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第六話 術儀顕現⑥

「今から八百年近く前、セシリアという国があった。かつてこの国は多くの術師たちが暮らし、王国を繁栄に導いていた。ところがある日その平穏は唐突に消え去った。一匹のおぞましい化け物が国の王を殺し、そして全ての生き物の命を奪い去った」

「……蜥蜴の王、ね?」

「ああ、そうだ。なんだ、ひょっとして獣王の事は知っているのかい?」


 イスカは頷いた。


「蜥蜴の王に国を乗っ取られたセシリアの民は、隣国のシルキニス公国に亡命した。その中には術師たちの姿も山ほどあった。彼らは命からがら逃げ延びた後誓ったのだ。いつか己の故郷を取り戻すと。そうして蜥蜴の王への対抗策として生み出されたもの―――それが獣王だ」


 まるで子供に寝物語を聞かせる親のような口調だった。だが穏やかな瞳にたたえられているのは燦然とした邪気だった。


「獣王……。そして彼らを生み出すために万物の奏者が生贄となった……」

「そうだ。よくわかってるじゃないか」


 男はパチンと指を鳴らすと満足げに頷いた。


「君は当時の万物の奏者が何者だったか知っているか?」

「―――いいえ」


 一人の女性の姿が浮かんだが、イスカはあえて首を振った。


「術師だよ。一族の中でも強力な魔力を持った術師だったんだ。獣王を生み出すために術師たちは同族の一人を生贄にした」

「……っ!」

「その術師こそロースローン一族の人間、つまり、僕の祖先だった」


 イスカの背筋が凍る。


「蜥蜴の王を討伐するために、身内を犠牲にし人を喰う化け物を生んだんだ」

「そんな……、じゃあ―――」


 リナーシャは―――あの人は自分の一族に売られ悲惨の死を遂げたというのか。イスカは身をよじって後退しようとした。だが背後には固く冷たい壁がある。それに気づいた男が、面白そうにイスカと距離を詰める。


「蜥蜴の王が討伐された後、術師は国王から迫害を受け国を追われた。僕の一族も勿論ね。……故郷にも戻れなかった、なぜなら獣王の一人がセシリアの国を丸ごと封印してしまったから。そしてこの八百年の間に術師の歴史は抹消された。帰る場所を失った祖先らがどう考えたか、隠れて生きることを余儀なくされた日陰者である僕らがどう考えるか、……君にはわかる?」

「……獣王やシルキニス王に復讐でもするつもり?もう遠い昔の事なのに、……馬鹿げているわ」


 声を震わせながら、気丈な態度で男の言葉を突っぱねる。だが、イスカの予想に反して男は腹を抱えて笑い出した。


「なっ、何がおかしいの!?」

「あははっ、ああそうだね。君の言うとおりだ!祖先の復讐なんて馬鹿げている」


 イスカの苛立ちをよそに、男は壊れたように笑い続けた。ひとしきり笑った後、男は息を整えるとまたイスカに笑いかける。


「世の中にはそういう連中もいるよ。獣王や万物の奏者、中には僕たちロースローン家を恨む術師もいる。でも、僕たちが望むのはそうじゃない。革新派が望むのは新たな混沌さ」

「新たな、混沌……?」


 男がまたパチンと指を鳴らした。それを合図にして倉庫の入り口から人影がなだれ込んできた。


「ひっ!?」


 イスカは声にならない悲鳴を上げた。現れたのは、白い仮面を被った例の集団。彼らはイスカと男を取り囲むように広がった。やけにきびきびとした統率のとれた動きだった。


「準備はできたか?」


 男が先ほどの飄々とした様子からは想像できないほど冷たい声で仮面の一人に呼び掛けた。


「はい、いつでも出発できます」


 仮面の下からくぐもった声がする。


「まったく、ドレーフの奴は何をやっているんだろうね。せっかくあの道化師の元から逃がしてやったのに、連絡の一つも寄こしやしない。ま、結果としてそれよりもっといいものが見つかったからよかったんだけどね」


 男はイスカに笑いかけると、そっとその手を伸ばした。


「さあ共に行こう、万物の奏者」

「……っ!」

「なに、怖がることはない。君は君の務めを果たしてもらうだけだ」

「嫌っ!」


 この男の手を取ってはいけない。本能的に悟ったイスカは拘束された両足を必死によじりながら逃げようとする。だが、すでに壁際に追い詰められていたイスカの逃げ場などどこにもない。加えて加勢に入った白い仮面の集団によって退路を塞がれ、イスカはあっけなく彼らの手中に落ちた。


「―――っ、放して!」


 彼らがイスカをどこに連れていく気なのかは定かではないが、どう転んでも悪いようにしかならない。イスカは拘束の上から更に取り押さえられどこかに運ばれようとしている。頭の中はもうパニックだった。


(嫌だ!誰か―――)


 だが次の瞬間異常は起こる。


 ドンッ


 強い地響きがして倉庫全体が揺れた。男たちは一斉にバランスを崩し、抱えられていたイスカも宙に放り出された。


「なんだ!?」


 動揺する一同にさらに強烈な耳鳴りが襲う。仮面の集団はたまらず耳を抑え絶叫した。男が最初に生み出した珠の光が音を立てて割れていく。光源を失った倉庫はすっかり暗くなり、地響きと耳鳴りは尚も強さを増す。イスカもまた強い地響きと揺れに翻弄されたが、不思議なことに耳鳴りに苛まれることはなかった。だからこそか、続く異変に誰よりも早く気付く事が出来、そして青ざめる。

 倉庫のドアが乱暴な音を立てて打ち破られた。そこからなだれ込んできたのは、無数の動物たちだった。獅子や猛牛、猿や犬、その種類も多種多様だ。


「動物!?動物の群れだ!」


 誰かが叫んだ。しかし、悲鳴と絶叫があっという間に倉庫内を埋め尽くす。なだれ込んできた猛獣たちは、迷いなく仮面の集団に躍りかかった。


「応戦しろ!」


 仮面の一人がマントの下から刃渡りの長い剣を抜き構える。それを合図にまだ動くことのできる、理性のある仲間たちが同じ用に剣を抜いた。


 たちまち倉庫は大乱闘になった。鋭い牙で仮面の男を喰いちぎる獅子、その巨大な角で脆弱な人間を押し倒す猛牛、集団になって襲い掛かる犬や猿。それに対抗する剣をふるう男たち。肉を喰いちぎる音に断ち切る音、血の臭いと入り混じって吐き気がしそうだった。

 一頭の牛が一人の男の身体を角で振り上げた。男の身体は軽々と宙を舞いイスカのすぐ近くの木箱の山に激突する。その衝撃で高く積み上げられていた木箱が崩れ、イスカの頭上に落ちてきた。


「―――!」


 イスカはとっさに目をつぶった。轟音で耳が割れそうになる、だが痛みはなかった。


「え……?」


 確かにイスカの頭上に降り注いだはずの木箱はイスカの周囲に散らばっただけで、イスカは無傷だった。何が起こったかわからず呆けているイスカの側に一匹の黒獅子が佇んでいた。


「ひっ……」


 食われるかと身構えたイスカだったが、獅子は何をするでもなくじっとイスカを見据えていた。


《危害は加えぬ》

「……!?」


 どこからか声がした、驚いているうちに、獅子はその爪と牙で器用にイスカの手足のロープを喰いちぎった。


「えっ」


 ロープがはらりと切れ、イスカの身は自由になる。


《逃げよ》


 黒獅子がまたイスカをじっと見つめた。その声は確かに獅子の方から聞こえてきた。その穏やかな視線はイスカを出口の方へと促していた。


 イスカは迷わず駆け出した。仮面の集団は今や猛獣を振り払うのに躍起になり、イスカのことなど気に留めていなかった。一瞬あの男の制止が聞こえたが、迷わずそれを振り切って倉庫を飛び出した。

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