第5話 傭兵と魔竜3
「わははは、人間のくせになんという迫力だ。気に入ったぞ」
魔竜は笑いながらコーヒーを口に含み、俺の顔を見つめていた。
そして、何やら得意げな表情を浮かべる。
「貴様は知らぬようだが、ここで野菜を作ることができるのは、私がいるからだぞ?」
「は? どういうことだ?」
「ここは肥沃な大地と呼ばれているだろう」
「そうだ。世界で最も豊かな土壌と呼ばれているよ」
「私のおかげなのだ」
「なんだと?」
「ついでに言うと、農作物の成長も早く、連作も可能だろう?」
「そう言われれば……」
農作物を作ると決めた時、俺は街で作物の種を購入した。
その際、一緒に農作業の本も購入している。
独学で勉強しながら野菜を作り始めたのだが、これまで一度も失敗はない。
それどころか、作物は本に書いてある期間よりも遥かに早く実る。
また、作物によっては繰り返し育てると連作障害というものを起こすそうだが、そういったこともない。
「この地で農作物は失敗しない。全て私のおかげだ」
「お前のおかげだと?」
「そうだ」
この肥沃な大地が魔竜のおかげだとすると、この地からいなくなったらどうなるのだろうか。
「じゃあ、お前がいなくなったらどうなる?」
「そんなことは絶対にないが、もし私がこの地を離れたり存在自体が消えたら、この地は終わる。私と共にあるのだ」
「ってことは、この地にはお前が絶対必要なのか?」
「そういうことだ。まあ私が死ぬことなんてないがな」
「でもよ、この地を手に入れるために、人間は魔竜を排除しようとしていたんだろ?」
「愚かな人間どもは想像力が足りぬということだ。わははは」
この話が本当か俺には分からない。
だが、俺は信じることにした。
巨大だった魔竜が人化したんだ。
人間には理解できないことが山ほどあるのだろう。
「これまで失敗もなく野菜を作れていたのは、お前のおかげだったのか……」
「そういうことだ。わははは」
得意げな表情を浮かべたまま、魔竜はコーヒーを口に含んだ。
「はあ、仕方がない……」
これほど旨い野菜を作ることができるのは、魔竜のおかげと判明した。
それならば、俺も魔竜に歩み寄ろう。
「だけど、お前は自分の家を建てろよ?」
「うむ、もちろんだ。貴様の家の隣に、私の家を建てるぞ。しかしだな――」
「分かったよ。それも手伝う」
俺は魔竜の言葉を遮った。
この魔竜が一人で家を建てられるわけがない。
「わははは。頼んだぞ」
「家を建てるなら、建築材料を採りに行かねばならんな」
畑を拡張する前に、しばらくは建築作業だ。
俺は傭兵時代に戦地で建築も行っていたから、図面も引ける。
とはいえ、凝った家を作るのは無理だ。
「おい、貴様! 立派な家を建てるんだぞ!」
嬉しそうに騒ぐ魔竜。
俺は家の大きさを人間基準で考えているが、まさか魔竜の大きさになるのだろうか?
もしそうなら建てることは不可能だ。
「言っておくが、家は人間サイズじゃないと作れんぞ?」
「もちろんそのつもりだ。人間の姿でないと食事を楽しめぬからな。わははは」
「魔竜が人間の姿でいても問題ないのか?」
「長期間は無理だな。長くてもひと月に一度は本来の姿に戻る必要がある。それにさっきも言った通り、人化している間は弱体化して魔人と同じレベルまで落ちてしまう」
そういえば、さっきも魔神やら種族がどうのと言っていた。
魔竜が腕を組みながら、俺をまっすぐ見つめている。
「ところで、貴様は魔人なのだろう?」
「ん? よく知ってるな。恥ずかしながら傭兵時代は魔神なんて呼ばれていたよ」
「そうか、やはり魔人だったか。それならあのクレイモアの重量も頷けるというものだ」
俺は傭兵時代、魔神という二つ名で呼ばれていた。
俺が決めたわけでもなく勝手に呼ばれていただけだ。
しかし、魔神なんて名は、マジで死ぬほど恥ずかしい。
この魔竜は俺の二つ名を知っているようだが、名前で呼んでもらえれば――。
「あ、名前……」
人と会うのが久しぶりだったため、俺は当たり前のことを忘れていた。
「そうだ、すっかり忘れていたよ。俺の名前はアレファス・デモニウス。元傭兵で、年齢は四十三歳だ」
「むっ、名前か。名乗るのは久しぶりだな。私の名はテラムという」
魔竜にも名があるとは知らなかった。
自分で付けたのだろうか。
魔竜は謎が多すぎる。
「アレファス。貴様は私を名で呼ぶことを許そう」
「そうか、そりゃ光栄だ。よろしく、テラム」
「むっ、私を呼び捨てする人間はおらんぞ。そもそも、名前で呼ぶ人間なぞ一人しかおらぬというのに」
「まあ、いいじゃないか。これから共同生活を送るんだ。ははは」
一旦受け入れると決めたら、もう文句は言わない。
これからテラムの家作りだ。
「さて、じゃあ建築用の木材を採りに行くか」
「おい、アレファス! 立派な家にするんだぞ!」
「はいはい、分かってるって。立派な立派な小屋を建ててやるって」
「屋敷と言え!」
納屋から二本の斧を取り出し、テラムに一本手渡した。
魔竜とはいえ、当然テラムにも働かせる。
「おい、テラム。森へ行くぞ」
「森か。だったら寄りたいところがある」
「寄りたいところ? 森になんかあるのか?」
「そうだ。野菜に関してな」
「野菜? なんで森に?」
「行けば分かる。わははは」
俺は斧を担いで、テラムと森へ向かった。




