第一話 再会②
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馬車は夕刻前に到着した。馬車を降りると辺りには到着を待っていた乗客の家族らが待ち構えていて、出てくる人々の顔をのぞき込んでは一喜一憂を繰り返していた。
当然ローレンスを迎えてくれる人間はいない、わらわらと集まる人だかりをすり抜けて、さっさと市街地へと足を運んだ。夕暮れの外気は想像以上に冷たく、ローレンスの身体を刺す。ローレンスの暮らしていた地方とは気候が違うのだとひしひしと感じた。
(さて、ファルマーレに来い、とは言われたが……)
数か月前にあっさりと告げられた勧誘では、一体どこに行けばいいのか見当がつかない。おまけにファルマーレは王都に近い大規模都市、ここから目当ての人物を探すのは砂漠で小さな一本の針を探し当てるくらい至難の業ではないかと思ってしまう。
そもそも何故、ガラドリム国の宰相が単独で他国をうろついているのか、よくよく考えれば妙な話だ。おまけに仕事の待ち合わせが、ガラドリム国からさらに離れた王都の隣町。
(……これは少し早まったか?)
今更になって己が厄介ごとに首を突っ込んでいるのではないかと猜疑し始めた。
―――意外と無鉄砲なのかもね。
と、故郷を離れる前に友から言われた事を思い出す。彼女の言葉が本当に的確でローレンスは思わず吹き出した。
「……まずは情報収集からか」
何にせよ一度決めてしまった事だ、ぼうっと突っ立っていても仕様がない。しばらく泊まれる宿を探し、リマンジャらしき人を見なかったか聞き込みを行う。そう思い立ったローレンスは左肩に荷物を背負い歩き出す。と、
「―――、」
視線が刺さった。明らかに敵意を持った、歪な視線。ローレンスは足を止め辺りを見回すが、周囲にあるのは雑踏ばかり。視線を送ってきた何かを特定する事は不可能だった。
◆
くたびれた酒場を構える小さな宿屋に落ち着いたローレンスは、さっそく情報を聞き出すため一階の酒場へとやってきた。酒場は情報収集にはうってつけの場所だ。身分問わず様々な人間が酒を酌み交わしにやってくる。雰囲気と酒気に飲まれ、普段は口が堅い者でもその堅牢な壁が脆くなってしまうのも酒場の醍醐味だ。
「東風の服を着た四十代くらいの男?……うーん、ここいらじゃ見かけないねえ」
とりあえず安酒を一杯注文してカウンターでグラスを磨いている主人に聞いてみたが、どうやらあまりいい情報は得られないようだ。「そうか」と軽く肩を落とすと、隣で飲んでいた常連らしき男がローレンスたちの間に割って入る。
「ははは、兄ちゃん。そんなけったいな奴がいたら町中で話題になっちまうよ」
「だな。お客さん、そいつ大道芸人かなんかか?なら町の中心部に今劇団が来てるから、そっちをあたってみたらどうだい」
「いや、そういう奴じゃない」
まさかローレンスの探し人が一国の宰相だとは彼らも思うまい。これは数日、いや数週間は粘るのも覚悟だと、手の中の酒を勢いよく煽った。と、
「大道芸人と言えばさ、その異国風のおっさんじゃないけど妙なガキなら見たぜ」
常連の男が聞いてくれよと言わんばかりにこちらに身を乗り出した。
「妙なガキ?」
「ああ、まだ十代半ばくらいのガキなんだけどよ、背中にでけえ大剣背負ってたんだ。そのガキと同じくらいの背丈の。おもちゃかと思ったけど、それにしちゃあ作りがしっかりしてたし。思わず二度見しちまったよ」
常連の男は大げさにジェスチャーを加え興奮気味に話した。店主は手を止めることなく常連の言葉に相槌を打っている。
「へえ、世の中には変わった奴がいるもんだ」
「だろう?この町は本当に楽しいぜ兄ちゃん。王都に近いからシルキニス中の……いや、シルキニス以外の国からも色んな奴が集まってくる。まあ、兄ちゃんの探している奴もそのうち見つかるさ」
そう言って常連はローレンスの肩を乱暴に叩いた。あまりに強すぎてグラスの酒がテーブルに飛び散る。そのうち見つかるなんてよくもまあ簡単に言ってくれるものだと、ローレンスは内心で辟易した。―――その時だ。
「やめてください!」
酒場の一角で女性が悲鳴を上げた。そこにいた全員が一斉に何事かと視線を動かす。
すると酒場の隅のテーブルの一角で三人の男たちが一人の女客を取り囲んで下卑た笑いを浮かべていた。
「なんだよ姉ちゃん、一人で寂しそうに飲んでるから声かけてやったのによぉ」
「そうだぜぇ、せっかく同じ店で飲んでるんだから一緒に楽しもうじゃねえか、なあ?」
泥酔した男がその女客に顔を近づけて卑しい顔で笑うのを見て、ローレンスは閉口する。よくもまあ今どきあんな古典的な酔っ払いがいたものだ。男たちはすでに皆目が虚ろで正気を保っているとは思えない。
「あーあ、完全に出来上がってるよ、あいつら」
隣の常連の男が呆れた声で呟いた。女を気の毒そうに見つめているが助太刀する気はないらしい。
しかし女の方も女の方だ。頭をすっぽりと隠す大きめの外套を羽織っているとはいえ、隙間から覗く衣服や腕の装飾はどう見ても富豪の身なりだ。しかも声からしてまだ若い。どこの貴族の令嬢か知らないが、そんな人間がこんな一般庶民の安酒屋に従者も連れずに訪れるなんて絡んでくれと言っているようなものだ。
(それにしては随分と気の強い女だな)
大の酔っ払い男三人など、普通なら竦みあがってもおかしくないだろうに、女は酔っ払いを果敢にあしらっており、ローレンスはその気丈さに感嘆した。そうこうしているうちに騒動は肥大し、とうとう店主がグラスを磨く手を止めカウンターから飛び出した。
「お客さん、いい加減にしちゃくれないかねぇ。ここは娼館じゃねえんだ。女に酌してもらいたかったらそっちいきなよ」
「ああ?うるせえよ、爺はすっこんでろ!」
酔っ払いの一人が逆上して店主に殴りかかった。派手な音を立てて店主の身体がカウンターに叩きつけられる。店内中で悲鳴が上がり瞬く間にパニックは伝播する。
こういう時、一般客なら巻き込まれたくないとすぐにでも店を出るのが正しい選択だろうと思う。店主には申し訳ないが、酒代だけ払って早々に退却した方がいい、誰だって自分の身が一番かわいい。
だが、生憎な事にローレンスは元聖騎士だ。別に命を賭すほどこの国に忠義を尽くしているわけではなかったが、目の前で無関係の人間が理不尽な暴力にさらされているのを見逃せるほど浮泛な騎士でもなかった。
ローレンスは立ち上がると迷いない足取りで暴れている酔っ払いに近づいた。男の一人の肩をポンと叩く。
「あ?なんだお前―――」
振り向いた男の目に問答無用で拳を叩きこんだ。男はつぶれた悲鳴を上げ地面をのたうち回る。
「てめえ!」
激昂した仲間がローレンスに飛び掛かってきた。ローレンスはひょいと避けると男の鳩尾に蹴りをくらわす。すぐさま最後の一人が酒瓶を手に襲い掛かってきた。ローレンスは間一髪でそれを躱したが、身をよじったせいでローレンスの肩にかけていた上着がばさりと落ちた。
「―――!?お前その腕……!」
男はローレンスの右腕が空っぽになっているのを見て一瞬動きを止めた。そのわずかな隙が男にとって命とりになった。
ゴンッ
回し蹴りを食らった男は痛々しい音と共に床に倒れ伏した。三人の男はあっけなく伸され酒場はシンと静まり返る。
「おおっ!すげえな兄ちゃん!片腕なのによくやるぜ!」
さっきローレンスの隣で飲んでいた常連の男が真っ先に近づいてきて肩を乱暴に叩いてきた。それを合図に店内に残っていた客たちも一斉に歓声を上げ口笛を吹く。カウンターの横で蹲っていた店主もゆっくりと腰を上げローレンスに握手を求めてきた。
「ありがとうな、お客さん。助かったよ」
「いえ、お構いなく」
「おい、誰かその阿呆どもを縛って外に転がしとけ」
誰かの合図とともに、手の空いた客たちが酔っ払い三人をあっという間に拘束し外の路地裏に放り投げた。店内は笑いで満ち溢れ、先ほどの険悪なムードはすっかりどこかへと吹き飛んでいく。と、
「……」
ローレンスは店の隅で蹲ったまま動かない人物に気づいた。先ほどの騒動の渦中にいた、絡まれていた女だ。
「……大丈夫ですか?」
ローレンスが近づいて手を差し伸べる。女は体を震わせて俯いていた。今になって恐怖に竦んでいるのかと、ローレンスは彼女の手を掬い取ろうとした時、
「―――ローレンス様!」
思いがけず女の方から飛びついてきたので、ローレンスは思わず後ろに倒れこんだ。女の外套が外れ、その顔が露わになる。涙目にこちらを見つめるその顔は、
「エレノーラ!?」
「ローレンス様!会いたかった……!」
ローレンスは呆然としたまま、かつての婚約者が自分の胸にすがりつくのを見つめていた。




