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第三話 そしてまた、二人の旅①

 イスカはまたしても夜の空を飛んでいる。こうしていると初めて外に出た時のあの夜の事を思い出す。

 違う点と言えば、イスカは人型の姿のジンロに横抱きにされている事と、何故かジンロは何も言わずに黙ったまま空を飛んでいる事だ。


「ジンロ……、どこまで行くの?」

「……」


 ジンロは答えない。暗がりの中で、ジンロの羽だけが美しい光を放っている。その光に照らされてぼんやり見えるジンロの表情は、……やはり不機嫌そうだった。


 やがてジンロは高度を下げ、森の中に生えていた一番大きな木の上にとまった。慣れた動作で木の幹を滑り降りると、人一人が余裕で腰を掛けられる幹の上にイスカをそっと降ろした。周囲は葉で覆い尽くされカーテンのようだ。その隙間から星空が見える、見たこともない光景だ。

 ジンロは座り込むイスカの前に立った。もう翼は消えている、けれどもそのシルエットがなぜかおどろおどろしく感じて、イスカは思わず息を呑んだ。


「―――わかったか?」


 低くて堅い声がした。イスカを責め立てる声だ。

 何のことかわからずイスカは首をかしげる。


「こういう人里離れたところに住む人間っていうのはな、余所者との接触が少ない。だから年頃の息子や娘なんかがいる場合、余所者を捕まえたらなんとしてでも逃がさないようもてなして、時には強硬手段に出る」

「―――何の話?」


 イスカが尋ねると、ジンロは暗闇でがっくりと肩を落とした。


「だから―――配偶者探しだよ」


 そこまで言われて、ようやくイスカにもぴんときた。つまりあの家族は、兄弟たちの結婚相手を常々探していて、そこに偶然イスカが訪れたものだから無理やりにでも嫁にしようとしたのだ。


「な、何で私!?」

「そりゃあ、ここを通りがかったからに決まってるだろ」

「それだけ!?」


 イスカは愕然とした。


「そんな……、こっちの意思は関係ないの?向こうの好みとかは!?」

「そんなもの関係無い。子を産むための丈夫な体と器量があれば、あいつらはそれで十分なんだ。後は、機嫌を損ねないように持てはやしてその気にさせる。それでも拒絶するようなら既成事実を作って外堀を埋める」


 と言う事はさっきの彼らの横暴は外堀を埋めるための強硬策か。あのままあそこに留まっていたら何をされたかと思うとぞっとする。


「いっ、いくら家のためでも、あそこまでしていいの!?」

「一昔前までは当たり前のように横行していた事だ。田舎や地方ではまだ日常的に行われている常套手段。逃げられるうちに手を引かないと、流されてあれよという間に嫁になってる」


 話を聞くに彼らは決して突出して狂っているわけではなく、本来ならばいい人たちなのだろう。だが嫁を得るためにイスカにとっては気が狂っているとしか思えない暴挙に出たというわけだ。


「信じられない……」

「まあ、堂々とやれば犯罪だな。やり口だけ見れば人攫いとなんら変わらない。だから奴らも標的を選ぶ。故郷を離れて一人でうろうろしている奴なんか絶好の的だ」


 イスカは顔があげられなくなった。目的地もなくふらふらと旅をする年頃の娘。まさに彼らにとって願ってもない獲物じゃないか。

 わかったか、とジンロはもう一度責めるように問うてきた。イスカも今度は素直にうなずいた。


「……ひょっとして、今までジンロが人間の姿でついてきてたのもそのため?」

「……まあな、それだけでもないけど」

「夫婦だって言われて否定しなかったのも?」

「……」


 夫婦だと思わせておけば、今回のような間違いは絶対に起こらない。今にして思えば、ジンロがいつも宿の提供者に選ぶ人たちは、皆夫婦だけの家で年頃で独身の男はいなかった。あえてそういった家を選んでくれていたのだとしたら―――。


「―――おい、泣くなよ」

「泣いてない」


 強がりでもなんでもなく、イスカは泣いていなかった。顔を伏せているのでジンロには見えないだろうが。


「泣いてない……けど、へこむ」


 ジンロの気遣いや配慮にも気づかずに怒って、自分はあっけなく罠にはまる。無様もいいところだ。確かにジンロの言うとおり、イスカは何もできない世間知らずの小娘だ。


「ごめん、ジンロ。……ごめんなさい」


 先ほど言えなかった謝罪を改めてちゃんと口にする。今度はちゃんと声に出して言う事ができた。


「……もういいよ、お前が無事なら。……俺の方こそ悪かった」


 ジンロが目の前に屈みこんだ。その手がイスカの髪や頬を撫でる。


「怖かっただろ」

「……怖くない」

「嘘つけ、震えてたじゃねぇか」


 抱き寄せられた時にイスカの身体が震えていた事はとっくにばれていたらしい。本当になんでもお見通しでずるい。でもしょうがない。だって相手はジンロなのだから。イスカの事をずっと隣で見守り続けてきた人なのだから、今更取り繕っても仕方ない。


 そう思うと少し気が楽になった。無理やり気持ちを切り替えると現状目下の問題に目を向ける。


「……それで、これからどうするの?もう日沈んじゃったし、今から宿捜すの?」

「いや、今日はもうここで寝る」

「え?ここで……?」


 イスカは周囲を見渡した。今イスカたちがいるのは大木の幹の上。確かに人一人なら横になれるほど大きな幹だから休もうと思えば休めるが、寝台と比べれば寝心地は頼りないし何より落下の心配がある。恐る恐る下を覗き込むと地上まではゆうに五メートルはありそうだ。


「落ちない……?」

「安心しろ、落とさない」


 そう言うや否やジンロは狭い幹の根元に座り込むとその懐にイスカを引き寄せた。イスカがびっくりしている間に、イスカの身体はジンロの腕の中すっぽりと収まった。ジンロはイスカの鞄の中から折りたたんだ毛布を取り出すと、それでイスカごと身体を包む。


「!?!?」

「これなら安全だろ。虫とかいるかもしれないけど、まあ我慢しろ」


 イスカはまたしてもパニックだ。気が付けば目の前にジンロの胸板があって、ジンロと共に毛布に包まれている。


(えっ、まさかこの状態で寝ろっていうの!?)


 落ち着かないと言うより、恥ずかしい。こんなに身体を密着させた状態で寝ろだなんて無理難題だ。だが、ジンロの方は全く動じず、イスカをしっかりと抱えていて放そうとはしない。


「ッ……!ジンロ、や、やっぱり放して……!」

「なんでだよ?落ちるぞ」

「お、落ちるとかそういう問題じゃなくて……!」


 軽く抵抗をするものの、ジンロの腕の力は緩まない。それどころかますます強くなって、イスカを拘束する。暴れるイスカにジンロは深いため息をついた。


「……俺が寒いんだよ」

「えっ、寒い?」

「そう寒いの、だからひっつかせろって」


 明らかにそんな風には見えなかったが、確かに夜気に触れた頬はひんやりと冷えていた。身体はジンロの体温と毛布のおかげで冷えていない。イスカも暴れるのをやめ少し冷静になった。

 

 冷え込む夜の森、狭い足場、毛布は一つ。……選択肢はこれ以外にない。


 わかった、と短く言うとイスカは素直にジンロに身体を預けた。一度観念してしまうと、意外な事に気恥ずかしさはすっかり無くなり、むしろ心地よくなってくる。

 ここは寝台ではなく掛け布団も枕も無い。狭くて固い幹の上でちゃんと横になっているわけでもない。それなのに、これまでのどのベッドよりも心地よく身を委ねられる。こんな感覚、以前にもあった。


(そうだ、あの時―――)


 あれは、メルカリアで初めて人型のジンロと邂逅した時のことだ。ビルの鱗に犯されて意識が朦朧としていたイスカを温かな光が包み込んだ。あの時、イスカは揺り籠の中にいる様な安堵を感じていた。今感じるのはそれと同じだ。

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