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この世界のこと

自分が前のめりになって、彼を質問攻めにしていることに気付きベッドの上で姿勢を立て直した。

「あ…っとすいません……私…混乱してて。いきなりこんなことになってて」

「いやぁ無理もないよ、そりゃこの情況は誰だって混乱するって。」

彼の冷静な返答が飛んだ。

「体の方は大丈夫?止血して、痛み止めで各部に薬とか塗ったんだけど」

「大丈夫…みたいです」

ん?体の各部に薬?

私が紅潮していくのを見て彼も気づいたのかハッ、として紅潮していた。

「いや、えと、僕もあの時は必死で!お、覚えてない!何にも!いや、本当だから!むしろ見てなかったかも!いや!見てないと薬塗れないし包帯負けないんだけど!」

「そっ、そうですか!すみません助けていただいたのに!」

二人であたふたしていると彼が「コホン」とわざとらしく咳をして仕切り直した。

「…聞きたいことは沢山あるだろうけど、お茶でも飲みながら話そうか」

「あ………は…はい」

私達は誰も居ない民家の居間に向かった。


***


新築と言ったところだろう。家の壁紙は真っ白で黄ばんでいない。部屋も近代的な造り、家具等も新調されたものなのか白物家電が部屋の電気を反射しピカピカと光っている。なんというかモデルハウスという感じ。

私が居間全体をぐるりと見回している間、彼は冷蔵庫から麦茶を取りだしコップに注いでいた。彼がテーブルに座るのを見て私も向かい側に座る。コップが目の前に差し出されそれを受け取った。

「はい、どうぞ。って言っても僕の物では無いんだけどね…この家も全部」

「この家は…一体」

私が不安そうに顔を俯けると彼は困ったような笑顔を作って答えた。

「この家は他人の物で、その所有者である家の主はいない。というかこの世界に人がいるかも分からなかったんだ」

「…分からなかった?」

「そう、君に会うまではね」

彼が真剣な面持ちに変わる。

「これから僕がこの世界について知っていることを全て話そうか。僕の名前は嘶木善華(いななきぜんか)、君は?」

「わっ、私は!やとりゅ… 夜斗羽鈴(やとばりん)……です… 」

急に質問が飛んで来たのでびっくりして自分の名前を噛んでしまった。鈴は恥ずかしさに頬を赤らめた。


***


・ここは私達が住んでいた世界とは異なる可能性が高い。

・電話もしくはSNSは使えるがこの世界内にしか通じない。

・電波は飛んでいてネットも使えるが元の世界への連絡には使えない。なお、ネットの最終更新日は昨日となっている。

・この世界には私達人間を襲う『敵』がいる。(さっきの狼のように)

・彼、嘶木善華は一週間前にここにきている。

・元の世界に戻る方法は未だ不明。

彼の話をまとめるとざっとこんな感じ。

「鈴さんは何か知っている事とかあったりする?もしあるなら教えて欲しいんだけど」

「ええ…っとすいません。何にも分からないし頭が回らなくて着いていけてないです…」

いきなり下の名前で呼ばれたのに驚きつつどもりながら答える。

「うーん、やっぱり手がかりが少ないんだよなぁ…何かの大規模な魔法の影響?うーん」

正直私より先に来た彼もお手上げの様だった。

「あーでも、いななき…さん?も良くこんな危険な所で一週間も生き延びれましたね」

「実際、最初の3日4日は様子を伺ってたんだ。外に出ても人がいなくて変だって気づいてから妙に頭が良く回ってね。僕もあの獣が外うろついていたのを見たときは流石にびびったなぁ。魔法で微量に筋力強化して金属バットでズドンッ!とやっつけてったけどね。何度か死にそうにはなったけど…」

彼もまた死に物狂いで生き延びて来たのだろう。実際彼が生きていなければ私も死んでいただろう。

「本当に助けてもらってありがとうございました。嘶木さんには感謝してもしきれないぐらいでその…」

「いやいやいやそういうのいいから!僕も同じ人間がこの世界にいて嬉しかったし、なにより鈴さんが死んじゃったら僕はこの世界でまた一人になっちゃうから」

「そう、ですか?」

彼は恥ずかしそうに頭をポリポリ掻いた。

「あと名字じゃ呼び(にく)かったら下の名前で呼んでくれて結構だから」

短い方が良いし、そっちの方が言われ慣れているからと付け加えた。

「は、はい。あの善華さん」

なんだこのフワフワした空気は。あって間もないのに誰も居ない家で二人きりというシチュエーションにドキドキしつつ話を進める。

「結局どうすれば元の世界に戻れるんでしょう…もし、この世界と現実の世界の時間が一緒に進んでいるのなら家族も心配してるだろうし不安にさせたくないテキな…」

「元の世界に戻る方法は見当つかないんだ。この世界と現実世界の時間が平行して進んでいるのかも分からない」

そりゃそうだ。

方法がわかっているなら彼もこんな世界(ところ)にはいないだろう。

「…あんまり僕の情報も役に立たなかったなぁ…ごめんね鈴さん…」

私の質問がことごとく善華さんの知識外のものでしょんぼりしている。

「でっ、でもほら!善華さんのおかげで知れたことも沢山ありますし、落ち込まないで下さい!」

鈴が励ます調子で言う。

「それにほら!ネット!ネット使えるのなんて知らなかったですし!ていうかネット使えるんですね」

鈴がポチポチとスマホをいじり始める。

「うん、既存の情報しか閲覧出来ないんだけど…それにしてもニュースなんかの更新日時が昨日なんだよ。僕が来てから一週間、初めてネットが更新されたんだ。それも何かの手がかりだったりするのかな?」

善華が必死に考えている中、鈴はスマホをいじり続けていた。スマホ依存とかそういう物では無く、ネットを見ている時が最も現実世界に近い感じがしたからだ。無意識の内にネットに逃げていたのかも知れない。鈴は某有名SNSのアプリケーションを開いた。ユーザーたちが自由に『(つぶや)き』といわれるコメントをし、それを世界中の人達が閲覧出来るというものだ。呟きの日時は『一日前』で止まってしまっていた。呟いてみようと思ったが見ている人が私だけなんて寂しいだけだと思い手を止めた。

『今浮上したトレンド』なんてどうせ一日前なのである。とそのトレンドに不思議な物を見つける。ホームキーを押してしまえば一気に現実に引き戻される気がして、気づけば指が動いていた。



そして、そのトレンドが自分をこの世界に引き戻した。



トレンド『もし見てくれている人がいるのなら』


ユーザー名・『1』


もし見てくれている人がいるのならリプライをください。私はこのおかしな世界に来てしまってもう頭が狂いそうだ。外には化け物がうろついていて出られないし、なにより一人きりのこの世界が怖くて夜も眠れない。もし、もし誰かいるのなら私の所にきて欲しい。私は今秋葉原の電器店にいる。誰かにこの呟きが届くと信じて。


呟き1時間前


その下にもユーザー名「a」やら「あ」などの名前があり、にたような文面が呟かれている。その全てがほぼ同時刻に呟かれたものだった。


「っ!」

鈴は目を疑う。しかし、それは見間違いようのない『1時間前』の文字だった。鈴は驚きのあまり椅子から跳ねるように立ち上がった。


「ぜっ、ぜぜぜ善華さんっ!!!こっ、これ!!」

鈴がスマホを善華の前に突き出す。善華は最初『ん~』と唸っていたが私の言っていることがどういう事か理解すると目を見開いて驚いた。

「なっ!なななこれは!りっ、鈴さん!すぐにリプライを!」

鈴はスマホを受け取りその呟きに返信をしようとする。しかし、返信用の呟きをしようとすると通信エラーになってしまうのだ。何度も試したが全てが通信エラーだった。

「くそっ!なんだって言うんだ!こんな時に!」

「今までは繋がってたのに…なんで」

「そっ、そうだ!更新!更新してみようよ!ネット接続情況が悪いだけかも!」

このSNSは最上部まで行ってスライドさせることで呟きを最新のものにする機能が備わっている。鈴は急いで更新した。


そして、また思いがけないことが起きる。


「あ…れ?ない?さっきの呟きが……きえ……………た?」

「そ…んな!よく見てよ!あんなにいっぱいあったんだから消えるなんてそんな!」

呟きは確かに消えていた。さっきまで呟きがあったところには『該当するものはありません。検索結果はありません。』と書いてある。そのあと何度か読み込みと更新を繰り返したのだが呟きが表示されることは無かった。

「そん…なあ…」

鈴はバタリと膝から崩れ落ちる。細かく震えていた足の筋肉の硬直が一気にほどけたのだ。

夢だったのか?幻覚だったのか?もしそうなら残酷すぎる。地に叩き落とされる感覚だった。

「なんだったんだろ…ほんとに…マジなんなの」

私は精一杯の絶望を込めて込めてぼやいた。

「でも…でも確かにあそこに呟きがあった。僕たちは幻覚を見ていた訳じゃない。秋葉原にあの人はいるはずだ。助けを待ってる人が…」

崩れ落ちた私の横で彼は拳を握り言った。

「善華…さん?」

「僕は助けに行きたい。さっきの人も一人で(おび)えてる。独りでいる辛さは僕もよく知っているから」

彼の真っ直ぐな瞳に捉えられ刹那言葉を発することを忘れていた。そんな善華につられ、鈴も覚悟を決める。

「はい。私も助けたいです。……行きましょう」


こうして私達は目的地の秋葉原を目指すためこの家を後にすることになる。

ひとしきりの準備をして家を出るときに善華が言った。


「あ、あとどうでもいいかも知れないけど」


「はい?」


「僕はこの世界のことずっと




『孤独世界』




って呼んでたんだ。」



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