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第二話 静寂の村、兎の受苦③

 ◆

 お前なんか大嫌いだ。


 一瞬言われた言葉の意味が呑み込めず、イスカは思わず首を傾げてしまった。一拍遅れてイスカは厭悪の感情を向けられた事に気づく。とはいえ、会って間もない青年に言われたところで怒りも悲しみもないのだが。

 イスカが何も言わず立ち尽くす横でジンロが動いた。ジンロは青年にまたしても彼を足蹴にする。


「ぐっ……」

「会って早々随分な言い草だな、ザウド?」


 男はまたしても苦しそうに身体を折った。仲裁に入ろうとしたイスカだが、ふと男がザウドと呼ばれたことに引っかかる。


「ザウド?」

「そう。お前、前に言ってただろ?詩人ザウド=パウエル。―――ほら、ご本人様だ」


 そう言ってジンロはザウドと呼ばれた青年の顔を無理やりイスカの方に向けた。ザウドはやめろ、放せとわめきながらも満身創痍な上、力ではジンロに敵わないのか人形のように弄ばれていた。


(ザウド=パウエル、―――この人が?)


 ザウド=パウエルといえば素朴で温かな描写が特徴の詩人だ。そんな詩を書くのだから本人もとても穏やかな人なのだと勝手に思っていたが、イスカの目の前にいるザウド=パウエルは繊弱な見た目でありながら、気性は荒くどこか手負いの獣のような不安定さを感じる姿だった。


「どうだ、幻滅しただろ?」

「えっ、いや、そんな事は……」


 ジンロが面白そうに聞いてくるが、イスカは思わぬ事実に視線を右往左往させた。憧れの詩人に出会えたなど、いつものイスカなら飛び上がって涙を流すほど嬉しがるだろうが、何分状況が状況で、喜びよりも戸惑いの方が強い。


「びっくりするわよね。まさかこーんな卑屈な奴があんな素直な詩を書くなんて」


 ジンロに続いてフィオナもザウドの頬を突いたりつねったりしてからかい始めた。なんというか、すごく不憫だ。


「放せ!そもそもお前らにあの詩をどうこう言われる筋合いはない!」

「あらぁ、まだそんなこと言える気力が残ってるの?」

「あの……、二人とも、もうその辺で……」


 嫌いだと罵られたばかりの青年だったがここまでくるとどうにも哀れだった。イスカはそっとザウドに近づくと強張った表情を何とか取り繕った。


「初めまして、ザウドさん。私はイスカ=トンプソン。あなたと話がしたくてここに来たの」

「……」

「あなたが詩聖ザウド=パウエルその人だったとは予想外だったけど、すごく光栄だわ。是非、あなたに獣王や詩の話を聞きたい。……それとも、大嫌いな奴とは口もききたくない?」


 少し皮肉を込めてイスカは笑ったが、ザウドは黙ったままだった。相変わらず永年の敵のごとくイスカを睨みつけてくる。イスカは慄然する一方で、その挑発的ともいえる態度に反発も芽生えた。


(どうしてそんなに気に食わないのかしら?)


 イスカは理不尽な敵意を向けられて、はいそうですかと引き下がるほどいい子ではない。会話を拒絶するというならそれ相応の理由を述べてほしいものだ。


「ねえ、聞いてるの?ちゃんと答えてよ」

「話すことなどない」


 まるで取り付く島がなかった。イスカはふうとため息をついて天井を仰ぐ。どうしたらいいものか、むやみやたらに問い詰めても気が引ける、と、


「相変わらず強情な奴だな。話すら聞いてやれないのか?」


 そう言ってジンロがまたしてもザウドを小突き始めた。すると先ほどより虫の居所が悪くなったのか、それとも単に我慢の限界が訪れたのか、ザウドはジンロに鋭い目線を送ると次の瞬間ジンロの身体が気圧されたように後方にはじけ飛んだ。


「ジンロ!?」


 驚愕して声を上げたのはイスカだけだった。一瞬閃光のようなものがザウドとジンロの間をほとばしりジンロを襲った。ジンロは外傷はないものの右手首を押さえ顔をしかめている。


「いってぇな……」

「はっ、いつもいつもやられっぱなしだと思うなよ、この鳥頭。お前の顔を見るたびに僕は不快で仕方なかった。万物の奏者共々さっさとこの村から出て行ってくれ」


 一触即発の険悪ムードになりかけ、イスカは慌ててジンロの側に駆け寄り庇うようにザウドの前に進み出た。


「待って待って!もう喧嘩はしないで!……わかったわよ、もう帰るから」


 このまま喧嘩されてはたまったものじゃない。そう思ってザウドに懇願すると、なぜか彼は嘲りの笑いを浮かべた。


「どうやら今代の万物の奏者は随分と愚鈍な奴だったようだ」

「……どういう事?」

「お前がそいつに背を向けるなんてな。警戒心の欠片もないのか?そいつは化け物だぞ?」


 化け物。またしてもその言葉を述べられて、イスカの心臓はずしりと重くなる。後ろに在しているジンロが今どんな顔をしているかわからない。けれども彼の気配が重くなったのを感じる。


「ジンロは、私の家族よ」


 彼が何者であっても、イスカの側にいてくれたことは間違いない。イスカが躊躇いなく断言すると、ザウドはまたしても嘲笑う。


「家族だって!?獣王と万物の奏者が!?ははっ、滑稽だな。そんな虚妄の関係があってなるものか」

「……っ、嘘じゃない!」


 イスカはたまらず声を張り上げた。するとザウドは声を出して笑うのをやめ、鋭い眼光でこちらに嘲りの視線を向ける。


「なら聞くが、お前はこいつの真の姿を見たことがあるのか?」

「真の姿……?大きな鳥の事?」


 過去に一度、ジンロが巨大な怪鳥に変化したところなら見たことがある。あれがジンロの真の姿ではないのだろうか。ところがザウドはまたしてもこちらを馬鹿にするように笑い出した。


「違うさ。―――ああ、じゃあ知らないんだな。こいつが本気で人喰いになった時のあのおぞましい姿を―――」

「ザウド!」


 ザウドの言葉をジンロの鉄槌が遮った。ザウドはまたしても後方に吹っ飛び瓦礫に激突して派手な音を立てる。イスカはびっくりしてジンロが激しく動揺している事に理解が追い付かなった。


「何を動揺している、お前らしくもない」


 殴られた頬をこすりながら、ザウドはジンロに対して勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「結局お前は怖いんだろう?昔から何も変わらない、認めたくない現実に目を背けて逃げ続けているだけじゃないか」

「―――っ黙れ!」


 ジンロの蹴りがさく裂しようとした時、先ほどから静観を続けていたフィオナが割って入りジンロの足を軽々と止めた。


「その辺にしときなさいよ、見苦しいったらありゃしない」


 呆れたような諦めたような、重いため息が一つ堂内に響き渡る。イスカは何をすることも出来ず、気まずい顔をする三人の獣王を遠巻きに眺めていた。


 結局何の情報も得られず、兎の王との最初の邂逅は後味の悪いまま切り上げられた。

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