乙女の攻略対象
輪廻転生かはたまた異世界トリップなのか。
私は確かに現代日本で生きていた…はずだ。
今ある【私】という意識が、妄想ではないのだとしたら、の話しだが。
そう、私、各務斗貴子は地球という惑星にある日本という島国で、生まれ、育っていた。
それなりの学校をでて、それなりの就職をし、それなりの…でもとても大切だと思える異性とお付き合いをしていた。のだが、それも先日、その関係に終止符を打った。
とても大切だと思っていたのは、私の一方通行の思いだったようで、彼は私の気持ちに胡坐をかいて、よりにもよって私の後輩と浮気をした。
今(…いや、当時か?)流行のSNSで、私を経由してつながったらしい。腹が立つ。
事実確認のために呼び出したファミレスで、彼は浮気を認めた。そんな彼に対して三行半を突き付け、出来心だったんだ!と縋りつく彼を寛一お宮並みに蹴り捨てて、私はお店を出た…はずだ。
そこからの記憶は曖昧だが、たぶん私は1人暮らしの自宅へ帰り、心を許せる友人たちと浴びるほどお酒を飲み…目が覚めたら私は3歳児だった。
私は各務斗貴子であり、シュトラ大陸にあるバルバ帝国に産まれたテリデント公爵の第一子である、トールディア・テリデントでもあるのだ。
それだけなら、まだよかった。いや、よくはないのだろうが。
それでも私はきっと新しい人生をまっとうに、何の含みも持たさず、謳歌できていただろう。
この世界、シュトラ大陸を私こと各務斗貴子は知っていた。
バルバ帝国も、テリデント公爵の娘である今の私、トールディアのことも、その人生の一部も客観的に見知っている。
なぜなら私がまだ、各務斗貴子であったとき、この世界は女性向け疑似恋愛体験ゲームとして、私の手元にあったからだ。
ゲームの内容自体は至って平凡。庶民の娘(美少女)が、困っていた男(美青年)を助けた翌日に王宮から騎士(美男子)がやってきて、彼女を王子付の女官とするところから始まる。もちろん、困っていた男というのは見聞を広めるために護衛を撒いて城から抜け出した王子だ。
そこから始まるシンデレラストーリー。難易度が異様に低いゲームだというのが発売直後の大多数の感想だ。
けれど発売からすぐに、その低難易度のゲームでただ一人、攻略できないキャラクターが噂になった。
その彼こそ、今のわたくし、トールディアの婚約者でこの国の事務官でもあるクロウ・バネッサ子爵。
彼はバネッサ侯爵家の三男で、いずれはわたくしの配偶者となり、テリデント公爵家を共に発展させていくためのパートナーでもある。
ゲームの彼の攻略は一見簡単そうに見えて、実はそうでなかった。
そもそも他の王子やら騎士やらは、単純に彼ら本人を追いかけていれば攻略できていたのだが、彼の場合は周りとの好感度も必要となる。
そして最も気を使うべき好感度の相手というのが、なぜか恋敵であるわたくしトールディア・テリデントなのである。
わたくしの好感度調整はとても難しく、ただ媚を売って馴れ合うのではなく、社交や仕事に対するパラメーター調整、時限付きランダムイベントの発生が必要となる。
とてもとても大変な思いをしてわたくしとの友情イベントを発生させていくうちに、ユーザーはわたくしへ愛着を持ち始めるのだけれど、間違ってはならない。これはクロウ・バネッサを攻略するためのルートなのだ。
ゲーム終盤、わたくしが政敵の雇った暗殺者に闇討ちをされそうになっているところで主人公に対して選択肢が発生する。
【トールディアを助けなきゃ!】
【怖くて動けない!】
【…なにしてるんだろう?】
一番最後の選択肢を選ぶとわたくしのついでに主人公も闇討ちでデッドエンド。
真ん中を選ぶとクロウ・バネッサのエンディングへ辿りつける。ちなみにわたくしは息絶え、慕っていたわたくし目の前で殺された主人公とクロウ・バネッサは傷をなめあう関係というなんとも後味の悪いエンディングとなる。
そして、一番上を選ぶと、なぜかわたくしとの百合ギリギリの友愛エンディングをむかえる。
今まで飴と鞭を使って主人公を通してユーザーにツンデレとハニカミを繰り返してきたわたくしを見殺すこともできず、かといってクロウ・バネッサを選択しても後味の悪いエンディングをむかえる。
一部のユーザーからはバグだといわれたが、制作会社は一貫して「シナリオ通りです」との返答だったそうだ。
さて、長々と語ってしまったが、わたくしが何を言いたいかというと、この世界で主人公の彼女と出会わない、馴れ合わないことが、わたくしの平穏を守ることになるのだ。
故に目の前でバカ王子やらバカ騎士やらとキャッキャウフフと戯れている、彼女たちのことはまるっとスルーして、自宅へ帰るための馬車に乗り込む。
「あ、トールディアさまーぁ!」
わたくしの姿を見つけて手を振ってくる彼女へ、というよりも彼女の後ろでわたくしに嫉妬の視線を投げかけてくる奴らへ微笑を湛えながら会釈を返すとすぐに馬車の扉を閉めさせた。
ガタンと車止めが外れて、馬車がゆっくりと走り出す。
「はふぅ、いつみても素敵なお姿ですぅ…」
目を潤ませ、頬をバラ色に染めた彼女が、わたくしの乗った馬車をいつまでも見送っていたことを、わたくしは終ぞ知ることはなかった。
もちろん、彼女が百合属性で、本気でわたくしの攻略を狙っていることも、当然、知らない。
息抜きがてら、勢いで書いてみました。
説明ばかりのながーいものでしたが、もし気に入っていただければ幸いです。
ありがとうございました。