第三話 水魔の懇願、獣王の因縁①
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「―――ふう、こんなもんかな?」
随分長い事腰をかがめて同じ体勢をとっていたせいで、背伸びをすると全身がきりきりと悲鳴を上げた。
イスカは煤と埃ですっかりと黒くなってしまった雑巾を片手に周囲を見渡すと、我ながらよくやったと誰もいない礼拝堂の中心で胸を張った。
ここに到着した直後、突風と業火に煽られただでさえ廃墟の状態だったものが、ますます見るも無残な姿にされ、もはやここがかつての美しい礼拝堂であった事すらわからなくなるほど壊滅した。せめてもの罪滅ぼしとイスカはできる範囲で堂内の埃や煤をふき取り、床に散らばっていたガラスや漆喰の破片をかき集め、聖堂はようやく本来の姿に近づきつつあった。さすがに壊れた椅子や聖壇は修復することは出来なかったが、イスカがいる四方数十メートルは塵一つない空間へと戻っていた。
イスカはそこに被害を免れた小さめの長椅子を引っ張ってくると、その周りにも同様にかろうじて無事だった棚台や燭台などを置く。
薄暗い寂れた礼拝堂の中心に簡素な寝台が誕生した。
「うわ……、本当にこんなところで寝るの?」
満足げに頷いていると後方から呆れた声がしたので振り返る。イスカ渾身の作品にフィオナは信じられないといわんばかりの拒絶っぷりで周囲を見回していた。
「眠ることができれば十分だよ。フィオナさんは本当に要らないの?」
「いらないわよ、こんな埃っぽいところで眠るくらいなら野宿の方がまだまし……。っていうか、宿が欲しいなら私が村に行っていくらでも用意してあげるのに」
ぺろりと唇を舐めて笑うフィオナに不穏な気配を感じ、イスカは全力で首を振った。
「それにしても……、こんなところにしばらく滞在するなんて、あんたも物好きね」
「元々兎の王に会うためにここに来たんだもの。せっかくだし、もう少しだけ粘ってみるわ」
あの後、ザウドはへそを曲げて教会の奥に引っ込んでしまったので、イスカは彼と話す機会を逃してしまった。一筋縄ではいかない事は初めから承知の上だったが、こんなところまで来たのだから、成果もなしで帰りたくない。しかし、
(ザウドさん、私の事を嫌ってたみたいだし、居座るなんて言ったら余計に気分を悪くするかもしれない……。ううん、でも、せめてどうして私の事を嫌ってるのか、それだけでも知りたい)
それに彼の言っていた『ジンロの本当の姿』の事も気になる。ジンロの反応から察するに、ジンロ自身は知られたくない事なのかもしれないが。
「……ちょっと、思いつめた顔して大丈夫?」
フィオナがのぞき込んできたので、イスカは我に返って大丈夫だと首を振った。とにかく悩んでいる場合ではないのだ。イスカにはイスカのできる事をしなければ。
「ところであんた……、今の自分の格好分かってる?」
「恰好?」
「全身真っ黒よ。どうなったらそんな灰被りお化けみたいになるのよ」
今度はフィオナに苦い顔をされて、イスカは自分の姿を見下ろした。お気に入りのワンピースはあちこちが煤けて真っ黒だった。服だけじゃない、鼻の頭をこすると同じように黒い煤が手に付着し(そもそも手の方も黒くなっている)髪にも蜘蛛の巣が張り付いていて、イスカは思わず呻いた。そういえば長い事動き回っていたせいで全身にじっとりと汗をかき肌もベタベタする。
「水浴びしたい……」
切実にそう思って肩を落とすと、フィオナはその反応に待ってましたとばかりに手を叩いた。
「それじゃあいいところに連れてってあげるわ。とりあえずタオル借りるわよ」
そう言って、フィオナはイスカの荷物の中から未使用のタオルと、それから勝手にイスカの替えのワンピースを引っ張り出す。
「えっ、行くってどこへ?」
「いいから!ついてきなさい!」
強引にイスカの手を引くと、フィオナは薄暗い教会を抜け駆け出した。




