表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/274

第六話 術儀顕現⑤

 ◆

 再び目覚めるとそこは祖母の家でも真っ白な光の空間でもなかった。薄暗い埃っぽい空間、目の前には冷たい床が広がっている。

 ここはどこだろう?

 視線だけ動かすと遥か高い窓にぼんやりと星空が見える。明りは無い、部屋は真っ暗だった。

 イスカは自分の置かれている状況が飲み込めないまま、まだ朧気な頭を起こそうとする。しかし、身体を起こしきるより先に手足に鈍い痛みが走りイスカは思わず呻いた。


(何……これ……)


 暗がりで自分の足元を確認すると、イスカの両足には固く結ばれた縄が見えた。手の方は確認できない。何故なら両手はイスカの背中側に回されきっちりと固定されてしまっているからだ。手足の自由を奪われている。動こうとしてもイスカは碌に動く事の出来ずまるで芋虫のように這いつくばるばかりだった。

 動けないとわかった途端焦りと恐怖が同時に押し寄せる。気が狂いそうになる中で、それでもイスカは意識を失う前の事を懸命に思い出した。


(そうだ、私リリスちゃんと買い物に出かけて、そしたらお婆さんに話しかけられてそれで……)


 その直後、仮面を被った若い男に声をかけられそこから先の事を何も覚えていない。

 だが誘拐という文字が脳裏に浮かぶまでそれほど時間はかからなかった。拘束された状態でイスカは必死にその経緯を探る。


 思い当たる節がないわけではなかった。イスカは獣王に追われている、もしかしたらそれ絡みかもしれない。


(さっきの若い男は獣王?)


 それは無いように思う。面と向かったのは一瞬だったが、メルカリアで出会ったリマンジャのように懐かしさを感じる事は出来なかった。獣王ではなければ一体誰が、と頭の中で疑問が浮かんだ時暗闇で何者かの気配がした。


「―――っ!」


 足音のする方向を振り向いたが、目に強い刺激が走り思わず瞼を閉じた。暗闇の中から現れた強い光が網膜を刺激したのだ。イスカが身をよじると光源の先から軽い笑い声がした。


「ああ、ごめんね。眩しかったかな?」


 瞼の向こうで少し光が弱められたのを感じたイスカは恐る恐る目を開けた。そこに立っていたのは気絶する前にあったあの若い男だ。今はもうあのおどろおどろしい仮面とマントをつけていない。何の変哲もない皮のベストにパンツを履いていて、本当にどこにでもいる若い好青年という感じだった。

 イスカはごくりと唾を飲み込んだ。男の手に握られていた光源は通常のランプではなかった。灯よりも何倍も強い白光を発する拳大の珠、あろうことかそれが彼の掌でふわふわと浮いている。イスカはそれを手品か何かだと思った。


「ごめんね、手荒なまねしてしまって」


 腕は痛くないかい、と労わる言葉が妙に空々しい。張り付いた笑みは乾いていてその表面をはがせば残忍な素顔が現れる様だった。

 男は床に伏したままだったイスカに手を差し伸べイスカの身体を起こさせる。身をよじって逃げたくなったがそれすらも出来ない程にイスカは萎縮していた。イスカを起こすと次に男は彼の顔の横を停滞していた光の珠に触れしなやかに指を振った。その瞬間珠が分裂し目にもとまらぬうちに数を増やす。

 増殖した珠が四方八方に飛び散ればあっという間に部屋の中は昼間のように明るくなった。


 手品、本当にそうだろうか?

 イスカは息を呑みつつも、今自分がいる場所を確認する。

 それほど広くない倉庫のようだ。周囲には木箱が積み上げられ漆喰の壁は半分も見えない。何の変哲もない物流の倉庫だった。だが微かに獣と火薬の臭いがした。


「ここはどこなの?私を捕まえてどうするつもり?」

「見ての通りここはただの郊外の倉庫だよ。……ああ、今近くにサーカスが間借りしているから少し騒がしいかな?」


 男は飄々と窓の外に視線を泳がせながら言う。


「君を捕まえてどうするつもりかというと……そうだな、僕がロースローン家の術師である、といえば概ねわかってくれるんじゃないかな?」

「……?いいえ、わからないわ」


 知っていてさも当然のように言われるので若干戸惑ったが、イスカは正直に答えた。その答えが意外だったのか、男はわざとらしく動揺して見せる。


「あれ?ロースローンのこと知らないの?おかしいな」

「おかしくなんかないわ。本当に知らないの」


 イスカは苛立ち気に答えた。確かにイスカは町を出たことのなかった世間知らずな娘だが、いきなり自分のことを知っていると断定されて話をされても困るのだ。

 にもかかわらず男は心底不思議そうだった。馬鹿にしているという風でもなく、本当にイスカが知っていると思っていた顔だ。


「そうか、万物の奏者レーディンレルである君なら知っていてもおかしくはないと思ったんだけど」

「―――!?」


 さらりと告げられた万物の奏者という言葉に息が止まりそうになった。


「万物の奏者の事知ってるの!?」

「勿論知っているさ。僕はロースローンの術師だからね」

「術師って何?」


 男はきょとんとした顔でイスカを見下ろした。そして腰を下ろすと、イスカの目線に合わせこちらをのぞき込んでくる。


「……君、術師の事も知らないの?」

「だから知らないってば」

「妙だな。万物の奏者ともあろう者が術師の事を知らないとは。周囲の人間は誰も話してくれなかったのか?」


 イスカの心臓がずきりと痛んだ。


 ―――知らない。万物の奏者であれば当然知っているはずの事柄を知らない。万物の奏者の事だって、イスカは少し前に初めて知った。それを教えてくれる者もいなかった。

 ジンロの顔が思い浮かんだ。イスカが万物の奏者であると知って近づいた彼なら、知っていたのかもしれない。それなのに、彼は一言もその事を話してくれたことはない。


 青い顔をしたイスカから何かを察したのか、男は深いため息をついてにやりと口角を上げた。


「どうやら本当に知らないようだ。なら教えてあげよう、術師の存在と万物の奏者の深い深ーい因縁について」


 顎を持ち上げられて無理やり目線を合わせられた。珠の光に照らされた男の瞳孔が怪しげな紫色に渦巻いている。

 恐ろしい。それは仮面を被ったマントの装束と出会った時と同じ恐怖だった。いや、あの時よりも何倍も怖い。

 男は楽しそうに喉を鳴らすと音もなく立ち上がって、そして語り始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ