【03-02】戦闘経験を積むため、森の中を彷徨います
森の中を慎重に歩いていく私たち、アリサ・ヒナタ・レイナ・ユウト・ナツキ・ナオトの6人。
なお現在のフォーメーションは、一番先頭をナツキ君。その後ろを、私とヒナタちゃんが横に並び、ユウト君、レイナさんと続き、殿をナオト君の順で歩いている。
まず初めに現れたのは、毎度おなじみの大きな赤毛の熊さんだ。毎度おなじみなのは、よく引き籠っていた場所に張ってあった結界と外に水溜りに落ちていたから。
で、現在地は冬の間、引き籠っていたあの広場から1時間ほど歩いた場所。
「なんだ、熊か。こいつは、準備運動にもならないな。」
そう言いながらユウト君は、最近少し膨らんできた胸と、その代わりに引っ込んできた股間部を気にしながら、ゲームの時の初期装備だった鉄の剣を取り出す。なお現在の服装は、ゲームの中で手に入れたセーラー服だ。まあ、ここにいる全員がそうなんだけど、この初期装備のセーラー服はただの布なので、防御力もなければ、何かが強化されるわけでもない。
そして、無造作に剣を一閃し熊の首を刈り取る。
「そういえば、ユウト君。」
「なんだ?アリサちゃん?」
私は、真っ白なセーラー服に付いてあるとあるモノを指さして、ユウト君こう言ったのだった。
「確かに、熊程度なら、今の私達には準備運動にもならないけどね。だけど、それを差し引いても、熊の血潮を浴びるのでどうかなって思うんだ?それ、洗い落とすのに、なかなか苦労するのよ?」
本当は生活魔法の【汚れ落とし】というモノをかけてしまえば、血潮だろうが泥の間に落ちてこびり付いた汚れだろうが一瞬である。しかし、魔法の”ま”の字も使えないユウト君にとっては、それは別な問題なだけあって・・・・・。
「おっ!確かに熊の血潮が付いてしまった。せっかくの一張羅(笑)がこれでは台無しになってしまう。アリサちゃん、ごめん!今度は血潮も付かないように討伐するから、これを落としてくれないかな?」
「・・・まあ、仕方ないわね。
【汚れ落とし】
これで大丈夫よ。今度は気を付けてね。」
不可能に思えるほどの要求を私は突き出したのに、それを平然と受け止めるユウト君。彼?彼女?どってでもいいか、ユウト君なら、不可能とも思えるこの要求でもやり遂げてしまうだろう。
「ボクも、ユウト君と同じ事、しないとダメなのかな?」
「そうだね。ユウト君よりも不可能に思えるけど、やってやれない事はないと思うから、・・・・・・がんばってね?」
少し不安そうに尋ねてきたナツキ君に対し、私は笑顔でこう答えるのだった。
その後、何度も熊やらオオカミう荒との戦闘を行いながら、森の中を彷徨い歩いていく私たち。彷徨い歩くといっても、目の前にある川沿いを下っていくだけの簡単なお仕事なんだけどね。
そうして、3日間森を彷徨った午後、とてつもなく多い魔物の気配を感じ取った。
「前方に何かいるね。」
「どのくらい先だ?」
「・・・・そうだね。1㎞先といったところかな?ちょっと見てくるね。」
そう言い残すと、ヒナタちゃんは私たちの目の前から掻き消えた。その場に停止した私たちは、ヒナタちゃんの偵察報告を待つ。
しかし、1㎞先の気配すら感じる事ができるこの体、いったいどこまで探知能力は成長するのだろうか?実は感覚的な気配探知はおろか、視覚や聴覚に頼る物理的な事も、その気になれば1㎞以上先も探知できる。
普段の生活ではそこまでの探知は必要ないので、だいたい20mくらいで抑えている。・・・・というか、意識しなくても、このくらいの距離は常時無意識下で行われる探知範囲なんだけどね。
なお、他の人たちは、気配遮断の訓練も兼ねて、普段の生活の中で時折、私とヒナタちゃんのこの探知から逃れる訓練を行っていたりする。訓練方法は単純で、私かヒナタちゃんに近づいて悪戯するだけだ。膝カックンとか、「だ~~~れだ?」とか危険でない事をね。
成功報酬も一応用意してあるんだけど、今のところ誰1人として成功した事はない。私も、ヒナタちゃんもね。
十数分後に戻ってきたヒナタちゃんは、偵察結果を皆に報告する。
「1㎞くらい先に森の中に、10mくらいのオーガが100匹以上いるね。冬眠から目覚めた直後みたいで、ついさっきあたしたちを襲ってきたあの赤い毛皮の熊をバリバリと食べていたよ。」
「って事はアレだね。ついさっき襲ってきた熊さんたちは、そこにいるオーガから逃げてきた感じかな?」
「たぶんそうだね。自然界の弱肉強食って、恐ろしいね~~~~~。」
「で、リーダー。どっちの戦闘服で行くんだ?」
そう聞いてきたのは、2ヶ月ほど前に私達のパーティに加入したナオト君。リーダーと呼ばれているのは、私事アリサちゃんです。なぜリーダーなのかは解らないが、いつの間にかこのパーティのリーダーになっていた。私としては、元生徒会長だったレイナさんが適任だと思っているが、レイナさん曰く・・・・・。
「出逢った当初から、皆に指示を飛ばしていたアリサさんが、リーダーとしての適性はあります。異世界という特異環境では、瞬間的な判断がモノを言います。その判断がたとえ正解でも、間違っていたとしてもです。その時の判断を、その場で改めて軌道修正できるのは、この中ではアリサさんしかいません。私は、時間をかけて判断する能力は優れていますが、瞬間的に判断する能力はあまりありませんので。」
との事だ。確かにこのメンバーの中では、頭脳組は私とレイナさんだけで、あとの4人は自他ともに認める脳筋組で、体を動かす事が大好きな人種である。ゲームにおいて、それぞれの能力を鍛えていくうちに、さらに脳筋度に拍車がっかあり、今では考えるまでに手が動くほどだ。そして、彼らの手綱を握っているのが、私とレイナさんである。
「どっちの戦闘服で行くんだ?」と聞いてきたのは、私達の戦闘装備は2つあり、はっちゃけた創造神様が私たちにくれたセーラー服と専用武器を、便宜上『ガチ装備』と呼んでいて、ゲームから持ち出したセーラー服と装備を『ノーマル装備』と呼んでいる。
このセーラー服は、ゲームを始める際の初期装備品ではなく、その後に生産スキルを駆使して自らから作った手作り品である。そのため、神様仕様みたいなチート性能はないが、それなりにいろいろと強化されている戦闘服なのだ。なお、それぞれの戦闘方法に合わせて作ってあるので、セーラー服なのは、ユウト君とナオト君、私とヒナタちゃんだけで、ナツキ君はチャイナ服で、レイナさんは修道服になっている。さらに言えば、この世界に来た当初は全員が、通っていた学校指定のセーラー服だったのだが、いつの間にかナツキ君はチャイナ服、レイナさんは修道服にグレードアップ?していた。私たち4人はセーラー服のままだ。
・・・・いや、ガチ装備の名称が、それぞれ『剣聖姫セット(ユウト君)』・『騎士聖姫セット(ナオト君)』・『セーラー魔導剣姫セット(私)』・『セーラー魔導盗賊姫セット(ヒナタちゃん)』・『拳聖姫セット(ナツキ君)』・『聖女姫セット(レイナさん)』になっていた。なおセーラー服自体の名称と多少のデザイン(ナツキ君とレイナさんはまるっきり違うが)が変わった上、その性能はそれぞれの戦闘方法に特化した感じにグレードアップした。
なおこの下には、この世界におけるCランク冒険者(この世界では、一応Cランクまで上げている)の標準的な装備である『冒険者装備』がある。なお冒険者ランクがCなのは、ただ単純にBランク以上は王侯貴族からの依頼が始まるために、礼儀作法やダンスなどの試験があり、それらをパスしていないからだ。・・・・・パスしていないというか、積極的にレッスンを受けていないといった方がいい。
ちなみに、『ガチ装備』・『ノーマル装備』・『冒険者装備』、そして普段着としての『街中装備』は、キーワード1つで一瞬のうちに換装可能である。なお、実際は戦闘服と武器に別れており、戦闘服はガチ装備だが、武器はノーマル装備という組み合わせも存在している。戦闘中においても、個々の判断で組み合わせを自由に変える事だってある。
なお、現在の装備は『冒険者装備』となっている。熊くらいなら、ノーマル装備でもオーバーキルになってしまうので・・・・・。
閑話休題。
「そういえば、ヒナタちゃん、・・・・特殊個体はいた?」
「そういえば1匹だけ、やけに体格のいい奴がいたね。それよりも、一回り小さいやつが10匹前後。そして、他に奴らよりも色白なのが1匹。たぶんそいつらは、特殊個体だと思う。鑑定はしていないから、正確な個体名は不明だけどね。」
「それはいいよ、オーガは脳筋だから、魔術師タイプはいないからね。たぶん、一番でかいやつがオーガキングだろうしね。色白のやつが男所帯のオーガには珍しい女タイプの長特殊個体オーガクーンだろうね。」
「でもオーガって、冬眠したんだね?」
ここで、全く関係のない質問が、ナツキ君から飛んできた。
「普通はしないと思う。ここみたいな特殊環境下だから、冬眠していたんだと思うよ。ほら、あいつ等って裸族じゃん?」
その質問に、生体から考察してに答えたのはヒナタちゃん。確かにあいつ等って、ゴブリン同様に腰布1枚だよね。・・・・・なんでか知らないけど。
「まあ、あいつらが冬眠しようがしまいが、今はどうでもいい問題だよね。それで戦闘装備だけど、特殊個体がいるとの話なので、戦闘服も武器も『ガチ装備』で行ってみようか。クイーンがいるとなると、確認されている以上にいそうだし。そしてたぶん、特殊個体以外はオーバーキルになっちゃうから、ちょうどいい手加減の練習にもなりそうだしね。」
オーガだけならばノーマル装備でもいいけど、特殊個体が混じっているからね。ここは安全をとってガチ装備で行く事にする。
ガチ装備に着替えた後、風下側からオーガの集団が見渡せる高台へと移動する私たち。ガチ装備になると、その気になれば(物理的・感覚的・魔法的問わず)すべての気配すら簡単に消す事ができるのはいい事である。風下から接近するのは、冒険者装備での戦闘を想定しているからだ。数ある気配の中で、真っ先に気づかれるのは”臭い”だからね。
いくら気配を消せるといっても、必要最低限の対策くらいはしておかないと、いざという時に困るのは私たちなのだから・・・・・・。
「おお~~~~、うじゃうじゃいるね~~~~。」
「で、どうやるんだ?アリサ?」
「・・・・そうだね~~~~。」
私は、戦場になるオーガの暮らす集落?を見渡す。半径100mくらいの範囲が切り開かれて、そこの粗末な小屋がいくつも建てられている。周囲には、餌となる熊が放置されているほか、多分あの赤毛の熊のメスが、オーガたちによって蹂躙されている様子が目に飛び込んでくる。
私たちのいる現在地は、小高い山の上だが周囲は森に囲まれている。窪地や洞窟だったら、出入り口を塞いで一網打尽・・・・・と行けそうだが、この地形だとそれは無理だ。となると・・・・・・。
「まずは私が、魔法でもって周囲に壁を構築。その後は魔法で、水攻めなり火責めなりしてある程度を殲滅した後、討ち漏らしを各個撃破てな感じかな。討ち漏らしのほとんどが、特殊個体になるとは思うけどね。」
私は、戦場を確認してざっと討伐計画を立てる。
なお、魔法だ魔術だといろいろと名称が異なっていたが、ここの”現実世界”においてはな方で統一されている(町に出向いた際に確認しておいた)ようなので、私達も魔法で名称を統一している。
「そうだね・・・・・・。私が壁を作ったら、ヒナタとレイナは適当に広範囲魔法を放って牽制。その後、ヒナタとナオト、レイナは壁の上を3方向に展開して弓で攻撃して。
・・・・・だいたい100本前後、矢を放つ感じで。展開位置は、壁を1mくらいそこだけ高くしておくから、そこで矢を放ってちょうだい。レイナが一番手前で、右の奥がナオト、左の奥がヒナタでお願い。
ユウトと私、ナツキは、しばらくの間3人の護衛ね。ナツキがレイナを、ユウトがヒナタを、私がナオトを護衛する。その後は、この2人をバディとして各個生き残りを殲滅していく感じで。」
私は、大まかな作戦を皆に説明する。なお、普段は『ちゃん』とか『さん』とかつけているが、作戦が始まった段階で、全員がそれぞれを呼び捨てする事になっている。
なお、レイナさんは、物理攻撃の手段を持っていなかったため、こういった殲滅戦の際には支援魔法をかけるくらいしか仕事がない。それを憂いて、体力のあまりない自分でもできる(物理的)攻撃手段として、弓を鍛える事にしたのだ。また、近づかれた際は、杖を使った棒術で闘う事になっている。
「じゃあ、早速始めようか。作戦開始は、私が壁を作ったときね。」
「了解!。」
さて、オーガの集落殲滅作戦を始めましょうか。これが、私たち6人にとっては、本格的に始まる『異世界サクセスストーリー』の序章が始まった瞬間だとは、この時も私たちは知る由もなかった。