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第四話 市中凱旋②

(どこに―――!?)


 殺気がほとばしったのは頭上からだ。確認する暇もなくジンロは後方へ飛んだ。その直後先ほどジンロがいた場所にズンと重い一撃が下される。地面に広がっていた血が跳ね辺り一面に血が舞った。


 そこにいたのは女ではなかった。暗闇で瞳孔をぎらぎらと漲らせる肉食動物。しなやかな肢体と艶やかな毛並みを持つ―――虎だ。


 虎の咆哮が辺り一帯に響き渡った。表の道にも聴こえたらしい、突然の虎の鳴き声に悲鳴が上がる。


「おい、今なんかでかい鳴き声がしなかったか?」

「やだ、近かったわよ!」

「まさかどっかから猛獣が逃げ出したなんてことは―――」


 ―――やばい。


 ジンロが危惧したがもう遅かった。勢いよく躍りかかってきた虎はジンロの身体を押し倒し、その勢いで暗い路地裏から、祭りで賑わう大通りの真ん中へと突き飛ばされる。何とかジンロはその鋭い爪と牙を羽と風で防いだが、人々の視線からは逃れられなかった。

 甲高い悲鳴が上がれば、パニックは瞬く間に大通りに伝播した。突然現れた虎と翼を生やした男、そこにいた一般人は我先にと逃げ出す。悲鳴と怒号が混濁し、露店の方では何かが倒れる音や割れる音が聴こえて来た。


「―――っ、フィオナ!何のつもりだ!!」

《何って虎が獲物にじゃれちゃいけないのかしら?》

「ふざけるな!こんな所で姿を晒してどうなるかわかってるのか!?」

《あははっ、いいじゃない。祭りっぽくて》


 フィオナのおどけた笑い声が聴こえる。実際に周囲に聴こえるのは虎の唸り声で、腹をすかせた獣の鳴き声に人々はますます怯え逃げ惑う。


《それに私とあんたじゃ間違いなくあんたの方が目立ってるわよ》

「っるせえ!誰のせいだと思ってんだ!!」


 見ようによってはじゃれているようにも見える虎の猛襲を交わしながら、ジンロは出来る限り周囲への損害を抑えるため大きく跳躍し空へと逃げた。

 足元でまたしても大きな悲鳴が上がる。下を覗くと驚愕した顔でこちらを指差す人々の姿があった。―――誤魔化しようもなく、目立っている。


(くそっ!!これだからこいつには会いたくなかったんだ!!)


 ジンロは頭を抱えたくなった。だが今立ち止まるわけにはいかない。後ろを追ってくるのは凶悪な肉食動物、立ち止まれば喰われる―――死だ。


《あははっ、待ちなさいよ!》


 無邪気な声がジンロを追ってきた。ジンロは空中を飛んでいるにもかかわらず、虎はしなやかな動きで屋根の上に登りその間合いを詰めてきた。

 速い。機動力も跳躍力も、その身体能力の全てが狩りに特化した獣だ。対してジンロはただ空を飛びまわるだけ。いくら空に逃げようとこの猛獣に対するプレッシャーは尋常ではない。

 それでも何とか虎の届かない所まで逃げようとした時、焦げ臭い匂いが鼻に付いた。


(やべっ……、来る!)


 虎に捕まらないようにと極限まであげていた高度を勢い良く下げた。建物のはるか上空を飛んでいたのを軌道修正し勢い良く三階建ての建物の屋上に着地。その瞬間、頭上で空気が爆ぜた。先ほどまでジンロが飛んでいた高度に発射されたのは巨大な火柱。ゴオッという音と共に凄まじい風圧と熱が放たれ、夜空が一瞬明るくなった。

 放ったのはジンロを追いかける虎だ。牙が覗く口元からプスプスと煙が上がり燻っている。


「こんな街中で能力を使うな!」

《あんただってさっき能力で人殺したでしょ!あんたに言われたくないわよ!》


 言い争いをしながら、ジンロは縦横無尽に飛び回り放たれる火柱をかわす。火が発射される度に夜空が照らされ、下界の民衆から悲鳴と歓声が湧きあがった。

《見てよ、私たち劇団の客寄せか何かだと思われてるわよ!》

「―――っ、冗談じゃない。こんな物騒な客引きがあってたまるか!!」


 炎の猛襲は容赦がない。あたれば即座に消し炭、かわすのは勿論の事逃げ方を考えなければ周囲を巻き込みかねない。

 厄介だ。メルカリアでビルと対峙した時以上に、この女とやり合うのは苦しい。


 だが、その苦難も長くは続かなかった。いつまでも逃げ惑うジンロに業を煮やしたフィオナがいっとう高く跳躍した。ジンロが逃げまどい高度を下げていたところを見計らって思い切り飛びかかってきた。


 ―――しまった。


 体勢を立て直そうと大きく跳躍しようとした先にあったのは、ジンロが設営していたサーカスのテント。ただし、仕上げのシートが被せてないため骨組みがむき出しになっており、足場は未完成のままだ。


「――!!」


 高度を上げるための踏み切りも出来ず、勢いよく鉄柱に突っ込んだ。ガラガラと耳を劈く音と共にジンロは設営の足場に勢いよく転がった。全身を打ち付け痛みに呻く。更にそこに追ってきた虎が躍りかかり、ジンロを下敷きにして拘束する。虎に手足を抑えつけられ完全に動けなくなったジンロは今度こそ、捕食される獲物の気分を味わうこととなった。


《チェックメイトね》


 眼前で虎の牙が光る。頭ごとパクリと飲み込まれそうな程大きな口を開けて猛獣が迫る。


《腐れ縁のよしみで頭からバックリいってあげるわよ。苦しまずにすむわ。―――それじゃあね》

「―――っ!!」


 その頑強な顎がジンロの頭を噛み砕くという死のリアルな想像が頭によぎった瞬間、ジンロは翼を閉じると全神経を己の心臓に集中させた。

 刹那、噛みつかんとしていた虎の身体が勢いよく後退する。何かに押し戻された反動で虎が元の女の姿に戻った。優勢だったはずのフィオナは肩を押さえ荒く息をしている。彼女は目の前に打ち据えられた獲物であるはずのジンロを汚らしいものを見るような目で睨みつけた。


「……やっとその気になった?相変わらず気色悪いわね、その姿」


 拘束から解放されたジンロはゆっくりと身体を起こす。自身でも制御しきれなかった急激な変化に全身がずしりと軋む。重量が増したためか身体が異様に重い。

 立ち上がったジンロの胸からは放射状に脚が生えていた。鳥の鍵爪の形をした鋭利で巨大な脚、それがジンロの心臓部を中心に幾本も伸び、一つ一つが意思を持つ生き物のように蠢いている。鳥の脚にしては真っ黒なグロテスクな異物で、関節の造りもおかしくあちらこちらにひんまがっていた。

 胸に突出したそれはそのままジンロの身体に吸い込まれ背面の方に移動した。背中に広がるのは金と虹色の翼ではなく、どす黒くぬめった奇怪な脚。その様は鳥というよりもむしろ蜘蛛や百足の姿に近かった。


「猿の右手が一番反則だと思ってたけど、あんたのそれも相当いかれてるわよね。心臓から身体を生やすなんて気持ち悪いにも程があるわ。うでならまだ許容できるけど」

「火を吐く虎も大概だと思うがな」

「うるさいわね。大人しく焼き鳥になってればよかったのよ」


 お互い苦い顔をして嫌悪を露わにする。

 正直なところ異形の度合いでいえばどちらもお相子だ。見境なく暴れ人を襲い喰いまくるフィオナも、奇形の姿を持ちあっさりと人を細切れにするジンロも。

 自分たちが何者なんてとっくにわかっている。化け物だ、ジンロもフィオナもどちらも等しく化け物だ。

 だからこそ嫌悪する。己を映す鏡を見て、醜い姿を映すそれを嫌う。


 ジンロが動くと背から生えた脚がぎちぎちと音をたてて動き出した。脚を伸ばすとジンロの全長より数倍も長く膨れ上がり、尋常ならざる速度と強度で目の前の獲物を捕らえんと迫る。形勢は逆転、その鍵爪でフィオナを捕らえ串刺しにすることなど容易だ。勿論フィオナだって黙って殺されるつもりはないだろうが。

 フィオナはもう笑ってはいなかった。先ほどよりやや切迫した表情で脚をかわすと周囲にあった支柱のてっぺんに着地した。いつもの気だるげで人を馬鹿にするような表情ではなく、鋭い―――まるで彼女の爪と牙そのものの様な眼光でこちらを見下ろしている。


「呆れた奴……、そんなにお姫様に近づかれるのが嫌なの?」

「……」

「化け物だとわかっていながら、まだ何も感じないの?私たちが本来万物の奏者レーディンレルに対して何をしてきたのか、これまで彼女らがどんな運命を辿っていったか」


 フィオナの瞳には呆れと一抹のやるせなさ、彼女には珍しい憂いた顔だった。


「わかってるさ、そんなこと、もうとっくに」

「わかってないわよ。……それに、そんなこと言ってあんたまだ心のどこかで悩んでるんでしょ?その子と一緒にいるべきかどうか。―――ひょっとして、食べるか食べないかも悩んでるのかしら?」


 その瞬間ジンロの脚の一本がまたしても素早く動いた。フィオナの顔面を抉ろうと俊足で迫るが、あっさりと躱される。いつの間にかフィオナの姿は消え別の支柱からけたけたと笑う声がした。


「ホント、マジになっちゃって余裕ないんだから」

「―――っ、フィオナ!てめぇ殺す!」

「やだ、怖い。あははっ」


 再び人を小馬鹿にした笑みに戻ったフィオナは軽やかな身のこなしで頭上に走っている鉄線の上を歩く。サーカスの綱渡りの様に華麗に舞うように。


「今日のところは帰るわ。でも忘れないで、私だって万物の奏者を愛しているんだから」

「……」

「愛しているから、食べたいの。傍にいてその恩恵を貰いたいの。ずるいじゃない、あんただけなんて」


 子供の様に無邪気でも、言っていることは凶暴で狂っている。


「……また会いに来るわ。今度はお姫様とも会わせてね。だから絶対にこの町から出るんじゃないわよ。もし出て行ったら……、その時は問答無用であんたたち二人を噛み殺して喰ってあげるわ。―――御馳走様、それじゃあね」


 最後にフィオナは気さくにウインクすると、颯爽と夜の町に消えて行った。

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