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第七話 獣王の謝肉祭①

 ◆

 町の警備隊が街はずれで起こった騒ぎを聞きつけ駆け付けた頃には、イスカたちはすでにその場を後にしていた。もう火は消し止められているだろうが、きっと現場は惨々な事になっているだろう。

 イスカはジンロに連れられて、サーカス団の敷地にあるテントにやってきた。積み上げられた荷物の山は先ほど捕らわれていた狭苦しい倉庫を思い出させたが、ちらほらと垣間見えるカラフルな衣装や芸の道具から息苦しさよりも賑やかな印象を受けるところだ。


「どうして毎回お前はああ事態を大事おおごとにするんだ!」

「うるさいわねぇ、結果的にその子助かったんならいいじゃない」

「よくない!イスカにえげつないもん見せやがって!しかも町中で騒ぎになってんだぞ、後先考えろこの馬鹿女!」

「ああもう!わかったわよ、私が悪かった!」


 そして先ほどからイスカの前で一組の男女が言い争っていた。一人はジンロ、そしてもう一人はイスカより少し年上の美しい女性で、フィオナと名乗った。フィオナはイスカがここに連れられてきて時間差でやってきた。彼女の顔を見るなり、ジンロは物凄い剣幕で怒りだし、それに相手も応戦してこの有様である。

 フィオナとは初対面だが、彼女の声は聞き覚えがあった。直接聞いたわけではないが、それは間違いなく先ほど邂逅した火を噴く虎のものに相違なく、鮮やかな橙の髪と金褐色の瞳は闇の中で見た美しくも恐ろしい獣のものと同じだった。


「ちょっと、表に聞こえるからもう少しボリューム下げてくれないかしら」


 そこにもう一人、飲み物の入ったカップを持って不機嫌そうにやってくる男がいた。男というには随分奇抜な様相で、最初に顔を合わせた時イスカは仰天したが、話してみると口調こそ独特だが悪い人ではないようだ。


「ほら、熱いから気をつけなさい」


 男―――クライヴはイスカにカップを差し出すと自身もイスカの横に座った。彼がジンロと出会った経緯については、すでに簡単に説明されている。彼がこの町にやってきたサーカスの座長だということも、仮面の軍勢を率いていたあの男の言っていた術師であるということも。


「まったく獣王ってのはどいつもこいつもこんな品の無い奴らばかりなのかしら?どう思う?」

「え、ええと……」


 イスカに問いかけられても正直困る。誤魔化すようにカップに口をつけると、さっきまでの恐怖がようやく薄らいできた。


「それで?異常の原因はわかったのか?」


 戻ったクライヴに気づいたジンロが口論を中断してこちらにやってきた。


「ええ。この子を助けたっていう獣たちはみんなうちで飼ってる猛獣だったわ。今は無事だった子全員捕獲して檻に戻したけど、担当の者によれば監視していた壊れてもいない檻をすり抜けて一斉に飛び出したって」

「飛び出したって……、一体どういう事だよ。術の一種か?」

「たぶんね。でもどういう術かはわからないわ。あんな芸当ができる人間は少なくともうちの座員の中にはいない」

「わからないって……、仮にも術師の棟梁だろ」


 その言葉にプライドを傷つけられたのか、クライヴはいたくご立腹の様子で、


「知らないものは知らないわよ!アタシだって全ての術に精通しているわけじゃないんだから!」


 大げさに舌打ちする様は、陽気な道化師の姿とは随分とかけ離れていた。


「それともう一つ、この子が会ったっていう術師、ロースローンという名前に心当たりがあるわ」

「本当か?」

「ロースローンの一族はアタシも一度顔を合わせたことがある。二、三年前の事だけど、確かにちょうど年齢に合致する少年がいたはず、名は確か―――アルトリカ=ロースローン」


 アルトリカ。イスカはその名を呟いた。


「お嬢さん、確かそいつ兵士とグルだったと言っていたわね?」

「はい」


 イスカは確かに仮面の軍勢が騎士の剣を持って猛獣に立ち向かう姿を見た。不気味な仮面とマントで覆い隠されていたが、あれは確かに国府軍だった。


「革新派と名乗った術師が、国府軍と手を組んでるなんて……、一体どういう事かしら?」

「なあ、さっきも言っていたが、その革新派ってのはなんだ?」


 ジンロが問うと、クライヴは少し考えた後その口を開いた。


「……そうね、お嬢さんも術師についてあまりよく知らないみたいだし、ここらで現代の術師について説明しておいた方がいいかしら?」


 クライヴは一呼吸置くと静かに話し始める。


「八百年前、当時のシルキニス国王が術師の討伐を騎士団に命じたことにより、アタシ達の祖先は亡命を余儀なくされたわ。彼らは元々セシリア王国で暮らしていた国民、蜥蜴の王の討伐が完遂し平穏が訪れたシルキニス王国にとっては王の権威を脅かす危険因子でしかなかったのよ。

 セシリアに帰ることも叶わなかった彼らは王の追手から逃れ各地を転々と渡り歩いた。あれからもう八百年も経ち、シルキニスの国民は術師の事を忘れたけれど、かつての出来事を歴代に伝えている王家は未だにアタシたちの事を放っておいてはくれない。つい最近も術師が隠れて棲んでいた里が焼き討ちに遭い多くの同胞が犠牲になったわ」


 ひどい、とイスカは思わず呟いた。ロースローンに言われた時も思った。もう大昔の出来事で忘れている人々が大半なのに、その水面下でそんな争いが繰り広げられているなんて知らなかった。


「結果としてアタシたち術師の中には様々な見解を持つものが生まれた。これまでと同じように世間から隠れ、王国とは事を構えない穏健派。祖先の雪辱を晴らすため、打倒シルキニス王家に燃える過激派。そして最近活動が活発なのが、術師の新たな勢力を生み出そうとする、革新派よ。革新派は過激派とは似て非なるもの。最も大きな違いはその最終目標にあるわ。過激派が王家の打倒を掲げているのに対し、革新派が掲げるのは―――獣王戦争の再起よ」

「獣王戦争の、再起……」

「かつて蜥蜴の王の討伐のために術師が生み出した七人の獣王。彼らは新たにその獣王を生み、その力を再び手に入れ今度はシルキニスを舞台にその戦争を再現しようとしているわけ……真意のほどはわからないけどね」


 イスカはロースローンが言っていた新たな混沌という言葉を思い出した。彼らの言う混沌が新たな獣王の誕生による混乱なのだろうか。


「―――さて、ここで問題。獣王戦争を再び起こすために彼らが今求めているもの、それは何だと思う?」

「それは―――」


 イスカは恐る恐る隣に座るジンロを見上げた。ジンロもまた渋い顔で自身の足元を見つめている。

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