第五話 尊い時間②
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子供たちにも手伝ってもらって、サンドウィッチとクッキー、スポンジケーキを作った。それを大きなバスケットに詰め込んで山の方へと向かう。今日はピクニックだ。
こんな風に子供たちと遠出をするのは初めてかもしれない。本当言うとこのご時世であまり褒められた行為ではないのだろうが、今日はとことん彼らのやりたい事をやらせてあげると決めた。
到着した原っぱで元気にはしゃぎまわる子供たちを眺めていると、不安はあるがやっぱり来てよかったと実感する。
「心配しなくてもあいつが来たら俺が追っ払ってやるよ」
隣で同じように子供たちを見ていたスクラが呟いた。まるでイスカの心中を見抜いているみたいだ。
「随分な自信ね。あなたって強いの?」
「一回助けてやっただろ?」
「まぁそれはそうなんだけど……」
力で言えば確かに尋常じゃないくらい強かった。イスカがまったく抗う事の出来ない腕力、それにあの眼力。一瞬化け物かと思ったくらいだ。
「そう言えばあなたちゃっかり混じっちゃってるけど、良かったの?」
「ん?ああ、別に行くあても無いし、子供は嫌いじゃないし。俺がいると迷惑か?」
「ううん、そんな事ないわ」
実際子供たちも驚くほどスクラに懐いていた。子供たちを見てくれるのは凄くありがたいし、何より子供の扱いが上手く、彼らも喜んでいるから止めるつもりなどなかった。
するとスクラは少し嬉しそうに微笑んだ。その笑顔にまたドキリとして、イスカは慌てて目を反らす。何故だろう、頬が熱い。心臓がドキドキする。
(私何照れてるのかしら?子供みたい)
すぐ隣に座るスクラの横顔を覗き見る。濁りの無い蒼い瞳に透明感のある金の髪、それだけ見るとお伽噺に登場する白馬の王子様みたいだけれど、雰囲気というか全体から醸し出されるオーラは全然違う。
「でもよかったな、あいつら来てくれて。お前妙に暗かったから、少しは気分転換になったんじゃないか」
その言葉にイスカは少し驚いた。スクラといる間は塞ぎこんだ姿を見せていたつもりはなかったのだが。それとも初対面のスクラにもわかるほど暗かったのだろうか。
(スクラさんはおばあちゃんの知り合いって言っていたけど、やっぱり違う気がするんだよね)
イスカの事にやけに詳しいし鋭い、まるでイスカの事をはじめから見ていたみたいだ。不思議なのはイスカもそれが当然の事の様に異常に気を許してしまっている事だ。昨晩あんな事があったのにだ。いや、もしあの時噛みつかれていなかったら、イスカは本当に―――
その先の言葉を呑みこんでイスカは笑いを取り繕った。
「やっぱり落ち込んでたのばれてた?実は少し前に、飼っていた小鳥がどっかに家出しちゃって、だから少し寂しかったのよ」
「……そうか」
思ったより淡白な回答でイスカは少し拍子抜けしてしまった。それもそうだ、イスカだってスクラに何を言って欲しいのかわかっていない。
「まぁ……、そのうち戻ってくるんじゃないか?」
「うん、あの子の事は心配いらない。ただ……、ジンロは私の事嫌いになったんじゃないかって思って落ち込んでたの」
「嫌いって、……なんで―――」
「私ね、つい最近失恋しちゃってウジウジ泣いてた事があったから」
ローレンスに振られて大泣きして、ジンロに沢山弱音を吐いたから。
「だから私の事うんざりして出ていったんじゃないかな、って―――
「そんなわけあるか!」
突然スクラが大声で叫んだのでイスカは驚いてしまった。だが、当のスクラの方が一番驚いていたようで、
「―――すまん」
ばつが悪そうにそっぽを向いた。気まずい空気が流れるがイスカは何故そんなにスクラがムキになるのかわからないからどうしようもない。だが、
「大体、昔っからあの餓鬼はいけすかなかったんだよ。貴族の出かなんか知らないが、妙な所で自尊心が強くて。あんな奴一緒にならなくて正解だ」
今までスクラがどんな事を知っていようと許容出来たイスカでも、その言葉は聞き捨てならなかった。
「……なんで私の失恋相手が貴族だって知っているの?」
さすがにこれはイスカも疑問を抱かざるを得ない。なぜならローレンスが好きだという事は祖母にも言った事が無い。祖母から聞き及ぶ事の無いイスカの好きな人をどうして一度も会った事の無いスクラが知っているのか。
さすがのスクラも失言だったと思ったのか、あからさまに目を泳がせた。思えばこの男の発言はいつも見て来たかのような物だ。いくら祖母と親しかったとはいえそこまでわかるものではない。
じと目にになってスクラを睨むと、スクラはますますばつが悪そうな顔をした。
「……なんとなくだよ、なんとなく。ばあさんに聞いて、そう思っただけで―――」
「答えになってないわよ」
イスカはなんだかムキになった。やはりこの男は何かを隠している、多分イスカにも関わりのある事なのに、一向に口を割らない。
イスカは苛々してきた。じりじりとスクラに詰め寄ると、スクラは気圧されたように後退する。
「あなた本当は何者なの?」
「何者って、俺はただの放浪者だ」
「嘘、本当の事言ってよ!」
「だから、―――!」
距離を詰めるイスカをスクラはぎょっとしたように、イスカの身体を押し戻した。イスカの肩にスクラの手が当たる。そこはちょうど昨晩の傷跡があった所だ。
「―――いたっ!」
肩に激痛が走ってイスカは思わず悲鳴をあげる。
「――!悪い、そんなに強くしたつもりは――」
「あ、ううん。大丈夫……ごめん」
イスカは急に冷静になって掴まれた肩を押さえた。まだ傷は癒えていない。この事はスクラ本人には知られたくない。しかし、やけに鋭い観察眼を持ったスクラは、イスカが不自然に右肩を庇っている事に気づき目の色を変えた。
「お前これどうした?」
スクラは今度はそっとイスカの首元に触れた。イスカは反射的にその手を振り払い肩を庇う。そこにはついさっきこっそりとイスカが巻いた包帯がちらりと覗いていた。
「怪我か?」
「……なんでもない」
「なんでもない事ないだろ、見せろ。今ので悪化してたらどうするんだ」
「大丈夫だよ、ちょっとした打撲だから」
だが、やけに強情なスクラはそれでも引こうとしなかった。迷わずイスカの襟元に手を掛けるのでイスカはさすがに焦った。
「ホントになんでもないから!」
「わかんねぇだろ、そんなの!いいから早く―――」
「……っ!!いい加減にしてよ!スクラさん!」
イスカは思わず声を荒げた。その声は草原にこだまし、やけに壮大な響きとなって空に流れていった。
すると突然スクラの顔が険しくなった。怒られるのかと思ったけれど、どうも様子がおかしい。スクラは立ち上がると遠く町の方を臨んだ。
「……まずい、聞かれた」
「えっ……、聞かれたって、何を―――」
その時、周囲の空気がジワリと濁るのを感じた。何か濃い臭気が充満し辺り一帯の草の匂いをかき消している。例えて言うならば雨が降る前の時の様な。
「せんせー、空が……」
様子をみていた子供たちも異変に気づき不安そうに空を見上げていた。イスカもつられて上を見上げる。青い空に浮かぶ雲が尋常じゃないスピードで流れていた。雲は次第に質量を増し、やがて暗い雲になり空を覆う。本当に雨が降り出しそうだ。
「あいつ……ここに来るまでに何人喰ったんだ?」
スクラの呟きが聞こえた。『喰った』という言葉に思わずイスカは目を丸くする。
「ねぇ、スクラさん。一体何が来るの?何が起こって―――」
「あいつだ。―――来るぞ」
次の瞬間、周囲の空気が波打った。遠くの木陰からゆっくりと黒い影が現れる。イスカは目を見開いた。同じようにその姿を認識した子供たちもイスカにぎゅっと縋りつく。
今や草原は生ぬるい風が吹き荒れ、先ほどの穏やかな陽気を一掃していた。その風に乗って、濃い土と血の匂いが近づいて来る。
ズル……ピチャ……
それは初めて出会った時よりも強く周囲に腐臭をまき散らし、辺り一面をどす黒い青に染めた。それが渡った草原の道がみるみるうちに青い鱗に変化した。
「こんにちは、美味しそうなお嬢さん」
声も様変わりしていた。以前は確かに若い男のものだったのに、今は喉を潰したような奇怪な声に変っている。
イスカはにたりと笑いかけられて背筋が凍った。固まったまま声を発することすらできないイスカを庇うように、スクラが鱗男の前に立ちふさがる。すると男は露骨に顔を歪めてスクラを睨んだ。
「君はどうして私の邪魔をする?そんな極上の獲物を独り占めするのはずるいじゃないか」
「こいつは獲物じゃない、お前には指一本触れさせない」
「篤実な事だ、鳥の王。君だって私と同じなのに。私と同じような事だって散々してきたんだろう?」
―――どういう事?
イスカは捉えられぬ二人の会話を聞きながら、それでも情報の断片を拾い解析しようとした。
(私が獲物?鳥の王って?)
頭が回らない、混乱する。彼らが何を言っているかわからない。鱗の男はスクラの肩越しから、イスカの事を値踏みするかの如く見つめていた。
「本当にそのまんまだ。リナーシャが見たら何と言うだろうか」
「リナーシャ……?」
聞き覚えの無い、だがひどく懐かしい名前。鱗の男の目がスッと細められた。その瞳には一抹の懐かしさを湛えている様にも思える。
「リナーシャ、私のかつての友にして盲愛の女性。そして―――」
「よせ、ビル」
険しい顔をしたスクラが制止に入った。その背に庇われたイスカは、彼が震えているのを確かに感じ取った。
どうしてこんなにも怯えているのか。イスカにはまたわからない事が増えた。本当にわからない事だらけだ。
「どうして彼女に隠そうとするんだ?君が彼女の傍にいるのは彼女を喰う為ではないのか?それとも、まさか本当に守るためか?そんな無意味な事をして何になる?」
生温かい風がイスカの頬を撫でた。その瞬間、ピキピキと地面がひび割れその裂け目からどす黒い鱗が新芽の様に生えてきた。
「ひっ……!」
湧きあがってくる鱗にイスカはたまらず悲鳴をあげた。後ろにいた子供たちも泣き叫び悲鳴をあげる。
「ッ……!皆早く逃げなさい!」
幸か不幸か、偶然か必然か、その鱗はイスカの足元だけに生え始めており、子供たちの元には届いていない。恐怖で動けなくなっていた子供たちは、イスカの叫びに弾かれた様に飛び上がった。
「逃げろ!」
ベンが叫んだ。子供たちは一目散に町の方へと駆けだしていく。鱗は彼らを追わなかった。それでいい、彼らだけでもここから無事に逃げられれば―――
「走れイスカ!」
しかし、イスカは彼らが無事に逃げきるところを最後まで見る事が出来なかった。突然に視界が回転し、イスカの身体は勝手に草原を走りだしていた。
イスカはスクラに手を引かれせっつかされるように走り出す。
自分の身に何が起こっているかわからぬまま、イスカは目まぐるしく変わる世界を必死に追った。その片隅に先ほどまでイスカが立っていた地面が見え、そこから青黒い木の幹が早回しの様に急速に成長し始めている。そして、
「あれ……何……?」
三メートル程の木の中ほどに大きな瘤が二つ。それがぱっくりと引き裂かれ中から浮かびかがったのは、赤くぎょろりとした大きな眼球。木に見えたそれは巨大な蜥蜴の顔面で、次の瞬間地響きと共にその全長が地面から這い上がる。
もはやイスカの理解の範疇を越えていた。蜥蜴の化け物はそのおぞましい姿でその歩をイスカの元へ踏み出したのだ。
「くそっ……!あんな姿になるまで喰いやがったのかあいつは!」
すぐ前を走るスクラが悪態をつくと、手を握っていたイスカを思い切り引き寄せた。イスカはバランスを崩し前に倒れ込むが、スクラの胸の中にすっぽりと抱き込まれる。
「……ちょっと怖いかもしれないけど、勘弁してくれよ」
「えっ!?何、何するの!?」
パニックになるイスカを抱きしめたまま、スクラは思い切り跳躍した。ただの跳躍ではない、蜥蜴の化け物の頭上にも届く高さ。人間では到底成しえない高度の跳躍だ。
「うそ!?いや、何―――!!」
だがイスカの衝撃はそれだけにとどまらなかった。空中に停滞したスクラの身体が突如光り始め、そしてイスカの視界が目が眩むばかりの金色に埋め尽くされたのだ。
それはスクラの背から発せられていた。横抱きにされたイスカにだけ見える美しい光。
透き通る程の金色に虹色のかかった美しい羽。
以前子供たちが言っていた、助けた男には虹色の翼が生えていたのだと。あれは嘘ではなかった。
だが、人間に翼が生えるということ以上にイスカの中に巻き起こった衝撃。
(知っている……、私はこの翼の色を知っている)
動きだした怪物の手が、イスカの元に伸ばされる。スクラは翼を凪いでそれを交わした。一度目の跳躍よりもはるかに高く、暗雲の立ち込める大空へと飛翔する。
イスカは慌ててスクラの首にしがみついた。無重力の中に放り出されたみたいだ。お腹の中心がふわりと浮きあがる。空を飛んでいる、そんな事がありえるのだろうか?
スクラは跳躍を繰り返しながら怪物から距離を取る。高度を落とすたびに自由落下の重力でイスカは震えスクラに縋りつく。自分が今どこを飛んでいるのかわからない。薄眼を開けると眼下に川が見えた。町の郊外の方へと飛んでいる。
どこへ行くの?イスカは尋ねようとしたが、思い切り高度を下げられてイスカは声が出なくなった。スクラも後ろから迫る怪物の事で頭がいっぱいで聞ける状態ではないようだ。
長い逃飛行の末、スクラが地面に着地した。スクラはイスカの身体をそっと降ろすと、すぐにその背にイスカを庇った。彼の肩越しに見えるのは青黒い鱗に覆われた巨大な怪物。
《逃げるのはおしまいか?》
人とは思えない奇怪な声が轟いた。姿は豹変したが、それは間違いなくあの鱗の男だ。
「あんな町の近くで暴れられたら他の奴らが危ないだろうが」
《そうか。……それで?私を倒す気か、鳥の王。この姿になった私を、その貧相な形で》
「うぬぼれるなよ。お前の方こそもう正気を保っていられないんじゃないのか?―――蜥蜴の王、ビル=リドリー」
イスカはもはや人の姿を留めていない男を見上げた。ビル=リドリー―――蜥蜴の王、お伽噺に登場した、あの凶悪な王様。
そしてビルもスクラの事をはっきりと、こう呼んだ。
《お前こそ、随分顔色が悪い。食事を怠っているのか?そんな極上の獲物が傍にありながら、それこそ正気じゃない。そうだろう?鳥の王―――ジンロ=ベルテ》
イスカは時が止まった様に動かなくなった。
ジンロ。
馴染みのあるその名前。ずっと一緒にいた大切な相棒の名前。どこかに消えてしまった愛しい鳥の名前。
偶然かもしれない、ジンロなんて名前この国で探せばきっといくらでもいる。けれどイスカには確信があった。目の前に広がるスクラの羽の色を見れば自ずと答えは浮かびあがる。
《さあジンロ、どうする?あの時の様に私を倒せるか?ここにはお前以外に獣王はいない。お前は一人だ》
「……」
《いい事を教えてやろう。……その女を喰えばいい。もう一度そいつを喰らえば、私を倒す力が得られるぞ》
ビルの太い鍵爪の突いた指がイスカを指した。イスカは頭が真っ白になる。
(ジンロが私を食べる……?もう一度?)
がくりと膝が崩れそうになるのをスクラが支えた。
温かい、大きな手。
知らない男の人の手。
「……俺はあいつに誓ったんだ。こいつを守ると、何があっても傍にいると」
その手はイスカをしっかりと支えていた。力強い言葉に偽りなどなく、ただはっきりとビルに対し、そう告げた。しかしその掌が無性に怖い、目の前に対峙している巨大な怪物よりもずっとずっと怖い。
その時、後方から鬨声が沸き起こった。そして一拍遅れて何百という矢の雨がこちらに向けて降り注いだ。
《なに!?》
イスカはスクラの大きな翼に庇われた。イスカたちの周囲に風が吹き荒れ、イスカたちの方に向かってきた矢を全てはじき返す。対し巨体のビルはその矢の霰をもろに被った。だが固い鱗に覆われた皮膚は小さな矢など雨露も同等だった。
その赤い目が後方に向けられた。川べりの方に国旗を掲げる軍勢、騎士団だ。すかさず第二投目が放たれる。
《騎士団か。随分と到着が早い。だが、そんな針にも等しい玩具で私が討てるとでも―――》
だが、次に襲ってきたのは矢の雨ではなく一筋の閃光だった。軍勢の後方から放たれた白く輝く閃光は、ビルの肩に命中し大きく肉を抉って空に消えた。
ビルの絶叫が轟く。地面が揺れ鼓膜が割れんばかりに空気が撓む。男のものと思われる黒い血が飛び散り、思わずイスカは悲鳴をあげた。
《くそっ!今のは……まさかっ!!?》
痛みに悶えるビルの身体は徐々に収縮していく。元の姿に戻ったビルは、余裕の無い、しかし強気の笑みを浮かべイスカとスクラを睨みつけた。
「ジンロ、私はいずれその女を喰う、必ずだ。この苦しみから逃れるためにはどんな事をしてでもその女を手に入れてやる」
欲望と狂気に満ちたその視線にイスカの身体は震えあがった。そしてまたしても、その震えを抑えるようにスクラがイスカの肩を抱く。
にたりと笑ったビルの身体が、地面に溶けていく。ドロドロに溶けてタールの様になったその異形の化け物はあっという間に地面に吸い込まれ消えていった。
イスカは言葉が無かった。何も言えぬまま、ビルが消えた地面をじっと凝視していた。
「……大丈夫か?」
不意にイスカを気遣う声が降ってきた。顔をあげると、そこには暖かい藍色の瞳と燃える様な金色が揺れている。
ジンロと同じ、ラピスラズリの様な目と金の髪。
「本当に……、ジンロなの?」
「……」
スクラは答えない。ただ黙ってこちらを見ている。言葉を紡ぐのを躊躇っている。
イスカはもう一度問いかけようとした。しかし、それよりも先に鋭い怒声が耳を貫いた。
「そこまでだ。ジンロ=ベルテ、その女から離れてもらおう」
「―――!?ローレンス!?どうして?」
そこに立っていたのは、相変わらず頑丈な鎧に身を包んだ険しい顔のローレンス。その視線の先はまっすぐに、イスカの隣にいるスクラを見据えていた。
「やはりお前だった。二年前に俺の前に現れた、あの男は」
「……誰かと思えばお前か、『泣き虫ローレンス』。随分偉くなったもんだ。あのひ弱な坊主が、そんなにも大勢の人間を従えるまでに成長するとは」
「好きに言えばいい。俺はもう変わったんだ。大人しく御同行願おうか、第一級犯罪者としてな」
ローレンスが迷わず剣を抜いた。突然の事態にイスカは慌ててローレンスとスクラの前に割って入った。剣の切っ先がイスカの眼前に迫る、イスカはたまらず息を呑んだ。
「どけ、イスカ。まさかお前この男を庇う気か?」
「わからない、私には全くわけがわからないわ。だから見過ごせないだけ。状況を説明して、ローレンス」
突如現れたあの巨大な怪物の討伐のため、騎士団が出動した事はわかる。ローレンスがそれを率いて今ここにいる事も。それでもイスカはこの状況が理解できない。
「どうしてあなたがこの人を捕らえようとするの?この人の事を知ってるの?犯罪者って何?」
「お前に答える必要はない。いいからどけ、どかなければお前も共犯とみなす」
「説明になってない!答えてよローレンス!」
だが、ローレンスは答えの代わりに冷たいため息をついた。後ろに控えていた兵に向かって何かを呟くと、次にその兵が一斉に動き出し、イスカとスクラを別々に拘束し始めた。
「ちょっと!何するのよ!?ねぇ、放して!」
「知りたいというなら連れていくまでだ。どのみち先ほどの怪物についての事情聴取もあるからな」
まるで物でも運んでいるかのような乱暴な手つきでイスカは兵たちに運ばれていく。そしてイスカよりもずっとぞんざいに扱われているスクラの姿もまた、兵たちの姿に隠れ見えなくなってしまった。
(待って!まだその人には聞きたい事が山ほどあるのに!!)
イスカは必死に叫ぼうとした。けれどもすかさず兵が口を抑えつけ、そのまま馬車に乗せられた。馬車の扉が閉められると外の世界とは隔離され、もう何も見る事も聞く事も出来なくなった。




