第二話 一人と一匹の旅②
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ディータ達の家は森の茂みに入ってしばらく歩いたところにあった。こじんまりした質素なロッジ、まさに森の中の家と言うにふさわしいものだ。
家には彼らの両親がいた。息子たちが見知らぬ少女を連れてきたと知ると、彼らは途端に顔を輝かせて木材加工の作業を放り出しイスカの手を取り握手を求めてきた。
「まあ、あなたたち!こんな可愛らしいお嬢さんを連れてくるなんて!こうしちゃいられないわ!待っていて、すぐにおもてなしの準備をするから」
「おい、お前たち!何をぼさっと突っ立ってるんだ。早くその小汚い服を着替えろ、お嬢さんに失礼だろう!」
夫婦はバタバタと準備をはじめ、三兄弟は慌てて部屋の奥へと引っ込んだ。当のイスカはと言うと、予想外の熱烈な歓迎に逆に呆けてしまい、勧められた椅子に座ってぼんやりとその様を眺めているのだった。
テーブルの上には相変わらず不機嫌そうなジンロがいる。イスカに背を向けたまま、それでもイスカからは離れない。
「綺麗な鳥ね。あなたのペット?」
とりあえず、と紅茶とクッキーを持って来た夫人がジンロを見てそう言った。イスカが頷くと、「彼にも木の実をあげなくちゃね」と、上機嫌で台所に消えていった。
ペット。この姿ならジンロの事をそう言えるし説明も楽で単純だ。今は少し主に反抗的なペット、それ以上のなんだというのだ。今のイスカとジンロにとって、やはりそれが正しい関係なのだ。イスカは微動だにしない虹色の尾羽を眺めながらそう思った。
日が傾き始めたころ、イスカの前にはたくさんの料理が並べられる。夫人自慢の山苺のソースを使った煮込み料理をはじめ数種類のメイン料理に焼きたてのパンやサラダ、デザートにはタルトやプディングまで。招待客が一人のおもてなしにしては随分な量の食べ物が並べられていた。どれも美味しかったし、お腹もすいていたのでイスカは遠慮なくいただいた。勿論傍にいるジンロにも小さな木の実を配合した餌がおかれたが、ジンロは一切手をつけようとはしなかった。
主人からワインも勧められたがそれは丁重にお断りした。だがその代わりにと言って、大量の紅茶が振舞われる事になった。ここ数日他人の家に厄介になっていたが、ここまで仰々しく迎え入れられたのは初めてだ。そんなに旅人が珍しいのだろうか?イスカは先刻橋の上でも思った事をもう一度思い返す。
そんなイスカの目の前には清潔な麻のシャツとスラックスに着替えた三兄弟と、何故か詰襟の付いた余所いきの服を着た父親の姿。
「ご馳走になりました。……あの、そういえば宿代の事をお話していなかったのですが、何か手伝えることはありますか?もしくは代金は―――」
「いいんですよそんなものは!私たちはあなたがこんなところまで足を運んでくれただけで十分ですから!長旅で疲れていらっしゃるでしょう?手狭な所ではありますが、思う存分寛いでいって下さい」
やけに下手に出られるので、イスカも恐縮してしまった。ディータから誘われたとはいえ本来お願いするのはこちらの方なのに、何故か家主の方がイスカに感謝してくれる。
随分羽振りのいい人なのか、見た所取り立てて裕福な家庭には見えないのだが。そんな事を思いながら食後の紅茶を啜る。着いた直後に夫人が出してくれた物とは違う独特の味がした。自家製なのだろう、少し野性味があるが悪くない。
イスカの前の席には主人が座っており、その横には穏やかな笑みを湛えたディータ、その隣には兄弟たちが控えている。夫人は台所に引っこみ次に出す果物の準備をしていた。
彼らと話す内容と言えば、イスカの名前から出身地などを根掘り葉掘り。別に隠す事でもないので、当たり障りのない程度に話し続ける。なんだか面談を受けているみたいだ。
「ほう……、メルカリアからですか。それは遠い旅ですな。災害の事もお聞きしております、奇怪な現象も起こったとか。さぞ苦労なされたんでしょう?」
「いえ、災害の事は……、それなりに混乱はしましたが、今はそれほどでもありません。旅もそれとは無関係の個人的なものですから苦痛ではありませんよ」
先ほど息子からも尋ねられた事をもう一度心配された。どうやらビルの襲撃は詳細を知られずとも広く噂になっている。巨大な化け物が現れたというのは、騎士団によって隠ぺいされているようだが民衆の耳にも少なからず届いているらしい。
「いやはや、大変な目に遭われたというのにしっかりしたお嬢さんだ。故郷では何をされていたので?」
「教師です。私塾をしていまして―――」
「先生!それは立派だ。聡明な方なのですなぁ」
あまりに感動されるのでイスカは「はぁ」と苦笑を返すしかなかった。
なんだか凄く疲れる。主人にはちょっとしたことでいちいち驚かれるし、ずっと黙っているディータは穴が空くほど見つめてくるので視線が痛いし、隣の兄弟たちもこちらを見ながらひそひそと耳打ちをしている。
橋で出会った時の彼らの印象は決して悪いものではなかったはずなのだが、今はついてきてしまった事を後悔していた。
質問攻めに遭うイスカ。いつしか美味しいと思っていたはずの紅茶は味気のないものに変わっていく。こんな風に宿泊先の家主とお茶をしながら世間話をするのは初めてではないのに、何がこんなに苦しいのか。
「―――どうしました?」
急に黙り込んだイスカを心配したのか、主人が怪訝な顔をした。イスカは慌てて顔を上げ、なんでもないと誤魔化した。




