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それは愛、なのよ!  作者: 小道けいな
1/7

ある小国のお姫様

一応、完結はしています。順次、公開します。

 人は魔を避けるべし

 女は犯され食われ、男も精を吸い尽くされ食われる

 人は魔にとって力を増す食べ物だから

 『王国の伝承 整理番号、古代五十五』


 人を見つけた場合、己のモノとすべし

 人は力を増す道具であり、それと一つになれば、より強大な力を得る

 『魔に伝わる人の話』


 シエールイ・トゥルーウは溜息を漏らした。

 雪が降りそうなどんよりとした空は、この国の冬であればいつもの事。しかし、本日は感情に合っており、より感傷的な気分にさせる。

「月に一度とはいえ……」

 ポツリつぶやき、溜息を漏らす。

 スプリングの利いた馬車であり、長時間乗っていても苦にならないソファーである。一人でぼんやりすることも苦にならず、出かける先が面倒臭いだけだった。

 シエールイはこの国の王女であり、王位継承権も五位というそれなりに高い物を持っている。

 城にいるのも嫌で、領地をもらってその経営をしている。その領地から基本的に出ない生活で、月に一度家族団らんには顔を出すために出る。

 日々の生活に関して、全く問題はないし充実しているため不満はない。

 月に一度のこの日だけは嫌だった。

 父も二人いる兄たちも、母親が違う弟も嫌いではない。もちろん、現在王妃となっている新しい母ともいえる女性も嫌いではないが、好きではない。

 王妃が好きではない要因は、顔を合わすたびに縁談を切り出す。

 そして、月に一度の団欒も、たいていどこかの貴族の息子が同席する。最初は兄たちの友人関係者だったが、だんだん異なってきた。

 鈍いと言われる兄たちも「これ、お前の縁談だよね」と言ってくる始末だ。

 別に見合いをしてもいいが、どうもやる気が起きない。

 それはこれまで言われ続けた外見の事が大いに関係している。

 ――髪の毛が明るい色で、目の色も明るければ……。

 この国では白い肌、金や薄い茶色の髪の毛、青や緑の目が好まれる。特に女の場合はその上、気立てがよい、適度にものを知っているが男の前に立たない感じの女性がいいとされる。

 シエールイは白い肌は合致する。しかし、それも青白いというおまけもついているので、化粧でごまかす必要がある。また、髪の毛は黒で真っ直ぐ、瞳も黒というくらいイメージが付きまとう。

 それ以外は不細工と言う造作でもなく、そこそこに美人と言えた。

 視力が悪く、日常生活に支障はないが眼鏡は手放せない。自分では意識していないが、見えないときに眉の間にしわが寄っているらしい。それが他人からすると不機嫌に見え、美しく見えない要素である。

 勉強も好きで、兄たちにくっついて同じものを学んでいた。教師たちが嘆息したほど、彼女のできは良かった。

「男でしたら、継承権で揉めたでしょう」

 など言われるほどであった。女であるがゆえに政治不安は起こさず、頭がいいがゆえに結婚に差支えが生じている。

 矛盾しているがその通りであった。

 シエールイとしては外見がこのようなために、集まる男がいると権力目当てかなと思うようになっていた。

 王位継承権は低くもなく高くもないが、発言力はある位置にある。現在の王の娘であり、その婿になった場合、その男がそれまでに持っていた権力以上の物は手にするはずなのだ。

 一生独身でもいいし、修道院に入ってもいい、とすらシエールイは思うほど嫌がっていた。

 ――本気で恋をすれば運命は変わるかもしれない。

 シエールイがあれこれ考えている間に、馬車は王都に入り、城に向かって走っていった。


 荷物といっても大してはない。一泊だし、必要なものは城にある。それに、城であり実家であるため、毎月来るシエールイ用にきちんと手入れされている部屋と道具が用意されている。

 部屋に行き、ドレスを着替えないとならない。テーブルの上には着たくないタイプのドレスが置いてあった。

「これは……何」

 薄い布を何枚も重ね、柔らかさが全面に出たドレス。胸元が大きく開き、せめて白桃ほどの胸がないと着られないものだ。

「姫様にと、王妃様が用意されました」

 嫌われていないはずだが、嫌がらせは毎回受ける。いや、嫌がらせでもなく義理の娘に対しての心遣いかも知れないので文句も言えない。

 嫁に行けという無言の圧力は非常に強い。

「……」

 着たくないと言っても、侍女たちは許さない。王妃の命令が絶対だから。

 無駄な抵抗として、笑顔で「似合わない」と自分で言う。

「胸元がほら、ね?」

「確かに、通常、この手のドレスですと、胸元はくっきり開きます。姫様のサイズにつきましては、我々も把握しております。そこで、胸元は開きすぎないように、デザインを壊さないように直されております」

 抵抗は終わった。

 侍女たちにされるがまま、彼女はドレスを変える。化粧と髪型も変わっていく。

 不思議と、色合いを意識しなければ、王家の姫君と思えるきりっとした娘になる。

 シエールイ自身、鏡の自分を誰かと聞きたくなるほど変身した。侍女たちの努力のたまものだ。彼女らは嬉しそうに、仕上げた作品へ賛美を述べる。

 ただし、問題は眼鏡を外さないとならないこと。日常生活には困らないが、シエールイは視力が悪く、眼鏡を外すと眉間にしわが寄るのだ。そのため不機嫌に見えるし、相手の姿も彼女自身見えない。

 雰囲気は分かる。ダンスはしたくないが、相手を見るにはこれが手っ取り早いのだ、距離が縮まり見える。

 今回は食事なのでダンスはないが、下手な応対をすると、庭の散策を提案されたり、人気のない所にと言っても誰かいても見なかったふりをするのだが、何かされたりする可能性がある。

 なんにせよ、注意だ。

 時間が来たので、なじみの侍女に手を引かれ食堂に行く。

「本日はルーア侯爵家の長子ルミオ様がご同席なさいます。すでにお待ちです」

「……そう」

「……姫様……」

「どこの領地のどんな人かくらいは情報は持ってる。見合いなんでしょ、いつものように」

 侍女はそれ以上は言わない。シエールイの性格は分かっているからそれ以上は求めない。

「今回は、本気らしいです、非常に」

「……気を付けるわ」

 何を気を付けるのかはシエールイと侍女では異なる。

 シエールイは「相手を信じないように気を付ける」であるが、侍女は「粗相しないように気を付ける」という意味で取ったと推測できる。

 そのあたりは抜かりない。


 シエールは食堂の前の部屋に通される。全員が集まった時点で食堂移動するのだ。

 いつもの事、いつもの作法。

 シエールイが入ると見目麗しい青年がシエールイをお辞儀で迎える。

「ごきげんよう、ルミオ様」

 シエールイは手を差し出し口づけを許す。手袋をしているからねとあくまで儀式だと彼女は割り切る。

 淡い金髪が動き、ルミオがシエールイの手を取り優雅に口づけをする。舌から添える手をどけることはなく、彼女を暖炉そばの席に導く。

「お会いできてうれしゅうございます、姫様。宴の時もお姿を見ることがありませんから、こうしてお近づきになれるのは光栄です」

「それは良かったですわ」

 にっこりとシエールイは微笑む。

 内心は冷め切っているのだが、こういう時は王女としての義務という認識が先に出る。

 シエールイの足元でひざまずき下から見上げている。

「あなたもソファーにお座りになられたら?」

「いえ、姫君の側におりたいので、ここで構いません」

 シエールイは嫌だと目で訴えるが、伝わるかは不明だ。

 お世辞だと認識しているので溜息したいのを飲み込んだ。

 ルミオに対して、王妃が本気だというのは良くわかる。見目も麗しいし、性格もよさそうだ。噂に聞くと非常にまじめで領地に対しての責任も持ち合わせているという。

 一方で、見た目が美丈夫である点で女性に大人気であることが問題にも思える。来るもの拒まずか、女好きか知らないが、浮いた話はちらほらシエールイにも届いている。

 シエールイは情報としてだけ貴族に関しては持っているため、ルミオに対して警戒もする。

「そういえば、姫君は領地経営を非常に細やかに行われているとうかがっております」

「領民があっての私の生活ですもの、大切に、そして導けるところは導かないとなりません」

 貴族としての模範解答であり、そこまで傲慢に考えているつもりはないと彼女自身は思っている。

「それは見習わないとなりませんね。まだ私は領主ではありませんが、何事もなければ父から引き継ぎます。そのため、学ぶことはたくさんありますし、ぜひあなた様とも親交を持てればと思います」

 シエールイは首をかしげる。困ったわ、という貴族の娘がする仕草であり、彼女の本音。

「姫君がお嫌なら仕方がありませんが」

「いえ、国が富むことは良いことですから、ルミオ様とご意見を交換できるなら、わたくしとて嬉しいことですわ」

 ルミオはパッと顔を明るくし、シエールイの手を両手で包み込むように握ろうとしたが、シエールイが引っ込めた。

「申し訳ありません、姫君。つい感激してしまい、お手を握ろうとしてしまいました」

「私こそ。殿方に、その、あまり……」

 シエールイは扇を広げその後ろに顔を隠した。わざとではなく本当に顔を赤らめる。

 男と話すことはできるが、触れられることには恥じらいが生じてしまう。

 ――儀式と言う観点で手を持たれるのはいいけど、それ以外は妙に意識しちゃうから、嫌なのよね。

 結婚願望はあるが、外見から身分を欲して近づく男しかいないという認識を持っているため、異性に気を許したくなかった。のめり込んでいき、一人で生活できない女になるのではという危惧がある。

 一方、ルミオはより嬉しそうな反応を見せている。彼がどうとらえたのか分からないが、シエールイの行動は良くも悪くも好感触になってしまったようだ。

「久しぶりだね、シエールイ」

「お父様」

 扉が開き、王と王太子、王妃、その息子が入ってきた。シエールイの次兄はどこか視察に飛ばされているようだ。毎月の会食で、どちらかいないのが通例となっていた。

 シエールイは王らをハグで出迎える。

「お姉さま、すごくきれいだよ」

 腹違いとはいえ弟は愛らしく素直に褒めてくれる。

「まあ、ありがとう」

 シエールイにとって王妃は面倒くさいけれど、まだ政治が絡まない弟は可愛いと思えた。

「さあ、食事にしよう」

 王の宣言により、食堂に移動しての食事が始まる。


 食後、シエールイは流されて庭に散策に出ることになってしまった。

 何としても断るつもりだった。領地経営について、国の産業、政治の在り方などを話しているうちに庭にいた。

 視力が悪いシエールイは、足元が不安定になる夜の庭は歩くのは難しい。自然とルミオの腕を取ることになる。

 密着する状況になり、シエールイはようやくはめられたことに気付く。

 女のくせにというバカにした状況もなく、良き聞き手としてルミオは存在していた。

「月がきれいな晩ですね」

「空気が澄んでいますから。冷えますし、そろそろ戻りましょう?」

 吐く息は真っ白だ。外套を羽織っているが、足元から来る寒さは耐えられなくなってくる。

「姫君さえよければ、わたくしのコートの中に入りませんか?」

「いえ、お構いなく」

 危険を感じる。

 いや、親切に温めてくれるのかもしれないが、より密着する状況になってしまうのは避けたい。

「姫君の手は冷え切っていますね……わたくしがあてがわれている部屋が近くですので、足湯でもいかがですか? 素敵な香りのオイルも入手したんです。姫君にもぜひ嗅いでいただきたいですね」

「親切にありがとうございます。では、建物まではご一緒しますわ」

「……?」

 ルミオは内心ガッツポーズをしかかって首をひねっている。

 ルミオが完全に喜ばなかったことで、細かいところもきちんと聞いている人物だという印象をシエールイは受けた。

 歩きながらシエールイは、凍えている足を叱咤激励する。建物に入って動けないと、抱えられて部屋に連れて行かれるのだ、頑張れというように。

 そうなったら全て終わりだ。

 王妃の望む結果が待っている……と思わせてしまう。

 足湯は大変いい話だし、オイルも興味がある。しかし、夜に貴公子と共にいることは問題外だ。

 恋愛に慣れていないシエールイは、恋愛に慣れたというより女性に分け隔てなく優しいこの貴公子の手管を避けることができない状況に追い詰められる危険性がある。

 建物に入ったとき、ほっとしたが、これからが本番だ。

 城内の地図は頭に入っているので、自分の部屋への最短距離は分かる。

「ルミオ様、今日は楽しゅうございました」

「こちらこそ。姫君、お茶でもいかがですか? 足湯とオイルもぜひとも……」

「いえ、このような時間にお邪魔するわけにはいきません」

「姫君をこのように冷やしてお帰しすることこそ、失礼極まりないと責任を感じております。ですから、部屋で温まられていくだけでも」

「……王妃に何を言われているんです?」

 ルミオが妙に必死なのでシエールイは扇で口元を隠し、近寄って尋ねる。

「……いえ、何もありませんよ」

 シエールイは溜息を漏らした。

 ルミオが悪い人間ではないとこの三時間くらいで把握はした。こちらが嫌がることは基本的にはしないと把握したので腹をくくった。

 浮いた話がないシエールイにとって、このくらいは面白いかもしれないと冒険心も湧く。王妃の書いた筋に乗っかるのも嫌だが、年上であるルミオが小さく見える今、可哀そうにも思えた。

「わかりました。お茶はごちそうになります」

 ルミオはホッとしたようだ。

 寒さで凍えた足はヒールをすでに拒否していた。歩いた瞬間転びかかったシエールイをルミオは抱きかかえた。

「何をするんですか!」

「姫君を歩かせるわけにはまいりません。御無礼を承知で抱えます」

「……はぁ」

 ルミオの顔を見ないようにシエールイはそっぽ向いた。彼が言っていることに一理あり、そして、顔を見ると意識しているのがばれそうで嫌だった。


 ルミオの指示により、足湯やらお茶やらが用意されていく。シエールイは二人きりにされたら足が動かせるようになった時点で立ち去るつもりでいる。ルミオはそのことに気付いているのか、シエールイの側に侍女を配置して二人きりではないのをアピールしている。

 ルミオは評判高いだけあり、気配りは最大に行うことができる青年のようだ。

「暖炉の側へどうぞ」

「そればかりですね」

「寒いですから」

 シエールイとルミオは笑う。

 桶にお湯が張られ、侍女がシエールイのストッキングを脱がし、湯に付ける。湯に入れられた香油が甘くかぐわしく広がり、寒さに縮んだ体を慰めるように温かさがしみこむ。

「素敵な香りですね、本当に」

 シエールイの中から警戒心が消えていく。侍女もいるし二人きりではないという安心感もあった。

「そうですか良かったです。どうぞ、お茶です」

 手渡された器を見て、シエールイは驚く。

「これは、なかなか手に入らないと言われている磁器ですね」

 磁器は白く薄く、金を上品に使用した模様が入った話題の品である。

「はい、話の種にと父が頑張って入手したのです。ですが、姫君のように分かってくれる方はなかなかありませんので、寂しかったですよ」

 ルミオは暖炉の側にやはり膝をついて座っている。見上げられる形になりシエールイは居心地が悪い。上に立つ身分であるが、姫扱いされることはあっても慣れないものは慣れない。

「あなたは飲まないのですか?」

「姫君にとってみれば、わたくしは家臣の一人ですよ」

「そうかしら? わたくしは王家にいるというだけで、権力はないわ。だから、かしこまる必要もないと思うの」

「そのようなことをおっしゃるなら私の場合は、貴族であるとしても、あくまで侯爵の子息です。身分も大したものはありません。あなたと比べるところはありません」

 現実を見た謙虚な発言だ。哀愁を漂わせている部分が演技かも知れないし、身分のある姫君はきっとよろめくに違いない。実用主義のシエールイは分析して距離は置こうと考える。

「それに、姫君、警戒されていたのに無防備になっていませんか?」

「え?」

 茶を一口飲んだシエールイはルミオを見た。温かくなってきてほっとしているため、無防備になっているのは確かである。

 飲んだものに何かが入っている可能性、それはあり得ないことはない。権謀術数の政治の世界。睡眠薬、媚薬、毒薬……いろんな言葉が脳裏を駆ける。

 彼がその気になれば、シエールイの体を自由にするチャンスなのだ。シエールイは彼を信じたが、彼が思った以上に演技がうまかった場合、騙されている可能性はある。

 そもそも、シエールイのような身分だけが取り柄の娘をどうこうするなら、演技がうまければ簡単に堕ちる。愛してくれる人がいると思っていないのだから。

 一口飲んだくらいではお茶の味は全く分からなかった。

 変なものが入っているのか、否か。心臓が激しく打つ。

「冗談ですが……」

 シエールイは柳眉を逆立てた。真剣に悩んでいたのがバカみたいだ。

「その申し訳ありません。姫君が信用して下さったのが純粋に嬉しくて」

「……すぐに帰ります」

「ま、待ってください。あの、その……せめて足に香油を塗るくらいは……」

「濡れた足をふき取る物をください。自分でしますから」

「いえ、それは、おい、誰か」

 侍女が布を持ってきてシエールイの足を拭く。その間、さすがにルミオは見ない。普段隠されている女性の足を見ることは、よほど親しくないと失礼にあたる。こっそり見ても黙っているのがマナー。

「姫君……その、もう少し話くらいは……おいしいケーキでも」

「夜ですし、わたくし、さすがにいりませんわ」

「そ、そうですね。なら、先ほど湯に入れたオイルなど贈らせて……」

「いりませんわ。せっかくですが」

 支度が終わったシエールイを引き留めようと必死のルミオに、シエールイは首をかしげている。それでも妙なことをされる前に部屋を出ようとずんずん行動する。

 気が合うかもしれないなどと考えた自分に対して非常に腹を立てた。油断すると男はロクなモノじゃない。

「姫様、お願いです、わたくしが変なことをしたなど、王妃には」

 ドレスにすがってルミオが言う。やりすぎではないかとシエールイは眉をひそめる。眼鏡がないのでルミオの細かい表情は見えないが、必死なのは良く伝わる。

「……どこまでが本当か私には判断できません。でも、あなたが何かしたということは言いませんし、それこそ何かしたんですか?」

「いえ」

 シエールイもルミオも冷静だ。

 あえて言えば、ルミオがシエールイを誘ったというのと、いじわるをしたという点だろうか。

「なら、散策して温まって帰ったということでいいのでは?」

 シエールイの言葉にルミオはしばらく考える。にこりと笑って首を縦に振った。

 シエールイは満足して立ち去るが、ルミオの笑顔が心のどこかに引っかかっていた。


 翌日、自室で朝食を摂った後、シエールイは満面の笑みの王妃を迎える。

 見送られる時の笑みとも異なるので逃げたくなるが、シエールイは踏みとどまる。

 妃は侍女たちを下がらせ、ソファーでシエールイの横に座り、秘密の話をする女同士という風になる。

「聞きましたよ、シエールイ。ルミオ殿と良い仲になられたと」

「はい?」

 素っ頓狂な声が出た。昨晩のことは言葉通りの出来事しかないので、良い仲とはどういう意味を指すのか悩む。王妃が言うのは十中八九男女の仲の事である、どのレベルまでかは分からないが。

「またまたぁ、隠さなくても良いのです。どうでした? 痛かったでしょうが、気持ちは固まりました?」

「……」

 シエールイは首をかしげる。痛かった? 高いヒールでひねった足は確かにいたかった。腫れていないがもうヒール履かないと思うくらいには痛かった。

 王妃の言う痛かったは「男女の仲」に絡んでいるだろうと知識を引っ張り出し、シエールイはよろめきかかる。

「ああ、若いと言うのは素敵なことです。ルミオ殿、シエールイとは年が四歳離れていますから、ちょうど頭の中も良いのでしょう。それに、シエールイの事を非常に気に入ったと言っていましたし。いつ輿入れしますか? もちろん領地のこともあるので、彼があなたのもとに行くことになりますが」

 王妃の言葉を止めないととんでもないこととなる。そして何が原因でここまで話がねじ曲がっているのかと言う疑問も生じている。

「何の話をしているんですか!」

「昨晩、冷え切った体をルミオ殿部屋で温めたと」

「そうですが?」

 王妃にルミオはあの通り報告したに違いない。ただ、言い方が誤解を招くモノであり、それを匂わせたに違いない。

 冷え切ったシエールイを肌でもって温めた――と誤認させる何かを言葉に匂わせた。

「……結婚することはないですし、義母様がおっしゃるようなことはありませんでした」

「照れなくていいのですよ。頭がよすぎるあなたも髪の色さえなければ、美人なのです。本来なら引く手あまた、恋愛の手管を知っている姫でもおかしくないのですよ」

「それ、褒めてないですし、姫が奔放だったら問題あると思います」

「たとえよ! もう、シエールイは本当に真面目なんですものっ。でも、ある程度、交渉術として男をどうこうする言葉は勉強していいと思うのよ」

 王妃にしては正しいことを言ったため、シエールイは返答に困る。交渉術は重要で、隣国との関係を保つにも協力を引き出すにも必要だろう。

「本当に何もなかったの?」

 王妃は念を押す。

 シエールイがあきれている様子をしているため、不安になりながら王妃は顔を覗き込んでいる。

 これは何があったのかをシエールイから言わないとならないと溜息を漏らす。

「侍女が用意した足湯につかり、お茶をいただいて帰りました」

「その足を拭いたのは……」

「侍女です」

 王妃が絶望の表情を浮かべる。

「なんで、なんですって! ルミオ殿と何もないって何で! あなたくらいの年ごろの娘たちに愛されて、婿にしたいと言われる青年ですよ! それで何もないって何でですか! あなただってほら、ちょっとときめいたりしなかったの? はずみでキスしたり、抱きしめられたりとかなかったわけ? ならせめて、ルミオ殿が香油をあなたの足に付けて触れる、そして恥じらうあなた、忘れない一晩は?」

「ありません!」

 きっぱりとシエールイは否定しておく。

「なんですって~」

 王妃、大声ではないが、悲鳴を上げている。この縁談、かなり本気でセッティングしていたようだ。

 しかし、当の本人に興味がなかった。

 ――どうせ、私の事を見てくれるわけではなく、権力でしょ?

 外見の事を散々この義母や侍女たちに言われ続けているので、卑屈になっているといっても過言ではない。侍女たちはこっそり「うちの姫様なんであんな髪の色」など言っているつもりで、本人に全部聞かれていたのだ。シエールイが告げ口すれば、首が飛んでもおかしくない。

「そんな、ルミオ殿、嘘を」

「たぶん、嘘は言っていないのでしょうが、何か誇張されている可能性はあります」

 あなたの頭の中で、シエールイは心の中で付けたした。

「ううう。なんで、ダメなの?」

「いえ、別にルミオ様は悪い人ではないと思いますが……」

「なら、結婚なさい!」

「いえ、でもわたくしのような外見の……」

「だからこそ、ルミオ殿は最適です」

「浮気されると思いますが?」

 ルミオは結構優しいなとはシエールイだって分かる。「一晩だけでも思い出に」と可憐な娘に言われたら同情して床を一緒にするのではなかろうかと想像する。そうなると「王家でもあんな黒い人より私の方を愛してくれる」とか愛人宣言もあり得る。

 泥沼だとシエールイは想像する。そもそも、そこにたどり着く前にシエールイに結婚願望が欠如している。

「う、うん……じゃ、あの方はどうかしら。後妻を探していらっしゃる、リンデン伯爵。あの方、結構あなたと息合っているみたいじゃない」

 シエールイの夫捜しに関しては、切り替えが早いようで王妃は別の人物を出す。

 宴の時壁際で一緒に話をしていたのを王妃は見ていたのだ。いや、本人が気付かないだけで、その宴にいた人間は「姫が誰と話していた」というのはチェックされている。

 その伯爵は杖をつくほどではないが、戦争で足を悪くしているので、あまり動けない彼に対し、ダンスが苦手で壁際にいたシエールイが話し相手をしていたのだ。

 御年五十六歳、父親より年齢が上だ。

「……いや、悪い人ではありませんが……義母様なりふり構ってませんね」

「ええ」

 きっぱりと言われ、シエールイは溜め息を漏らす。

「そろそろ、帰りますね。領民から変な碑が見つかってどうしようという話があったので早く帰らないとなりません」

「はあ……あなたが男だったら」

「そうなったら、義弟の継承権がもっと下がりますよ」

 王太子はシエールイの兄で、病気で亡くなった前の王妃の息子。次兄、伯父、弟王子に続いてシエールイという順番であるのだ、継承権は。

「そうなのよね……はっ何をおっしゃるのかしら、シエールイ?」

 王妃の本音が漏れたが、ごまかすように笑ってシエールイの二の腕を軽くたたいた。

 シエールイが帰る時に見送りでは、特に何も王妃は言わない。笑顔であいさつを交わし、立ち去った。

 前回同様あっさりとした挨拶。


 帰りの馬車の速いことといったらなかった。かかっている時間は行きと変わらないのに、気持ちが違うとこうまで異なるのかという見本だと、シエールイは思った。

 領内に戻り、翌日、さっそく問題の地点に向かう。

 王妃に嘘を言ったわけではなく、本当に奇妙なものがあるというのだ。

 嵐のとき倒れた木を処分しようとしたところ、その奥に石碑があったというのだ。文字はかすれて見にくいが、地域で使われていた古い文字らしいということは分かった。しかし、読むことができる人間がいなかった。

 危険なモノなら問題だということで、シエールイの判定待ちになっていた。魔法や呪いなどないと分かっているが、気持ちが悪い物は民の心にしみとなって残る。迷信だとしてもうまく片付けるのが領主であるシエールイの務め。今後の領内の安心安定にもかかわってくる。

 シエールイの馬車が着くと、地域の代表者が安堵で迎えた。

「ご足労ありがとうございます」

「いいえ、これがわたくしの仕事ですもの。早速だけどどこ?」

「あちらです」

 代表はシエールイを先導しつつ、経緯を促されて話す。報告にあったままであったが、代表はシエールイに直接話したことでほっとしていた。

 大きな木の中は空洞になっていたのかようで、倒れた木の幹は輪になっており、中心に石碑があった。

 シエールイは木を乗り越え、石碑に近づく。

 彫られた字は古い文字で書かれているが、シエールイは勉強した記憶を引き出す。ところどころ削れているが、推測と共に読める。それと紋章のようなものが描かれており、はっきりは見えないが盾と牙のようなものが見える。

「魔の王、愛しき乙女のため、この地を封じる」

 シエールイは確認するように声に出して単語を読んでいき、眉を寄せる。

 この単語から浮かぶのは、この国に伝わる物語だ。

 かつて、魔と人が交流を持って生活をしていた。特殊な力を持つ魔と弱いがたくましい生命力を持つ人間は平和共存していた。魔と言っても姿は様々で、人間に近い物から獣に近いものまであったという。交流を持つ時は人間に近い形を取っていたという。

 そんな中、人間を食らうと力が増すと気付いた魔がおり、人間は捕まえられ食われていった。

 こうなれば人間は魔を敵とみなす。

 もちろんどちらの中にも共存を説くモノはいた。しかし、力のない人間は魔につかまり、奴隷や家畜となって行った。男は働かされ食われ、女は犯され食われた。

 魔の王と人間の乙女は恋仲であったが、混乱に終止符を打つために、二つの地を分けたという。

「まさかねえ」

 シエールイは一度碑から手を離した。手袋をはずして材質を確かめるように触れた。

 カツンと中指にはめていた指輪が当たった。

 突然、碑から閃光が走った。

「きゃあ」

「うわああ」

 彼女だけではなく、周りにいる人たちも悲鳴を上げている。

「な、何?」

 閃光は彼女の脳を焼くように走り去っていき、視界が戻るまで時間がかかった。

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