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第七話 獣王の謝肉祭④

 ◆

 夜分遅くに訪れた憲兵の尋問がようやく終わり、クライヴはバキバキと肩を鳴らしながら自テントへと戻る。今日は本当に色んなことがあった。もうすぐサーカスの本番だというのに、こう術師絡みの事が多くてはさすがのクライヴも疲弊する。

 さっさと休もうと足を急ぐが、ふと通りがかったテントの入り口で、何やら頭を抱えて座り込む人間を発見し足を止めた。


「……何してんの、あんた?」


 今日の客人の一人である獣王、ジンロ=ベルテは何か思いつめた様子でぶつぶつと独言を吐いていた。話しかけると気まずそうな顔でこちらを見上げてくる。だが、すぐに怪訝そうな視線になって、


「……?」

「なによ、人の顔じっと見て?」

「―――あ、クライヴか」


 ジンロはこちらの正体に気づくと眉を下げた。


「なによその目は!失礼しちゃうわ」


 視線でジンロが何を思ったのかを察したクライヴは、口を尖らせ憤慨した。今のクライヴは例の道化師の化粧がすっかり落とされ、おまけに服装も地味なワイシャツとベストに変わっている。自分で言うのもなんだが、あの奇抜な化粧と装束がなければ見た目はどこにでもいる年相応の青年だ。


「……で、そんなところで何してんのよ?あの子の側にいてあげなくていいわけ?」

「いや、ちょっと頭を冷やそうかと……」

「……?」


 ジンロは勝手に悶えながら、「なんであんなことを」だの「そもそもあいつが」だのと呟いている。はたから見ると、正直気色悪い。

 引き気味のクライヴはこのまま放置してテントに戻ろうかと考えたが、少し話がある事を思い出して思いとどまった。


「憲兵は引き上げたわよ」

「本当か」


 ようやく元に戻ったジンロが顔を上げた。


「火事の件を少々追求されたけど、結局サーカス団が関与しているって証拠は出てこなかったからね、警戒だけ促して帰っていったわ。猛獣が逃げた件も特に聞かれなかったわね。そっちは騒ぎになってないのかしら」

「それならそれでいいじゃないか」


 何はともあれ一安心だ。とジンロは息をついた。一安心、というのはおそらく、彼が守っている少女の事を言っているのだろう。


「まあいいわ。それで、あんたにちょっと話があるんだけど」

「……何だ?」


 ジンロはクライヴを見上げた。クライヴはジンロの隣の壁にもたれかかり、少し躊躇してからこう告げた。


「提案なんだけど、あんたさ、……あの子をうちに引き渡す気は」

「断る」

「即答!?ちょっとは悩みなさいよ!」


 最後まで告げられなかったクライヴは、怒るよりまさかという顔で驚愕した。


「あのね!本来万物の奏者レーディンレルはアタシ達術師の庇護のもとにあるべきなの!知ってるでしょ!?」

「知ってるよ。本当はその方がイスカのためになるってこともわかってる」


 クライヴは苦々しげに舌打ちをした。かつて獣王を生み出した万物の奏者は生まれつき強い魔力を持った術師だったと聞く。それ以後の時代に現れた万物の奏者も皆そうだったのだとルーイン家では伝わっていた。クライヴも実際に会うのは初めてだったが、まだ未熟なものの彼女が何らかの強い力を持っていることはすぐにわかった。伝承の通りならば、彼女は生き物を魅了し引き寄せる、いいものも悪いものも。

 この国に術師が平穏に暮らせる場所は少ない。だから皆で寄り固まってお互いを守り生きる。このサーカス団もそのために作られたものだ。万物の奏者が強力な術師であればなおさら、仲間の元にいた方がいいに決まっている。少なくとも、彼女に引き寄せられるもののうち最も害悪であろうこの男の側になど。そんなものはクライヴからしてみれば正気の沙汰ではない。だが、


「呆れた……。あんたはどうもあの子を大切に思ってるみたいだから、ちょっとは聞く耳持ってくれると思ったのに」


 二人の様子を見てクライヴは悟った。お互いがお互いを信頼しあっている事は、今日初めて会った自分ですらわかった。


 今目の前にいる男は伝承にある獣王であり、伝承にある通りの獣王ではない。獣王らしき人物が現れたと聞いて、クライヴは真っ先に彼らが革新派の手先になったのだと絶望した。だが、実際に言葉を交わすとそれは間違いであった。続いて考えたのは万物の奏者の事。それすらも彼が大事そうに連れてきた少女が万物の奏者であったと知った時、間違いだと気付いた。今日一日で、クライヴがこれまで抱いていた獣王の定義が瞬く間に崩壊していた。

 それと同時に思ったのだ。獣王はこれまで術師にとって愛憎に塗れた存在として語られてきたが、それは違うのではないかと。話し合い、分かり合い、歩み寄ることも出来るのではないかと。


「一応言っとくけど、イスカ本人に提案してもたぶん断られると思うぞ」

「なにそれ。大した自信ね」


 清々しい笑顔を浮かべるジンロに、クライヴは苦虫を噛み潰したような顔をする。怒りよりも呆れが沸いてきた。まったくもって馬鹿馬鹿しい。

 クライヴは肩をすくめると、「もういいわ」と身を引いた。


「ただし約束して。あの子はアタシ達術師にとっても大切な、慈しむべき存在なの。絶対に傷つけたりしないで」

「勿論、約束する」

「……何かあったらいつでも頼りなさい。力になってあげるから」

「意外だな。獣王の事は憎いんじゃなかったのか?」

「憎いに決まってるでしょ!万物の奏者のためよ、万物の奏者の!」


 クライヴはとんでもない屈辱だというように怒り喚いた。


「……まったく、あの子もあの子だわ。どうしてこんな厄介な男になついちゃったのかしら?」

「それは俺も知りたい」

「顔にやつかせながら言ったって説得力ないわよ!―――もういいわ、付き合ってらんない」


 これ以上突っ込んで馬に蹴られるのは御免だ。さっさと話しを切ると続けてこう告げた。


「それともう一つ、あんたともう一人の獣王に別件よ」

「……ドレーフ=ニコルの件だな?」


 予想していたとばかりにジンロが呟くと、クライヴは力強く頷いた。


「あいつは確かにうちの規律を破った裏切り者だけど、同胞は同胞。それなりに名家の生まれだったドレーフが獣王に殺されたと知れれば少なからず波紋を呼ぶ。術師は一枚岩じゃない、あんたたちを親の仇の如く恨んでいる連中もいる。わかるわね?」

「ああ。で、どうすれば黙っててくれるんだ?」

「あんたたちに協力してほしいことがあるわ。今回の件はそれでチャラにしてあげる」


 そしてクライヴはジンロにその条件を話し出した。

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