第一話 再会①
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「騎士辞めるんだってなあ。団長さんから聞いたぞ」
ローレンスが腕を失くした数日後、上司であったハイネルに退団を申し出、最後の挨拶へと伺った帰りに、その男は声をかけてきた。
リマンジャ=アハル=サーム。遠国ガラドリム国の宰相という地位にありながら、古いぼろきれを纏った汚らしい姿で軽薄に声をかけてくる不思議な男。
そして先日、この町を襲った騒動の中で、ローレンスの命を救った恩人でもあった。
「閣下……、ええ。先ほど団長に最後のご挨拶に伺いまして。今日限りでこの兵舎ともお別れです」
ローレンスの足元には小さな旅行鞄。ここには五年ほど在籍していたが、うち二年を遠征で開けていた事もあり、思ったより荷物は少なかった。
「もったいないな。君ほどの優れた若者であればもっと上に行けただろうに」
リマンジャは残念そうに眉を下げた。しかしそんな彼もローレンスの空虚になった右腕を見て、ローレンスの判断も止む無しと思っただろう。
「この度は閣下にも色々と御助力いただきありがとうございました」
「それはいいんだがな。これからどうする気だ?実家に帰るのか?」
「いえ……、自分は勘当されているもので。とりあえずは町を出て落ち着ける場所を探そうと思います」
とはいえ、頼れる親戚もなく、隻腕ではろくな仕事は見つからないだろう。もしかしたらこのまま路頭に迷って、どこかでのたれ死ぬ事になるかもしれない。
先は真っ暗、それでもローレンスは誰にあたるでもなく、己が運命を受け入れる覚悟を決めた。そんなローレンスの決意を知ってか知らずか、
「なら俺の仕事を手伝わないか?」
「―――え」
「今ちょうど人手が足りないと思っていたところなんだ。お前は度胸も実力も十分にある。腐らせておくには惜しい。どうだ?やる気はあるか?」
突然の勧誘にローレンスは戸惑いで固まった。相手は一国の宰相だ、そんな人間の仕事とやらは、そんなほいほいと安請け合いしていいものではないだろう。なにより、
「ですが、自分は片腕を失っています。騎士として行ってきた働きはもう出来ません。どんな仕事かは知りませんが、あなたのお役に立てるとは―――」
「そんな事は問題にならない。必要なのはお前にやる気があるかどうか、だ」
リマンジャはきっぱりと言い放った。ローレンスの戸惑いはますます強まる。今ここで二つ返事で首を縦に振る事は責任感の強いローレンスにはできなかった。
「……まあいい、すぐには返事できんだろう。気持ちの整理もあるだろうしな」
リマンジャは硬直しているローレンスの肩をポンと叩いた。
「だが、これは君にとっても悪い話ではない。あてどなく彷徨うより、ずっと生産的だ。何より、君がもう一度その剣を振るうチャンスを得る事が出来るかもしれない」
ローレンスはハッと顔を上げた。ローレンスの腰につられている愛用の剣、餞別として持っていく事を許されたその剣をローレンスはもう二度と振るえないと思っていたのだが、
「ローレンス=マクミラン」
リマンジャが威厳ある声でローレンスを呼んだ。
「覚悟が決まったらファルマーレに来い」
ファルマーレ。名だけは聞いたことがある、王都にほど近い町だ。
「まだ全てを諦めるつもりがないのなら―――待っているぞ」
そう言ってリマンジャはあっさりと去っていった。
全てを諦めるつもりがないのなら。それはリマンジャにとって、何を指していたのだろうか。ローレンスはしばらくの間立ち尽くす。けれど、その時にはすでに決意は固まっていたのかもしれない。
その翌日、ローレンスはイスカに別れを告げに行き、さらに数日後、誰にも告げずにメルカリアを出発した。目指す場所は、すでに決まっている。
◆
街道を南下し、船を乗り継ぎ、王都のある大陸に降り立ったローレンスは、またしばらくの間黙々と街道を歩いた。途中、泊まった宿で何度も悪夢にうなされながら、それでも身体に鞭を打って王都のある南方地域までやってきた。
この辺りはローレンスのいた北東部に比べ随分と冷え込む。あと三月もすれば、この周辺は真っ白な雪で覆われるそうだ。段々と王都に近づいている気配がする、ファルマーレへと向かう道中で乗り合わせた馬車には、王都に向かう者たちが大勢いた。
「ほら、兄ちゃん。向こうの行商人からの差し入れだってよ」
馬車の隅に蹲ってうつらうつらと舟を漕いでいると、ローレンスと同じ年くらいの軽薄そうな若者が近づいてきて側に座った。
「なんだ、これは?」
「ジャムだよ。このあたりの地方では冬場が長いから果物を長期保存するためによく作られてるんだ。パンに塗ってもいいし水で薄めて果実水にして飲んでもいい。そのままでも上手い」
そう言って小さな小皿に盛られたジャムを指し出してきた。馬車の中では同じような小皿を配り歩く行商人の姿がある。旅人への差し入れだと言ってはいるが、要は自分の商品のマーケティングか、廃棄処分か何かだろう。
あまり腹はすいていないが、断る理由もないのでありがたく受け取る。長旅と睡眠不足で疲れた体にジャムの甘さは実に効果てきめんだった。
「なあ、兄ちゃんってこの辺の人間じゃないよな?旅行者か?」
「……それがどうかしたか?」
やけに話しかけてくるので、ローレンスは男を訝しげな眼で見返した。ローレンスの不機嫌さを察知した男は、慌てて取り繕うように笑った。
「そんな怖い目で見るなよ。俺はただ、随分変わったものを持ってるな、と思って話しかけただけだ」
「変わったもの?……ああ」
男が指し示していたのは、ローレンスの傍らに置かれた聖騎士の剣だった。確かにこんな大ぶりの剣を持ってうろつく者はあまりいないだろう。男はただ武器に興味がある年相応な若者の目をしていた。
「すげえな、あんた腕が立つのか?」
「……そこそこな」
ローレンスは無意識に着ていた外套の前を合わせた。男からはローレンスの右腕は見えていないはずだが、何故か彼の視線がそちらに注がれているような気がしたのだ。
「へえ、じゃああんたにはこの話をしとかなくても大丈夫そうかな?」
「話?何のことだ?」
思わせぶりな言い方にローレンスの苛立ちが募る。無神経なのかはよくわからないが、いまいち気が合いそうにない男だと思った。
「……実はなファルマーレは近頃少々物騒なんだ」
「物騒?」
「そうそう、あそこは王都も近いし、貴族連中も仰山いるってのに、最近どうもきな臭い連中がうろついているらしいんだ」
男は声を潜めて唸った。その口調は恐れを抱いているというよりも、未知の冒険を前に高揚している子供のようだった。
「きな臭い連中とは?」
「見た目はごろつき連中と変わらないらしい。暴力的で、弱者を見つけると集団で襲い身包みをはがされる。……だが、その一部の人間は捕らえた奴を攫ってどこかに監禁しているんだと。……何をしていると思う?」
「勿体ぶらずにさっさと言え」
「わかったわかった。……どうやら、人身売買が行われているって噂さ」
ローレンスの片眉が吊り上がった。
「人身売買?」
「そう、見目のいい若い奴や変わった容姿や特性を持つ男女をとある場所に集めて競りが開かれる。参加するのは王都に暮らす王族や貴族連中。……ま、金持ちの道楽だな」
そう言って男はけらけらと笑った。一体何が可笑しいというのだ。それが事実ならばその街では、非人道的な行いが横行している事になる。市井を脅かすものがある事をそんな面白おかしく語る神経がわからない。とはいえ、自分はもう騎士ではないし以前のようにまともに戦えるわけではないので、余計な事に首を突っ込まない方が得策だろうと、彼の話を軽く流す。
「兄ちゃん見てくれもいいし、ひょっとしたら狙われるかもと思ったけど、腕が立つなら大丈夫そうだな。まあせいぜい気を付けなよ、ただでさえ旅行者は町人のカモにされやすい」
「忠告はありがたく受け取っておこう」
ローレンスはそっけなく礼を言った。すると、男はこちらに右手を差し出してきたのでローレンスは硬直する。
「……なんだ?」
「なんだって、握手だよ。もうすぐファルマーレに着くし、向こうであったらよろしくな」
男は無邪気な笑みを浮かべ、ローレンスに催促をする。ローレンスは一瞬迷った末、左手を差し出し無理やり手を握った。
「……」
男は一瞬変な顔をしたが、すぐににこやかに笑った。




