第六話 術儀顕現③
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ジンロとフィオナは座長に連れられて彼らの本拠地へと足を踏み入れた。郊外の空き地に派手な彩色の簡易テントがいくつか設置されている。微かに獣の臭いもした。近くに動物たちも囲われているらしい。二人が座長に連れられて敷地内を歩いていると、稽古に勤しむ座員たちがその手を止めて怪訝な顔でこちらを見つめてきた。
座長は二人を一番大きいテントに通すと、中央の簡易椅子にドカリと座り込んだ。けばけばしい化粧に貴族のような衣装を着たちぐはぐな格好だが、一切の物怖じはない毅然とした姿勢であった。
数分前、話したいことがあると座長は切り出した。術師が関与していると思われる一連の騒ぎに現れた一団だ。無関係とは思えずジンロは彼らを糾弾しようと身構える。だが、
「待ちなさいよ。こんなところで事を構えたらいろいろ面倒ってわかるでしょ?」
「……」
「人が集まってきたわ。あんたもその姿だと目立つんじゃなくて?」
男はジンロたちの周囲を示唆した。一連の騒ぎに大勢のギャラリーが集まりだしている。加えてジンロの背に輝く光の羽が彼らの興味をますます煽り、周囲はどよめきに包まれている。
「羽だ……光る羽だぜ」「もしかしてあれがこないだ噂になってたっていう翼の男?」
「向こうにいるのはサーカスの座長だ」「じゃあやっぱりあれはサーカスの余興?」「じゃああの煙は―――」
群衆が好奇の目でジンロたちを嬲る。
「ほら、こんなところでまともに話なんかできないでしょう?」
「……そうね、なら連れてってもらおうかしら?あなたたちの素敵な隠れ家に」
肩をすくめた男の言葉に賛同したのはフィオナだった。
「お前な、何を勝手に―――」
「いいじゃない。こう言ってくるってことは、話し合う余地があるということだわ」
ジンロの焦燥もよそに、勝手に話を取り付けたフィオナはジンロにささやく。その顔が情欲に塗れているのを見て、ジンロはあきれてため息をついた。
「お前……、喰う気だな?」
「当たり前よ。滅多にお目にかかれない術師がこんなにたくさん……!逃す手はないわ」
そして今彼女は目を爛々と輝かせながら、周囲に控えるサーカスの座員を見つめていた。彼女にとって彼らは極上の餌なのだ。
彼らの本拠地についた後も、座員たちはジンロたちを殺気と畏怖の入り混じった目で見ている。先ほど目の当たりにしたジンロの翼を思い出しているのか、警戒心をむき出しにしたままこちらを取り囲んでいた。
座長はしばし無言でジンロたちと、そして己の部下を一瞥すると彼らに向かってきっぱりと告げた。
「あんたたち、下がりなさい」
「―――座長!?ですが、この男は」
「下がりなさいと言ったの、聞こえなかった?」
反論を許さない強圧的な口調。最初に邂逅した時に感じた印象は間違いではなかった。この男には凡人にはない威圧感がある。
座員たちは逆らう事が出来ずすごすごと部屋を後にしていった。男たちが消えると、人口密度の低くなったテントの中は、急に寂しく空っぽになる。
「さて、まず自己紹介からしましょうか。アタシの名前はクライヴ=ルーイン、見ての通りサーカスの道化師をしているわ」
「ルーイン?……へえ、ザカリア地方に派生していた術師の一派ね。かつてのセシリア諸侯の末裔、か」
さらりと呟いたフィオナにクライヴは虚をつかれたように目を丸くした。
「驚いた。アタシの素性を知っているなんて。セシリアの諸侯なんてのはアタシも初耳だけど。……なら、あなたたちの名まえも教えていただけるかしら?」
「私はフィオナ=スペント、それとこっちの木偶の坊がジンロ=ベルテよ」
ジンロには一言も挟ませず、フィオナはあっさりと名を明かした。ぎょっとしてフィオナを見下ろしても、この女はすました顔で目の前に堂々と座っているクライヴを見据えている。
「フィオナ=スペントとジンロ=ベルテ……ね。さて、文献なんての物はとうの昔に紛失したし、口伝でもそんな名前は聞いた事が無かったから果たして本物かは確証ないけど……」
クライヴは脚を組んだまま顎に手を当てて考えるポーズを取る。女性の様な口調に似合わず、細かい所作は随分と男らしい。そして、クライヴははっきりとこちらに向かってその名を告げた。
「あんたたち、ひょっとして獣王なのかしら?」
クライヴの問いに、ジンロとフィオナは顔を合わせる。両者がやや逡巡した後、口を開いたのはジンロだ。
「そうだ。鳥の王ジンロ=ベルテと虎の王フィオナ=スペント。術師の一族には俺たちの事が伝わっているのか?」
獣王の存在はこの国でもとうの昔に忘れ去られているはずだ。知っているとすれば代々術を継承し続けていた由緒ある術師の家系だけだろう。
「存在自体はね、よほどの末端と新参でない限り存在は知っていると思うわよ。歴史だけは古いのよねぇ、アタシの家系。……碌な恩恵に預かった事なんてないけど」
クライヴは嘆かわし気に言った。どうも自身が術師であるという事に嫌気があるらしい。
「アタシ達術師にとって、獣王の存在はタブーとされてきたわ。そもそもアタシ達が迫害される原因となったのはあんた達ですもの。ま、術師の自業自得でもあるけどね」
「恨んでいると?」
その喉を掻き切らんばかりにジンロは殺気を高めた。
「……そうね、恨んでいるわ。祖先があんたたちさえ生み出さなければアタシ達は日陰者にならずに済んだのだもの」
紫に彩られたクライヴの唇が歪む。そこには獣王に対する殺意と憎悪が如実に現れていた。
「最初にこの町であんたたちの噂を聞いたときすぐにピンときたのよ。この町の人間は手品か見世物だと思ってたみたいだけどね。そして、今朝すれ違った時に、まさかと思った。本当に当たるなんて予想外だわ」
気に食わない、とクライヴは忌々し気に吐き捨てた。
「まったく忌々しい。でも復讐する気も起きない。だってアタシはもうこのサーカスに染まっちゃったもの。アタシの役目は人を楽しませること、血なまぐさい争いは嫌いだわ」
それでも自身の中で消えない葛藤があるのだろうか。だがそれは道化の化粧の上からは推測できないものだった。
「だったらさっきの騒動は一体何だってんだ?」
今度はジンロが嫌悪もあらわに問うた。眉を顰めるクライヴに食って掛かる。
「あの術は誰が放った?イスカをどこへやった!?」
「イスカ……、なに、その子があんたの探している子?」
まるで知らないという風にとぼけた顔をするので、ジンロは思わず掴み掛った。だが、クライヴはそれにも動じず冷静に告げる。
「そのイスカって子の事は何も知らないわよ。でも、……そうね、あの術を使った奴の心当たりなら、ないこともないわ」
「そいつは誰だ?」
「この町に来る前に、うちから一人裏切り者が出たのよ。このサーカス団の素性をリークして国府に引き渡そうとした奴がね。寸でのところでそれは阻止したんだけどうっかり逃がしちゃって。アタシたちがこの時期にこの町で公演することは知ってるから、アタシ達も警戒してたのよ。情報ではこの近隣に潜んでいたんだけど、数日前から行く足が途絶えたわ」
「そいつは誰だ?」
「ドレーフ=ニコル。術師の中でも性急な改革を求める革新派に属する男。実力は確かだけど相当頭のいかれた奴よ」
「えっ」
思わぬ名前を聞いてジンロは目を見開いた。ドレーフ=ニコル、聞き覚えがあって当然だった。何故ならそいつは、―――
「そいつじゃない」
「あら、どうしてそう言えるの?」
「……数日前に俺が殺した」
「……なんですって?」
クライヴの眉が吊り上がった。すると静観していたフィオナもああ、と手を叩く。
「この間あんたが路地で殺して、私が食べちゃった奴?そういえば術師だったわね」
「食べた……、ですって?」
ますます顔を歪ませるクライヴに、さすがのジンロも気まずくなって喉をうならせた。まさかドレーフがクライヴの知り合いであったとは。
「伝説の通りね。人喰いの獣王、どうせアタシ達人間の事を餌としか思っていないんでしょう?」
その言葉はジンロの心にぐさりと刺さった。一方のフィオナはむしろ誇らしげにケラケラと笑っている。
「で、ドレーフを殺して食事でも楽しんだのかしら、獣王さん?」
「……俺は喰ってない。全部こいつが喰った。殺したのはあいつが純粋に気にくわなかっただけだ」
言い訳にしかならないだろうが、ジンロは決して喰うために殺したのではなかった。ただ憎悪の感情に流され犯した衝動的なもの。それでも、人を残虐に殺めたという事実は消えない。
「あんたのお仲間を殺めたことは事実だ。そのことに関しては弁解しない。どう扱ってくれてもかまわない」
「ふん、いいわよ別に。言ったでしょ、あいつは裏切り者だって。元々アタシもあいつは気にくわなかったし、どこでのたれ死のうが関係ないわ。……ただドレーフの動向だけは気になるわ。さっきの騒動もそれに関わりがあるかもしれない」
「どういうことだ?」
「ドレーフにはお仲間がいるって事。現在の術師には様々な派閥が存在しているけれど、その中で最も危険なのが革新派。そいつらは王都を拠点に大々的な計画を遂行していると聞いたわ」
「計画?」
「そう、それは――」
クライヴの口元がゆっくりと動いた。だが、ジンロがその続きを聞くことは叶わなかった。
ドンッ
その時地割れのような振動と獣の咆哮が轟き、三人は言葉を噤んだ。
「ちょっと!?なにこれ!?」
尋常ではない縦揺れ、加えて耳鳴りのような不快な音が襲い掛かりフィオナが叫ぶ。
「この獣の声……、まさか裏手の猛獣たち!?」
クライヴの顔が驚愕に歪んだ。余裕の笑みをたたえた道化師の姿はそこになく、予期せぬ異常にただ狼狽えている。
余裕がないのはジンロも同じだ。感覚を狂わせる程の揺れと耳を劈く咆哮に思わず膝をついた。
(いったい何が起こっている?)
縦揺れが収まった瞬間、ジンロはテントを飛び出した。目に飛び込んだ光景に、ジンロは自身の目を疑った。
檻を飛び出したと思われる猛獣たちが敷地内を駆けていく。ただ暴れているのではない、彼らは皆同じ方向に向かって全速力で逃げていく。座員たちが止めようと阻むも、そんなものお構いなしに彼らは敷地の外へと飛び出していった。
「なんだよ……これ」
ジンロは絶句する。彼らはただ逃げようとしているのではない、一心不乱にどこかへ行こうとしている。
「なにしてるのよ!とっとと捕まえなさい!」
同じくテントを飛び出してきたクライヴが周囲の座員たちに怒鳴りつけた。ジンロもまた彼らの後を追う。彼らの目指す先に一体何があるというのか。




