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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

探偵、国沢裕介シリーズ

8604の謎〜住宅街での主婦殺害事件〜

掲載日:2026/11/03

1.

冬晴れの昼下がり、年の瀬を控えた都内の住宅街は、どこか張り詰めたような静けさに包まれていた。


数台のパトカーが狭い路地に侵入し、赤い回転灯が近隣の白壁を照らす。


通報したのは、隣家に住む主婦だ。


彼女は山崎五月(やまざきさつき)の長年の友人で、毎朝のように互いの家を訪れ、お茶を淹れ合い、些細な日常を語り合っていた。


警官たちが駆けつけ、玄関の鍵を開けて中に入ると、室内には生活の痕跡がそのまま残っていた。


こたつの上には、飲みかけの湯呑みと、半分食べられた煎餅が皿に残されている。


テーブルの上には、数日前の新聞と五月が愛用していた老眼鏡が置かれていた。


しかし、畳の一部が不自然に浮いており、その下からは、甘く重い腐臭が鼻をつく。


床板を外した警官の一人が、息を呑むような声を漏らした。


そこには、五月の遺体が横たわっていた。


室内には荒らされた形跡もあった。


タンスの引き出しが半ば開き、衣類が散乱している。


通帳や印鑑はそのまま残されており、警察は怨恨と物取りの両面から捜査を開始した。


五月は近くリフォームを予定しており、工務店の営業員・渡辺浩二(わたなべこうじ)が頻繁に出入りしていた。


死亡推定時刻と渡辺の訪問時間が一致したことから、渡辺は最初の容疑者として浮上した。


渡辺はリフォームの打ち合わせと主張したが、警察の聴取は執拗だった。


彼は毎日のように署へ呼び出され、「床下を覗いたか」「彼女と口論はなかったか」「好意を抱いていたのではないか」と、同じ質問を繰り返される。


疲弊した渡辺は、弁護士に助けを求めた。


弁護士が警察に強く抗議すると、呼び出しは止んだ。


警察は現場を再捜査し、床下の遺体があった場所の近くで毛髪を発見した。


鑑定の結果、それは渡辺のものではなかった。


その報告を受けて、警察内部からも「見込み捜査ではないか」という声が上がり始めた。


捜査は暗礁に乗り上げた。


2.

殺害された山崎五月には、真理子という娘が一人いた。


真理子は倉山という男と職場結婚して倉山真理子(くらやままりこ)という。


真理子は新宿の雑居ビルに居を構える「何でもできる探偵社」を訪ねた。


すぐに応接室に案内された。


「ようこそいらっしゃいました。所長の国沢裕介(くにざわゆうすけ)です」


「倉山真理子と申します」


「ご要件を伺いましょう」


「母が去年の12月に殺されて床下から死体が発見されたのです。それで工務店の男が疑われたのですが、捜査が難航しているのです」


「その事件なら、わたしも新聞で読みました。工務店の男が犯人でないとすれば、誰が一番怪しいでしょうか。できる限り詳しくお話していただけますか」


「母には二度の離婚歴があります。母は自分の欠点を棚に上げ、些細なことを自分の父親に告げ口して、夫を意のままにできると思い込む性格でした。わたしの実の父親は銀行員だったのですが、そのためにうつ病を罹い退職を余儀なくされました。母はすぐに私の父を見捨てて離婚しました。わたしは母の実家に引き取られました」


国沢は細かくノートに書き取っていく。


「母の二番目の夫は佐伯悟(さえきさとる)といい、自宅のクリーニング屋を手伝っている男でした。税理士を目指していたようですが、母は銀行に再就職すると夫を支えるどころか、自分のほうが収入が多いと威張ったり、些細なことを父親に告げ口する癖が治りませんでした。悟も自分の母親に告げ口するようになり、夫婦喧嘩が親同士の喧嘩になり、二回目もすぐに離婚しました」


「なるほど。ずいぶん、恨みを買っているようですね」


国沢は呆れたように言った。


「警察から返してもらったものは何かありますか?」


「スマホだけです。記録は全部調べたらしいですが」


国沢はゆっくりとスマホを手に取り、画面をスワイプして履歴を眺める。


「最後の発信が『8604』で終わっていますね」


「そうなんです。そんな番号は存在しないと警察が不思議がっています」


「8604は、野村の銘柄コードです。『野村』という名前に何か心当たりはありませんか?」


真理子は眉をひそめ、記憶の奥を探る。


「母の二人目の夫の母親が長野の阿倍野村出身でした。母はその女を“野村”と呼んで馬鹿にしていました」


国沢の目が鋭く光った。


「二人目の夫、佐伯悟が怪しいですね」


「やはりそうですか」


「佐伯悟のDNAを手に入れましょう」


「お願いします」


真理子は手間賃10万円を渡すと、事務所を辞去した。


3.

数日後、国沢の手元には、従業員に取りに行かせた、悟が捨てた可燃用のゴミが届いた。


彼は医療用の手袋をはめ、袋の中身を一つずつ慎重に調べる。


ティッシュや髪の毛などを彼はピンセットを使って慎重に集め、ビニール袋に入れた。


国沢は真理子に連絡して、再度来訪した彼女に袋を渡した。


「これを警察に」


真理子は頷き、翌朝、朝日の差し込む街路を警察署へと向かった。


鑑定の結果、床下で採取された毛髪と悟のDNAは完全に一致した。


指紋も調べた結果、五月の部屋の壁やテーブルから悟の指紋が多数検出された。


五月の死亡推定時刻には、悟が五月の家の近くの防犯カメラに映っていた。


佐伯悟は殺人容疑で逮捕された。


4.

国沢の部下たちは喝采をあげた。


「所長、これって警察署長表彰物じゃないですか」と従業員の笹渕がいう。


「それはない」


国沢はあっさりと否定した。


「なぜでしょうか?」


笹渕は意外そうである。


「俺は警官ではない。令状なしにゴミを盗むのは犯罪だ。俺は捜査のきっかけを与えたにすぎない」


「そうなんですか……」


「うちの利益は真理子から貰った手間賃だけだ。これが探偵という職業というものだ」


国沢は自嘲気味に笑うと、窓の外を眺めた。


犬が飲食店のゴミを漁っていた。

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