第6話 森の魔女1
俺の自宅の周囲は、見渡す限り地平線が広がる。
見える範囲は全て草原だ。
だが、西へ進むと巨大な森がある。
テラムと草原を歩いていると、地平線の先に森が見えてきた。
「なあ、テラム。寄るところってなんだ? どこへ行く?」
「野菜に関することだと言ったであろう」
「どういうことだ?」
「野菜を作るには種が必要だ。貴様、新しい野菜の種はないのだろう?」
「そうだな。今作っている野菜は、あの地へ移り住む前に街で買ったものだしな」
「森へ行けば種が手に入るはずだ」
「森で種? なぜだ?」
「私のことを名前で呼ぶ、もう一人の者がいるのだ」
「なに! 森に人が住んでいるのか!」
「そうだ。その者も定住を許した。たしか三百年ほど前だったな」
「さ、三百年だと! そんなの人間じゃねーだろ!」
「うむ、あれも魔人だ」
「魔神だと?」
テラムからたまに出る魔神という言葉。
俺の傭兵時代の二つ名なのだが、どうも会話が合わない。
もしかして、意味が違うのだろうか?
「もしかして、お前の言う魔神と俺の魔神は違うのか?」
「ん? 魔人は魔人だろうが」
「そりゃそうなんだが……」
テラムと話しながら歩いていると、森の入口に到着した。
「いつ見てもすげーな」
俺は森の木々を見上げた。
空を覆い隠すほどの高さを誇る針葉樹。
その高さは、魔竜の姿に戻ったテラムの数倍はあるだろう。
高さに比例して、幹の太さも尋常ではない。
十人の大人が手を繋いで、やっと一周する太さだ。
俺は魔竜領に住む際、ここで木を切り倒し、自宅の材料として使った。
「テラムの家に使うんだ。好きな木を選べ。それを材料にしよう」
「私の森だから、どの木も非常にいい状態だ。どれを選んでも問題ない。だから、まずは種をもらいに行くぞ」
テラムが森へ入っていった。
俺もあとをついていく。
時折動物たちに遭遇するが、テラムは気にせず進む。
「テラムは肉も食うんだろ?」
「うむ、あのベーコンは絶品だった」
「あの肉は森豚だ。この森で狩ったんだよ」
「そうか。では今度狩りに来ようではないか」
しばらく進むと、折れた巨木が視界に入った。
一般的な二階建ての家くらいの高さだろうか。
幹の周囲は、他の木より太い。
「ん? 扉?」
その折れた巨木の幹に、民家の扉が取り付けられていた。
「まるで家だな」
「そうだ。あそこに森の魔女が住んでいるのだ」
「森の魔女だと?」
テラムに疑問を投げかけると、幹の扉が軋む音を立てながら開いた。
「テラム様ではありませんか。しかも魔人化されているとは珍しいですね。どうされたのですか?」
「うむ、紹介したい人間がおってな」
出てきたのは若い女だ。
見た目から二十代だと思われる。
きっと森の魔女とやらの使用人なのだろう。
「そちらの方ですか?」
女が俺に視線を向けた。
「アレファス・デモニウスだ。森の魔女に会いに来た」
「わざわざご丁寧にありがとうございます。では中へどうぞ」
女に招かれ、俺たちは扉をくぐった。
巨木の中は完全に家だ。
円形の部屋は驚くほど広く、天井も高い。
さらに壁に沿って、二階へ行く階段が取りつけられている。
「こちらへどうぞ」
一階の部屋の中心にある、木製の丸テーブルに案内された。
俺は席に座り、部屋を見渡す。
壁にはいくつもの家具があり、棚には街の図書館以上の大量の本が並べられていた。
さらに瓶に入った草や粉、薬研、見たこともない道具が置かれている。
「女の部屋をあまり見ないでください。ふふふ」
女が手で口元を抑えて笑っている。
白い陶器のような指が美しく、とても上品な仕草だ。
「今ハーブティーを淹れますね」
女がガラス製のポットから、ティーカップにハーブティーを注ぐ。
白い湯気が立つと、芳醇な香りが広がっていく。
「ハーブの匂いが落ち着くな」
「あら、分かりますか? 気分を落ち着かせるハーブなんです」
俺は改めて女に視線を向けた。
身長は俺の肩ほどで細身。
金色の長髪を、一本の三つ編みにしている。
瞳の色も金色で、とても優しそうな顔つきだ。
街では美人と言われるだろう。
白い肌とは対照的な黒いローブを纏っている。
ローブを着ているということは、森の魔女の弟子なのかもしれない。
「ところで、森の魔女はどこにいるんだ?」
「え? 私ですけど?」
「なっ! だ、だって三百――」
女の掌から、突然炎の塊が発生した。
炎に照らされる冷たい笑顔。
「女性に年齢を言うものではありませんわ」
「し、失礼した」
即座に謝罪すると、笑顔を浮かべ炎を消してくれた。
「テラム様から伺ったのですね?」
「そ、そうだ」
「私の名はシルヴァ・フォリリウス。年齢は三百五十歳ですわ。テラム様は未だに私の年齢を覚えてくださらないのですよ」
「な、なんだって! 三百五十歳だと!」
どう見ても二十代なのだが……。
三百歳どころではなかった。
しかし、下手に触れると面倒だ。
そのまま受け入れてしまおう。
「俺はアレファス・デモニウス。元傭兵で四十三歳だ」
「あらあら、若いのねえ」
若くはないが、このシルヴァに比べたら――。
「比べないでいただけます?」
「し、失礼した」
魔女って心を読むのだろうか?
怖すぎるだろ。
呑気にハーブティーを飲むテラムに、シルヴァが視線を向けた。
「それでテラム様。アレファスさんを私に紹介したいとのことですが、ご要件は?」
「貴様なら分かるだろう」
「魔人の件ですか?」
「うむ、そうだ」
二人はハーブティーを味わいながら会話している。
それよりも、また魔神という言葉が出てきた。
「な、なあ、あんたらが言う魔神って、俺の二つ名の魔神のことじゃないのか?」
「魔神? あなたもしかして……」
シルヴァがティーカップを手に取りながら、俺を真っ直ぐ見つめる。
「ルジェール王国周辺で活動する傭兵に、魔神と呼ばれる者がいると噂を聞いたことがあります。その者はあまりにも強すぎた、と」
「恥ずかしながら、そう呼ばれていた」
「なるほど。それでは会話が噛み合いませんね。ふふふ」
「どういうことなんだ?」
「あなたの魔神は呼び名。私たちが言う魔人は種族です」
「種族? テラムも言っていたな」
「あらあら」
シルヴァが少し驚いた表情を浮かべた。
「テラム様が呼び捨てを許すなんて、どうされたのですか?」
「アレファスの野菜が旨いのだ」
「なるほど。全ての状況が理解できましたわ。ふふふ」
俺には全く意味が分からない。
シルヴァが微笑みながら、俺に視線を向けていた。
「まず、魔人から説明しましょう。生物がある一定の力を得ると上位への進化が始まります」
「上位への進化?」
「はい、一般には全く知られてませんけどね」
シルヴァが言うには、人は上位への進化を経て魔人になる。
魔人は人間の限界値が解除され、能力が上がっていくそうだ。
これは人だけでなく、動物にも起こることらしい。




