第7話 森の魔女2
「上位への進化はきっかけが難しいのです」
「シルヴァさんは魔人なのか?」
「呼び捨てで構いません。ふふふ」
シルヴァが微笑みながらハーブティーを口にした。
「仰る通り、私は上位への進化を経験した魔人です」
「俺も魔人なのか?」
「ええ、そのようですね。魔人特有のオーラを放っています」
「えーと、シルヴァからは、そのオーラとやらが視えないが?」
「私も出ていますよ。アレファスさんにはまだ視えないようですね。こればかりは経験ですから」
「俺がいつ魔人になったか分かるか?」
「正確には分かりませんが、ここ数年くらいでしょう」
「数年か……」
魔人になったからと言って、身体に変化は感じていない。
「質問ばかりで申し訳ない。魔人化の条件はあるのか? 俺はどうして魔人になったんだ?」
「上位への進化はあくなき追求と探求。そして、究極の努力で始まると言われています。何かされましたか?」
「努力か。身体は鍛えたと思うよ。努力だけは絶対に裏切らないからな」
「そういうことだったのですね」
自分で言うのもなんだが、俺は人の数百倍は努力している。
おかげで魔神と呼ばれる強さを手に入れたが、まさか違う意味で魔人になるとは思わなかった。
「シルヴァは努力したのか?」
「そうですね。私は知識の吸収です。数十万冊の本を読みました。ふふふ」
俺は肉体トレーニングだったが、シルヴァは読書がきっかけのようだ。
魔人化にも様々な方法があるらしい。
「上位への進化は自分で分かるのか?」
「自覚はないと思います。私はテラム様に教えていただきました」
テラムが俺を睨んでいる。
「だから貴様にも言っただろう」
「あー、会話が噛み合わなかったってそういうことか」
俺は再度シルヴァを見つめた。
年齢を聞いても信じられない美しさだ。
「シルヴァは三百歳だが――」
「三百五十歳です」
「失礼。そうだったな。魔人化すると寿命が伸びるのか?」
「これは個人差がありますし、日常生活が関係します。私の場合は伸びました」
「その……失礼ながら、老化はしないのか?」
「ふふふ、私のことを若いと思ってくださっているのですね。ありがとうございます。これも個人差があります。私は女ですから、若さを保ちたいのですよ」
答えになってないが、これ以上追求するのはやめたほうがいいだろう。
「じゃあ、俺は魔人化してるけど、寿命も老化も分からないということか」
「はい。仰る通りです」
「俺が……魔人……」
俺は人間離れの努力をした結果、本当に人間を離れてしまったようだ。
「いいではないですか。お一人で野菜を作っているのでしょう?」
「なぜそれを知っている?」
「魔竜領で野菜を作っている人がいることは知っていましたから。ふふふ」
シルヴァが笑いながら席を立つ。
壁際まで進むと、木箱を抱えて戻ってきた。
木箱には小さな瓶がいくつも並べられている。
瓶の中身は種だ。
「それで、テラム様。野菜は何が食べたいのですか?」
「理解が早いな」
「ふふふ。分かりますよ。このカボチャなんてどうですか? 比較的栽培は楽ですから、アレファスさんの作業負担は少ないかと思います」
「シルヴァ。そのことなんだが、私も畑を耕すのだ」
「え⁉︎」
この家に来て、シルヴァが初めて驚きを示した。
「アレファスの家の隣に私の家を建てる。その建築材料を採りに来たのだよ。わははは」
「まさか、テラム様が平原に住んで、働くというわけですか?」
「そうだ。私も旨い野菜を作るのだ」
「そ、それは驚きましたわ……」
驚愕の表情を浮かべたシルヴァが、気持ちを落ち着かせるようにハーブティーを口にした。
テラムは得意げな表情を浮かべている。
野菜を作るというだけで、二人とも大げさではないだろうか。
「だからアレファスに家を建ててもらうのだ。もちろん私も建築を手伝うぞ。わははは」
「それほどアレファスさんの野菜が美味しかったと?」
「そうなのだよ。あのバタートウモロコシは最高だったし、ベーコンレタスサンドは絶品だった。もう一度、いや、何度でも食いたい」
「それほどなんですね。そうですか……」
シルヴァが俺に視線を向けた。
「アレファスさんは、農作業の経験があるのですか?」
「一年前から始めたんだ。本で勉強しながらやってるよ」
「この土地はテラム様の影響で、よく育ちますからね。それでも一年前から始めて、テラム様を虜にする野菜を作るとは……。相当努力されましたね」
「努力とまでは言わんが、まあ寝ずに勉強したよ。ははは」
「それを努力と呼ぶのですよ。努力を苦にしないところは、さすが魔人ですね。ふふふ」
シルヴァがテーブルに置いた種を棚に戻してしまった。
種をくれるんじゃないのか?
テラムを見つめるシルヴァ。
「テラム様、私も引っ越します」
「なんだと?」
「私もアレファスさんの家の隣で生活して、野菜を育てます」
「待て! 貴様は森の魔女だろうが!」
「森に住まなければいけない理由はありませんもの。ふふふ」
俺は一人で住むためにこの地へ移住したのに、テラムのせいで、たった一年で崩壊した。
さらに、この魔女まで引っ越すという。
冗談じゃない。
「待てよ! ただでさえうるさいのに、これ以上うるさくなるのは勘弁しろって!」
「貴様! うるさいとは何だ!」
「事実だろ!」
「私の土地だぞ!」
「俺が開拓したんだ!」
立ち上がるテラムに対し、俺も立ち上がって応戦した。
「ふふふ。楽しそうだなあ」
シルヴァが胸の前で両手を合わせて喜んでいる。
その姿はまるで少女のようだ。
シルヴァの笑顔を見ていたら、怒る気が失せた。
俺は溜め息をつき、椅子に座り直す。
「あんた、本気なのか?」
「はい。本気です。三百年ぶりにこの森を出ようかと思います」
「三百年……」
魔人となったシルヴァは、三百年もこの森で暮らしてきたのか。
シルヴァが魔人化した事情は分からない。
だが、一緒に住みたいと言い出すということは、俺みたいに一人でひっそりと暮らしたいわけではなさそうだ。
「たった一人で三百年……か」
「はい、そうです。でも今日で終わりです。ふふふ」
笑顔を浮かべるシルヴァ。
悲壮感がないことが逆に痛々しい。
「分かった。一緒に野菜を育てよう」
「ありがとうございます。嬉しいです」
「シルヴァも家を建てるのか?」
「そのことで、お願いがあるのです」
「お願い? なんだ?」
「この家を運んでください」
「は?」
「この家は折れた巨木ですので、根本から切って運んでください」
「お、おい、無茶言うなよ。この巨木を切るだと?」
「だって、あなたは魔人でしょう?」
「いやいや、魔人だからって、こんな巨木を切れるわけないだろ!」
「できますよ?」
「できねーよ!」
この女、無茶がすぎる。
一緒に住むと言ったことは間違っていたのかもしれない。
「その斧で切ってください」
「あのなあ……。もしだよ、もし切ったとしても運べないだろ?」
「運べますよ? 魔人ですもの」
「おいおい、魔人ってそんなに便利なのか?」
「便利というか、あなたが異常なんです。ふふふ」
笑顔を見せるシルヴァ。
その隣で、妙に嬉しそうな表情を浮かべるテラムが立ち上がった。
「オホン! この軟弱な魔人はできないそうなので、私がやってやる!」
人をバカにしたような笑みを浮かべ、俺を見下している。
ムカつく。
非常にムカつく。
「は? 俺ができないだと?」
「自分でそう言っていただろうが」
「ふざけんな! できるっつーの! 斧で切って運ぶだけだろ! 今すぐやるから支度してろ!」
俺は斧を担いで外に出た。
◇◇◇
アレファスは今朝方、テラムのことを単純で扱いやすいと思っていた。
テラムはそもそもアレファスを単純で扱いやすいと認識している。
つまり、お互いがお互いのことをチョロいと思っていた。
そんな二人を微笑みながら見つめるシルヴァ。
それはまるで母親のような優しい笑顔だ。
だが内心は――。
「男って本当にバカなのね……」
二人に聞こえないよう呟いた。
◇◇◇




