第一話 少女の決意、感謝のしるし④
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「ダメだ!」
ジンロの部屋に戻りフィオナとの話し合いの成果を報告すると、ジンロは最後の最後で憤慨した。
「旅についてくるだと!?あんな危険な奴と行動を共にするなんて、いつ心変わりして寝首を掻かれるかわかったもんじゃない!」
「そ、そうだけど、でも食べるのを待ってくれるって言ったし」
「そもそも食べる食べないの問題でお前が譲歩している時点でおかしいだろうが!」
イスカが何を言及しても火に油だった。ついには文句を言いに行こうと立ち上がったジンロをイスカは慌てて止める。
「待ってよジンロ!もう話は終わったんだから蒸し返さないで!」
「俺は納得してない!いい加減あいつに―――」
「ジンロ!」
強く名を呼んで、イスカはジンロの背にしがみついた。ジンロの動きがぴたりと止まる。
「お願いジンロ、私の話を聞いて」
「イスカ―――」
反論させぬようイスカはジンロに回した腕に力を込めた。
「―――わかった」
根負けしたジンロが深くため息をついた。ジンロはイスカの腕をそっとはがすとイスカをベッドの淵に腰かけさせた。少し落ち着いてから、イスカは隣にいるジンロに今の自分の気持ちを吐露する。
「ラージュで術師に会った時に思ったの。私は万物の奏者、でもそれ以外の事は何も知らない。知ってなくちゃいけない事すら、私は知らなかった」
さっきフィオナに告げた事をもう一度繰り返す。
「ジンロが話してくれない理由はわかってるつもりだよ。ジンロは私の事いつだって一番に考えてくれるから、私に余計なこと考えさせたくないって、そう思ってるから話さないんでしょ?」
「それは……」
「それでもいいって思う事もあった。でも、やっぱりそれじゃいけないって思う。何も知らないまま周りを巻き込むのは嫌。……ちゃんと知りたいの、私の事も―――獣王の事も」
イスカはジンロに向き直った。強い意志を胸に彼を見た。
「ジンロ、私残りの獣王に会いたい」
「……!?」
「フィオナさんとも話ができた。歩み寄れるってわかった。……だから、残りの獣王とも会ってみたい。会ってちゃんと話がしたい」
元々この旅は獣王から逃げるために始めた旅だった。けれど万物の奏者として術師に狙われていることを知って、逃げているだけではだめだと思ったのだ。
まずはきちんと獣王と向き合いたい。万物の奏者としてイスカの事を見ている彼らの事を、そして目の前でイスカを心配してくれている彼の事を知りたいのだ。
「お願いジンロ、獣王に会わせて」
イスカは必死に懇願した。
ジンロは辛そうに顔を歪める。長い葛藤の末、ジンロは糸が切れたように脱力した。
「……本当にいいんだな?」
「うん」
「……わかったよ、会わせてやる」
その言葉にイスカはようやく笑みがこぼれる。
「獣王は全部で七人。虎・兎・狼・鮫・栗鼠・猿、そして鳥―――つまり俺だ。このうちお前が会っているのは三人。鳥と虎、そして猿だ」
「リマンジャさんだね」
イスカはメルカリアで出会った浮世離れした異国風の男の姿を思い出した。
「そうだ。残るは兎と狼、鮫、そして栗鼠だ。……正直残りの連中はフィオナほど食欲旺盛じゃない。唯一危険があるとしたら狼だろうが、一つの獲物に執着するような奴じゃない。……ああ、あと鮫もよくわからないな、昔から何を考えているかわからない奴だったから。けど積極的にお前一人を狙って動く奴ではないはずだ」
つまりフィオナに比べれば、残りの獣王はそれほどイスカの命を脅かそうとする事はないのだろうか。それならば少し心が軽い。
「だが、どんなに温厚な奴でも獣王は獣王だ。皆本能は虎と同じ、警戒はしておいた方がいい」
「うん。わかった」
「ここからなら、そうだな……まず兎に会おう。あいつは獣王の中では一番無害だ。情報にも精通している、聞きたい事があるなら聞いてみるといいと思う。ただ……」
「ただ?」
「無害ではあるが少々気難しい奴なんだ。ひょっとしたら碌に会話にならないかもしれない。それでも会いに行くか?」
ジンロはじっとイスカを見た。その視線に応えるようにイスカも自分の思いの丈をぶつける。
「行くわ。もし追い返されたら、その時はその時で考える」
するとなぜかジンロは頬をゆがませて笑い始めた。
「何か可笑しかった?」
「いや、お前らしいと思ってさ」
そう言ってジンロはこちらに手を伸ばした。またいつもみたいに髪をわしゃわしゃとかき回されるかと思いきや、
「……」
なぜか急にその手を止めた。行き場をなくした掌は固まったまま動かなくなる。その時イスカは先刻盗賊に襲われたときにジンロの手を無意識に避けてしまった事を思い出した。
「―――っ、ジンロ」
イスカは思わず遠ざかりかけた手を取った。ジンロの瞳が驚きに見開かれる。
ジンロの手を両手で包むと、さっきはどうしてこの手を拒みかけたのかわからないくらい穏やかな気持ちになった。温かくて安心できる、いつでもイスカの傍にある手だ。
「……ありがとう、ジンロ」
「えっ」
「さっき助けてくれた事。ちゃんとお礼言ってなかったから」
ジンロが今までどんなに人を喰っていたとしても、これからどんなに手を汚したとしても、今ここにいるこの人が大好きなのだと、イスカは思った。
「怖くないのか?」
「うん、怖くない。大丈夫」
イスカは曇りなく笑うと、ジンロの方に体を寄せる。まだ少し戸惑っているジンロの頬にイスカはそっと口づけた。
「っ!?お前っ……!」
「へへっ、感謝のしるし」
頬を押さえて狼狽しているジンロがなんだか可愛くて、イスカは声を上げて笑った。




