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エピローグ 鳥籠の外へ

 町に戻ってからしばらくは、イスカは猫の手も借りたいほどの大忙しだった。ビルが暴れたせいで下町の一部が全壊し、その修繕に追われていたのだ。その中心地がイスカの家の近辺だった事もあり、当然被害が一番大きかったのはそこだった。


 帰ってきたイスカを一番に出迎えてくれたのは、パジャマ姿で髪を振り乱した、でもとても元気なシャロンだった。


「シャロンさん!無事だったんですね!」


 イスカが涙交じりにシャロンに飛び付くと、シャロンも感極まったかのようにイスカをぎゅっと抱きしめ返した。


「それはこっちのセリフだよ、イスカ!私たちは最初に地震が起こった時すぐに家を飛び出したんだ。でも、避難した先にあんたの姿がなくって……!ごめんよイスカ……!私はあんたを置いて逃げ出しちまったんだって、そう思って……ああ!無事でよかった!」


 そう言ってシャロンもわんわんと泣きだした。

 イスカの家もシャロンの宿も当分は住む事が出来ない程破壊されていた。近隣の住人宅も皆そうだ。もしかしたら、逃げ遅れて犠牲になった人もいるかもしれない。

 けれどもこうして生きてまた会えた人もいる。それは嘆く必要のないことだ。


 それからしばらくは町の復興にかかりっきりだった。瓦礫の撤去や建物の修繕、町内の人々と協力してイスカは一日でも早く町が元通りになる様に努めた。


 その間、色んな人がイスカの元にやってきた。例えば子供たち。


「先生……!無事でよかった……!!」

「せんせー、こわかったよ……!」


 家の修復をしていると集団で子供たちが押し掛けてきて、後は泣き声の大合唱だった。生徒は皆無事だった。その事にひどく安堵して、イスカも彼らと一緒に少しだけ泣いた。


 それからフェリシアもやってきた。あの夜、郊外の婚約者の家に滞在していて事なきをえたフェリシアも、ずっとイスカの事を心配してくれていたらしい。

 顔を合わせて早々、フェリシアは半泣きでイスカに怒鳴った。


「馬鹿!毎回毎回なんであんたはもっと早く連絡寄越さないのよ!!ずっと心配してたんだからね!」


 最後の方は涙声でぐちゃぐちゃで聞き取れなかった。イスカはフェリシアの肩を優しく抱いて宥めてあげた。


 それから、もう一人。


「―――イスカ」


 固い声がして振り向くと、そこには騎士の服装ではないローレンスの姿があった。まだあちらこちらに包帯を巻いているが、顔色は良好でもうすっかり動けるようになっていた。

 すっかり以前のローレンスだ。―――たったひとつ、空虚になった右腕を除いては。


「騎士は辞めたよ」


 休憩の合間に城壁の方まで一緒に出歩いていると、ローレンスはぽつりとそう切り出した。

 イスカには何も言えなかった。隻腕では今までの様に剣を振う事は出来ない。彼の騎士として昇進する夢は潰えてしまったと思うと悔やみきれない。

 だが、ローレンスはそんなイスカに対して呆れた様な顔をした。


「あのな……、言っただろう?お前が気に病む必要なんかどこにもないと。これは俺の落度だ、俺がもっと強ければこうはならなかっただけの話だ」

「でも……!」


 でも、何と言えばいい?たとえイスカのせいではなくたって、イスカには何も言えない。慰めの言葉も同情の言葉も、何もかも。

 するとローレンスはふっと笑った。


「騎士の道は諦めたが……、出世の道を諦めたとは言ってない」

「えっ…?」


 ローレンスの表情は決して絶望に彩られてなどいなかった。むしろ生き生きしている。まるで子供の頃に戻ったみたいだ。


「リマンジャ閣下から話があってな。少しやりたい事があるから俺を駒として使いたいそうだ」

「リマンジャさんから……?」

「ああ、異国とはいえ宰相直々の推薦だ。詳しい事はまだ聞かされていないが、あの人は俺の命の恩人だし、片腕で何ができるかわからないが、とことんやってみようと思ってるよ」


 ローレンスは不安など感じていない。その表情を見てイスカが思う事は、やはり彼はイスカが憧れて続けたローレンス=マクミランその人なのだ、という事だ。意思が強くこれと決めた事には迷いなく立ち向かう野心家、その強さは際限がなくイスカには無いものをもつ憧れの人。

 と、これまでのイスカならそう思っただけなのだろうが、


「……あなたって意外と後先考えない無鉄砲屋なのかもね。……あと諦め悪すぎ」


 ローレンスの話を聞いて出てきた純粋な感想はそれだった。するとローレンスも腹を抱えて笑い出した。


「そうかもな」「そうよ」


 そう言い合って二人は久々に笑いあった。

 その数日後、ローレンスはメルカリアの街を出て行った。特に挨拶を交わす事も無く、ローレンスは去っていった。それでいい、いつかまた会える。以前と違ってイスカには確信があった。


 ◆

 それから更に数日が過ぎた。全て元通りになるのはまだ当分先だが、ようやくいつもの街並みに戻り始めた頃、ローレンスが出て行った城門の前に同じように立っていたのはイスカだ。その周りにはイスカを取り囲むように、イスカの知人たちが集まっている。


「シャロンさん、家の事頼みます」

「…ああ、任せておいて。あんたのお婆さんの家は私がちゃんと守ってあげるからね」


 そうしてシャロンと抱擁を交わした。祖母が亡くなってから、実の母親の様にイスカの事を気にかけてくれた人だ。ただの隣人であっても、この人に救われた事も数知れない。


「ごめんねフェリシア、本当ならあなたの花嫁姿、見ておきたかったんだけど」

「ほんとよ、私の一世一代の晴れ舞台を見逃すなんて、イスカは馬鹿だわ」


 つんとそっぽを向いて強がりを言うフェリシアだったが、その目はやはり涙ぐんでいる。イスカはそんな彼女を抱きしめると優しく告げた。


「今度は母親になったあなたの顔を見に来るわ。その時は――また一緒に出かけてくれる?」

「―――ッ!当たり前じゃない!」


 フェリシアは力強く抱擁を返してくれた。もうすぐお嫁に行くのに、やっぱりフェリシアは子供の頃と変わらなくて、きっと次に会った時もこうして元気な姿でイスカを迎えてくれるんだろうな、と心の中で呟いた。


 大人たちとの別れが終わると、


「本当に行っちゃうの……先生?」

「まだ僕たち卒業してないよ」


 子供たちはもうすでに泣きじゃくっている。イスカは子供たちの前にしゃがみこむと、一人ずつ順番にその頭を撫でていった。


「ごめんね、皆が卒業するまではここにいるって言ったのに。先生嘘ついちゃった」

「そうだよ!だから先生ここにいてよ!僕今まで以上に勉強頑張るから!」


 ベンがイスカに抱きついて来る。それを皮切りに、子供たちが一斉にイスカに飛びついて来た。嬉しいけれどさすがにこれは苦しい。苦笑いしながら、それでもイスカは子供たちを一人一人宥めてやる。


「大丈夫、もう私がいなくても立派にやっていけるわ。皆いい子だもの、きっと素敵な大人になる。だって先生の生徒なんだから」


 子供たちは泣きながらうんうんと頷いた。けれどもしばらくの間泣きやまなかったので、出発の時間は大幅に遅れてしまった。


「それじゃあ、行ってきます!」


 子供たちも落ち着いたところで、イスカは改めて見送りに来ていた人達に頭を下げた。

 イスカが手を振ると、子供たちもまだ少しぐずりながら精一杯手を振り返してくれた。その他の大人たちも、皆一緒に。

 イスカはその光景をしっかりと目に焼き付け、城門から一歩を踏み出す。門を抜けると、広がるのは草原の中に続く一本道。空気がガラッと変わった様な気がして、イスカは大きく深呼吸をした。


 そんなイスカの後方で、彼女を見送っていた者たちが口を開く。


「でもイスカちゃん、大丈夫かしら……?突然町を出て旅に出るって言いだして……。一度もメルカリアから出た事なかったんでしょ?一人じゃ心配だわ……?」

「最近はどこも物騒だからねぇ、女の子一人で…危ない目に遭わなければいいけど……」


 おろおろと話をする大人に対して、フェリシアがふふっと笑みを漏らした。


「心配しなくても大丈夫ですよ皆さん。だって、あの子一人じゃないもの」


 言葉の意味を理解できない大人たちは首を傾げたが、子供たちは皆一斉に同意する。


「そうだよ!先生には相棒がいるもんね」

「ねー、一人じゃないもん、寂しくないよ」


 フェリシアや子供たちがお互いに笑って頷き合うのを、大人たちは不思議そうに見つめている。そんな彼らの上空を風が切って通り過ぎた。


 風が舞う、その風に待って小鳥の羽が軽やかに落ちていった。

 透き通るような金色に虹色がかった美しい羽が―――




 城門から続く公道を歩いていたイスカの元に風が届いた。その風に乗って一羽の小鳥が舞い降り、イスカの肩にすとんと着地した。


「……どこに行ってたのジンロ?」


 イスカが少し唇を尖らせて睨みつけると、ジンロはふいっとそっぽを向いた。


《べつに、俺にだって色々付き合いがあるんだよ》

「付き合いって何……、鳥同士のコミュニティーとかあるの……?」


 それはそれで少し興味があるが、聞いてもジンロは答えてくれないだろう。


「なら尚更残った方が良かったんじゃないの?私と一緒に来ちゃって、離れたくない人がいるなら別に―――」

「なんだ、そんなに気になるのか?」


 突然耳元で男の人の声がして、イスカは心臓が口から飛び出そうになった。

 肩に乗っていた鳥の姿はいつの間にか消え、すぐ傍ににやにやと下卑た笑いを浮かべる金髪碧眼の男がイスカの顔を覗き込んでいる。


「―――っ!!!いきなり姿変えないでよ!!」

「なんだよ、でけぇ声出すなって」

「ここまだ城壁前なのよ!誰かに見られたらどうすんの!!」


 幸いな事に見送りの人々の姿もすっかり小さくなって見えなくなっている、周囲には誰もおらず多分ばれる事はないだろうが、心臓に悪いのは確かだ。


「で、なに?俺の交友関係気になるの?」

「―――気にならない!いいから鳥に戻りなさい!!」


 顔を真っ赤にして命令すると、ジンロは渋々鳥の姿に戻った。再びイスカの肩にちょこんと足をかけ、イスカの顔と並ぶ。

 その距離が、先ほどよりも近い気がしてイスカは少し落ち着かない。


「ねぇ……、ちょっと顔近すぎない?」

《何言ってんだ、いつもこれくらいだっただろ?》

「そ、そうだけど……って、うひゃ!?」


 イスカの頬にジンロの柔らかな羽が当たって、思わず奇声を上げた。


「こら!離れなさい!」

《なんだよちょっと羽が当たったくらいで……、お前いつも俺に頬ずりまでしてたじゃねぇか》

「そうだけど!前と今とは状況が違うの!!」


 ジンロの正体を知る前と今とじゃ気持ちの持ちようが違う。可愛がっていた小鳥の正体が大の男だなんて知っていたら、べたべたなんてしなかった。


(……いや、もうさんざんしてしまったから遅いんだけど)


 イスカはまたこれまでのジンロとの数々のスキンシップを思い出してしまい、茹でダコの様に真っ赤になって道を闊歩する。この男の件は当分の間は慣れなさそうだ。


《……ばあさんの墓に行ってたんだ》


 しばらく歩いた後で、ジンロが不意に呟いた。一瞬何の事かと思ったが、どうも最初の質問に答えてくれたらしい。


「おばあちゃんのお墓なら昨日二人で挨拶しに行ったじゃない」

《そうだけど……言い忘れていた事があったからな》

「言い忘れていた事?」


 聞いてもよいものかと思ったが、ジンロは躊躇わずに答えてくれた。


《結局イスカを危険な目に合わせる事になってすまない、ってな》


 イスカは目を伏せた。蜥蜴の王の襲来はイスカにとって一つの契機に過ぎなかった。あの一件を通じて、イスカの存在がジンロの同胞にばれたらしい。ジンロの同胞と聞いて最初は何が一大事なのかと思ったが、「蜥蜴の王と同じようにイスカを捕食しに来る輩がいる」という事を聞いて、イスカはこの町を離れる決意をした。また一度、メルカリアの街をあんな風にしたくはなかったからだ。

 長旅にしては随分小さな旅行鞄。旅というより遠足のような風体だが、イスカはこれからあてどない旅に出る。

 行き先の無い、流浪の旅だ。


《ごめんな、結局故郷を離れさせることになって》

「ジンロが謝る事じゃないでしょ、それに……その事がなくったって、私は町を出たと思うよ」


 祖母の想いを知った時、そしてあの地平線から昇る朝日を目にした時、イスカの心はすでに決まっていた。誰に諭されるでもなく自分で決めた事なのだ。

 するとジンロは、妙に真剣な声音で言う。


《イスカ、俺があの町にいたのはお前の傍にいるためだ。俺にはあの町には未練はない、俺の居場所はお前の隣だけだ》

「ジンロ……」

《でもお前はそうじゃない。あそこがお前の故郷だからな、……いつか必ずお前を元の生活に戻してやる。全部片付いたら、またあの家に帰ろう》

「……うん、そうだね」


 帰ろう、祖母が守ってくれたあの家に、―――二人で。


「―――というわけで、まずはお前の行きたいところに連れてってやるよ」

「―――!!?」

「どこに行きたい?こう見えていろんな所渡り歩いてるから、この国の事はそこそこ詳しいぞ」

「だから……!急に人間になるなって言ってるでしょ!!!」


 イスカの怒号が響き渡る。

 こうして一人の少女と一人の獣王は、大切な故郷に別れを告げ、今鳥籠の外へと足を踏み出した。

第一章、これにて完結です。


この作品は、もう一つ投稿している作品が煮詰まっている時に、気分転換に何か違う雰囲気のものをと少しずつ書いていたら形になったものです。とにかく恋愛主体で可愛い女の子を!と思って書いていたらこんな感じになりました。

今回はあまり時代考証とか考えず、『現代ではないヨーロッパ的などこか』のイメージで書いてます。


実は三章の途中まで書いてたんですが、保存していたUSBがぶっ壊れまして……。とりあえず二章までは無事だったので、また随時あげていきます。


ここまで読んで下さった方、ブクマして下さった方に感謝を。

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