終幕
読者諸賢、これはただの想い出話なのだ。
過ぎ去りしある瞬間を私が忘れてしまわないよう語るだけのものだ。
長い時間は取らない。少しばかり付き合って頂けまいか。
彼女がいた事を覚えているのが私だけというのも忍びないのでな。
さあ、語り部よ始めてくれ。
悲しみは深々と降り積もる雪のよう。
黒く重たい夜空に。
白く冷たい雪だけが。
ひらひらひらひら漂っている。
何もかもを覆い尽くし音すらも飲み込んで切々と。
吹きすさぶ風に踊り狂う雪。氷点下をはるかに下回り陽が沈んでから気温はさらに下がり続けている。足跡すら途絶えた雪原の真ん中に小さな荷物を抱えた影一つ。
「もうすぐだ!もう町に着くから!!」
小さな荷物……小さな少女に話しかける。
「一一一一う……ん……」
風に混ざる掠れたか細い声。口の端から零れ落ちる赤。
身動き一つ取れずに刻一刻と近づいてくる死に神の足音。
しかし、灯は見えない。
少女の白く濁った瞳に写るのはずっと。ただ一人自分を拾った少年の今にも泣き出してしまいそうな顔。
泣かないでほしい。
生きるのに必死で痛くて苦しいことばかりだったけど、自分を見てたまに笑うそんな少年の笑顔が大好きだったから。
それを伝えようにも喉に何かが詰まって上手くしゃべれない。
「――――」
声はでないけれど微かに動く唇。
――ああ、もう。
もっとたくさん話したかった。もっとずっと一緒にいたかった。もっともっと生きたかった。
自分の中で何かが途切れた。
少女の瞳に輝きが戻る。少しだけ頭が動き少年の顔を見上げた。
全く動かなかった腕が持ち上がり少年の頬に指先が触れる。
少年は驚きと喜びに目を見開く。
だがそれは一瞬の幻。
腕は力なく落ちていき少女の瞳は輝きを灯したまま閉ざされることはなく。
その時を止めてしまった。
ただの身体の反射に過ぎなかったのかも知れない。
それでも少女の顔はどこか微笑んでいるように見えた。
屍となったそれを抱きしめたまま。
己の熱で温もりを取り戻せるとでも信じているのか。
強く強く抱きしめたまま。
雪はそれすらも覆い隠さんと強く吹雪いていた。
これで話は終いだ。
年寄りの昔話に付き合わせたな。礼を言う。
あゝ、これで終わりだ。これで私も思い残す事なく彼女に会いに行けるというものだ。
幼い少女の語り部はいつの間にか姿を消し、目蓋を閉ざした老人は光と共に消えていった。
揺れる揺り椅子と貴方だけが彼のいた証。