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第二話 静寂の村、兎の受苦①

 ◆

 フィオナと和解した翌日、イスカはジンロに連れられ兎の王が暮らすという村へと向かった。ジンロ曰くその村は湿地帯のど真ん中にあり、旅人たちも滅多な事では通らない辺境地だそうだ。


「どんな村なの?」

「何もない小さな村だよ。割と閉鎖的な村だから、余所者はあんまりいい顔されないかもしれないな」

「でも私たちが最後に訪れたのってもう百年近く前よね。今も変わらずにあるのかしら?辺鄙なところだし、もうとっくに捨てられてたりして」


 ジンロが軽い口調で告げるフィオナを無言で睨んだ。二人の間にはピリピリと小さな稲妻がはじけているようだった。その合間に立たされる身としては、まったく心穏やかに歩けない。


 結局フィオナはイスカの旅に同行することになった。ジンロは当然許していないが、フィオナの強行はジンロにとって「いつものこと」だったらしく、しばらくして不平だけは言わなくなった。とはいえ、


「……イスカに妙な事はするなよ」

「あら、妙な事って何かしら?」

「……」


 イスカは先行きに不安を感じながら道を歩く。今イスカたちがいるところは大陸の南西に位置する巨大な湿地帯を通る街道で、じめじめとした気候で少し蒸し暑さを感じる。天気もあいにくの曇りで気分はちっとも晴れない。最寄りの町を出た頃はちらほらとすれ違う旅人や行商人がいたが、ここ数時間は誰ともすれ違っていない。やはり自分たちは本来人が寄り付かない地に向かっているのだという事がひしひしと感じられた。

 そんなところに暮らす兎の王とは一体どんな人物なのだろうか。


「あいつ、今頃慌てふためいてるかしら?どんな顔するのか、今から楽しみだわ」


 隣では楽しそうにフィオナが笑う。まだ見ぬ兎の王の姿を想像しながら、イスカは期待半分、不安半分で歩を進めた。


 ◆

「ここ?」


 街道を歩き続けたどり着いた場所は、村と呼んでいいのかもわからぬほど廃れた場所だった。

 村の入り口にそびえ立つ大門は蔦と苔に覆われ、その重みで今にも崩れそうだ。村を取り囲む塀も腐りかけのボロボロで修復が全くなされていない。このままでは盗賊や野生の動物なんかが簡単に入ってこれそうだが、塀の中の様子を見れば盗賊だって動物だって襲う価値のあるものが何一つないという事がわかるのだろう。

 門外から見える村の中には人っ子一人見当たらない。


「ありゃま、元々ボロい村だと思ってたけど、とうとう打ち捨てられちゃったのかしら」

「いや、まだ人は住んでるみたいだぞ」


 ジンロが一角の建物を睨むとその扉がバタンと閉まった。通りに人の影は見当たらない。けれど、確かに二階の窓に蠢く人影があったり、そそくさと大通りを避けて路地裏へ逃げ込む者がいたり、皆姿を見せず異邦人を警戒しているようだ。

 イスカは少し薄気味悪くなってジンロの服の裾をキュッとつかむ。


「安心しろ。いきなり襲ってくるほど野蛮な連中ならこそこそ隠れたりなんかしないさ」

「でも……、やっぱり歓迎されてないよね」


「辺境の田舎村なんてどこもそんなもんさ。余所者や部外者を倦厭する。……それとも、引き返すか?」

 ジンロが横目で問いかけてきた。本当なこんな陰鬱とした村、一分一秒でも早く去りたかったが、兎の王に会いたいと言い出したのは自分だし、目前まで来て尻尾を巻いて帰るのも癪だ。


「―――行くわ」


 イスカは覚悟を決めて前を向いた。それに応えるように、ジンロは力強く歩を進める。村の中心部に足を踏み入れても、雰囲気は相変わらず一緒だった。本来ならば村人たちが楽しく歓談する場であろう広場も人の姿は見当たらない。打ち捨てられてもう数えきれない年を経たような、時が止まった空間だった。


「一体この村に何があったんだろう?」

「さあな、……でもあまりよくない事があったのは確かだ」


 広場の向こうに見える手入れのされていない田畑、水の通っていない農水路。もはや農作業を行う意欲すら薄れているのかもしれない。この村には生きる活力がない、イスカの目にはただそう映った。それも昨日今日の話ではない。もっと昔から、蔓延的な負の空気が村を包み込んでいるかのようだった。


 ふと、イスカはちくりと視線を感じ、その方向を見た。そこにはもう営まれていないであろう寂れた商店があって、その見世棚の上に一匹の猫が座ってこちらをじっと見ていた。

 猫と視線が合う。何故だかイスカは目がそらせなくなって、気づけば足が止まっていた。


「イスカ、どうした?」

「―――ううん、何でもない」


 ジンロに呼びかけられて慌てて駆け寄る。もう一度店の方を確認したがそこにはもう何もいなかった。


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