上の木陰に寝そべっていた。

 

 ……幼馴染の遺体と共に、だ。


 目の前で奇形のゴブリンに穴を掘らせている。

 このゴブリンはパッと見ただけで12本の腕がある。2本だけ地面に引きずるほど長い。 ツノみたいなものも生えてるし、やたら頭と目がデカくて気持ち悪い。


 死体を埋める穴なんて魔法でやれば一瞬だけど、魔法を使う気にならなかった。 最後にメンバーに施してやったバフと、転移魔法の魔力消費があまりにも大きすぎて、軽い魔法酔いを起こしているみたいだ。 脳震盪をおこしてるみたいにくらくらした。


 僕は上半身を起こし、頭を抱える。 そして、隣で死んでいるフータの顔をちらりと覗いてみた。

 この穏やかなロケーションと全く不釣り合いな、苦悶の表情を浮かべている。

 丘の上を吹き抜ける爽やかな風と、矢が刺さった凄惨な死体のコラボレーション。


 もうやだ。

 

 「はぁ……まだ実感が湧かないけど……やっちまった感がすごいわぁ……」


 ゴブリンが穴を掘り終えたのか、落ち込む僕の肩に手を置いた。


 「いっちょ前に慰めてんのか? お前もここで殺してやろうか? あれ? 全然穴掘れてないじゃないか! なんなら自分(テメー)の墓も掘るか? あぁ!?」


 ゴブリンはヘラヘラ笑っていた。

 ……あぁ、バカなゴブリンなんかにあたっても仕方ないよな。

 これから本当にどうしよう。 王都に出るか? もっと田舎の方に逃げるか? 首席卒業のエリートである僕がなんてザマだ。目立つ仕事してたらアイツら闇討ちとかしてきそうだし、地獄の底まで粘着されそうで怖い。


 そもそも僕はフータの十字架を背負ったまま生きていくんだな……改めて考えると、今後どんどん重くのしかかってきそうだ……メンタル保つだろうか?

 湧き上がってくる焦燥に耐えることができなかった。 立ち上がってウロウロしながら、再びフータの顔を見やる。

 

 「……こいつ……! 人の気も知らないで! さっきから呑気に死んでんじゃねぇよ!」


 脇腹を蹴り上げてやった。

 無抵抗の死体がごろりと横になって、虚しさと殺人の実感が込み上げてくる。

 めまいがして、そのまま嘔吐してしまった。

 

 「あぁ……僕の人生が……」


 他人の人生を終わらせといて、僕の人生もクソもないか……。


 「自首……だよなぁ……」


 気付けば涙がぼろぼろと零れ落ちていた。

 

 「なぁ、お前はどう思う……? 」


 ゴブリンはフータの死体を見つめながら、12本あるうちの、メインで使っているであろう手で鼻の頭を掻いていた。


 「って、ゴブリンに何言ってんだよ僕は……だめだ、相当壊れてるなぁ……」


 足に力が入らなくて、その場で蹲った。

 ……あぁ。こんな事になるなんて……


 「いやー、自首しなくていいんじゃねぇか? 俺は一部始終見てたけどよぉ。 ありゃ事故だぜ。 前後の流れと勇者さんとの実力差から見ても、お前が毒で殺す必要は全くねぇ」


 「うん……事故だよ。 事故なんだ、あれは……」


 「おう。 ただ状況が悪すぎたな? 自首したとして、 お前が事故だなんだと必死に(わめ)いても、あの女達が証言したら100%の悪意で殺害したって話になっちまう」


 「……ですよねぇ、言い訳できないと思ったもん」


 「お前むちゃくちゃ虐められてたからな。好きな女も寝取られてたし……殺害動機がガッチガチに明確過ぎるわ。 勇者の死体からダクドラの毒も見つかるだろうしなぁ。 それに加えて、女を置いて迷宮から逃亡(トンズラ)しちまってる。 疑いようのない状況証拠がきっちり揃うわけだ。……お前、えーっと……モコって言ったっけか? 」


 「……うん、モコ。 モコ=レイラルド」


 「おう、魔物オタクのモコ=レイラルドは、将来有望な勇者様を私怨で殺害した罪で……晴れて打ち首、って訳よ」


 僕は顔を上げた。 目の前ではゴブリンが楽しそうに12本の腕をワサワサと動かしている。

 しばらく睨み合い、こいつの頭をカチ割る決意を固めた瞬間、ゴブリンが 「最善策は……」とやけに甲高い声を出した。


 「女達を皆殺しにして、一人で迷宮を出ることだったな? 全ての責任を迷宮のボスに押し付ける。 散々コケにされてきた相手に、妙な情けをかけるからこうなるんだ」


 「……おいちょっと待て。 お前さっきから喋りすぎだろ!」


 ビュウ、と強い風が吹きつけた。

 目の前の世にも奇妙なゴブリンが「あぁ、外の風は本当に気持ちがいいな!」と爽やかに言い放った。

 

 「なんなんだ? お前は……」


 「こんなにお喋りなゴブリンは世界中探しても俺くらいだろ」


 「完全に幻聴と喋ってる気でいたよ」


 「俺の名はゴブ。 ゴブ=リーンだ。 今付けた」


 「つまりゴブリンだろ。 無理やり人間の名前っぽくしなくていいよ」


 僕は白昼夢でも見ているのだろうか。

 「ゴブリン」というのは低級な魔物で、人間の世界ではバカの代名詞だ。 物分りが悪い奴に対して「ゴブリンでもわかるぞ」と皮肉を言うし、市場で売られている調教済みの奴隷ゴブリンは「リョウカイ」という言葉を喋れるだけでレア物と呼ばれ、高値で取引きされる。


 「昔、あの迷宮に迷い込んで出られなくなったおっさんがいてな。変わった奴で、『どうせ出れないからここで死ぬ』なんて言い出した。 お前のように奇形の俺の事を気に入ってくれてな。 弱かったが……いい奴だった」


 胡座をかいて座り込み、昔を懐かしむ様に語り出した。その動作はまさに人間のそれで、僕は思わず吹き出してしまった。


 「20年ほど一緒に過ごして色んな話を聞いたよ。 俺は元から他のゴブリンよりも知能が高かったが、人間の言葉は喋れなかった。 そいつの話し相手になっていたら、知識がガンガン頭の中になだれ込んできてよ。 自分の頭が良くなっていくってのは本当に新鮮で素晴らしい体験だったぜ。 なんつうかこう、世界がどんどんクリアになってくような感じでよ」


 僕の脳は白昼夢でも見ているのだろうか?

 精神が壊れてしまって、幻覚を見ているのだろうか?

 

 「……どうしてずっと黙ってたんだ?」


 「せっかくクソ強え魔導師に出会って……気に入られたからワザと捕まったのに、迷宮内で喋れると分かれば他の奴らのオモチャになっちまっただろ」


 たしかにそうだ。 こいつが迷宮で言葉を操っていたら……あいつらなら僕から横取りして、是が非でも持ち帰って、戦利品として売り飛ばしていただろう。


 「クソ強えって……なんでわかったんだそんな事。 攻撃魔法を見せたのは最後の最後だけだぞ」


 「強さってのは攻撃力云々(うんぬん)じゃねぇだろ。 新手とエンカウントした時の立ち回りを見てりゃ分かる。 お前は敵の力量をパーティの誰よりも早く見極めて、それに応じた必要最低限の魔法を味方に振ってた。 あんなもん見せられたら惚れちまうってもんさ」


 本当に、なんなんだこいつは。

 おっさんと20年過ごしたゴブリンは人間並みの知能を得るのか? いや、そんなはずはない。 そんな話は聞いた事がない。 奇形である事が関係しているのか?


 「不安、迷い、焦り。 何が起こるかわからない迷宮の深部において……盤面(ばんめん)を的確に俯瞰(ふかん)で捉えて、魔力を温存できる魔導師は超優秀だ。 それだけで並みの使い手1000人分の価値がある」


 あれ……なんだろうこの気持ち。すっごい嬉しい。

 僕の働きをちゃんと見てくれてた人……いやゴブリンがいたなんて。


 「……この勇者の前衛も相当優秀だった。ただ……あの3人はお前が面倒見てたようなもんだな、全くお話にならねぇ。 特にサーンって女はお前が居なかったら8回は死んでただろう。 お前のフォローがあまりに早すぎるから危機感がまるでねぇし、『なくても自分で避けれた』って思っちまうんだろう。きっとな」


 気付けば僕は、このゴブリンを自分と同等の生物として認識していた。 最後にこいつが女達を犯そうとパンツを脱いだ行動も、立ち去ろうとした僕の気を引くためのハッタリ(ブラフ)だったように思える。


 「これからどうしていいか悩んでいるお前に、俺からのお願いと提案がある。 気に食わなきゃ聞き流してもらって構わない」


 「お願いと提案?」


 「()()()()()()()()()()()()


 「は?」


 全く意味がわからない。……喰うのか? 死んでるんだから煮ても焼いてもいいだろうっていうようなあれか?


 「俺はずっとあそこから出たいと思っていた。ゴブリンの群れの中にいたってちっとも楽しくねぇ。 ごく(まれ)に訪れる冒険者達の観察が唯一の楽しみだった」


 この知能でゴブリンの群れにいるのは、人間が群れに加わるのと変わらないだろう。こいつと話している今、その気持ちはよく分かる。


 「そこまで話せたらもう人間だよ」


 僕は素直に思った事を口にした。


 「あぁ。俺もな……人間を観察するうちに、そう考えるようになった。 この身体と心のギャップに耐えられなくなっちまったんだ。 どうしても人間の肉体が欲しい」


 こいつの言わんとする事が、すっと頭に入ってきた。そんなことが可能だとすれば……


 「俺は本当の人間になりたい。 人間として世界と向き合いたい。 旅をして沢山の事を学びたい。 ゲスい話になるが……この勇者の肉体は最高だ、女にモテそうだしなぁ。 自慢じゃねぇが俺は女を犯した事はないぞ。 嫌がる人間を無理矢理なんてゲスの極みだぜ。 人間の身体で、爛々とした瞳の女を抱いてみてぇもんだ」


 お前の気持ちは痛いほどわかるけど、と僕が言葉を続けようとすると、ゴブリンはそれを遮るように指を立てた。


 「俺を育てたおっさんが、人間の世界にはとんでもねぇイカレた魔法も沢山あると話していた。 魔法には絵空事を現実にする力があるってな。 どう思う? 探せば見つかるんじゃねえか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()魔法も」


 ……あり得ない……事もないかもしれない。

 禁忌魔法の中に、特定の人物の人格を物体に移す魔法があると聞いた事がある。 それを応用すれば……


 いや、魔法の可能性は無限だ。魔法の種類は星の数ほどあるし、その全てを把握できている者なんて世界に一人もいない。 片田舎で開発された魔法が、外に出ることなく眠っている例など腐る程あるし、一族でしか継承させない門外不出の禁忌魔法だってある。死に物狂いで探せば、あるいは……


 「モコ、ここからが提案だ。 ……俺と旅に出てくれないか? 俺を勇者の身体に移し替える方法を探す旅だ。 お前にとってもメリットがあるはず。 この勇者を()()()()蘇らせるんだ」


 フータの身体を操り人形(マリオネット)にして、このゴブリンが糸を引く。


 「それで僕の殺しが……なかったことになる訳じゃないだろ」


 「ここに勇者の死体を埋めて、全てなかった事にするよりマシだろう? お前の罪を()()()()()()()()は居ねぇ。真実を知ってるのはこの俺だけだ。 ……わざわざ他人に裁かれることはねぇよ。 この罪は、自分なりの方法で(つぐな)えばいいじゃねぇか」


 口の上手いゴブリンだ。

 要は僕の強さを利用して世界を旅し、禁忌魔法を使わせて、人間の肉体を手に入れたいだけじゃないか。


 「モコが人の命を一つ奪ったのは事実だ。 今度は俺に命をくれないか? ()()()()()()()を。 この勇者を蘇らせたら……お前の行動を縛るものはなくなる。過剰な罰を受ける不安もなくなる」


 でも、本当にゴブリンとは思えない、真剣で透き通った瞳だ。 僕は思わずその熱量にたじろいでしまった。

 

 「成功したら、俺と一緒に天下を獲ろう。 俺は旅であらゆる知識を貪欲に吸収して、いつか必ずお前の役に立つと約束する。 お前は旅の中で沢山の魔法に触れて、今よりもっと上の次元の魔導師になれる。 ダメなら俺をその辺に捨てるなり、売ってくれても構わない」


 ——お前の強さを、俺に利用させてくれ。


 ゴブリンはそう締めくくった。

 僕は、そのストレートで飾り気のない言葉に少し驚いた。 彼が放った言葉の中で、一番スムーズに、胸の中へ溶けていった気がする。


 もともと僕には、人生にこれといった目的がなかった。


 『王国最強の勇者になって魔王を倒す』というフータの野望や、いつからかサーンが言い出した『名を上げて優雅な暮らしをしたい』という夢の手伝いをしようと考えていただけだ。……他に、友達もいなかったし。


 たった今、奇妙なゴブリンから唐突に突きつけられた提案。 はっきり言って、僕はまだこいつを信用していない。けど……


 「父と母に、手紙を書く。 遠い街に引っ越してもらう事になるかもしれないし……そのサポートをしないと。 それから……フータの死体を現状のまま、誰にも見つからずに保存する方法を考えないといけない。 旅に出るのはそれからだ」


 全てを失い、追い込まれた今。 僕が辿(たど)れる唯一の人生であるように思えた。 上手く乗せられたのはわかってる。 藁に縋る思いとは、こういう心境の事をいうのだろう。

 

 ゴブリンは感嘆の声を上げると、12本の腕で僕に抱きついてきた。


 「気持ち悪いから離せよ!」


 本当は、ちっとも気持ち悪くなんかなかった。


 「そんなこと言うなよ! お前と出会えてよかったぜ、相棒」


 誰かに抱き締められるなんて、いつ以来だろう。


 迷宮の最深部で、僕の人生は180度転回し、これまでの全てを捨てて奇妙なゴブリンと旅に出ることになった。これからどうなるかは想像もつかない事だ。


 ——とりあえず必死に生きてみて、ダメなら野垂れ死んでもいいや。 僕の価値なんてその程度なんだから。


 そんな気持ちで、目の前の醜いゴブリンと握手を交わした。

 

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異世界チーレムギャグ小説 『始まりの草原で魔王を手懐けた男。』 も書いてます。よかったら覗いてみてください!
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