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第六話 術儀顕現②

 露店を離れてからしばらくも、楽しそうなフィオナが付いて来る。対して気分が急降下したジンロは重い足取りで、祭りで賑わう通りをどこに行くでもなく歩いていた。やがて中央通りからやや外れた通りの一角にさしかかると、ジンロは立ち止まり不機嫌な顔で後ろを振り返る。


「おい、いつまでついて来る気だ?」

「私は散歩してるだけよ。でもそうねぇ、あんたがお姫様の所に帰るなら付いて行こうかしら」

「……付いてこさせるとでも思ってんのか?」


 殺気を孕ませ低い声で告げると、それに反比例しフィオナは高い声で笑う。


「やだわ、冗談じゃない。言ったでしょ、すぐに食べたりしないって」

「信用できるか、とっとと消えろ。俺は早く帰りたいんだ」

「ほんと、カリカリしちゃって。余裕のない男は嫌われるわよ」


 楽しそうにフィオナは言う。思えばこいつは昔からこうだった。残忍でこちらが肝の冷える言動を平気でやるくせに、その一方でこんな風に笑いかけてくる。こちらばかり警戒してもそんな事は我知らずと、本人がそれをぶち壊してくる。

 最強の気分屋にして自分本位の女。周囲の人間は真剣に付き合えば付き合うほど振りまわされ馬鹿らしくなってくる。それがフィオナ=スペント、もうかれこれ八百年近くの付き合いにもなるジンロの同胞だった。


「いいじゃない、久しぶりに会ったんだし、あんたともちゃんと話したいと思ってたのよね」

「出会い頭に虎の姿で襲ってきた奴が何を今更……」


 まともに取り合う事も馬鹿らしくなってジンロは頭を抱えたが、


「聞きたいのよ。万物の奏者レーディンレルをどうしたいか。同じ獣王として」


 返ってきたのは予想以上に真剣な言葉だ。もうフィオナは笑っていない。

 これだ、彼女の一番厄介な点。普段明るく振る舞い人を小馬鹿にするくせに、時折こうして真剣な顔で向かってくるのが一番困る。


「あんた本気でその子の傍に居続けるつもりなの?」

「……」

「その子の事が好きなの?どういう心境の変化?今まで散々『彼女』を痛めつけていたくせに」


 ザクザクと心臓を切り刻まれる心地がする。こういう時いつも、こちらが避けたがっている物事の核心をついてくるから本当に始末に負えない。


「どちらでも構わないけど、これ以上万物の奏者に深入りするのはやめなさい。不毛なだけよ」

「……珍しいな、お前が人の身を案じるなんて」

「案じてなんかいないわよ。気持ち悪い事言わないで」


 フィオナは先ほど購入した菓子の瓶を開け、その中の砂糖菓子を頬張った。ジンロは嘲笑する。フィオナが柄にでもない事を言い出した理由をジンロはよく知っているからだ。


「不毛、な。それは経験論か?『フィオナ=スペント』」

「……」

「未だにその名前を名乗り続けているのだって不毛じゃないのか?」

「それ以上言ったら焼き殺すわよ」


 フィオナの手の中で真っ赤な砂糖菓子がチリッと爆ぜた。砂糖を焦がした甘い匂いが広がり、ジンロは肩をすくめて黙りこんだ。


「でもそうね……、あんたが自分の行動を不毛だと自覚しているのなら、一刻も早く万物の奏者から離れなさい。出来ないというのなら私が喰い殺してあげる」

「断る、死んでもごめんだ」

「……あんたね、強情にも程が―――」

「何度言われても同じだ。俺はあの子を守る」


 ジンロの意思は揺らがなかった。たとえイスカに知られようが拒絶されようが、その意志だけは変わらない。

 イスカを守る、彼女を傷つけるあらゆるものから。それだけは絶対に揺らがない。


 苛立ちを隠せないフィオナは声を張り上げた。


「相手は万物の奏者よ!?そんな子を愛したって報われるわけないじゃないの!」

「関係無い。どう言われたって愛している事は変わらない」


 それがどういう形の愛情なのか、ジンロも本当の所良くわかっていない。けれどイスカの傍にいて彼女の行く末を見届けたいという気持ちは本物だった。それまでどんな事があっても彼女を守ると固く誓った。

 ジンロにそう決意させたのは、あの女。今はもうこの世にいないがおそらくジンロよりもはるかにイスカを愛していた人物。今のジンロは彼女の足元にも及ばない。だからだろうか、彼女に追いつきたいと思う。彼女の分までイスカを愛してやりたいと思った。


「呆れた。あんたいつか絶対後悔するわ。万物の奏者となんて、私より何億倍もたちが悪い」

「そうだな、だが何度お前が忠告しようと俺は―――」


 堂々巡りの会話がまた振り出しに戻ろうとした時、異変は起こった。


 空気の濁った生臭い匂い、ここからそれほど離れてはいない場所から魔力の渦巻く独特の気配がする。じわりじわりと空を侵食していく。

 ジンロは眉を歪めた。空が陰っていく、それも尋常ではないスピードで。


「やだ、ちょっとこれ……」

「ああ、―――魔術だ」


 それも強力に練り合わせられた非常に強力なものだ。ちりちりと肌が泡立つ、心臓がドクドクと呼応する。

 ジンロはいてもたってもいられなくなって駆け出した。何故だかわからない、術が行使されているという事以上に、ジンロを焦らせる何かがある。胸騒ぎがする、急げ急げと、心の声が急いてくる。


「あ!ちょっと待ちなさいよ」


 後方からフィオナもついて来たが、ジンロは構わず突き進んだ。ざわめく大通りをすり抜けて、空が暗く歪んでいる方角へ。程なくして辿りついた広場は黒い霧が充満し中にいた人々がせき込みながら飛び出してきた。


「一体何があったんだ!?」


 涙を流しながらこちらへと倒れ込んできた男に問いただすと、男は息も絶え絶えに「わからねえ」と答えた。


「突然……、広場に煙が充満したんだ。どこから出てるかもわからなくて、何も見えない……」


 意識が混濁した様子で男は告げた。眼前で濛々と立ち込める黒煙は時を止めたように流動をやめている。やはりただの煙ではないのだ。


「やはり魔術ね。いいえ、それだけではない。本物の硝煙と独特の幻術を組み合わせた高度な術だわ」


 フィオナが珍しく歯噛みする。その間にも広場から次々と人が傾れ込んできた。皆目や喉をやられむせ返り、外に出てくるなり苦しそうに呼吸をした。その人々の中に一人見覚えのある少女の姿を捉えた。

 栗色の髪をした可愛らしい少女、リリスだ。


「―――っ!おい、大丈夫か!?」


 ジンロはぜえぜえと荒い息を吐く少女の肩を支えた。リリスは苦しそうに息を吐き、今にも倒れそうな程顔から血の気が失せている。リリスはジンロの顔を見るなり、その小さな手を伸ばし必死に訴えてきた。


「助けて……!お姉ちゃんが、お姉ちゃんが―――っ!」

「お姉ちゃん……って、まさか!?」


 ジンロは戦慄した。この中にイスカがいる。それを理解した瞬間、ジンロはすぐさま飛びだした。フィオナの制止が聴こえたがなりふり構ってなどいられない。

 未だ多くの野次馬が集まり場が騒然とする中で、ジンロは迷いなくその背に翼を出現させた。ジンロを中心に莫大なエネルギーが凝縮し空気の流動が激しくなる。ジンロは意識を集中させ集めた空気を眼前に滞る黒煙に向けて放った。突風と共に黒煙が霧散し、広場が開け放たれた。


「イスカ!どこだ、イスカ!!」


 広場には逃げ遅れた人々があちらこちらで蹲り呻いていた。ジンロは一目散に飛びこんで行くが、少女の姿は見当たらなかった。


(どこに行った?どうしていない!?)


 焦りで視界が狭まっていく。どれだけ目を凝らして探しても、彼女を見つける事は出来なかった。

 一方で、冷静なフィオナは広場の隅に備え付けてあったベンチの近くに屈みこみ地面を軽く撫でる。


「魔術の痕跡があるわ。【霧惑い】ね、これ」


 周囲に漂う焦げ臭い臭いを嗅ぎ分けながらフィオナが魔術の分析をしている。ジンロは強く拳を握りしめた。

 術師の仕業だ。何者かがこの町に白昼堂々術をしかけたのだ。


「くそっ……!」


 ジンロは自身の失態を呪った。こんなことになるならイスカの側を離れるべきではなかった。己の下らない迷いのせいで彼女を失ってしまっては元も子もないではないか。行き場のない拳をベンチに叩きつけた。手に鈍い痛みが走ってもジンロの憤りは収まらない。


「ちょっと、落ち着きなさいよ。あたったって何も解決しないわよ」

「だがもしあいつの身に何かあったら―――」

「あら?あんたたちも誰かをお探し?」


 我を忘れ怒鳴り声を上げると、二人の元に近づく者たちがいた。振り返った先に立っていたのはジンロが先刻テントで目にした派手な装いの男だ。


「へぇ、やっぱりあんたが翼の生えた男?思ったより若かったわね」


 こちらを値踏みするようにそう言ったサーカス団の座長は、後方に取り巻きをぞろぞろと連れて広場に現れた。その瞳は先ほど見た時と同様に怪しげな紫色の靄が渦巻いていた。

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