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エピローグ 開幕

 遠くから聞こえる祭の音を聞きながら、アルトリカは静かな河川のほとりに佇んでいた。


 今日は謝肉祭当日、中央区の広場で大々的な催し物があるそうだから、こんな町の辺境には他に誰の姿も見当たらない。男はただ一人、町に背を向けて煌々と照らされる星空を眺めていた。

 ぼんやりしていると背後から時折花火が上がる音が響いてくる。先ほどは空を焦がすかの如く火柱が幾本も立ち上っているのも見た。その度に大きな歓声がここまで聞こえて来るので、一体町の中央で何の催しが行われているか、気にならないといえば嘘になる。

 だが、アルトリカはわざわざ足を運んで見に行く気にはなれず、こうして誰もいない喧騒から逆行した場所に来ているのだ。


 そのアルトリカの背後から規則正しい靴の音が響いてきた。それも複数だ。


「こちらにいらしたんですか、ロースローン騎士隊長」

「―――ああ、お前たちか。もう出発はできそうか?」


 アルトリカの質問に、一人の男が気まずそうに眼をそらした。


「動ける者は、何とか。ですが当初いた人数の半数近くが死亡……あるいは重傷で当分は身動きが取れないかと」

「……そうか」


 アルトリカは唇をかんだ。先日、ターゲットである万物の奏者レーディンレルを捕らえようと自軍を出陣させたにもかかわらず、思わぬ妨害が入ってターゲットを逃したばかりか自軍に大きな損害を被ってしまった。突如現れた猛獣たちの奇襲により大多数の兵士が死亡、および重症。その直後逃げた万物の奏者を追った部隊が謎の火災に巻き込まれ全滅。極秘任務故に、この町の憲兵たちにもアルトリカたちの滞在を告げておらず、救援を要請することも叶わない。結果として部隊に重い爪痕だけを残して今回の任は失敗に終わった。


(それもこれも、あの婆が裏切るからだ……!)


 あの時万物の奏者を倉庫から逃がしたのは、あの薄汚い老婆だろう。サーカスの猛獣をけしかけ、アルトリカたちの妨害をした。あれさえなければ、順当に万物の奏者を連れ去ることができたはずだ。しかもあの獣の襲撃で多くの兵が犠牲となった。この損害は老婆一人を糾弾したとて解決するものではない。

 迂闊だった。いくら同族とはいえあいつは部下でも何でもない、ただの協力者。寝返らない保証などどこにもなかったはずなのに。そういう意味では、今回の失態はアルトリカ自身にも落ち度がある。


 だが、過ぎた事をとやかく言っても仕方がないのだ。挽回を期すためにも、まずしなければならないことは体勢を立て直さなくてはならないという事。

 アルトリカは頭を切り替えると部下たちを睨みつけた。


「ドレーフ=ニコルは?結局見つかったのか?」

「いえ、それが……」


 何故か口ごもるのでアルトリカは早く話せと催促をかける。すると部下は重い口を開きこう続けた。


「サーカスの設営に紛れ込んでいたそうです。贄となる者も幾人か捕らえていたようですが、数日前に行方不明になっています」

「行方不明……?」

「地元の人間にドレーフ=ニコルと懇意にしていた者はいなかったようですので、それ以上はわかりません。ただ……ドレーフが姿を消したちょうど同じ日に町で惨殺事件が起きています」


 ただならぬ言葉にアルトリカは眉を寄せた。


「惨殺事件?」

「路地裏に大量の血痕が残っていて、複数人の人体の欠片が残っていたそうです。あまりにも原型を留めていないせいで、身元すらわからないと憲兵が……。隊長、まさかその死体というのが―――」


 行方をくらましたドレーフ、惨殺事件で発見された複数の死体。いなくなったものと発見されたものとの単純な足し引きだ。


「……この任務はそう簡単に遂行させてくれないという事か」

「……隊長、これからいかがいたしますか?」


 遠慮がちに尋ねてくる部下を振り返ると、アルトリカは毅然とした態度で命令を下した。


「その惨殺事件とやら、もう少し調べておけ。療養中の者は置いていく。おまえは残ってそいつらが回復次第共に調査に当たれ」


 最前列にいた兵の一人に命じると、兵は「了解しました」と頷いた。


「残りの者は僕と王都に戻る。ついてこい」

「はっ!」


 兵たちが一斉に敬礼の姿勢をとる。それを見ぬまま、アルトリカは歩き出した。


「待ってなよ、万物の奏者。必ずお前を生贄の祭壇に奉り上げてやる」


 腰に携えた十字の聖剣をかちりと鳴らすと、アルトリカ=ロースローンは不敵に笑った。

第三章完結です。今回はやや長くなりました。

章題が「虎の王」といいつつ、フィオナの事は半分も語れていない気がします。次章以降でもう少し掘り下げしていきたいと思っています。

第四章は現在執筆中。次回はジンロやフィオナとはまた気色の違う獣王が登場予定です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

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