第8話 森の魔女3
シルヴァの家は、折れた巨木の幹をくり抜いて作られている。
これほどの巨木を根から引き抜くことは不可能だ。
斧で切るしかない。
俺は幹を拳で軽く叩いて、硬さを確認した。
詰まった音が聞こえる。
「相当な密度だな。こりゃ苦労するかもしれん」
「無理なら私がやるぞ。わははは」
「できるっつーの!」
横槍を入れるテラムを睨みながら、俺は切り込みを入れる部分に斧を当ててみた。
「地面すれすれじゃないと、床上を破壊してしまうな」
この巨木の幹の太さは、周りの巨木の倍以上あるだろう。
しかも密度が高い。
「まあ、やるだけだ」
俺は両手で斧を握り、大きく息を吐く。
そして精神を集中させ、切り込む一点だけを見つめた。
斧が地面と水平になるように振りかぶり、自宅部分を破壊しないように、腰の回転を使って真横へ振り抜く。
「っりゃああぁぁぁぁ!」
空気を切り裂く音が発生した後に、乾いた板同士が衝突したような甲高い破裂音が森を突き抜ける。
その衝撃で、周囲の木々から大量の葉が舞っていた。
◇◇◇
アレファスの斧によって、切り口は巨木の中心まで届いた。
驚愕の表情を浮かべるテラムとシルヴァ。
テラムは、額から汗が流れ落ちていることに気づかない。
「し、信じられん。斧の先端が音速を超えたぞ」
「はい。斧が直接当たっただけではなく、衝撃波でこの巨木を半分まで切りました」
「しかも切り口は、ナイフで切ったような滑らかさだ」
テラムは、切り口を確認しているアレファスから視線を外さず、観察するように見つめている。
そして、アレファスが使用していた練習用のクレイモアを思い出していた。
テラムでも持つのがやっとだったほどの重量だ。
「こいつ……、魔人化した私を超えているかもしれん……」
「え? いくら魔人化で能力が落ちているとはいえ、魔竜たるテラム様をですか?」
「うむ。もちろん魔竜に戻れば私に敵うわけはないが、魔人同士であればアレファスの力が上だろう」
最強種族たる魔竜のテラムですら、アレファスの力を認めざるを得なかった。
◇◇◇
手応えはあった。
「これはいっただろ!」
切り口を確認すると、半分まで切り込みが入っている。
想像以上に上手くいったようだ。
俺はテラムを指差した。
「どうだテラム! 一振りで半分まで切ったぞ!」
「むっ、まだまだだな。私なら一撃で完全に切っておるわ」
「くっ……。ま、魔竜なんかと一緒にするんじゃねーよ!」
悔しいが、今の俺の実力はこの巨木を半分しか切れない。
それが事実だ。
次は一回で切れるように、もっと鍛錬しよう。
「今はこの巨木に集中だ」
俺は巨木の反対側に移動し、幹に斧を当て高さを合わせる。
大きく息を吐き、集中してもう一度斧を振った。
「っしゃああ!」
巨木を貫通していった衝撃波。
周囲の巨木にまで傷をつけていたほどだ。
「シルヴァ、切り口が貫通したぞ! これでこの幹ごと運べるだろ?」
「アレファスさん、凄いです!」
シルヴァが両手を叩き、飛び跳ねて喜んでいる。
美しさから一変、可愛らしく見えるのだが三百五十歳だ。
なんというか……複雑な心境である。
「なんですか?」
「い、いや、何でもないよ。ははは」
この女は俺と同じ魔人だ。
あまり刺激してはいけない。
「と、ところでよ。切ったはいいが、どうやって運ぶんだ?」
「アレファスさんが担いでください」
「む、無理に決まってるだろ!」
「できますよ?」
「できねーよ!」
俺を見つめながら笑顔を見せるシルヴァ。
やはりこの女、無茶にも程がある。
「軽くする魔法をかけますから」
「は? 軽くする魔法?」
「はい。だって私は魔女ですもの。ふふふ」
「ま、待て! そんな魔法があるなら、切る前にかけろよ! もっと楽に切れただろうが!」
「そうなんですけど、アレファスさんの実力を見たいじゃないですか」
「ふ、ふざけんな!」
「まあまあ、怒らないでください。引っ越したら美味しい料理を作りますから」
「そんなもんで騙されねーぞ!」
笑顔だったシルヴァが、突然無表情になる。
氷のような冷たさと、殺気を感じた。
「さっき、三百五十歳がどうのって思いましたか?」
「え? お、思ってない思ってない」
俺は必死に首を横に振る。
「私が三百五十歳だから、可愛く見えないって思いましたよね?」
「そ、そんなこと思うわけないだろ!」
俺は心を読まれたのかもしれない。
この女、危険すぎる。
素直に言うことを聞くべきだ。
「シ、シルヴァさん。……運ぶから魔法とやらをかけてもらってもいいか?」
「もちろんです! ふふふ」
満面の笑みを浮かべながら、シルヴァが巨木に向かって手をかざした。
「これで軽くなりました。今から浮かせるので、背中で担いでくださいね」
浮かせることもできるのであれば、そのまま運べばいいのではないだろうか。
「これほどの巨木を運ぶと、疲れるんですよ」
「心を読むなっつーの」
シルヴァが巨木を浮かせた。
俺は恐る恐る巨木の下に潜り込む。
「では、少しずつ下ろしますね」
腰を曲げて巨木を背負う準備をすると、少しずつ重さを感じた。
「まだ大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
「これは?」
「まだ軽いな」
「ではこれは?」
「重さは感じるが、まだいけるぞ」
「これはどうですか?」
「ん、これくらいかな。これなら運べそうだ」
「ありがとうございます。それではこれでお願いします。この手の魔法は、魔力の消費が大きいので持続が難しいのです」
「この重量だったら問題ないよ。ありがとう」
俺は巨木を担ぎ、森の外へ向かって歩き出した。
「おい、テラム。他の荷物を持ってこいよ」
「分かっておる」
「お前の家の木材は、また後で採りに来るぞ」
「うむ、そうだな」
巨木を担ぐ俺は、これ以上何も持てない。
まずはシルヴァの家を運ぶ。
◇◇◇
アレファスの後ろを歩く、テラムとシルヴァ。
「あの、テラム様」
「なんだ?」
「私、魔法を使ってません」
「な、なんだと?」
「アレファスさん……。普通に担いでいるのですけど……」
「ほ、本当か?」
「はい。最初は魔法で軽くしていたのですが、平気だと仰るので魔法の効力を下げていったら……」
「魔法を切っても大丈夫だったというわけか」
「そうです」
シルヴァは巨木を担いで歩くアレファスから、視線を外すことができない。
魔人とはいえ、あまりにも度を超えている。
「テラム様、アレファスさんって何者ですか?」
「何者って言われても、旨いトウモロコシを作る魔人のおっさん、としか言えぬよ」
「それにしたって、規格外過ぎませんか?」
「そう……だな」
テラムもまた、アレファスを見つめていた。
「あながち魔神というのも間違ってないのかもな……」
そして、小さく呟いた。
◇◇◇




