第4話 傭兵と魔竜2
「どうだ、うめーだろ?」
「信じられん。この世にこれほど旨いものがあったのか。長年生きているが、初めての味だ。これを感動的な味と言うのだろう」
「大げさだっつーの」
旨いと言ってくれるのは嬉しい。
しかし、サンドごときでこれほどまでに感動するのであれば、もっと旨いものを作ったら死ぬのではないだろうか。
「さてさて、メインのトウモロコシの前に、ジャガイモも食ってみろ。下手すりゃトウモロコシよりも旨いかもよ?」
「むっ、なんだと」
「ちょっと待てよ。ジャガイモはバターを乗せると旨いんだ」
焼色がついたジャガイモの切れ目に、有塩バターを乗せると熱で溶けていく。
「皮ごと食えるぞ」
「分かった」
「熱いから気をつけろよ?」
魔竜はジャガイモを手に取り、躊躇なくかぶりつく。
すると突然、苦悶の表情を浮かべた。
「ぐおおおお! 熱いいいい!」
「気をつけろって言っただろ」
焼きたてのジャガイモなんて、そりゃ熱いに決まっている。
「ってかよ、そんなに急いで食わなくても、誰も横取りしないって」
「そ、そうだな……」
「冷まして食えって」
魔竜はジャガイモに息を吹きかけ、少し冷ましてから口に放り込んだ。
「旨い! ジャガイモの甘みとバターの塩気がなんとも言えんぞ。長年生きているが、やはり食に関しては人類よりも優れた種族はいないな」
大げさな発言をする魔竜。
それほど旨いということだろう。
「さあ、お待ちかねのトウモロコシだ。まずは素焼きを食ってみろよ」
俺は網から一本取り出し、魔竜に渡した。
今度はしっかりと冷ましてから、トウモロコシにかぶりつく魔竜。
「な、なんという甘さだ。これが野菜なのか?」
昨日の俺と同じ感想だ。
魔竜は両手でトウモロコシを回転させながら、一気に食らいつき完食した。
「これまでもトウモロコシを食ったことはあるが、これほど旨いものは初めてだ」
「そりゃ光栄だ。じゃあ、次はこっちを食ってみろ」
「ん? 普通のトウモロコシに見えるが?」
「これには塩を振ったんだ。うめーぞ」
魔竜はトウモロコシを手に取り、少し冷ましてから口に運ぶ。
「これは!」
無言で一本を食べ尽くした魔竜。
「塩なのに甘みが増したように感じるぞ」
「この塩が甘さを引き立てるんだよ」
「なるほど……。奥が深いな」
奥が深いのかは分からんが、喜んでもらえて何よりだ。
「最後はバターだ。俺はこれが一番好きな味だな」
「ジャガイモと一緒だな」
トウモロコシにバターを乗せた。
熱で溶け出したバターが、粒の隙間に流れ込む。
少し焦げ目がつくと、白煙とともに香ばしさが広がった。
「バターの香りがなんとも言えん」
魔竜が熱そうにトウモロコシを頬張る。
「旨い、旨すぎる……。初めに塩気を感じて、バターの香ばしさとコクが広がる。そして最後に甘さが顔を出す。それにこのジューシーさ。もはや極上のスープだぞ」
瞳を閉じて味を堪能している魔竜。
それよりも、味の表現が上手くなっていることに、俺は危うく吹き出すところだった。
「どのトウモロコシも旨かったが、私もバターが気に入った。いや、旨いなんてものではない。貴様、いい仕事をしたな」
「そりゃどうも」
人類の敵と言われる魔竜に褒められてしまった。
というか人語を話すし、特に害はないように感じる。
***
俺たちは、用意した十五本のトウモロコシを完食した。
ほとんど魔竜が食ったのだが。
「食ったぞ! 大満足だ!」
魔竜は手足を投げ出し、地面に仰向けになった。
なんて自由なんだ。
まあ魔竜にマナーも何もないだろう。
魔竜は幸せ絶頂という表情を浮かべ、満足そうに寝転がっている。
ここまできたら、食後のコーヒーも堪能させてやろう。
「お前、コーヒーは飲めるか?」
「うむ、問題ないぞ」
まだ焚き火は消えていない。
俺は水を入れたケトルを網の上に置く。
コーヒー豆は街で購入したものだ。
さすがに自分ではまだ栽培できない。
だが、いつかはチャレンジしたいと思う。
俺はテーブルの上で、焙煎済みの豆をコーヒーミルで挽く。
そして、挽いた豆を布フィルターに入れて、熱湯を注いだ。
「ほら起きろ。コーヒーだ」
「うむ」
魔竜は起き上がり、ゆっくりとベンチに腰を下ろす。
熱さを警戒してか、慎重にカップを掴んでいた。
「ふむ、このコーヒーは酸味と苦みがあって旨いな」
魔竜はコーヒーの味を知っているようだ。
どこかで飲んだことがあるのだろう。
「ところで、ここはお前の縄張りなのか?」
「そうだ。私の土地だ」
「だけど、国ではないだろう?」
「国? 人間が誕生する前から私はこの地にいる。人間が作ったルールなぞつい最近だ。私には関係ない」
つい最近と言うが、今の国家が乱立する世界は数千年の歴史がある。
つまり、この魔竜はそれよりも前に誕生したということだ。
「私から人間の国を襲うことはないが、この地に侵略する者は殺す。貴様もそのつもりだった。しかし、貴様はどうも様子がおかしかった」
「どういうことだ?」
「貴様は一人だった」
「は?」
「この地を侵略するのは軍隊だ。大勢で私を討伐しようとする。とはいえ、私にとって人間なぞ塵と同じだ。何人いても変わらん」
魔竜がもう一度コーヒーを口にすると、僅かに微笑みを浮かべた。
「だが、貴様は一人でこの地へ来て農作物を始めた。その様子が面白くてな。だから、しばらく待ってやろうと思ったのだ」
「なるほどね。で、ご満足いただけたかな?」
「うむ。気に入った。貴様がこの地に住むことを許そう」
「そりゃありがたいが……、何だか条件がありそうだな」
どうせ野菜を食わせろとでも言うのだろう。
「わははは、分かるか! これからも野菜を食わせろ!」
「やっぱりか……」
予想通り野菜の提供だった。
しかし、そのためには色々と聞きたいことがある。
「野菜を作るのはいい。しかし、お前の食う量が分からん」
「人化している時にしか食わんからな。人間と同じ量だ。まあ旨いものであれば多めに食うが。わははは」
「じゃあ、量は俺と同じでいいのか?」
「うむ、そういうことになる」
俺は自分の畑を見渡した。
この広さでは足りないだろう。
「畑を拡大するがいいか?」
「構わん。全て許す」
とはいえ、畑の拡大は重労働だ。
「お前もたまには手伝えよ?」
「私を働かせるのか?」
「旨い野菜を食いたいだろ?」
「むっ! 確かにそうだな……」
魔竜は腕を組み、何やら考えている様子だ。
「おい貴様、今日の野菜はトウモロコシとジャガイモとレタスだったな」
「ああ、そうだ」
「もっとたくさんの種類の野菜を作れ」
「おいおい。簡単に言うがな――」
「安心しろ。私もここに住んで、貴様と野菜を作る」
こいつ、今なんて言った……。
ここに住む?
俺と野菜を作る?
「待て待て待て待て! 何言ってんだよ!」
「だから野菜を作ると言っておるだろう」
「ふざけんな!」
俺は人と関わりたくないから、この地へ移り住んだ。
それなのに誰かと住むなんて考えられない。
「ここは私の土地だぞ?」
「お、横暴だ!」
「では出ていけ。さもなくば殺す」
「て、てめえ、言ったな……。もう一つの選択肢を与えてやるよ」
俺はテーブルを叩き、立ち上がった。
「俺がてめえを殺す」
「ほう、人間ごときが私を殺すだと?」
凄みながら俺を睨む魔竜が、突然満面の笑みを浮かべた。




