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第二話 邂逅②

 煮え切らないままローレンスは元来た道を戻る。今日は長旅で疲れた。さっさと宿に戻って眠ろう。と、深いため息をついた。その時だった。


「―――女を泣かせるなんて罪な男だねぇ、兄ちゃん」


 ひゅう、と軽い口笛の音色と共に、同じく軽薄な男の声がローレンスに浴びせかけられた。ローレンスは振り返る。そこに立っていたのは、


「またお前か。何の用だ?」


 つい数時間前に同じ馬車に乗り合わせて別れたはずの若い男は、満面の笑みを浮かべローレンスに手を振ってくる。彼は一人ではなかった。彼の後ろには明らかにガラの悪そうな男たちが十人―――いやそれ以上、ニタニタと歪な笑みを浮かべて群がっている。明らかにろくでもない雰囲気を漂わせている連中に、ローレンスの警戒心が一気に跳ね上がった。


「止まれ」


 近づいてくる男に対し、ローレンスは毅然とした態度で言い放つ。男たちは指示通り止まった。だが、まるでそれが面白おかしい事のように男たちは低い声で笑うのでローレンスは身構えた。


「何が可笑しい?言え、お前たちは何者だ?」

「兄ちゃんも鈍いな。俺は馬車の中で言ったはずだぜ?最近この町は物騒だから、兄ちゃんも気を付けなって」


 若い男は何故か嘲笑を浮かべた。その視線が一瞬ローレンスの背後に注がれたのをローレンスは見逃さなかった。

 身体が反射的に動いた。次の瞬間、ローレンスが立っていたまさにその場所に棍棒が振り下ろされ、路上の石が勢いよく跳ねた。


「……!?」


 ローレンスは立膝をついて体勢を立て直したが、肩にかけていた外套がするりと地面に落ちた。ローレンスの右腕が晒される。すると、何故か男たちから歓声が沸いた。


「やっぱりだ。こいつ片腕はないが中々いい運動神経してる。全く、両腕があれば俺たちに目を付けられずに済んだのに」

「なんだと……?」


 一体どういう事だと、ローレンスは険しい顔で暴漢を見回した。男はにやりと笑い、


「世の中には色んな性癖を持つ連中がいるんだよ。加虐愛者(サディスト)被虐愛者(マゾヒスト)、幼い子供を犯したいと思う小児性愛者(ペドフィリア)、……それから五体欠損者に性的興奮を覚える欠損愛者(アクロトモフィリア)とかな」


 男の言葉にローレンスはぞくりとした。思わず右腕を庇う、無いはずの右腕が疼いたような気がしたのだ。


「ああ。誤解しないでくれよ。そんな変態は今ここにいる俺たちの中には一人もいない。―――まあ、俺たちの『お客様』がそうだって話さ」

「客……?」


 ローレンスが呆然としている隙に、男がパチリと指を鳴らした。すぐさま、彼の仲間がローレンスを取り囲む。退路をふさがれてローレンスはますます眉間に皴を寄せ唸った。


(どうする?剣は宿に置いてきてしまった。武器はない)


 そもそも武器を持ってきていたところで今のローレンスには振るえない。絶体絶命のピンチに、ローレンスの額からぽつりと冷や汗が垂れる。


「顔は狙うなよ。出来るだけ綺麗な状態で出品したいからな」


 じわじわと包囲網が狭まる中で、ローレンスは己の不甲斐なさを呪った。彼らの言葉を理解するに、彼らがこの町に蔓延っている人さらいの集団だろう。情けない、こんな奴らに追い詰められる事を許すばかりか、その原因となった右腕のせいで反撃も出来ないなんて。

 だが、ローレンスとて数か月前までは優良な騎士だったのだ。そう簡単につかまってたまるものかと、わずかにぶれた包囲網の隙に思い切り体当たりを食らわせた。


「ぐあっ!」


 男の一人が突き飛ばされ、崩れた包囲網の隙をくぐって抜け出す。反撃のできないローレンスに出来る事は逃げる事しかない。ローレンスは一目散に駆け出し彼らと距離を取ろうとしたが、


「逃げられると思うなよ!」


 前方に回った集団がローレンスを取り囲んだ。ローレンスの足が止まる。その時後方から脇腹を殴られローレンスは思わず痛みに蹲る。


「ぐっ……」


 すぐさま羽交い絞めにされ抵抗できなくなったところで腹に何発も蹴りを入れられた。痛みと周囲から響く男たちの不快な笑い声に眩暈と吐き気がした。


(くそっ、どうして俺はこんな……!)


 ローレンスの頭に沸々と沸いてくる怒りと悔しさ。民を守る誇り高き騎士だった自分が、腕が一本なくなっただけで、こんな下賤な連中にすら太刀打ちできない。それが悔しくて仕方ない。


 ―――力が欲しい。


 痛みと怒りで意識が朦朧とする中で、ローレンスはひたすら心の中で叫んだ。こいつらを一網打尽にする絶対的な力を、もう一度戦える力を。


 そう願った時、それは空から降ってきた。


 ドォン


 激しい音と共に視界が開けた。見るとさっきまでローレンスを甚振っていたはずの前方の男たちが地面に平伏しピクリとも動かなくなっていた。彼らを押しつぶし地面に縫い留めていたのは巨大な剣。それが硬質なはずの地面に豪快にめり込み、粉塵をまき散らして突き刺さっていた。


「いやあ、片腕の無い者を相手に多勢に無勢とは、精が出るねえ、兄ちゃんたち?」


 殺伐とした空間に似つかわしくない、少年の声が響いた。声の主を探る、それはなんと突き刺さった剣の上に立っていた。

 大剣のつばの部分に足をかけて、高みから周囲を静観する少年。彼の丸い目がふとこちらを向いた。


「兄ちゃんがローレンス=マクミランで間違いないかい?」

「え……、あ、ああ」


 ローレンスが頷くと、少年は満足げに笑った。ぴょんと軽い身のこなしで大剣から飛び降りると、―――その剣を片手であっさりと引き抜いた。


「!?」


 周囲から息を呑む音が聞こえた。少年と同じ丈か、あるいはそれ以上の大きさの大剣を、少年は軽々と持ち上げる。そこにいた者たちは皆、ぽかんと大口を開け目をこすった。まるで何かのマジックを見せられているようだ。


「さて、ただのごろつきなら適当に追っ払って終わりにしようと思ってたんだけど。……まったく、商人じゃなきゃ俺に目を付けられずに済んだのに」


 数分前に若い男がローレンスに言ったセリフを似せるように返されて、男たちは呆然と立ち尽くす。

 次の瞬間、少年が目にもとまらぬ速さで剣を薙いだ。剣は膝をついていたローレンスの頭上すれすれを横切る。ローレンスが首をすくめた瞬間、ローレンスを拘束していた男たちが吹き飛んだ。


「ぎゃあ!」


 拘束から解放されたローレンスは、呆然と後方はるか遠くに吹き飛ばされた男たちを眺める。たったひと振りで三人の男を吹き飛ばした少年は、そのまま流れるように地面を蹴り、目にもとまらぬ速さで反対側の集団に飛び込んだ。


「うわああ!」「やめろ、助けてくれ!」


 少年が大剣を振るう度、男たちの悲鳴と轟音が響き渡る。あれだけ横柄な態度を振るっていた男たちが、あっという間に絶望と恐怖に叩き落されていた。反撃する余地もなく、逃げ惑うことも出来ず、ただ少年の暴虐的な斬撃に斬り伏せられていく。

 ローレンスは唯々それを傍観していた。一体、目の前に繰り広げられているこの光景は何なのだろうと。すると、


「おい、呆けてないでよく見とけよ、あいつの戦い方を」


 いつの間にかローレンスの隣に男が立っていた。それはローレンスがこの町に来た目的であり、今日一日探し回っていた待ち合わせの相手。


「リマンジャ閣下!?なぜここに!?」

「すまない、すまない。君が今日ここに到着した事は知っていたんだが、妙な連中が君をつけ狙ってるのをみて様子を伺っていた」


 ローレンスは愕然とする。だが、そんな彼の様子など全く配慮せず、リマンジャは再びローレンスを叱咤した。


「ほら、何をぼさっとしてるんだ。俺はあいつの動きを見ていろと言ったんだ」

「は、はい!」


 言われるがままにローレンスは前方で暴れまわる少年に目を向ける。少しばかり平静を取り戻したとはいえ、いまだに信じがたい光景にローレンスは動揺していた。じっくりと目の前の情景を観察するも少年の動きは速すぎて、目で追っていくのがやっとだった。


「どうだ?何か気づいた事はあるか?」


 気づいた事、とローレンスは首を傾げる。確かに少年の身体能力は異常なほどだ。軽い身のこなしに加え、自身と同じ背丈ほどの大剣を片手で軽々と振るっている。―――片手で。


「―――あの子、左腕しか使っていない」


 ローレンスはハッとした。大の男たちを複数相手に圧倒する少年は、驚いたことに片手で大剣を操りそれだけで戦っているのだ。右手も足も使わない、ただ左腕で振るう暴刃が男たちを斬り伏せているのだ。

 するとリマンジャが満足そうに笑い出した。


「そうだ、やはりお前は筋がいいな」


 何がそんなにおかしいのか、ローレンスはわからず首を傾げる。だが、そんなローレンスの視界に黒い人影が映る。リマンジャの背後からまっすぐにこちらに向かってくるその影を見て、ローレンスは叫び声を上げた。


「閣下!後ろに!」


 暴漢たちの仲間の一人であろう男が後ろからリマンジャに襲い掛かった。リマンジャは悠長に後ろを振り向く。


「おっと」


 まるで小蝿でも追い払うかのような軽い動作で、リマンジャはその男に右手をかざした。その瞬間、男の表情が一変する。怒りに満ちた表情から、恐怖の表情へ。


「!?」


 ローレンスは男の様子を凝視した。男は襲い掛かろうとした体勢のままピクリとも動かない。いや、動けないのだ。まるでリマンジャの右手に押さえつけられているかのように、顔にダラダラと汗をかき、全身が震え始めている。


「な、なんだ……体が……っ!?」


 リマンジャが右手に力を込めた途端、男の顔が苦悶の表情に激変する。目は大きく見開かれあさっての方向を向き、口は歪み涎と舌がだらしなく垂れ下がる。もはや立っているのが異常なほど男の身体は痙攣しているのに、男は先ほどのポーズから一寸たりとも動かない。そして―――、


 グシャッ


 男の頭部が一人でに破裂したので、ローレンスは思わず喉に張り付いたような悲鳴を上げた。辺り一面に血肉が散乱する。一拍遅れて強烈な血の臭いが鼻腔を襲った。


「おいおい、おっちゃん。貴重な『一回』をそんな奴に使っちゃっていいのか?」


 可笑しそうに声をかけたのは少年だった。大剣を携え、にやにやとこちらに笑いかけている。いつの間にか剣の音がしなくなっていた。


「なあに、構わんさ。ちょっとくらい派手な方がお仲間への牽制にもなろう」


 そう言ってリマンジャは不敵に笑う。

 辺りには動かない男たちの姿、死んでいるのか、気絶しているだけなのか。いずれにせよ言える事は、たった二人の介入者がローレンスを襲った暴漢連中を圧倒したという事だ。


「あんたらは、一体―――」


 ローレンスの口から思わず戸惑いの言葉が漏れた。元々リマンジャは普通の人間とは一線を画しているとは感じていた。だが、今日の一連の出来事を目の当たりにして、それは確信に変わる。


 彼らはローレンスたちと同じ『人間』ではない。


 月の光の中で少年と男はにやりと笑う。どこか人間離れした残酷な笑みだ。


「おや、ひょっとしてあのお嬢さんから何も聞かずに出てきたのか?」

「お嬢さん……?」

「いや、こっちの話だ。……そうだな、改めて自己紹介といくか」


 リマンジャが姿勢を正す。それと共に少年がその隣にぴょんと降り立った。


「我らは太古の昔よりこのシルキニスを渡るもの。君にも以前見せたはずだ、俺たちの事を綴った一封の書簡を」

「書簡―――まさか」


 ローレンスはかつて、この男から変死事件の解決の糸口になると古い文献を渡された。あれは確か、古代セシリア王国とシルキニス公国の失われた歴史。獣王と蜥蜴の王、そしてその最中に犠牲となった一人の少女の記録。


「まさか、獣王……」

「いかにも、かつてシルキニス公の命より生まれ出でた獣王が一人、猿の王リマンジャ=アハル=サーム。そしてこっちが―――」

「栗鼠の王。今はラタトスクと名乗っている。兄ちゃんもそう呼んでくれていいよ」


 二人の獣王は月の光に満ちた鮮やかな夜の闇の中で笑っている。浮世離れしたその二つの影は、ローレンスを異世界へと誘う道先案内人のようだ。


「待っていたぞ、ローレンス=マクミラン。―――ファルマーレにようこそ」


 今の今までローレンスはよくわかっていなかったのだ。己が一体何者についていこうとしているのか、その正体を今夜ようやく理解する時が来たのだと、そう思った。

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