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第六話 術儀顕現①

 サーカスの座長に激された事もあってか、テントの設営は急ピッチで進められなんとか期日までに終了する目途もたった。ジンロは仕事を終えると謝肉祭を間近に控え一層賑わいを増す夕暮れの雑踏に繰り出している。

 仕事も大詰めを迎え、給料も予定額貰えそうだ。これで望みの品も手に入るだろうし、当面の旅費も問題ないだろう。ジンロは逸る気持ちを抑えイスカが待っている宿屋へと向かった。


 仕事をしながらも、ジンロは気が気でなかった。また会いに来る、というフィオナが一体いつ彼女を見つけるのかはわからない。もしフィオナがイスカを見つけたとして、フィオナは有無を言わずイスカを喰うだろうか?それとも玩具のように玩ぶのか?少なくとも自分のように慈しむ気など全くないだろう。

 気がかりはもう一つあった。今日すれ違った紫煙を目に宿す男の事。サーカス団の座長と言っていたが、あれは間違いなく術師の一団だ。

 同僚の話によれば彼らは毎年この時期にこの町でサーカスの開催を行っている。ならば彼らの目的は術師がらみでもなんでもなく、本当にただサーカスを開くためであってそこに何の思惑も無いはずだ。

 だが、ドレーフの一件を考えるとそうも言っていられなかった。彼がサーカスの設営現場に紛れこみ、命を下されたような発言をしていた事はやはり気にかかる。

 ここにきて予想もしなかった幾つかの邂逅に、ジンロの足は早まった。


「……」


 だが早く帰ろうと急く一方で、帰りを待っているであろうイスカとどう接すればよいかと考えるうちに足取りは次第に重くなった。

 ここ数日ジンロは明らかにイスカの事を避けていた。彼女が危険だと分かっていながら、彼女の側にいることを躊躇っている。

 彼女にどこまでの事を話せばいいのか、自分でも決めかねている。化け物の自分の本性を彼女にどこまで晒していいのかわからない。

 フィオナの指摘は実に的確だった。ジンロは未だ悩んでいる。イスカを不安にさせていると知りながら、ジンロは彼女に打ち明ける事を―――彼女に拒絶される事を何より恐れている。


(臆病も大概だ。俺は本当に―――)


 歩きながら深いため息をついたジンロの視界に何やら一際賑やかな露店が目に入った。

 夕暮れの時間帯にも関わらず子供たちが群がっているその露店は、細かく仕切りが付いた大きな棚箱にカラフルなお菓子が積まれていた。子供たちはそれぞれ袋を片手にそのお菓子の山から好きなお菓子を選び袋に詰めていく。どうやら菓子の計り売りの店らしい。普段のジンロならこんな所見向きもしないが、今日は不思議とその店に吸い寄せられる。


 子供連れの客が大半の中で大の男が一人というのは傍から見ると怪しげだがジンロ自身は特に気にも留めなかった。ジンロが手に取ったのは子供たちが群がっている箱棚の隅に遠慮がちに置かれていた小さな小瓶。中にはこれまたカラフルな砂糖菓子が詰められていて子供の喜びそうな品だった。だがジンロがそれに目を付けたのは中身ではなく瓶そのものが気になったからだ。お菓子というよりも香水の入っていそうな見た目の瓶は青く透明なガラスで出来ており、その表面には繊細な透かし彫りが施されている。波の文様、花や木々のモチーフ、そして鳥の姿が描かれた小瓶。

 イスカは幼い頃からこういったガラス細工を集めるのが趣味だった。趣味、というより知らずのうちにそういうのを選んでいた様で、本人もおそらく無意識だろう。だがいつも近くで彼女の事を見ていたジンロは、彼女がこう言った手合の物を好む事を知っていた。

 菓子の詰まった子供用の土産とは思えない程精巧な作りのガラス瓶を手にとってジンロは思いがけず笑みをこぼした。


(こんなもの一つで埋め合わせが出来るとは思えないが)


 少なくとも気にいってはくれるのではないかと、そう思った時、


「……なに、あんたそんな少女趣味があったの?」


 露骨に不快そうな声が背中に降りかかってジンロは驚いた。振り返るとそこにはあからさまに引いているフィオナが立っている。


「―――!?お前、何でここに!?」


 思わず手に持っていた小瓶を取り落としかけて慌てて両手で支えた。最後に会ったのが殺伐とした別れだったから全身を強張らせたが、一拍遅れて今の己の状況がとんでもなく間抜けで恥ずかしいものだと悟り、今度は別の意味で肝が冷える。


「何でって……、祭りの散策してたら見かけたからよ。っていうか、あんた、あの後の今でよくそんな呑気で居られるわね。私てっきり彼女連れてこの町出ちゃったのかと思ったじゃない」


 逃げたら追いかけて喰ってやるとのたまった張本人がそんな事を言ってくる。フィオナの方こそあれだけ物騒な事を言っておいて呑気に観光とは、呆れるのはこちらも同じだ。「うるさい」とジンロも不快な気分を隠しもせず吐き捨てると、何故かフィオナはにんまりとしたり顔でにじり寄ってきた。


「で、なに?それ買うの?あんたそういうのが好きなんだ。へぇ……」

「違う!これは俺のじゃなくて―――」

「ああ、例の子へのプレゼント?やっだぁ!かっわいい!!」


 フィオナは腹を抱えて笑い出した。完全にからかわれている、厄介な現場を見られたものだ。ジンロはかっとなって、「うるさい、黙れ」と抗議すると、二人の間に更に不機嫌な声が割って入る。


「お客さん、店の前で騒ぐのはやめてもらえんかね。それ買うの?買わないの?さっさと決めてくれ」


 声をかけたのは店主だった。周りを見れば店主だけでなく店に群がっていた子供たちも皆こちらに注目している。お菓子屋の前で騒ぎたてる大の大人二人、これはとんでもなく恥ずかしい。

 ジンロは慌てて手に持っていた小瓶を戻し退散しようとしたが、それを未だに笑いが止まらないフィオナが遮った。


「買う!買うわおじさん。二つ頂戴」


 フィオナはそう言って、ジンロの手から小瓶を掻っ攫い、さらに別の物をもう一つ店主に差し出した。


「なっ……!?お前!」

「あ、お土産用にラッピングしてね。一つずつ個別に、お金はこいつが払います」


 ジンロは乱暴に肩を掴まれて店主の前に押し出された。目の前には怪訝そうな店主の顔、その瞳がやや気の毒そうに細められると、店主は「あいよ」と短い返事をして小瓶を包装し始めた。

 穴があったら入りたい。言い様のない屈辱を感じたジンロは隣で上機嫌に鼻歌を歌うフィオナを睨みつけ、店主の作業が終わるのを今か今かと待っていた。

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