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第六話 戦場の神父、懺悔の行方②

 ご愁傷様、とチェスターは肩をすくめると、自分は安全なところへと避難する。


「ぎゃあ!」


 早速湿った嫌な音と共にくぐもった悲鳴が聞こえた。村人が一人、兵の斬撃に倒れ伏した。一人出てしまえばあとは連鎖だ。戦場のいたるところから肉を斬る音と叫び声が飛んできて、いよいよチェスターは辟易する。


 やはり血生臭いのは好かない。チェスターは戦闘の激しい地点から距離を取りつつ、村人が次々に餌食になっていく様を見届けた。騒ぎを聞きつけた非武装の村人たちも脇を通ってわらわらと逃げていく。だが、この村の入口はすでに兵たちで封鎖されている。逃げる場所などない。

 かつての術師は皆こんな風に散っていったのだろうかと、感傷に浸ってしまった―――その時だ。


 羽虫のような細かい音が徐々に近づいてきて、次第に剣戟が止まった。何事かと皆一斉に空へと目を向ける。すっかり呆けていたチェスターも上を仰ぐと、上空から夥しい数の紙片が降り注ぎ、そして見覚えのある人物の姿を形作った。


(あれは……!)


 戦場の中心に現れたのは薄汚いマントを目深にかぶりしんと佇む若い青年。先日、チェスターとリシュリューが邂逅した化け物の一人であった。青年が顕現したその瞬間、村人たちが一斉に青い顔をする。


「教会の悪魔だ!」


 村人の一人が叫んだ。さっきまであれだけ殺気立っていた村人たちは見る見るうちに恐怖で戦意を失っていく。

 チェスターは慌てて青年の元へと走った。人の波が引き開け放たれた広場の中心に、その異様な白い青年が幽鬼の如く佇んでいる。村人の反応からして彼らの味方ではない。


「まて、リシュリュー。まずは話をしてからだ」


 今にも飛び掛かろうとしていたリシュリューを制した。リシュリューは不服そうな顔をしたが、すぐに短剣を下ろす。兵たちも村人の抵抗が収まったことで動きを止めた。辺りは先ほどとは打って変わってしんと静まり返り、張り詰めた空気が肌を刺す。

 チェスターは青年の前に進み出た。


「また会ったな、……お前は一体何者だ?我々の邪魔をするのか?」

「無論だ。僕の住む村で勝手は許さない。この村の住人を殺させるわけにはいかない」


 だが村人を庇う仕草とは裏腹に、後方の村人たちは明らかに青年に怯えていた。その様子からチェスターはなんとなくこの青年の立場を理解した。先ほど彼らが言っていた、この村に住み着く『悪魔』とはおそらく彼の事だろうという事はすぐに分かった。


「今すぐに兵を引かせろ。そうすれば見逃してやる」


 しかしやけにぎらついた紅い目をしていること以外は、線の細い若者にしか見えない。明らかにチェスターより年下であろうその青年は、実に高圧的な態度でこちらを見下すものだから、チェスターもついムッとなった。


「随分上から目線だな。悪いが俺たちも事情があってここまで来ているんだ。成果もなしに引き返すことは出来ない」


 依頼主からの任務を遂行しなければ、立場が危うくなるのはチェスターたちの方なのだ。

 あくまでも引き下がらないというチェスターの意思に、青年は重いため息をついた。


「僕は野蛮な争い事は嫌いなんだ。見たところ、お前もそのように感じるが」

「ああ、俺も戦いは嫌いだ。……だが、生きるためには嫌な事もこなさなければいけないんだ」

「そうか……、ならば僕もそれ相応の対処をお前たちにしなければならない。この村を脅かす連中を生かして返すわけにはいかないからな」


 それは明らかな宣戦布告、それを聞いた兵たちが再び戦闘態勢に入った。


「結局そうなるのか」


 チェスターは苦い顔をして空を仰いだ。


「念のために聞くが、お前はただの人間ではないな。……悪魔か?それとも―――俺たちの同族か?」

「どちらでもないが、お前たちにとって縁の深いもの、とでも言っておこう」


 チェスターは眉をひそめた。彼の思わせぶりな言葉は今一つピンとこない。一つ明らかな事は、術師である自覚がない村人たちと違い、彼は間違いなくこちら側の存在だという事だ。


「お前が何者であろうと俺たちの任務を邪魔するというのなら容赦はしない。―――リシュリュー」


 その瞬間、待ってましたと言わんばかりに控えていたリシュリューが飛び出した。人間とは思えぬ異常な身体能力で、リシュリューはまっすぐにその短剣の切っ先を青年の喉元に突き付ける。


 だが、その一撃は派手な衝突音と共に遮られた。一瞬の間に、青年とリシュリューの間にもう一人、あの鋭い爪を両手に生やした女が割って入りリシュリューの短剣を受け止めた。


「!?」


 ざわり、と兵たちや村人の間に動揺が走る。チェスターの目の前に現れたのは、やはり先日邂逅したあの異様な空気を纏った女に違いなかった。女は以前と同様に、目を猛獣のように輝かせ、至近距離でリシュリューに相まみえた。


「はぁい、リシュリュー。また会ったわね」

「……」


 女は何故か嬉しそうにリシュリューに挨拶した。リシュリューは答えない。だが、彼の目もまた討ち漏らした好敵手を前にギラギラと輝いているのをチェスターは見逃さなかった。


「チェスター」


 リシュリューの声は歓喜に震えていた。


「今度こそ、この女殺してもいいよな?」

「―――ああ」


 チェスターが頷いたその瞬間、両者は火花を散らして動き出した。女は爪を、リシュリューはナイフをきらめかせ、互いの急所に斬りかかる。一瞬見えた二人の顔はお互いの姿を見て笑っていた。


「……はあ」


 村人も、兵たちも唖然とする中で、チェスターは一人ため息をついた。チェスターにとってリシュリューのこんな姿は日常茶飯事だ。まさか同類の戦闘馬鹿がこんなところにいるとは思わなかったが。

 そして、この混とんとした状況の中で、チェスターと同様に呆れかえっている者が一人だけいる。チェスターはゆっくりとその青年に近づいた。


「さて、お前が何者かは知らないが、お前ひとりで俺たちをどう止めるんだ?リシュリューはああ見えて中々に手強い。あの女一人連れてきたとて抑止力になると思うか?」


 マントをかぶった男は答えない。ただじっとチェスターの方を睨みつけていた。異常なほどの目つきの悪さを除けば、非力な青年にしか見えない。

 数の上での優位をちらつかせ、チェスターは青年に問いかける。チェスターが目くばせで兵たちに合図を送ると、彼らは一斉に青年を取り囲み切っ先をその細い体に向けた。だが、青年は怯えるどころか嘲笑を浮かべ、チェスターをまるで哀れな者であるかのように見下す。


「何が可笑しい?」

「いいや。……数の優位は結構だが、生憎と僕たちにとってそういう脅しは意味のないものだ。それに―――残念だがお前たちの相手はあの女だけではないぞ」


 ザウドの言葉と共に、チェスターの後方で轟音がした。村の入口の方からだ。

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