第9話 三人の集落1
森の魔女シルヴァの家を運んだ俺は、もう一度テラムと森へ向かった。
今度はテラムの家の木材を採取するためだ。
森の中でテラムに好きな木を選ばせた。
テラムは特に悩む素振りも見せず、一本の巨木を選ぶ。
「行くぞ、アレファス!」
「いつでもいいぞ!」
俺とテラムは巨木を挟むように立ち、同時に斧を振りかぶった。
「「せーの!」」
同時に斧を振ると、音速を超えた斧頭から衝撃波が発生し、巨大な幹に切れ込みを入れた。
「俺のほうが切ってるだろ!」
「私だな!」
「ちげーよ! どう見ても七割は俺だろうが!」
俺は切り口を指差した。
間違いなく俺の衝撃波が半分以上の幹を切っている。
「おい、テラム。こっち側から見てみろよ」
「むっ。た、確かに……」
「はい、俺の勝ち。この木はお前が運べよ」
「くそっ、分かった。勝負だからな。約束は守ろう」
テラムがそう言った瞬間、旋風が巻き起こった。
「き、汚ねーぞ!」
「グゴォォ」
魔竜の姿に戻ったテラム。
右手の巨大な爪で巨木を鷲掴みにして、そのまま上空へ飛び立った。
「てめえ! 恥ずかしいと思わねーのか!」
もうすでに声の届かないほどの位置だ。
「クソッ! 帰ったらぶっ飛ばして
俺は一人で鬱蒼とした森を進む。
すると、茂みから生き物の気配を感じた。
獣の気配だ。
「ん? あれは? 森豚か?」
様子を窺うと、森豚は鼻の先端で土を掘っていた。
森豚は旨い。
今朝のベーコンも森豚から作ったものだ。
「手ぶらで帰るのも寂しいな。せっかくだし、狩っておくか」
俺は斧を構えた。
斧刃で攻撃すると森豚の身体を傷つけてしまうため、斧頭の柄側で強打して仕留めるつもりだ。
「今だ!」
茂みへ向かって一気に走り出し、森豚の頭部に向かって斧を振り下ろした。
「ブギャッ!」
短い悲鳴を上げて、森豚が地面に倒れ込む。
「よし、これでベーコンを仕込むぞ。ラードも取れるな。なかなかいい個体だし、かなりの量が取れるだろうよ……。いや、あのバカ魔竜が食いそうだから、もう一頭狩っておくか」
森を歩き、森豚の気配を探った。
***
俺は二頭の森豚を担ぎながら帰宅。
自慢の土地が見るも無惨に変わり果てていた。
「な、なんだこれ……」
今朝家を出るまで、この雄大な草原には、小さな畑と一軒のログハウスが建っていたはずだ。
画家が描いた風景画のような美しさが自慢だった。
しかし、俺の家の隣に置かれたシルヴァの家が、景観を邪魔している。
草原に現れた、折れた巨木の幹の家。
非常にバランスが悪くなってしまった。
だが、それは別にいい。
シルヴァの家は、畑の邪魔をしていないからだ。
最悪なのが、俺の家の反対側だった。
「あ、あのバカ魔竜……」
テラムは何を思ったのか、巨木を地面に突き刺していた。
これだけの巨木だと、日光を遮り畑に影ができてしまう。
「おい! テラム! 何やってんだ!」
「お、アレファスか。遅かったじゃないか。ん? 森豚を狩ってきたのか。いい仕事したな」
「何を呑気に言っている! てめー! 降りてこい!」
テラムは巨木の太い枝の上で、何やら作業していた。
「畑に影ができるだろーが!」
俺はシルヴァに視線を向けた。
庭のテーブルで、優雅にハーブティーを楽しんでいる。
「シルヴァも止めろよ! お前は農作の知識があるだろうが!」
「私はテラム様を止められません。それはアレファスさんの仕事ですよ?」
「なっ! なんだと!」
さすがは三百五十歳だ。
俺が怒っても全く動じない。
涼しい顔で、ハーブティーを飲んでいる。
これが年配者の貫禄ってやつか。
「殺されたいですか?」
シルヴァがティーカップを持ちながら、眼光鋭く俺を睨みつけた。
「い、いや……。違……」
シルヴァがまた俺の心を読んだようだ。
俺は話題を変えるかのように、テラムを見つめた。
「おい、テラム。どうすんだよ」
「かっこいいだろう、憧れのツリーハウスにするのだ。わははは」
「マジかよ……。頭いてーよ」
俺は頭を抱えた。
昨日までは俺一人で、快適に暮らしていたのに……。
「何も心配するな。この畑は多少日が遮られても関係ない。私の土地を舐めるでない」
「あー、そうかよ。もう勝手にしろよ……」
「ふふふ。楽しそう」
シルヴァは笑っているが、どこをどう見たら楽しそうなんだろうか。
俺は大きな溜め息をつきながら、森豚の解体を始めた。
***
西の空が赤く染まり始めた頃、森豚の解体を終えた。
二頭分だ。
なかなかの重労働だった。
「お見事でした。素晴らしい手際でしたね」
「森の魔女に褒められると嬉しいもんだな。ははは」
「この肉はどうするのですか?」
「半分はこのまま保存して、半分はベーコンにする。あと脂からラードも作る」
「冷蔵庫はあるのですか?」
「ああ、冷蔵も冷凍も可能だ。どちらの魔石も持ってるぞ」
鉱石には、魔力を貯めることが可能な『魔石』と呼ばれる種類が存在する。
例えば、冷気の刻印を施した魔石に冷気の魔法を封入すると、魔石は一定期間冷気を発する。
それを密閉性の高い容器に入れれば、冷蔵庫や冷凍庫の完成だ。
他にも発熱、発火、保温、温風、冷風、発光など、魔石の種類は多岐にわたる。
魔石は魔法屋で購入するか、魔法使いに直接封入してもらう。
俺はこの地へ移住する際に、数年分の魔石を購入していた。
特に冷蔵や冷凍の魔石は、食材の保管に必要不可欠だ。
「魔石があるなら、食材の保管は問題ないですね」
「まあな。だが、俺の家の冷蔵庫は一人分なんだ。入らないかもしれん」
「私は二階の一室を冷蔵室にしています。入り切らない分は、うちに入れてもいいですよ」
さすがは森の魔女だ。
シルヴァが魔法を封入した魔石なら、効力も高いだろう。
いや、シルヴァなら魔石も必要ないのでは?
「私だって魔石は使いますよ? 楽ですからね」
「心を読むんじゃない!」
「ふふふ、そんなことできるわけないじゃないですか」
心を読まずにどうして俺の考えていることが分かるのだろうか……。
魔女は恐ろしい。
「私の魔石は、一旦魔力を封入すれば数年は持ちます」
「す、数年?」
「はい。ですから楽なんです。それに、魔力が切れたら警告するように刻印を打っているので、忘れることもありません」
魔法屋で購入する魔石は、最高級品でも長くて二ヶ月程度だ。
それを数年とは……。
森の魔女は恐ろしい。
「私はラードを作りますね」
「助かるよ。ベーコンは俺がやる」
「人によって味が違いますからね。テラム様は、アレファスさんのベーコンをとても気に入ったようです。ふふふ」
「あー、シルヴァ。俺にも敬称や敬語はいらんよ。それにシルヴァのほうが先輩――」
「それに? シルヴァのほうが? なんですか? ん?」
危うく自爆するところだった。
「普通に話せということだ。ははは」
「分かったわ。ふふふ」
笑って誤魔化したが、どうやらシルヴァは許してくれたようだ。
その笑顔がとても優しく、思わず見惚れてしまった。




