第六話 戦場の神父、懺悔の行方①
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「君たちは術師だな?」
とある酒場で出会い頭にそう言われた時、チェスターは、瞬時に「ああ、終わった」と思った。
チェスターの家系は術師であったが、里を持たず各地を転々としていた系統の一族だった。同族に会う事は滅多になかったが、術師がこの国で迫害されている事は教えられていたし、現代でも国府軍の襲撃に遭って命を落とす術師たちがいるのも知っていた。
だから偶然出会った、―――それも騎士のエンブレムの入った剣を携えた男にそんな風に声をかけられては死を覚悟するのも当然だった。
しかしその騎士はどうもチェスターを捕まえるために声をかけてきたのではなかったようだ。というのも、その騎士の目には術師特有の『紫煙』が漂っていたからだ。
「何故神父服を着ている?よもや本物の神父がこんな場末の酒場にいるはずもないしな」
この神父服は古巣の物だ。教会を破門された時着ていた物をそのまま拝借して出てきた。これがあるかないかで行く先々での待遇は全然違う。特に老いて愚かで敬虔な信仰者はチェスターを見ただけで無条件で有難がり、お布施とばかりに食事や寝床を提供してくれたからだ。
それでも誤魔化せるのはごく一部の盲目な信者に限られ、根無し草のチェスターはお祓いと称して浮浪者の追いはぎや猛獣の討伐、時には信者を騙してお布施をむしり取り路銀を稼いでいたのだ。
「それは随分と荒っぽい神父様だ」
チェスターの身の上を話すと、男は面白そうに笑った。彼はチェスターを捕らえる気は本当にないらしい。術師で、詐欺師で、ともすれば犯罪に手を染めている自分を捕まえない聖騎士、彼は一体何者なのか。
「なあ君。仕事が欲しいなら僕が紹介してあげようか?」
すると今度は、そんな事を言い出した。
「術師として、君にふさわしい仕事がある。やってみる気はあるか?」
それはまるで悪魔の囁きだった。チェスターが断る事が出来ないとわかった上で、チェスターに判断を委ねている。
これがチェスターにとって命運を分ける大きな出会いになる事をこの時なんとなく予感していた。
◆
「夜明けだな」
チェスターが呟くと同時に橙の陽光が地平線から伸びてきた。ここ二日間雨続きで、空は厚い雲に覆われていた。太陽の光をまともに浴びるのはこの地にきて初めての事だ。
「出立の時間だ。お前たち、準備はいいか?」
兵たちに呼びかけると、彼らは待ち構えていたと言わんばかりにチェスターの目の前に整列した。よく訓練された兵士だ。国に仕える兵は皆こんなものなのだろうか?
チェスターは内心怖気づく。臨時とはいえ、自分のような雇われ隊長の命を受け、命をかけるというのはどんな気分なのだろうか。本来ならばチェスターは彼らを統率する立場にはない。それどころかチェスターは争い事は嫌いだし、血生臭い事も大嫌いだ。生きるためとはいえ、なぜこんな任を引き受けてしまったのか、後悔は尽きない。
『術師の村を急襲し、住民を捕縛、もしくは殲滅せよ』
それがチェスターに課せられた任、生きるためにこなさなければならない責務だ。
そしてチェスターはもう一人、離れたところで不機嫌そうにしている自分と同じ顔の青年に呼びかけた。
「リシュリュー、いつまで不貞腐れているんだ?」
「……」
「いいか、これは任務なんだぞ。気に食わないのはわかるが真面目にやってもらわないと―――」
「一つ頼みがある」
突然真剣な顔をしてリシュリューが立ち上がった。いきなり何を言い出すかと思えば、
「先日あったあの化け物、あれは俺に殺させてくれ」
「……あの女の方か?」
「どちらでもいい。あるいは他に仲間がいるのならそいつらも―――」
リシュリューの手のひらでナイフが躍った。朝の陽光を受けて、刀身がきらりと輝く。リシュリューはまた先ほどまでの不機嫌そうな顔を一転させ、その鋭い刃物のような鮮烈な眼差しでにやりと笑った。
(ああ、こいつは本当に……)
チェスターは呆れと羨望の入り混じったため息をついた。チェスターが任務を遂行するのを厭う一方で、リシュリューは逆に生き生きと生気を取り戻しつつあった。先日までチェスターを巻き込むことに異を唱えていたというのに、いざ戦いになると水を得た魚のようになるのがリシュリューだ。気分屋で、強い者を追い求める事だけに執念を燃やす戦闘狂。それがチェスターの実の弟、リシュリュー=ブレイクの本質。
「好きにしろ。ただし、部隊長は俺だ。隊に害をなす行動をとるなよ」
「それでいいさ。……安心しろ、チェスターの任務を阻む奴は全部俺が殺してやる」
チェスターがこの任を受けた時、加担する必要がなかったリシュリューも手を貸すと言ってきた。それは加われば刃を交える事が出来るという打算以外にも、やはり兄であるチェスターを守るという確かな情があっての事だろう。
だからこそ無下にできない。この危うい獣をどう懐柔するかも、チェスターにとっては悩みの種だ。
「では、行こうか」
兵に呼びかけると、チェスターは暗く廃れた村へと浮かない足取りで踏み入った。
やはり村の中は前回侵入した時と同様に鬱蒼としており息が詰まりそうだ。
「半数はここに残れ。誰一人村から出すなよ」
一部の兵を村の入口に残し、残りの兵を引き連れチェスターは村の中心部まで黙々と歩を進める。
「隊長、一体どうなっているんでしょうか……?」
兵たちが不気味な空気に足取りを鈍らせた。それもそうだ、人が暮らす気配は確かにあるのに、その姿が見えないなどまるで幽霊でも相手にしているかのようだ。
「とにかく警戒だけは怠るな。いつ、何時何者かが襲ってくるかわからない」
先日遭った化け物しかり、姿を見せない村人しかり、いつ何時姿を見せ刃を向けてくるかわからない。
そう思っていた矢先、チェスターの前方にようやく人だかりが現れた。
薄汚れたぼろきれを纏い、各々の凶器を手に殺意を漲らせている村民たち。チェスターは軽く合図を出すと、兵たちを停止させた。
「早朝に失礼、こちらに村の代表者はおられるか?」
朝日にぎらつく武器を見ないようにしながら、にこやかな笑みを湛えてチェスターが尋ねた。すると、村人の中から老人が一人前に進み出てきた。
「儂がこの村の村長だ。仰々しい兵など連れて、一体何用だ?早くこの村から出て行ってくれ」
「まあそうおっしゃらずに。私たちは国王の勅命で参ったのです。是非あなた方に協力を要請したいと―――」
「国王?……国王だと?」
村長の機嫌が明らかに悪くなった。それと共に、村人たちの緊張感も高まる。
「我らの祖先はかつて軍の急襲にあった。謂れのない罪を着せられ、多くの者が殺された。国王が我らの祖先の虐殺を示唆した事、我ら子孫が許すと思ったか!その上またしても武力で事を成そうというのか!この野蛮人どもめ!」
「軍の急襲……?」
それは初耳だった。チェスターはちらりと荒廃した村の情景を横目に見る。やけに陰気な村だと思ったら、そんな過去があったのか。
「軍の急襲とは、一体いつの話で?」
「二百年前だ。この村に騎士の軍勢が押し寄せて町に火を放ち畑に毒を振りまいて、そして我々の祖先の多くを手にかけた。生き残った者も絶望して村を出て行く者や失意のまま死んだ者もいた。そして今やこの有様だ。畑の土壌は汚染され碌に作物が育たない、それでも我々はここで生きていくしかない。お前らに惨めな村人の気持ちがわかるか!」
二百年。それは人間にとっては寿命よりはるかに長くとも、村という一つの共同体を立ち直らせるための時間としては短い。たとえ元の生活に戻れたとしても、蹂躙されたという恐怖は後の世代にまで受け継がれているという事だろう。
チェスターは彼らを憐れんだ。元々ここは術師の里で、こんな辺境の地を軍が襲ったというのなら理由は一つしかない。
術師狩り。
チェスターの一族は里を持たない放浪型の一族であったからあまり実感はないが、国府による術師の迫害は今でも密かに横行している事なのだ。
今更にして、チェスターはその片棒を担ごうとしている事に罪悪感を抱く。と、
「それだけじゃない。この村にあの悪魔どもが住み着いたのもあの事件からだった。この村は呪われている。国の意思がこの村を狂わせたんだ!」
悪魔という言葉に、チェスターはさらなる疑念を浮かべた。彼らの憤りは村をめちゃくちゃにされた事だけではないのか?現在進行形で今もなお、この村には何らかの災厄が降りかかっているというのか?
「今すぐこの村から出ていけ!もうたくさんだ!これ以上何かを奪われてなるものか!」
「そうだ!出ていけ」「出ていけ!」
もはや議論など無意味だという事は十分に伝わっていた。それもそうだ、こちらだって最初から兵を引き連れて武力をちらつかせているのだから。話し合うつもりなどチェスターの方にだってはなから無い。
チェスターに任じられたのは彼らの『捕縛』か『殲滅』。どうしたって村人に待つのは地獄だ。
そうこうしているうちに、業を煮やした村人がこちらに斧を投げつけてきた。
「!?」
斧の刃がチェスターの脳天目がけてまっすぐに飛んでくる。チェスターが反応する前に、隣に控えていたリシュリューが目にもとまらぬ速さで割って入り、その斧を叩き落とした。
「……先に手を出したな」
リシュリューが低い声で笑った。『ああ、やってしまった』という絶望と、『なるほど、その手があったか』という邪心が同時に沸き起こって、チェスターは脱力した。
「なあチェスター。正当防衛だ、良いよな?」
「……全員戦闘準備。武装している者から抑えろ」
その言葉を発した瞬間、後方の兵たちが瞬時に動き出しチェスターは思わず動揺する。やはり隊の指揮官など自分には身に余る。だが、これで膠着状態は抜け出せる。なにより村人の方から仕掛けてくれた方が『殲滅』する側としては幾分か気が楽だ。
動き出した兵と共に、村民たちの怒号が響いた。開け放たれた広場で戦闘が始まる。剣と鎌が交わる音を合図に、一気に広場は戦場と化した。




