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第四話 異教の聖画、黒猫の導き④

 ◆

 村から百メートル程離れた街道わきの茂みに、その集団は静かに待ち構えていた。この近辺は旅の者も滅多に通らない。周囲を渡る獣もおらず、ただ鬱蒼とした木々が鎮座し、静かな空気が漂うこの場所で、およそ五十人余りのマントを被った人間が綺麗に列をなし待機している。

 その様子ははたから見れば間違いなく異様で、何か狂気めいたものを感じさせるのに不足はなかった。


 その集団に二人の男が近づいてきた。黒い神父服を纏った瓜二つの男たち、彼らが近づいてくると、ピクリとも動かなかったマントの集団が一斉に立ち上がり敬礼の姿勢をとる。ガチャガチャと金属の擦れあう音が湿地に響く。彼らのマントの中には武器と甲冑が覗いていた。


「お戻りになられましたか。隊長殿」

「……ああ」


 チェスターが彼らを制すると、兵たちは敬礼の姿勢を解いた。機敏すぎる動きにチェスターはたじろぎつつ、彼らの前に立ち背を伸ばす。今ここで彼らに動揺を見せてはいけない。


「リシュリュー殿もご無事で何よりでした」

「……」

「おい、リシュリュー。彼らはお前を心配していたんだぞ。謝罪の一つも無いのか?」


 チェスターはふくれっ面で何も発しようとしないリシュリューを非難した。

 先刻のリシュリューの行動は完全に命令違反であった。数日この野営地に待機し村の様子を探る、それなのに、偵察へ行くと出て行ったリシュリューは、隊長であるチェスターの命令を無視し村の中に侵入、その上内部で紛争を起こしかけた。

 リシュリューは謝るどころか兵たちを鋭い形相で睨みつけると、何も言わず野営地から離れていった。チェスターが今一度咎めるように彼の名を呼ぶが全く聞く耳を持たない。


「隊長殿、リシュリュー殿はどうなさったので……?」

「気にしないでくれ。気難しい奴なんだ、気を悪くさせてすまないな」

「いえ、そんな事は……」


 兵たちは不躾な態度をとるリシュリューに対し、怒るよりむしろ困惑していた。チェスターが謝罪を述べると彼らはますますおろおろと落ち着きを失くす。


「君たちは引き続き村周辺の偵察と準備に従事してくれ。任務は予定通り明後日、夜明けとともに決行する。天気も芳しくない。体力を温存し十分に備えるように……以上だ」


 チェスターの合図とともに、兵たちは再び敬礼し解散した。一人になり緊張がほどけ、チェスターはようやく深い息を吐く。ふと野営地から離れた岩陰に蹲っている不遜な姿が目に飛び込み、ため息はますます重くなった。


「リシュリュー、お前も休んでおけ」


 チェスターは押し黙っているリシュリューに近づいた。彼は眉間に皴を寄せ難しい顔をして口を噤んでいる。


「お前な……、大の男が拗ねても可愛げが無いぞ」

「……俺ならあの二人を殺せた。化け物なんざさっさと倒してしまえばよかったんだ」

「そう言うな。第一、今回の俺たちの任務は化け物退治じゃないだろう?」

「だが任務の邪魔になるかもしれない。危険因子を排除しておくことの何が悪い?」


 リシュリューの目は完全に怒りに燃えていた。リシュリューは感情が顔に出ない人間だが、中身はまるで子供だ。大好きな戦いの邪魔をされた事、仲間への無礼を叱咤された事。彼が何を気に喰わないと思っているのか、チェスターには手に取るようにわかる。


「いいか、俺たちは国から正式な依頼を受け兵を率いここまで来ている。命を受けたからには、その通りに兵を率い事をなす。それが軍の鉄則だろう」

「俺は兵士じゃない、お前だってそうだ」

「そうだな、俺たちはただの雇われ指揮官だ」


 チェスターはわけあって兵団の隊長を任されてはいるが、本来は国府の兵でもまして傭兵でもない。しかしとある経緯から国府の兵団の指揮を任され、こんな辺鄙な場所に送り込まれた。


「それにお前の癇癪は、単に戦い足りないという事から来ているのだろう?悪いが私欲で下手な行動を起こされてはたまらない。俺には俺の段取りという物があるんだ。ここにいる以上、お前も俺の部下だ。俺の命に従ってもらう、さもなくば―――」

「戦うためだけじゃない」


 リシュリューは不服そうに反論した。好戦的なリシュリューにとって、確かにあの得体のしれない女と次に現れたマントの男は絶好の獲物であったに違いない。だから邪魔されたリシュリューはチェスターに対して不平を言っているだけだと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。


「なあチェスター、どうして俺たちはこんな任務を受けなくてはいけない?」

「金のためだ。それ以外にない」

「なら俺たちに仕事を持ってきた雇い主、あいつは本当に信用できるのか?」

「さあな。だが、俺達には頼る当てなんてないだろ?拾ってもらったからには相応の働きをしないと」


 一年ほど前に教会を破門になったチェスターとリシュリューは、今やどこに頼ることも出来ない追放者であった。破門になった人間はどこに行っても人間扱いをされない。この神父服が効力を持っている間は清貧とはいえ人間らしい生活を送っていたが今は違う。神や国王の庇護を持たないチェスターたちはたとえどんな汚い手を使ってでも金を稼ぎ生き延びるしかないのだ。


「任務を達すれば金と信用が手に入る。それで十分だ、分不相応な仕事だってやってみせるさ」


 しかし、リシュリューは未だに納得しようとしなかった。


「だからと言って、お前がこんな汚れ仕事を請け負う必要があるか?化け物退治だけならいざ知らず、よりによってこの村の連中に関わるなんて」

「出来るさ。それが生きるためならな」

「俺は嫌だ。俺一人ならともかく、お前にそんな役目を担わせるなんて」


 そうか、それが本音か、とリシュリューは合点がいった。リシュリューはチェスターを荒事に関わらせたくないのだ。だから自分一人で敵を排除して、さっさと片付けようとしている。


「リシュリュー。俺だって一術師だ。お前のように戦えなくとも自分の身は守れる。見くびってもらっては困るぞ」

「……口だけでは何とでも言える」


 そう言ってリシュリューは野営地へと引き返していった。


 横柄なのか親切なのか。おそらくその両方でリシュリュー=ブレイクという人間は形作られている。感情が希薄で他人に対してはどこまでも冷酷な戦闘狂のくせに、身内に対してはどこまでも深い情がある。そしてそれを滅多に表に出そうとしない。―――たとえ相手が双子の兄であったとしても。


「……まったく、手のかかる弟だ」


 チェスターは呆れ半分、嬉しさ半分で呟いて、今一度村の方を見つめた。

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