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反撃


西暦2018年8月6日午前8時15分

日本人民共和国 北海道

駐日ソ連軍 第5012砲兵旅団



「一体どうなっている? 通信回線はまだ復旧しないのか?」


 異変の発生以来、もう何度目かになる問い。その問いを発した人物、ソ連戦略ミサイル軍極東分遣軍団 第5012砲兵旅団長たるセミョーン・ゴルシコフ大佐は苛立っていた。

 問題が発生したのは、この日の午前6時半ごろ。クレムリンのとの直通回線に異常。連絡が切断される。当直旅団指揮官は何とか回線を復旧しようと試みたものの失敗。以後、現在に至るまで通信網の復旧は全く進んでいない。


「は! 依然復旧しておらず、その原因も不明なままです」


 参謀長が返答する。これもまた、先ほどと同じ答えだ。


「奇襲攻撃か?」


 旅団長の問い。この問いもまた、この90分間繰り返されてきたものだ。


「不明ですが可能性は低いでしょう。通信障害は極めて広い範囲で発生しております。戦略ミサイル軍総司令部のみならず、ソ連本土、朝鮮、満州、中原、モンゴル、ベトナムとも一切通信が出来ない状態が続いております。これほどの広範囲で通信を遮断するためには核兵器を使用するほかありませんが、現在のところ異常な放射性物質は観測されておりません」


 参謀長の返答。この90分間の間、何度となく繰り返してきたため、最早阿吽(あうん)の呼吸ともいえる域に達している。

 と、そこに、乱入者が現れる。階級は少佐。周りの軍人たちとは異なるデザインの制服を着用した彼は、KGBから派遣されてきた連絡将校だ。


「報告します。駐日大使館からです。外交用回線にも応答がないとのこと。それと……」


 少佐は言いよどむ。


「なんだ? 私に報告できないようなものか?」


 旅団長が少佐を問いただす。その口調は柔らかなものだ。大佐と少佐。旅団長の階級は連絡将校よりも上だが、KGBの少佐を詰問するようなことはしない。それは自殺行為だからだ。


「これは航空宇宙局の友人からもたらされた非公式な情報なのですが……どうやら、ほとんど全ての衛星と交信不能に陥っているようです。さらに、対宇宙電探は衛星の存在はおろか、その残骸すら確認できていないようです」


「ふうむ」


 旅団長は考え込む。


「我々の衛星もほとんど使用不能だったな?」


 旅団長の問い。これに参謀長が首肯する。


「はい。現在、機能を維持しているのはコスモス111025のみです。当該衛星に異常はありません」


「衛星のほとんどが使用不能……これでは、我々は無防備ということになる」


 旅団長は苦苦しげだ。


「通信網や衛星が攻撃されているのではないのか?」


「ありえません」


 少佐が返答する。


「これほど大規模に衛星を攻撃して、我々が探知できないはずがありません。第一、衛星の破片すら確認できないのは不自然です。攻撃とは別の要因によるものでしょう」


「だが……だとすると一体……」


 旅団長の困惑。そんな彼に対して、連絡将校は話を続ける。


「それと……くだんの友人によると、アメリカの衛星もほとんど探知できない状態にあるようです」


「うん?」


 旅団長の困惑が深まる。これがアメリカの奇襲攻撃なら、米国の衛星も探知できないのは奇妙だ。衛星は放熱翼や太陽光パネルを搭載しているため、かなり目立つからだ。ステルス衛星はその性質上非現実的だと考えられている。

 もしかしたら、西側からの奇襲攻撃を察知した宇宙軍が反撃し、双方の衛星網が大打撃を受けた可能性もないではない。しかし、そうであるならば、彼らが戦争勃発の報告を一切受けていないのは奇妙だった。それに、それほどの戦闘が行われたのであれば、探知できないはずがない。

 旅団長は思考の海に埋没しかける。




 警報音が鳴ったのはそんな時だった。


 司令部の空気が凍った。


 それは、金属を鉤爪でかきむしったような恐怖感を掻き立てる音だ。背筋が泡立つ。危険の度合いによって、響き渡る警報音は違ったものが用意されている。男達はこの警報を知っていた。演習で何度となく聞いてきたものだからだ。


「核攻撃警報!」


 情報戦術士官が報告を上げる。それは悲鳴のようだ。


「警報の発信源は日本防空軍のMig-31要撃機です」


 報告が続く。

 核攻撃警報はその性質上、データリンクを通じて、即時に全軍に通知されることになっている。だが、戦闘機搭載の放射線検知器は小型で精度が低い。


「報告! 四国上空の空中警戒管制機(A-50)も核攻撃警報を発信しています!」


「あ! 呉基地からも同様の警報!」


海田市かいたいち駐屯地より報告! 『広島市上空で核爆発あり。被害状況不明』」


 報告が相次ぐ。

 空中警戒管制機の放射線検出器は戦闘機のものと比較して高性能だ。加えて、地上基地からも同様の報告が相次いでいるということはつまり……。


 男たちの視線が旅団長へと集まる。


「我々は核攻撃を受けている。そうだな?」


 旅団長の問い。


「は! 間違いありません」


 参謀長が応じる。最早疑問の余地はない。ソ連本土との連絡が不通なのは、敵の核攻撃を受けたからだ。どうやって奇襲を成功させたのかは不明だが、帝国主義者たちのことだ! きっと悪辣な新兵器でも用いたんだろう!


「諸君。これより我々は、最終報復行動を実施する」


 旅団長の宣言。


 もともと、今回の通信障害を受けて、第5012砲兵旅団は臨戦態勢を取っていた。準備にはほとんど時間がかからない。

 それから数分と経たないうちに、RSD-10中距離弾道弾が発射された。発射弾数は36基。旅団の全力射撃だ。

 目標はアラスカ。5000kmの距離にある。



「参謀長。極東分遣軍団司令部に最終報復行動を実施した旨、報告をおくれ」


「は! 直ちに報告いたします!」


 旅団長は応じ、通信卓についていた中尉に指示を出す。


「報告。第5010旅団司令部からです。最終報復行動を実施したとのこと」


 新たな報告がもたらされる。

 北海道に展開する彼の旅団と同じく、第5010砲兵旅団もまた極東分遣軍団に属している。彼らの展開位置は四国。核戦争が始まった場合、沖縄とグアムにいる米軍を痛打する計画になっていた。


 旅団長は考える。

 何割かは、というより7割か8割ほどは、迎撃されるであろう。アラスカであれ、グアムであれ沖縄であれ、米軍の重要拠点であることに変わりはない。強固な弾道弾防衛システムに守られている。


 だが……

 旅団長は微笑する。RSD-10が搭載する核弾頭はメガトン級。一発だけでも、かなりの被害を与えるはずだ。


「それにしても……」


 旅団長は沸き上がった疑問を口に出す。


「極東分遣軍団司令部は何をやっているんだ? 核攻撃を受けたというのに何も言ってこないが?」


 その疑問を口にした後、旅団長は原因に思い当たった。


 今日は8月6日だ。極東分遣軍団長と軍団参謀長は、他の政府高官や将官たちと共に、広島で開かれている原爆犠牲者追悼式典に参加している。恐らく、今頃、軍団司令部では大騒ぎになっているだろう。


 それどころか……。

 旅団長の顔面が蒼白になる。現状は衝撃的だった。追悼式典。それに参加している人々の顔ぶれを知っていたからだ。


 国家元首クラスだけでも途方もない。ソヴィエト人民共和国連邦大統領、ドイツ民主主義共和国連邦大統領、ハンガリー共和国中央委員会委員長、ルーマニア共産主義国大統領、ブルガリア社会主義共和国統治委員会委員長、ポーランド人民共和国最高評議会議長、朝鮮共和国大統領、満州共産主義共和国共産党総書記、モンゴル人民共和国国家主席、中原人民共和国大総統、日本人民共和国最高会議幹部会議長。

 更には多数の将官たち。ワルシャワ条約機構軍最高総司令部議長、ソ連赤軍参謀本部総長、ソ連太平洋艦隊司令官、駐日ソ連軍総司令官、戦略ミサイル軍総司令官、などなど。


 原爆犠牲者追悼式典は、アメリカ帝国主義の道徳的退廃ぶりと残虐非道性を世に喧伝すべく、多数の政府高官が出席する政治的行事なのだ。これまでのところ、この政治ショーはそれなりに上手く行っていた。


 だが今回、それが仇になった。


 つまるところこの日、ワルシャワ条約機構は開戦劈頭に首脳部中枢に大打撃をこうむったのだ。


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