表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

核戦争


西暦1945年8月6日午前8時45分

伊豆大島上空 10,000m



 パッ!


 閃光。また一機、友軍機が撃墜される。


「ちくしょおおおおおおおおお!!」


 トーマス・ニュートン大尉は怒り声を上げる。彼の所属は、アメリカ陸軍航空軍 戦略航空軍 第20航空軍 第21爆撃軍団 第313爆撃団。

この日、第313爆撃団は隷下の5個爆撃群を投入。計100機にも及ぶB-29爆撃機によって、日本海軍横須賀鎮守府を攻撃する予定だった。


 だが、それは失敗に終わった。爆炎。大尉がそちらを見ると、また一機、友軍機が撃墜されていた。右主翼が引き千切られたB-29が煙を吐きながら、落下していく。


 パッ!


さらに爆発。また一機、友軍機が墜落していく。


 既に梯団はバラバラ。編隊が四散しているため、鉄壁のはずの防御火力はほとんど機能していない。各個撃破の餌食になっていた。護衛のはずのP-51戦闘機は、とっくの昔に全滅。彼らに、身を守る術はない。


「一体全体! どうなってやがる!」


 大尉の悪態。余りにも損害が大きい。既に全機、爆弾を投棄。全速で逃走を図っていた。だが、振り切れない。敵機はハイエナのよう。執拗に食らいついて来る。


「9時方向より敵機!」


 機銃員からの報告。パニック状態になっているのだろう、それは最早、報告というよりも絶叫に近かった。大尉はそちらに視線を巡らせる。報告通りに敵機。相手は、この数分で見慣れたジェット機。後退翼を備え、攻撃的なスタイルを持つ機体。敵機は既にロケット弾を打ち尽くしているのだろう。急速に接近し距離を詰めてくる。機銃を打つつもりなのだ。


パパパパパパパ!


 無数の火箭がジェット機へと伸びる。12.7mm機銃が弾幕を張っているのだ。だが、距離が遠い。それに、敵機が早すぎる。火器管制装置の想定を超えて飛行する敵機に、全く機銃が対応できていない。


 距離を詰めた敵機が発砲。


 命中。多数の閃光弾が機体中央部に命中したのが、大尉にも確認できた。機体が大きく揺れ、傾く。一拍おいて、衝撃。


 大尉の意識はそこで暗転。彼が目覚めることはもう二度となかった。機体が爆発したのだ。大尉の乗るB-29は胴体を真っ二つに切断され、海面へと落下していく。




+++++++++     +++++++++




「ソーコル07。1機撃墜」


 ニュートン大尉の機体を撃墜した彼、森美もりみ友彦ともひこ中尉は乗機を急上昇させる。破片の雨に真正面から突っ込むのを避けるためだ。


「他の敵は……」


 中尉は周囲の状況を確認する。味方。味方。味方。目につくのは、友軍機ばかり。


「お! いた!」


 中尉はようやく敵機を見つける。だが、そいつには先客がいた。既に二機のMig-47戦闘機が競うように追い回している。

 今からあそこに割って入っては、顰蹙を買うだろう。仕方なく彼は、別の目標を探す。


 幸い、獲物は直ぐに見つかった。それも多数。いずれもB-29。数は10機。かなりの低空――海面すれすれ――をノロノロと飛行している。恐らく、レーダーに捕まらないよう、高度を下げたんだろう。


 中尉は残弾をチェック。ミサイルは既になし。期間砲弾も、半分ほどしか残っていない。これでは到底、10機も撃墜することは出来そうにない。

 しかし、逃がす道理もなかった。中尉は無線機のスイッチを入れ、僚機に注意を促す。


「こちらソーコル07。海面すれすれに複数の敵機」


同時に、急降下。一気に距離を詰める。


 こちらが気付いたことに、相手も気付いたんだろう。B-29が変態を崩し、バラバラに分散していく。


「逃がすかあ!」


 中尉はその内の一機へと狙いを定め、急接近する。彼の乗るMig-47。その周囲には複数の友軍機。彼らも米軍機を逃がすつもりはないようだ。アフターバーナーに点火。急加速する。


 だが、


「ソーコル中隊全機へ。こちらソーコル01。戦闘中止、帰投する」


 帰投命令が出る。


「ソーコル01、ソーコル07。まだ戦えます!」


 彼は反射的にそう答えていた。


「ソーコル07、撤退だ。君の機もミサイルを打ち尽くしているだろう?」


 中隊長の呆れたような声。確かに中隊長の言うとおりだ。情報連結によって、僚機の武装状態も確認できるようになっている。それによると、現在の中隊に対空誘導弾は残っていない。


「しかし! まだ敵が!」


 それでもなお、彼は言い募る。


「ソーコル07、ソーコル05。メビウス中隊が接近中だ。血気盛んなのはいいことだが、彼らにも獲物を残しとかんとな!」


 面白がるような声。小隊長だ。直属の上官である小隊長を、中尉は苦手としていた。


「ソーコル07了解。撤退します」


 彼は機首を巡らす。





+++++++++     +++++++++






「どうやら……行ったようですね」


 副機長が安堵の声を上げる。副機長の言うとおりだった。上空より急降下。急速に接近していた敵機が、引き返していく。


「安心するのはまだ早いぞ、ジェフ。家に帰るまでが任務ピクニックだ」


 機長のジョーク。だが、笑うものはいない。元々、機長の冗談は――頻繁にジョークを口にする割には――あまり面白くない。それに加えて、現在の状況。笑いが起こるはずもなかった。

出撃した100機余りのB-29の大半が撃ち落とされ、残ったのは極僅か。海面ギリギリにまで急降下して、敵機の目をやり過ごした彼らだけが生き残った。


 こんな筈ではなかった。最初にレーダーが不明機をとらえたとき、梯団は10,000mにまで上昇。日本軍には、高度10,000mにまで上昇できる戦闘機が少数しかいない。いつもどおり、簡単に回避できるはずだった。


 だが、今回は違った。日本機は容易にこちらよりも上の高度にまで上昇。襲撃を仕掛けてきた。

 最初の一撃。日本機から放たれたロケット弾の一斉射撃で、護衛のP-51は全滅。この時点で、爆撃指揮官は任務の中止と退却を指示した。だが、その命令は余りにも遅かった。次の射撃で、先頭を飛行していた第504爆撃群が壊滅。その後も一方的な損害が続く。


 気が付けば、5個あった爆撃群は壊滅。残ったのは、急降下で難を逃れていた10機程のみ。


「一体何だったんでしょう? こんな筈ではなかったんですが……」


 副機長の問い。その声は震えていた。無理もない、と機長は思う。爆撃群の仲間たちは友人だった。中には馬の合わない人物もいたが、それでも戦友だったことに変わりはない。それが短時間に失われた。最早、彼らが戻って来ることはない。


 そこで機長は、敢えて気楽に答える。


「さてね……無線では、赤い星を付けいると言っていたが……」


 機長はそう答えながらも、そんなことはないだろうと思う。馬鹿馬鹿しい。日本機が付けているのは赤丸(日の丸)。星ではない。恐らく、パニック状態になって幻覚でも見たんだろう。戦場ではよくある事だ。


 赤い星と言えばソ連だ。こんなところにソ連機がいる訳がない。大体、もし居たとしても、ソ連は友軍だ。俺たちを攻撃してくるのは、道理に合わない。


 機長はそう考える。むしろ問題なのは……。機長は暗惨たる気分になる。日本軍の新兵器だ。B-29よりも高空に進出できるジェット戦闘機。それに、100発100中のロケット弾。

今後、日本軍がこれらの新兵器を大量生産してくるのは間違いない。だが、どうやればいい? どうすれば対抗できる? 機長には上手い対抗策が思い浮かばなかった。


「機長! ロケット弾です! 6時の方向!」


 絶叫のような報告。後部見張りからだ。


「くそっ!」


 機長は悪態を付く。無論、エンジン出力を全開にするのも忘れない。距離を稼ごうとしたのだ。だが、これは無意味なものとなった。日本防空軍のMig-41戦闘機が発射したR-77中距離空対空ミサイルは、あっという間に距離を詰める。


「機長! ロケットがどんどん近づいています!」


 見張りからの報告。発狂寸前の様子だ。


「ふざけやがって!」


 機長は機体を左右に振る。ロケットの誘導を振り切ろうとしたのだ。しかし、R-77は未来の対空ミサイル。第二次大戦型の旧式機に回避できるようなものではない。


「ダメです! 振り切れません! ついて来てる! 付いて来てます!!」


 絶叫。そして、命中。


 バンッ!


 衝撃。機体が揺れる。機長の身体は操縦桿に叩き付けられた。機長の意識が飛ぶ。それが彼の最後だった。彼の乗るB-29は炎に包まれ、海面へと落下していった。無論、誰も助からない。




+++++++++     +++++++++




 彼は液晶画面を見つめていた。画面に映るもの。それは望遠カメラがとらえたものだ。


 パッ! パッ!


 画面上、醜い花火が次々に咲く。胴体を真っ二つにされたB-29が落下。また、別のB-29はミサイルの破片に尾翼を破壊され、操縦不能になる。そこに別の誘導弾が命中。木端微塵になる。ある機体には二発のミサイルが同時に命中。左右の主翼を一瞬で失った機体は、暫くは慣性により飛行を続けていたが、やがて機内燃料タンクに引火。火達磨になって墜落していく。


 後には、何も残らなかった。


 彼は、別の画面もチェック。伊豆大島のレーダーサイトや、緊急発進した早期警戒管制機が捉えたレーダー情報だ。さらには、周囲を直接見渡す。敵機は見当たらない。付近にいるのは友軍機のみ。

 敵機は全滅していた。


「司令部、こちらメビウス01。目標殲滅。敵編隊の全滅を確認した」




+++++++++     +++++++++




西暦1945年8月6日午前8時55分

マリアナ諸島 グアム島

アメリカ陸軍航空軍 戦略航空軍 第20航空軍 第21爆撃軍団司令部


 この日、このとき、カーチス・ルメイ将軍は混乱していた。いや、司令官だけではない。司令部全体が大混乱のただ中にあった。

 理由は簡単。隷下の第313爆撃団が、日本軍の迎撃を受け壊滅していたからだ。


「ちくしょう! どうなっている!?」


 司令官が吠え、書類をぶちまける。


 こんな事態はあり得なかった。日本軍にはB-29を満足に撃墜できる戦闘機など存在しない。そのはずだ。

 だが、現実は無情。出撃した第313爆撃団からは、悲鳴のような報告が相次いでいた。曰く、ロケット弾がホーミングしてくる。曰く、日本軍のジェット戦闘機に迎撃を受けている。曰く、ジェット機には赤い星マークがある。


 殆ど、荒唐無稽と言ってよかった。誘導機能付のロケット弾などあるはずがない。日本軍にジェット機があるはずもない。赤い星に至っては意味不明だ――恐らく、部隊マークの一種だろうと推測されてはいた。


 そして、いくつもの悲鳴の後、無線機は沈黙した。司令部からの呼びかけに、誰も応答しない。出撃した第313爆撃団――100機もの爆撃機とその護衛戦闘機――が壊滅したのは、ほぼ確実だった。



 だが、それだけならまだ良い――全く良くないが。問題はそれ以外の部隊からも、悲鳴のような報告が相次いでいることだ。

 静岡—神奈川方面を強襲する筈だった第11艦隊もまた、敵のホーミング・ロケットから攻撃されているという報告を最後に、沈黙。壊滅したものと見られる。


 一体全体何が起こっているのか? 司令部は大混乱だ。


 そのとき、


「司令官! 第3艦隊司令部より緊急信!」


一人の士官が慌ただしく司令部に入室する。


「こんどは何だ!?」


 将軍が応じる。


「沖縄に多数の弾道弾が命中! 第10軍が壊滅状態とのことであります!」


「なんだとっ!?」


 絶句する将軍。


「何かの間違いではないのか? 1個軍がこんな短時間に壊滅するなどとは……」


 参謀長の質問。


「分かりません。ただ、通信の発信者が第10軍からではなく、第3艦隊ですので……」


 そこで士官は、言葉を濁す。

 その先を続ける必要はなかった。少なくとも、現在の第10軍は通信を送れるような状況にはないということだ。


 しばらく沈黙したのち、参謀長が口を開く。


「将軍。ここは一旦……」


 だが、そこに再び乱入者が現れる。中佐の階級章を付けている彼は、この基地の警備責任者だ。


「失礼します! 弾道弾らしき高速飛行体がこちらに接近しております!」


「なにっ!?」


 狼狽する参謀長。


「将軍! 不味いです! 沖縄を襲った弾道弾と同じものだとしたら……」


 かなり強力な破壊力を持っているものと推定される、参謀長はそう続けようとした。だが、そうするまでもなかった。


「分かっている! 総員退避! 防空壕に退避する!」


 将軍は即断した。今や、日本軍が全線に渡って強力な反攻作戦を展開しているのは明白だった。


 急いで荷物をまとめ、退避壕へと向かう参謀たち。


 1分後。司令官たちが退避壕に逃げ込んだ後。それは起こった。



 駐日ソ連軍第5010砲兵旅団が発射した18発のRSD-12準中距離弾道弾。これらによって打ち上げられた核弾頭。その数、54発。

その破壊の天使たちがマリアナ諸島に到達したのだ。


 効果は劇的だった。

 核爆発によって、巨大な火球が発生。地上待機機、ブルドーザ、管制塔、兵舎が大勢の将兵と共に飲み込まれ、消滅。


 無論、火球に飲み込まれた者達のみが殺されたわけではない。衝撃波と熱線、放射線もまた放たれていたのだ。


 爆風によって、地上に留め置かれていたB-29がまとめて吹き飛ばされて行く。吹っ飛んだB-29は、空中で衝突。機体が滅茶苦茶にひしゃげ、航空燃料に引火。大爆発を起こす。

 地上の燃料タンク群。熱線をあび、急激に加熱されたそれは、爆発。巨大な――しかし、核爆発に比べれば些細な――火炎を天空へと伸ばす。周囲にいた兵士たちは、ひとたまりもない。塵も残さず消滅した。


 このような状況か。防空壕も大した役に立たない。ルメイ将軍たちが退避した地下壕の真上で、一発の核弾頭が爆発。衝撃によって、第21爆撃軍団司令部のスタッフたちを生き埋めにする。そこでは、誰も生き残れなかった。


 阿鼻叫喚。地獄絵図がそこかしこに広がる。


 即死した者達はまだしも幸運だった。


 アーロン・スミス一等兵。

 彼は、空襲警報が鳴ったとき兵舎の中にいた。慌てて防空壕へと退避しようとしたもののどこも一杯。彼の大隊では、兵員数に対して防空壕の建設が遅れていたのだ。何とか生存率を上げようと、頑丈そうな建物に退避したスミス。


 そこもまた、既に多くの兵士たちで一杯だった。だが辛うじて隙間を見つけ、滑り込む。

 その直後だった。核爆発が生じたのは。情け容赦のない殺戮。無差別で平等なそれは、スミス一等兵たちも襲った。爆風によって、ブロックの壁が吹き飛ぶ。飛んできたブロックが、兵士たちに直撃。


「gu!」


 間抜けな一言。それがスミスの最後の台詞となった。彼はブロックに胸部を潰されていた。口から心臓が飛び出し、尻からは糞を垂れ流す。まるで踏み潰されたカエルのよう。だが、そんな間抜けな彼の姿を嘲笑うようなものは、そこにはいない。みんな死んでいたからだ。

 やがて、火災が発生。哀れな兵士たちの死体を火葬していく。



 この日、マリアナ諸島におけるアメリカ軍は、大損害を出し壊滅した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ