第四話 市中凱旋①
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「この子、術師だったんですって?魅了の術……か、ふふ、術師を食べられるなんて本当に何年ぶりかしら?」
そう語りながら、フィオナは辺りに散らばっていた男たちの肉片を美味しそうに口に運ぶ。血の海の中で、それはそれは愉しそうに『食事』をしている。
「術師って普段隠れ住んでるからなかなか捕まえられないのよねぇ。こうして労せずしてご馳走にありつけるなんて、今日は本当にラッキーだわ」
女は先ほどから一人で喋っていた。一人で喋って、一人で喰っている。自由奔放で自分勝手、相変わらずいい意味でも悪い意味でも変わり映えのしない女だった。
虎の王、フィオナ=スペント。獣王の一人で、獣王一の暴食悪食。特に若い男が好きで手当たり次第に殺しては貪っている凶暴な女、その上好戦的で気に食わなければ敵だろうと味方だろうと手にかける。
ジンロは昔からこの女が苦手だった。我儘で傲慢な彼女に何度振り回された事か気がしれない。
「一応聞いておくがフィオナ、ここ最近この町の若い男が失踪しているという件はお前は無関係なのか?」
「何よ藪から棒に……。んー、そうね。ここにきてから一人食べたけど、それだけよ。ちゃんと後始末もしたし」
どうやら失踪事件の一部はこの女の仕業のようだ。だが、フィオナとは別に数人の若者を攫っていたのは今やフィオナの腹の中に収まってしまった男。彼女はドレーフの様な手合の人間と手を組む事は無いだろうから偶然重なっただけだろう。
「じゃあどうしてこの町にいるんだ?まさか観光なんて言わないだろうな?」
ジンロは率直に尋ねた。口元を真っ赤に染めたフィオナが不思議そうに首をすくめこちらを向く。
「どうして、って。兎に聞いたからよ、万物の奏者が見つかったって、だから探しにきたの」
「―――!」
ジンロは戦慄した。やはりリマンジャの予想は正しかった。万物の奏者が現れたと知って、欲望に忠実なこの女なら真っ先に駆けつけるはずだと。
ジンロの緊迫した様子にフィオナはにやりと口角を上げる。掌に付いた血を舐めながらフィオナは子供の様に無邪気に笑った。
「本当だったのね、あんたが万物の奏者を独り占めしようとしているって」
「そんなつもりはない。そもそもあいつは俺たちの餌じゃない」
「あら?本気で食べないつもり?」
いつの間にかフィオナの顔が眼前に迫っていた。血生臭い空気を纏ったまま、真っ赤に染まった唇を妖艶に歪めジンロを壁際に追い詰める。ジンロよりもはるかに小柄な女だが、本能的恐怖を煽る。
彼女は虎で、自分は鳥だ。同じ獣王とは言え、捕食するものとされるものの絶対的な差がある。
「今更なにをいい子ぶってるのよ?らしくないわよ、鳥の王?」
「っ!」
「それともなぁに、その子そんなに似てるの?あなたの大好きだった―――」
言い終わる前にフィオナの身体に風が切り詰め纏わりついた。その華奢な首に空気の刃がぴったりと吸い付き鮮血が垂れる。
「それ以上言ったら殺す」
「―――ふふっ、相変わらず青いわね」
今にも首を切られそうになっているにも関わらず、女は愉しそうだった。余裕が無いのはジンロだ。目の前に居座る猛獣に攻められているのは自分だ。
「ねぇ、その子この町にいるんでしょ?会わせてよ」
「断る」
「つれないわね、ちょっと位いいじゃない。会ってすぐ食べたりなんかしないわよ、私」
「信用できるか、暴飲暴食ゲテモノ喰らい。食に関しては他の誰よりもお前が一番信用できない」
ジンロがきっぱりと断言すると、「ひどいわ」と傷ついた様に目を背けた。勿論そんな表情もポーズだという事くらい長年の付き合いでわかっている。
「つまらないのよ。物足りない、やっぱりたまには美味しいものが食べたいわ」
「だったらもっと若い男とっ捕まえて喰ってろよ。あいつには手を出すな」
「あら、随分喰い下がるじゃない?まるで彼女を守る騎士みたいね」
おどけて言うがその言葉にはひどく鋭利な棘がある。的確にジンロの痛い部分を付く凶器が潜んでいる。
血に濡れた冷たい指がこちらに伸びてきた。避けたいのに避けられない。フィオナの指がゆっくりとジンロの頬を撫で唇をなぞった。触れられた部分はきっと彼女と同じように毒々しい赤で彩られている。
目の前にいる人を喰らう獣と同じ色に染まっている。
(―――っ)
ジンロの心臓がまたしても鉄の様に重くなり、同時に強く鼓動を打ちならした。ガンガンと身体を叩く度に、瞼の裏に大切な少女の姿が浮かび上がっては消えていく。
「今更寝返るなんて何のつもりかしら?懺悔?そんなの無意味なのに」
「……」
「本当に守れると思ってる?その子の命を一番脅かしているのは誰なのかしら?」
「―――ろ」
「あんたは何から彼女を守ろうとしているの?私から?それとも――」
「やめろ!!」
今度こそフィオナに突き付けていたかまいたちが彼女の細い首を掻き切ろうと唸った。だが、フィオナはそれよりも先に己の腕を払ってそれを霧散させる。他愛なく弾けた風の刃が少しだけ血の匂いを払拭させて消えていった。
「やっぱりあんたっていつまでたっても馬鹿よね。―――目を覚まさせてあげた方がいいかしら?」
「なんだと―――」
言い返そうとした時強烈な殺気がジンロを貫いた。本能的に身体を捻ってその殺気から逃れたのと、ジンロが寄り掛かっていた壁に一閃が走ったのがほぼ同時。獰猛な猛獣の爪の餌食になるのを辛くも逃れたジンロは、すぐさま体勢を立て直した。生命の危機に背中の翼が広がる。知らずのうちにジンロの心臓は尋常じゃない速度で脈打っていた。
「私たちが何者なのか。脳みそ空っぽの鳥頭にもわかるように教えてあげるわ」
フィオナの指先には鋭利で凶暴な爪が光っていた。華奢な手に似つかわしくない、獲物を貫き肉を削ぐための大きな猛獣の爪。残忍な笑みを浮かべるとその口元からギラリと光る牙が覗いた。瞳孔の細い金褐色の目、その猛獣の目が光った瞬間、その姿が忽然と消えた。




