表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

やり直し億万長者

作者: 独力機械

 朝、目が覚めると中学生がいた。

 いや、違う。これは鏡だ。鏡にとても見覚えのある中学生が写っている。

 「朝ごはんー」

 母親の声が聞こえる。

 おかしい……。


 昨日までフリーターだったはずの俺が、どうして中学生になっているんだ。

 一抹の不安を感じながら、リビングに行くと昔そのままの空間が広がっていた。

 『本日は2009年12月21日月曜日!ズームイン』

 終わったはずの朝のニュース番組がやっている。

 父親の広げている新聞も2009年のものだった。

 頬をつねると痛みを感じる。

 ドッキリじゃなければ、俺は2009年にタイムリープしてしまったらしい。

 

「まじかよ……」

 状況は飲み込めないが、一度は体験してきた道。とりあえず制服に着替えて藻名市立藻名

中学校へ登校した。


 テストも終わり冬休み手前という事で、教室はどことなくにぎわっている。

 「懐かしい……」

 中学時代、別に友達が多かった訳でもなく、彼女がいたでもなく、日陰にいる男だったが、

ただひたすらに懐かしい。

 勉強もすらすら分かる。進研ゼミどころか人生で予習済みなので楽勝だ。


 「お前、土日で何か変わった?」

 話しかけてきたのは中学時代仲の良かった川上。中学卒業後もちょくちょく遊んでいたが、

高校を卒業して俺がフリーターになってからは全く会っていなかった。


 「そういえばさ…昨日ネットでめっっっっっっちゃエロいモンみつけたよ」

 エロガキがほざきおって。こちとら本物を見たことあるわい!お店で。

 「なんかな、女の人が……こう……ガバ!ってしてて……」

 全然分からない。

 その後も川上のエロトークが左耳から入力されて脳内ゴミ箱に入れられ続けた。

 中学生のエロは懐かしいが、俺からしたらエロくない。

 こうして特に変わったこともなく、学校が終わった。


 一日が終わり、風呂に入っている時に今後の身の振り方を考えた。

 元フリーターの俺が中学生から人生やり直せる。こんなチャンス他にないだろう。

 中学時代の勉強はある程度できるはずなので、あらかじめ先々の勉強をして置いても良い

かもしれない。モテるのに全力投球しても良いかもしれない。そこには無限の可能性が広が

っている。

 「強くてニューゲーム、最高!!」

 俺はこの環境に感謝した。

 

 翌日、学校で有る事を閃いた。

 「株……」

 前回の暮らしで一番大事だと思ったお金。ニュースでしか見たことがないが、この時代に

買えば後に爆益を生む事間違いなしの株が分かる。

 「これだ……」

 この方法を使えば楽をして将来ウン億円が手に入る。

 さっそく株を買おうと昼休みに学校のPCを開いたが、制限がかかっていた。

 「ダメじゃん……」

 思えば家にもPCは無いはずだ。この時代、スマホも浸透していない。

 この作戦はパソコンが無い事によって失敗に終わった。

 …パソコン?


 「川上ぃ!!」

  エロガキを呼び止めた。

 「どうした?」

 「お前ん家パソコンあるよな?」

 「あるよ」

 よしっ!!!!!

 「ちょっと貸してくれ!」

 「エロサイトでも見るのか〜?」

 「ちげーよ!」

 よしっよしっよしっ!!

 こいつと友達で良かった!フリーターになった途端遊ばなくなったのも許してやろう。


 土曜日、川上の家へ行った。

 川上とは仲が良かったものの、家に行くのは初めてだ。

 「おじゃまします」

 家に上がり、パソコンのある部屋へ行く。

 「あ、そうだ。これ、マンガの新刊。読みたがってたろ?」

 「うお! 俺言って無いだろ! エスパーかよ! ありがとう」

 前回のお前に貸してくれと言われたからだよ。

 パソコンの画面をこいつに見られると面倒だから、マンガに夢中になっている内にさくっ

と買ってしまおう。


 2017年と比べたら亀のように遅いパソコンで株について調べた。

 「なん……だと……」

 株を買うにはまず口座を作らなければならないらしく、しかも未成年の場合両親の許諾が

必要らしい。中学生の俺には無理難題な事だ。

 こうして成功するかに見えた作戦も失敗に終わった。


 落胆した俺はダラダラとネットサーフィンを始めた。おもしろフラッシュやエロサイトを

眺め、感傷に浸る。ペイントを開いてマウスで下手くそなエロ絵を描いて保存した。

 「ちょっ! やめろよぉ!」

 「ははははは」

 俺のツボに入ってしまった。

 「なんだよ! エロすぎる.bmpって! 無駄にカラーだし!」

 「エロいだろ?」

 二人してくだらない事で爆笑した。

 にしてもエロすぎる.bmpて……


 「bmp……?」

 bmpとはビットマップの略だ。

 そういえば、前にニュースで見た覚えがある。

 『7年前に買ったビットコインが数万倍の価格をつけた』 と。

 その時に少し調べたが、マイニングとかいうのでパソコンを使って貰えるとかなんとか…

…。

 俺は未だに笑ってる川上を他所に検索をした。

 英語のサイトばかりで良く分からなかった。


 だが、とりあえず道は見えた。

 なるべく高いパソコンを買って、ビットコインの事を調べて、マイニングをする。そした

ら億万長者になれるはずだ。

 「ありがとな、川上」

 「は?ああ……。ん? どういう意味?」

 困惑する川上を尻目に俺は家に帰って父親に頼み込んだ。


 「お願い!! PC買って!!」

 「パソコンか……。まだ要らないんじゃないか?」

 化石の様な返し。

 「友達が凄い高いパソコン買って、プログラミングの勉強してたんだ。」

 「勉強か……。」

 伝家の宝刀『勉強』である。勉強を盾にすれば買ってくれやすくなるのを俺は知っている。

 「将来ゲーム作りたいんだ!」

 「そうか……。よし、分かった。明日一緒に買いに行こう」

 将来を考えているアピールだ。無論、ゲームなど作る気は無い。ウン億円入ってくるのだ。

働く必要はない。


 完全に勝った。この人生、勝ち確だ。


 こうして翌日、高いパソコンを買い与えてもらった俺は、ビットコインの事を今一度調べ

た。

 どうやらまだマイニングは始まっていないらしい。

 ビットコインの事を調べる日々が始まった。

 といっても一日数分から数十分。そんなに苦にならない。


 学校も冬休みに入って、俺はPCオンラインゲームに出会った。

 俗にいうMMORPG。

 ゲームとしては、別に革新的でもなんでもない。だが、妙な中毒性がある。こうして冬休

みをPCゲームとビットコインを調べる事で過ごした。

 冬休みが開けて、学校に登校したものの、連日PCゲームをやっており寝不足かつ疲れ目

だった。

 「だるい……」

 中学校ってこんなにだるかったか。


 そもそも人生の勝ちが確定されている俺が学校に通う必要あるか?しかも前に高校まで

卒業してるし。

 考えれば考える程、中学校に行く意味が見いだせなくなった。


 俺は学校に行くのをやめた。

 家でひたすらネトゲをやる方が楽しいからだ。

 将来はウン億円とお金が入ってくるので、全く問題ない。


 両親からは酷く怒られた。

 パソコンも禁止されてしまったため、渋々週に一度学校へ通う事にした。

 最初の方こそ俺に話しかけてくる友達はいたが、続けていくと誰も話しかけてこなくなっ

た。

 中学校は苦痛でしかなくなった。


 中学3年になり皆が進路を考え始める頃になった。

 しかし俺は高校には頑としていかないと言い続けた。

 成功が約束されているのに、高校なんて通わない。あそこは所詮将来が分からない奴が行

くところだ。


 両親は若干諦めムードが入っていた。

 そんな時、ビットコインのマイニングが始まった。

 英語のサイトを必死で翻訳して、俺もマイニングを始めた。

 これで勝者になれる……。


 俺はまたも学校に行くのをやめた。

 両親は何も言わず、いつもの日々を送っていた。

 そのまま中学校は卒業した。


 中卒、無職。家ではずっとネットゲームかアニメ漫画を見て過ごしている。

 傍から見るとこんなスペック。カス野郎だ。だが、将来ウン億円を得る事が確定している

俺にとってはどうでもいい事だった。

 ネットゲームでは仲間に認められていた事も大きい。しょっちゅうログインしているので

ニート友達もできた。チャットを交わすだけの友達だが。


 一回、母親がひどく疲れた様子で帰ってきた。

 「あんた、いつ働くの?」

 ……無視してゲームを続けた。


 「あんたねぇ! 誰に食わせてもらってると思ってるの!? 人の話を聞きなさいよ!」

 「うるさい」

 将来、俺が食わせてやるんだからおあいこだろうが。


 「堪忍袋の緒が切れた。」

 そういうと母親はパソコンを殴り始めた。

 「や、やめろよ」

 力ない声で叫ぶ。母親は止まらない。


 「あんたが…あんたが…」

 そういいながらイスを持ち始めた。パソコンが半壊した所で父親が帰ってきて止めてくれ

た。


 幸い、ビットコインはオンラインに保存していたため、機械が壊れても無事だった。

 その後短期バイトを数回行い、壊れた部品を買い直してパソコンは元の状態に回復した。


 母親との関係が戻ることは無く、以前の人生よりも関係は悪化してしまった。

 しかし今さら働くことなどできない。俺は俺で覚悟を決めている。


 月日はたち、ビットコインの価格は途中事件もあったものの、グングン右肩上がりしてい

る。

 俺のやっているネットゲームは6周年になり大型アップデートが来て以来、人がグングン

右肩下がりで減っていった。アホ運営が。

 そうして俺がネットゲームに飽きたころ、またも母親が疲れた様子で帰ってきた。

 

 また喧嘩になるかと身構えていたが、その日は何もなかった。


 翌日、母親はいつもの時間に家を出たが、帰ってくることは無かった。

 ビルから飛び降りたらしい。


 その日は食事が喉を通らなかった。

 父親もそうらしく、コンビニ弁当は冷え切っていた。


 遺書も見つかったらしい。父親は読んだが、俺は読まなかった。


 俺のせいなのか。

 俺が間違っていたのか。

 「普通に生きる」のがそれほど大事な事なのか。

 自問自答は繰り返された。夢の中でも同じことを考える日々。


 だが俺は働かなかった。父親も無理強いをしてこなかった。

 ネットゲームはやめて、プログラミングを始めた。

 仕事にする気は無いが、趣味で何かを作る分には良いかもしれない。


 そうして2017年になった頃、父親に末期ガンが見つかった。

 どうしようもないらしい。父親も諦めており、死を待つのみな状態だった。


 父親は診断書と一緒に、母親の遺書を渡してきた。

 当時は俺に対する罵詈雑言が書かれていると思い読まなかったが、今は読むしかなかった。


 そこには母親がひたすら謝っている内容の物が書いてあった。俺を責める言葉など一行も

存在していなかった。

 最後に俺にお願いが書かれていた。

 『将来父親の介護をしてほしい』


 父親が入院してから俺は毎日病院に通った。

 なんせニートだ。時間はある。

 もって後一週間との事だったが、俺のこの生活は一ヶ月続いた。


 父親の葬儀も終わった頃、ビットコインを見てみると、6億円分保持していた。

 俺は高額を手にしたが、逆にそれしか持っていなかった。

 友達、家族、全て失ってしまった。


 金銭的には前の人生よりも充実したが、俺の心はからっぽだった。

 人生に一番大事なのはお金じゃなかったのかもしれない。


 「もしもう一度人生がやり直せたら……」


 俺は……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ